【第76話】拷問器具と、職人の覚悟
『神耳の落ちこぼれ』
世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
「私の体の心配をしてくれるのは、とても嬉しいわ。……でも、装具の出力を落とすような安全装置や、負荷を逃がすためのリミッターは、絶対に組み込まないでちょうだい」
その言葉に、工房の空気が一瞬にして凍りついた。 炉の炎の熱気すらもが、ルカの放つ凄まじいまでの「意志の冷徹さ」に気圧されたかのように、チロチロと弱まったように感じられた。
「ルカ、お前……自分が何を言っているのか分かっているのか」
アルベルトが、血走った目をさらに見開き、悲痛な顔で作業台に横たわる娘を見下ろした。
「それでは、シリンダーが生み出す暴力的すぎる張力が、お前の肉体を直接破壊しかねない! ただでさえ、空間の亀裂を強制的に縫い合わせる際の反発力は、大陸を揺るがすほどに凄まじいのだぞ。いくら鉄のフレームで外側を覆ったところで、逃げ場のない衝撃は、必ずお前の骨や内臓に致命的なダメージを与える!」
「……そうよ。だから、いいんじゃない」
ルカは、冷たい作業台の縁に生身の左手を回し、鋼鉄の角を爪が白くなるほどにギュッと強く握りしめながら、ゆっくりと上体を起こした。
彼女が顔を上げると、そこには、かつて大衆の重圧に怯え、完璧な神様を演じようとしていた頃の『虚ろな仮面』はなかった。 代わりに彼女の瞳に宿っていたのは、自らの命を薪としてくべることすら厭わない、どこまでも泥臭く、そして澄み切った「職人としての狂気的な覚悟」であった。
「黒い太陽……あの霊峰の頂に開いた、世界最大のブラックホールを縫い合わせるには、中途半端な力じゃ絶対に足りないのよ。遊びを持たせて衝撃を逃がそうなんて甘いことを考えていたら、針を打ち込む前に、私たちが空間ごと虚無に吸い込まれて消滅するわ」
ルカの言葉は、恐ろしいほどに理にかなっていた。 圧倒的な質量を持つ虚無を塞ぐには、それ以上の物理的暴力で、空間を力ずくでねじ伏せるしかないのだ。
「私の骨が軋んでも、肩の肉が裂けても、肺が潰れても構わない。……この死んだ右腕を、ただの『芯棒』にして。その外側から、限界まで鋼鉄のワイヤーと滑車で締め上げてちょうだい」
ルカは、自らの左手を目の高さに掲げ、五本の指をゆっくりと、獲物の首を絞めるように動かしてみせた。
「私が、この左手の指先でトリガーを引いたら。背中のボイラーが火を噴いて、絶対に千切れない暴力的な力で、右腕ごと空間を強引に引き寄せる。……そんな、人間の体を完全に無視した『拷問器具』みたいな装具でいいの」
「お前……ッ!」 ガリィが、耐えきれずに奥歯をギリッと鳴らした。
「腕の神経が死んでるから痛くねえと思ったら大間違いだぞ!? お前の言う通りに腕を外から無理やり跳ね上げれば、装具を固定している『生きている右肩の付け根』や『背中と胸の肉』に、数トン単位の牽引力がダイレクトにのしかかるんだ! まるで生きたまま四つ裂きにされるような、胴体が真っ二つに裂けるような激痛が走るんだぞ! そんなもん背負って戦ったら、お前の精神が先に焼き切れて発狂しちまう!!」
「痛くていいのよ、ガリィ」
ルカは、泥と油で汚れた顔に、フッと、まるで春の陽だまりのような、あまりにも場違いで穏やかな笑みを浮かべた。
「痛くない魔法なんて、完璧な奇跡なんて、どうせ嘘っぱちだもの」
彼女の言葉は、かつて父が目指し、そして自身も一度は囚われかけた「無菌室の理想」への完全なる決別であった。
「私が生きている限り、流す血と、生きた肉が悲鳴を上げるこの痛みだけが……私がこの世界を諦めていないっていう、確かな『証明』になるわ」
そのルカの言葉に、ガリィは深く、ひどく重たい溜息を吐き出した。 彼は、忌々しそうに自身の頭をガシガシと乱暴に掻きむしると、天を仰いで吠えた。
「……聞いたか、アルベルト! お前の娘は、世界で一番強情で、最高にイカれた客だ!!」
ガリィは、床に落ちていた巨大なハンマーを拾い上げ、製図板に向かってズンッ!と突きつけた。
「おい、設計図のシリンダー容量をさらに倍にしろ! その代わり、牽引時の反動で腕が根元からもげねえように、俺が徹夜で、絶対に壊れねえ最高の『鉄の拘束衣』を打ち出してやる!! 痛くて泣き叫んでも、絶対に外してやらねえからな!!」
「……ああ。この子の覚悟に、中途半端な妥協で応えるわけにはいかないな」
アルベルトもまた、泥だらけの顔に不敵な笑みを浮かべ、製図板の上のホログラムを、さらに凶悪で暴力的な構造へと猛烈な速度で書き換え始めた。
それは、魔法という神秘の力に頼り切った、綺麗事の武具などでは決してなかった。 人間の生身の痛みを代償に。 純粋な鉄の質量と、限界まで圧縮された蒸気の圧力、そして何重にも張り巡らされた鋼鉄のワイヤーの力で、死体を強引に振り回すための『外骨格装具』。
欠損を美しく補うための「義手」ではない。 不完全な肉体に、あえて重くてうるさい鉄の枷をはめ込み、その圧倒的な摩擦とノイズを極限まで増幅させて、世界の絶望に真っ向から叩きつけるための。
人類史上最も泥臭く、最も残酷な「継ぎ接ぎ」の産声が、今まさに、アイアン・ヘイヴンの炉の底で、重く鈍い胎動を始めていたのである。 だが、その外骨格を操るための「もう一つのパーツ」――『針』をどうするかが、次なる大きな問題として浮上してきた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




