一瞬の邂逅
さっきまで起きる気配すら無かったその男が、突然話し出した。
依然として顔は土気色で、今も傷口は膿みどころではなく、ほぼ腐っているようなものだ。
呆然としていると、驚いていると思ったのか、その男はおもむろに話し始めた。
「死霊術の応用でね。体がほぼ死んでいても生きれるんだよ。あんまり長い間この状態だと普通に死ぬけどね」
「なるほど」
急いで回復魔法をかけると、思っていたよりも急速に傷が治っていく。
服まで治ってきていた。
これが上流階級で流行っている“治る服”だろうか?
噂には聞いていたが、見るのは初めてだった。
回復魔法によって筋肉のような繊維を伸ばして絡み合わせることで少しずつ治っているようだ。
そのうち、顔に血の気が戻り、傷口も少しずつ閉じていった。
「ありがとな。この回復所には二度もお世話になっちまった」
じっと治療のなりゆきを見ていた冒険者のバランさんが頭を下げながら言う。
ガタイがいいため、ベテランにも見えるような彼は、この前魔物駆除の冒険者になったばかりの新人で、俺が回復所に来る少し前にもここでパーティメンバーを治療をしてもらったことがあるのだそうだ。
「ここ最近は魔物が強くなってきているという話をよく聞きますからね。お疲れ様です」
「そうなんだよ。特にここの森周辺は特に強くなってるみたいでさ。その分報酬もいいんだがな…」
「正直、報酬が釣り合ってないよね。低すぎる。僕が助けに来なかったら死んでたね、その子」
いつの間にか担架の上にあぐらを組んで座っていた男が口を挟む。
「う…すみません。自分で依頼を受けたにもかかわらず、助けていただいてしまって、不甲斐ないっす」
バランさんが大きな背中を縮める。
「依頼を出す方が悪いんだよ。依頼料をケチったら経験のない新人とか低ランクに回されるってちょっと考えれば分かる事なのに」
血の気が戻ったとはいえ、元気だな…
「あの、名前をお伺いしても…?」
すぐに治ったとはいえ、かなりの重傷だったため、回復所ではなくしっかりとした病院で検査が必要だった。
そのための書類を書き終えてしまおうと、名前を尋ねようとしたのだが…
「名前はないから。名無しの権兵衛とでも書いといてよ」
「では住所とか、身分を証明できるものがあれば」
「それより、アリスに用意ができたからよろしくって伝えてね」
転移魔法の魔力を纏った輝く煙が彼の体を包む。
「それじゃあね」
そう言って男は消えてしまった。
回復所の扉の前には血の滲んだ担架だけが残されていた。
「なんだか雑用までしっかりやらされちゃったわ…」
少しするとマトさんが来た。
「あら?あいつはどこに行ったの?」
あの人のことだろうか。
「あの人はお知り合いですか?お名前を聞く前に出て行ってしまって…」
「…っ、はあ。ごめんなさいね。失礼なやつだったでしょう」
一瞬、ものすごい怒気がどこかに向けて発せられた気がした。知り合いは知り合いでも、仲が良いわけでは無いようだ。
「いえ、大して話もされなかったので…」
「あの…やっぱり治療費は自分持ちですよね…?」
バランさんが恐る恐る、と言った感じで言う。
実際、回復所の瀕死の人を運び込み緊急で治療するシステム上、支払いから逃げる人や支払えない人も多く、連れてきた人を暫定的な保証人とすることができるという決まりもある。
「私が払っとくわ。…迷惑かけたのは多分こっちだしね」
「いや、払えます。手持ちは無いですけど、もっと受ける依頼を増やして…」
バランさんが間髪入れずに言ったものの、手立てがつかなかったのか、だんだん口調が弱くなってくる。
マトさんはそれを見てため息をつく。
「今回は本当にいいわ。あいつ知り合いだから」
「でもね、2度も庇ってもらったのも、庇った人の治療ができたのも、運が良かっただけよ。新人でも回復所に何回も来るなんてことはないわ。きちんと対策をするから。そのままやってると、3回目にはあんたが運ばれるんだからね」
「そんで次は請求するわ。一括で」
「はい…気をつけます…」
バランさんはマトさんに何度もお礼を言って帰って行った。
「でも、変なのよね。確かにここら辺は強いモンスターもいるけど…」
「あいつが大怪我するほどかしら…?」




