第八十八話 消えた村
霧の村でアルデンの影を目撃したアレンは、一度バストリアへ戻る。
だが、彼の心にはある疑問が残っていた——。
バストリア城の一室で、アレンは腕を組みながら考え込んでいた。
霧の村で見たアルデンの影。
あれは本当にアルデンだったのか?
あの場で姿を消したが、まだ近くにいるのではないか。
「……確かめるしかない」
アレンは立ち上がった。
「ヴァルガス、もう一度あの村へ行こう…」
「おいおい、またか?」
ヴァルガスはため息をついたが、アレンの真剣な表情を見て肩をすくめる。
「まあ、……どうせ止めても行くんだろ?」
「ああ」
アレンは短く頷いた。
そして二人は、再び霧の村へ向かった。
村の入り口に立ったアレンは、違和感を覚えた。
「……おかしい」
ヴァルガスも辺りを見回し、険しい表情をする。
「なあ……ここ、本当にあの村か?」
アレンは無言で地面に手を触れた。
確かに、ここには村があった。
人々が暮らし、生活の痕跡が残されていたはずだった。
だが——
村そのものが、消えていた。
建物も、人の影も、一切が存在しない。
まるで、最初から何もなかったかのように。
「……アルデンの影が、村ごと喰ったのか?」
ヴァルガスの声が低く響く。
アレンは拳を握る。
「まずい……バストリアに戻ろう!」
二人はすぐに踵を返し、全力で駆け出した。
しばらく進んだところで、ヴァルガスが息を呑んだ。
「おい……あれを見ろ」
アレンも顔を上げた。
バストリアが、黒い霧に包まれていた。
「……っ!」
胸の奥がざわつく。
霧の村の異変を考えれば、バストリアもすでに"喰われ"始めているのかもしれない。
「急ぐぞ!」
アレンとヴァルガスは、一気に速度を上げた。
霧に覆われたバストリアへ向かい、駆ける。
バストリアの門前に到着した。
しかし——
門番がいない。
普段なら、兵士が立っているはずの門前に、誰もいない。
街の中を覗いても、人の気配が感じられなかった。
「……やばいな」
ヴァルガスが険しい表情で呟く。
アレンも周囲を見渡す。
店も家も、すべての窓や扉が固く閉ざされ、人影がまったくない。
「城へ向かおう」
二人はすぐに城へと駆け出した。
アレンとヴァルガスが城門をくぐった瞬間、遠くで何かの気配を感じた。
見上げると、バストリア城の塔の上に、ユイ、ミリア、フェン、ゼノン、バストリア王たちの姿があった。
彼らは、黒い霧を避けるようにして、塔を登っていた。
「アレン!」
ユイの声が響く。
彼女の目には、不安と安堵が入り混じっていた。
「間に合ったか……」
ゼノンが息をつく。
「お前たち、城に避難していたのか?」
アレンが叫ぶと、ゼノンが頷く。
「霧に触れた者は、影を喰われ、存在ごと消える……!」
「やっぱり……」
アレンの眉が険しくなる。
その時——
「遅かったな」
城門前に、黒い霧が渦を巻いた。
渦の中心から、ゆっくりと一つの影が立ち上がる。
漆黒の気配を纏い、人の形をした"何か"が、そこに立っていた。
「——お前は、遅すぎた」
アルデン。
ついに、奴が姿を現した。
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霧の村でアルデンを探すも、そこには何も残っていなかった。
消えた村、黒い霧に覆われたバストリア——そして、ついにアルデンが姿を現す。
次回、アレンとアルデンの戦いが本格化する。