第2話 無能貴族、全員を鑑定する
指を鳴らした、その瞬間だった。
床に浮かび上がった魔法陣が、まるで生き物のように脈動を始める。
「な……なんですの、その魔法陣は……!?」
王女セシリアの声が、わずかに震えた。
無理もない。
この国の魔導書にも、こんな魔法陣は載っていない。
「全属性同時展開。真・鑑定」
俺がそう告げると、魔法陣から幾筋もの光が走り、大広間全体を包み込んだ。
逃げ場はない。
隠し事も、偽装も、すべて――暴かれる。
「ふざけるな! 無能の分際で……!」
真っ先に声を荒げたのは、赤髪の青年――ガイル・フォルテスだった。
英雄候補。
王国が誇る若き才能。
少なくとも、表向きは。
俺の視界に、彼の情報が展開される。
【ガイル・フォルテス】
・剣術A → 偽装(薬物による一時強化)
・炎属性魔法 → 魔力供給:外部依存
・戦闘実績:誇張報告
・称号:なし
……なるほど。
「――偽物、か」
「なっ!?」
会場が、一気にざわめいた。
「剣術Aって……偽装?」
「魔力が、外部依存……?」
「英雄候補じゃ、なかったのか……?」
「ち、違う! そんなもの、でたらめだ!」
ガイルは必死に叫ぶが、説得力はない。
なにせ、鑑定結果は“事実”だ。
「薬物による強化は、今日も使用中だな。効果が切れるまで……あと三十分ほどか」
「――っ!?」
彼の顔が、みるみる青ざめていく。
そして、次に表示されたのは――
【セシリア・ルミナス】
・王族権限:乱用
・公金横領:有
・闇属性契約:進行中
・契約相手:未確定(魔族級反応)
時間が、止まった。
「…………え?」
間の抜けた声が、王女の喉からこぼれ落ちる。
会場は、水を打ったように静まり返っていた。
「お、お待ちなさい! そんなもの、でたらめですわ!」
セシリアは声を荒げ、俺を睨みつける。
「鑑定魔法など、上級でも個人単体が限界のはず! それを、全員同時にだなんて……!」
「常識の話か?」
俺は、淡々と言い返す。
「無能だった俺に、常識を当てはめるな」
どっと、どよめきが広がった。
王女の護衛を務める近衛騎士たちが、一斉に剣へ手をかける。
だが――動けない。
彼らもまた、鑑定されているのだから。
「王国法第七十二条」
俺は、静かに告げた。
「王族による闇属性契約、および魔族との密約は――重罪だ」
誰かが、息を呑む音が聞こえた。
「そ、そんな……わたくしが……?」
セシリアは一歩後ずさり、縋るように周囲を見渡す。
だが、誰も助けない。
鑑定結果は、すでに全員の目に見えている。
「安心しろ」
俺は、ほんの少しだけ声を和らげた。
「まだ“確定”じゃない。今は疑惑段階だ」
「……え?」
「調査すれば、いずれ分かる。
それが真実か、それとも――もっと酷い何かな」
王女の顔から、完全に血の気が引いた。
この場で処刑されないだけ、温情だ。
本当なら、即座に拘束されてもおかしくない。
「……これで、満足?」
セシリアが、震える声で尋ねる。
俺は、ゆっくりと首を振った。
「いいや」
魔法陣を消しながら、言う。
「これは、始まりにすぎない」
会場の空気は、完全にひっくり返っていた。
嘲笑は消え、代わりにあるのは――恐怖と後悔。
そして俺は、はっきりと理解した。
この国は、もう俺を“無能”として扱えない。
同時に。
この国は、俺を――恐れ始めた。
それが、どんな結末を招くのか。
彼らは、まだ知らない。




