第八十九話 影を喰う力
アレンとヴァルガスは霧の村での異変を目の当たりにし、急ぎバストリアへ戻った。
そこには黒い霧に包まれた街、そして——アルデンが待っていた。
「——お前は、遅すぎた」
城門前に立つアルデンは、もはや人間ではなかった。
黒い霧が体を包み込み、まるで影そのものが形を持って立っているようだった。
かつての彼の面影は、僅かに残る輪郭にしか見いだせない。
アレンは一歩前に進む。
「アルデン……お前は、何をしようとしている?」
アルデンは静かに微笑む。
「俺は……完全になる」
その言葉と同時に、黒い霧が渦を巻く。
「この世界を喰らい尽くし、俺は"影そのもの"となる」
「そんなこと……させるかよ!」
アレンは地を蹴った。
疾風のごとく間合いを詰め、拳を振るう。
しかし——
「無駄だ」
アルデンの体が揺らぎ、拳は霧を裂いただけだった。
「なっ……!」
直後、背後からアルデンの声が響く。
「お前の攻撃は、俺には届かない」
振り向いた瞬間、黒い刃がアレンを襲った。
間一髪で身を翻し、回避する。
「影を……武器に?」
アレンの目が鋭くなる。
アルデンの周囲から黒い霧が渦を巻き、まるで触手のように動いていた。
刃、槍、鎖——様々な形に変化し、アルデンの意思に応じて攻撃を繰り出す。
「影は拡がり、飢えを満たす」
アルデンが手をかざすと、城の影がうねり、彼のもとへと吸収される。
「……ッ!」
そしてアルデンは、アレンに向けて手を伸ばす。
「……ッ!!!」
アレンは素早く距離を取るが、アルデンの影が追いかけるように地面を這ってくる。
「クソ……!」
ヴァルガスが剣を抜き、横からアルデンへ斬りかかる。
「くらいやがれ!」
しかし、その一撃もまた、霧の中へと消えた。
アルデンは静かに笑う。
「お前たちに俺を殺す術はない」
黒い霧が激しく渦を巻き、バストリアの街へと広がっていく。
「このままでは……!」
アレンは拳を握りしめた。
アルデンの影の力を前に、決定打が見つからない。
だが——
「まだ終わっちゃいない……!」
アレンは再び地を蹴り、アルデンへと向かっていった。
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アレンは何度も拳を振るうが、アルデンには届かない。
霧のように掻き消え、影へと変わり、全てを無効化する。
「ガァァアアアッ!!」
アレンは咆哮し、己の能力を最大限に発動する。
強靭な筋力が膨れ上がり、身体が肥化大していく。
「お前がどれだけ影を喰おうが……俺は俺の力でお前を打ち砕く!」
しかし——
アルデンは微笑むだけだった。
「そうか……ならば、試してみるといい」
次の瞬間、アルデンの影がアレンの足元へと広がり、一気に絡みつく。
「……ッ!」
瞬間、アレンの体が鈍く痺れる。
「お前の影も、俺のものだ」
影がアレンの体を蝕み、動きを封じる。
次第に手足の力が抜け、冷たい闇が体の内側から浸食していく。
「ぐ……ぁ……!」
アレンの呼吸が乱れる。
「もう、お前に抗う力はない」
アルデンの声が静かに響く。
影の侵食が深まる。
意識が朦朧とし、視界が歪む。
「違う……俺は……」
しかし、言葉を発することさえ困難になっていた。
体の感覚が消え、まるで影に取り込まれていくようだった。
「アレン!!」
遠くで、ユイの叫び声が聞こえる。
だが、その声さえも霧の向こうに消えていく。
「俺は……喰われるのか……?」
手を伸ばしても、力が入らない。
意識が沈んでいく。
「これが……"喰われる"ってことなのか……?」
絶望が、アレンの胸を締め付ける。
「……終わりだ」
アルデンの静かな声が、耳に届いた。
そして、アレンの視界は、完全に暗闇へと沈んでいった——。
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アレンの攻撃は、アルデンには一切通じない。
さらに、影の侵食によって動きを封じられ、意識を奪われていく。
喰う者と喰われる者——アレンは、絶望の淵へと追い詰められる。




