第七十五話 圧倒
王国騎士団の中には彼らの実力を疑う者も多く、騎士団最強のゼノン・ヴァル=クラウスが試合を申し込んだ。
そして、王城の武闘場で試合が始まろうとしていた——。
王城の武闘場には、すでに大勢の騎士たちが詰めかけていた。
広大な砂地の闘技場を囲むように設けられた観覧席には、王国騎士団の者たちが並び、試合の開始を今か今かと待ち構えている。
「ゼノン様が戦うなんて……」
「さすがに、あの男が勝つとは思えないが……」
騎士たちの間には、ゼノンの圧倒的な実力を疑わない声が多かった。
誰もが、これから始まる戦いの結果を予想していた。
その中で、ただ一人、ヴァルガスだけが違う表情をしていた。
「……さて、どうなるかね」
彼は闘技場に立つアレンの姿を見つめながら、ニヤリと笑った。
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ゼノンは静かに剣を抜き、鋭い視線をアレンに向ける。
「準備はできたか?」
「……まあ、やるしかないんで」
アレンは軽く息をつきながら、ゼノンを正面から見据える。
彼の表情には焦りもなければ、闘志の高まりも感じられない。
「では——始めッ!」
審判の合図とともに、ゼノンが鋭く地を蹴った。
「……!」
その瞬間、観客席の騎士たちが息を呑む。
ゼノンの動きは、まさに王国最強と謳われるだけのものだった。
爆発的な踏み込みとともに、刃が一直線にアレンへと迫る。
——しかし。
アレンは動じることなく、一歩横へと身を逸らした。
ゼノンの剣が空を斬り、すぐに次の攻撃へと移ろうとするが——
「なんだ……?」
ゼノンは、自分の動きが完全に読まれていることに気づいた。
「……」
アレンは無駄な動きを一切せず、ゼノンの攻撃を軽くいなしていく。
ゼノンは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。
「ならば——!」
彼は刃を斜めに振り上げ、さらに速い踏み込みで攻める。
アレンの側面を狙い、寸分の狂いもなく正確に斬撃を繰り出す。
だが——
アレンはその動きすらも見切っていた。
まるでゼノンの次の行動をすべて予測しているかのように、最小限の動きでかわし続ける。
ゼノンの剣は、一度もアレンの身体に触れることなく空を斬り続けた。
観客席の騎士たちがざわめき始める。
「な、なんだあれは……!」
「ゼノン様の攻撃が、一度も当たっていない……?」
次第に焦りが見え始めるゼノンに対し、アレンは静かに言葉を発した。
「お前の攻撃、単調すぎるな」
ゼノンの表情が僅かに歪む。
「……っ!」
怒りとともに、ゼノンは全力で地を蹴る。
「ならば、これで終わりだ!!」
剣を横一閃に振り抜く——が。
次の瞬間、ゼノンの視界が一瞬だけ暗転した。
「……!?」
何が起きたか、分からなかった。
気づけば、自分の剣が止められている。
いや——正確には、アレンが片手でゼノンの剣を掴んでいたのだ。
「っ……バカな!」
ゼノンは力任せに剣を引こうとするが、びくともしない。
「もう終わりだ」
アレンが静かに言った瞬間——
「……ッ!」
ゼノンの身体が宙を舞った。
アレンがゼノンの剣を掴んだまま、一瞬で懐へ入り込み、そのまま投げ飛ばしたのだ。
「——ッ!」
ゼノンの巨体が大きく宙を舞い、無防備な状態のまま地面に叩きつけられる。
「……!」
会場が静まり返った。
ゼノンはゆっくりと立ち上がろうとするが、すぐに膝をつく。
「これ以上、やる気はあるか?」
アレンが淡々と問いかけると、ゼノンは悔しそうに顔を歪めながらも、剣を地面に突き立てた。
「……降参、だ」
その瞬間、審判が声を張り上げる。
「勝者——アレン!!!」
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会場全体が沈黙に包まれる。
ゼノンは王国騎士団の中でも最強の男。
そのゼノンが、手も足も出ずに敗れた——。
「……嘘だろ」
「ゼノン様が……完封された……?」
騎士たちは信じられないといった表情を浮かべた。
その中で、ヴァルガスだけがニヤリと笑っていた。
「まあ、こんなもんだろ」
彼だけは知っている。
アレンが、まだ本気を出していないことを。
獣化のことを知るのは、今のところヴァルガスだけ。
「……まだまだ、こいつの強さはこんなもんじゃねぇぞ」
ヴァルガスは呟くように言った。
そして、王は静かに立ち上がり、アレンを見つめた。
「実に見事な戦いであった」
アレンは静かに頭を下げる。
こうして、アレンの圧倒的な勝利によって試合は幕を閉じた。
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アレンは獣化することなくゼノンを圧倒し、王国最強の騎士を完封した。
その強さを目の当たりにした騎士たちは呆然とし、王もまたアレンの実力を認める。
しかし、ヴァルガスだけは知っている。
アレンの真の強さは、まだこんなものではないと——。




