プロローグ
少年、カルツ・トリドンは森の中にある回復所に向かうため、馬車に乗っていた。
「ここで降ろしてください」
凄腕の回復士がここにいるという噂を聞いて、その回復士に会うために。
(アリス・ロイド…)
勇者と冒険し共に世界を救った後行方をくらませた“幻の回復士”
(その弟子にしてもらうために、俺はここに来たんだ)
「釣りはいらない…えっ。足りない…?」
(余分に渡したつもりだったんだけど)
急いでリュックの中を探る。お札が一枚、リュックの中から出てきた。
ほっと胸を撫で下ろした。ゴールまであと少しだっていうのに。ここで揉め事を起こしていたら良くないだろう。
運転手に残りを渡して…
「まだ足りナイよ」
「なっ、これで十分のはず…」
「ゼーンゼン足りないよ!」
口論になりかけたその時、
「足りないなぁ。貴族さまよぉ」
「まだ金持ってんだろ?全部置いて行けや!」
ガラの悪い2人組が木の影から出てくる。
(嵌められたか…)
いつの間にか囲まれてしまっていたようだった。
戦うしか。そう思った瞬間、頭に激痛が走る。
後ろから殴られたのだ。
(3人目…!)
頭から血が流れ出るのを感じる。目の前が暗くなっていく。
起きあがろうとするも次第に体に力が入って行かなくなり、意識を失ってしまった。
「院長〜!目が覚めたっぽいです〜」
(ここは…)
すると、病室の扉から、白衣を着た初老の男性が入ってきた。
「はいはい、失礼しますね。調子はどうですか?」
この回復所の院長だという男性に体調に関しての質問をされている間に、少しずつあったことを思い出してきていた。
話によるとあの後、重症だった俺を近くを歩いていた人が偶然見つけ、回復所に伝えてくれたようだった。
「あなたが治療してくださったんですか。助けていただいて、ありがとうございます…」
「いやいや、キミの運が良かったんだよ。それに、キミを治したのはボクじゃない。アリス君だよ。」
(アリス…!)
「あの…」
ガシャン!
その回復士について詳しく聞こうとしたその時、大きな音を立てて病室の扉が開いた。
白衣を着た髪の短い回復士が、扉から入ってきていた。
「ボクは大きな音を立てて扉を開けるなといつもキミに言ってるのだがねぇ、アリス君」
(この人が…)
院長にアリスと呼ばれていた人を見る。
聞いていた感じより若く見える。20代ぐらいか。
思わずじっと見ていると、こっちに気づいたようで、話しかけてきた。
「こんにちは、すっかり元気そうで何よりだ」
そしてそのままドアから出て行ってしまった。
「え…」
「よし。これで全ての患者の様子も見たし!これで仕事終了だな…」
「あの!」
病室から飛び出し、やっとのことでアリスさんの元までたどり着いた。
「俺を弟子にしてください!」
腕からは血が流れ出ていた。水分を点滴していた管を無理矢理引き抜いたからだった。
「………」
今になって唐突すぎた思ったものの、もう後には引けない。
「助手でも被験体でも好きに使ってください!俺はあなたの多くの人を治す方法を知りたいんです!」
じっと返答が来るのを待つ。
「いいよ。とりあえず病室に戻ろうか」
「じゃあこの紙にサインしてもらって…」
「え…いいんですか?」
承諾までが早すぎてなんだか拍子抜けしてしまう。
「勿論。被験体は多ければ多いほど良い。ぜひお願いしたい」
…どうやら被験体という言葉がアリスさんに引っかかったようだった。
俺としては願ったり叶ったりだったので差し出された契約書にサインをしようとした時だった。
ガラガラッ!
「マト君、扉は静かに」
「炎よ…!」
明るい色のショートボブの回復士が病室に入ってきて、気づいた頃には契約書を取り上げられ、炎の魔法で燃やされていた。
「え…?」
あまりに手際良く起こったことに呆気に取られていると、すぐに怒号が鳴り響いた。
「今度は何をやってるのアリス?」
「彼が弟子入り希望だそうだ」
「そうじゃないでしょ?契約書に被験体って書いてあるのをしっかり見たわよ?」
「被験体も希望している」
「んなわけないでしょ!この間のことを忘れたとは言わせないわよ?」
そしてすぐに口論の応酬が始まった。
「あの…」
「あ。見苦しいところを見せてごめんなさいね?すぐに別の部屋に行くから…」
「弟子入りしたいのは本当です。そのために条件をのんだんです」
今までの傷病人に対して向けるような視線が、呆れを含んだものに変わったのを感じた。
「いや、そんな暇アリスにもありませんから。もう十分回復したでしょう。治療終了。あなたも帰ってください。」
突如としてアリスさんが口を開いた。
「戦場を見たことはあるか?もう助からない人を見捨てなければならなかったことはあるか?」
「………」
思わず考えさせられてしまう。
その迫力は戦場をくぐり抜けてきた回復士の…
「いや、アリスは戦場なんて見たことないでしょ!」
「ない」
ないのか。
「まあ、つまり私が言いたいのは、それをする気概があるかってことだ」
優秀な者に休息は与えられない。西に怪我人あれば呼ばれ、東に急病人あれば休む暇もなく行かなくてはならない。
その覚悟があるか、ということだろう。
「…アリスは毎日ぐっすり寝てるわよ。人それぞれってことね」
「例えだ例え。…だが話を聞く限り君は、それを望むんだろ?」
「ああ、…戦場にいる人を全員救うため、助けを求める人をもう…見捨てないために。俺は誰もを救う回復士になる。そのための方法を、あなたから学びたいんです!」
それは本当に俺の1番の望みだ。
しばらくの沈黙。
「いいだろう。では、明日からよろしく頼むよ?」
「今日からでも大丈夫ですよ」
「それはだめだ。叱られてくれ」
即答だった。…叱られる?
圧を感じて、後ろを振り向くと。
「指示に従わず、体調を勝手に悪化させる。そういう患者が、一番迷惑なんだよねぇ…?」
殺気を纏った院長がそこに立っていた。
俺はこうして、幻の回復士の弟子になるという目標を達成したのであった。
その日の夕方。書類を整理していると、マトが今朝の少年についてのことを話しかけてきた。
「アリスのことだから弟子を取るなんて面倒くさがるもんだと思っていたわ」
なんだかんだ言って彼に興味があるらしかった。
「彼が私のことを語る時、尊敬はすれど、自分でも学べば同じことができるように思っているようだった。世間知らずなのか、自信家なのか。まあ、なんとなくそういうところが気に入ったのさ」
本当の理由は言わずもがなだが、突っ込まれるのが見えているので、用意しておいた理由を言う。
すると思っていたよりあっさり引き下がった。
「そ。まあいいか。…あ、そんなことより気になってたんだけど、じゃあ何を教えるの?そもそも、アリスに治療のことで教えられることなんてあるの?」
「………」
「………」
「ない…な!」




