第五十話 廃村の暮らし
バストリアを脱出し、アレンたちは身を隠す場所を求めて森を進んだ。
たどり着いたのは、かつてヴァルガスと出会った廃村。
安全な拠点を確保するため、彼らは教会に身を寄せることにした。
焚き火の火が、教会の壁にオレンジ色の影を作り出していた。
アレンは薪をくべながら、ちらりとユイとミリアの様子を見る。
二人は並んで座り、じっと炎を見つめていた。
ずっと緊張し続けていた身体が、ようやく落ち着いたのだろう。
「……落ち着くわね」
ミリアがぽつりと呟く。
「うん……こんなにゆっくりできるなんて、夢みたい」
ユイの声には、ほんの少し震えがあった。
彼女はこれまで、常に追われるような生活をしてきたのだ。
逃げること、隠れること、戦いの恐怖に怯えること——それが日常だった。
「ここなら、しばらく安心できそうだな」
アレンがそう言うと、ミリアが深く頷いた。
「ええ……ようやく、静かに暮らせそうね」
ユイは顔を上げ、アレンを見た。
「ねえ……この村には、川とかあるの?」
「ああ、あるぞ。ちょっと魚を獲ってくるか」
アレンが立ち上がると、ユイとミリアの目が輝いた。
「魚!?」
「食べられるの!?」
「当たり前だろ」
ユイとミリアは顔を見合わせ、ぱっと笑顔になった。
アレンは槍を手に取り、教会を出た。
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村の外れには、小さな川が流れていた。
水は透き通っており、足元にはいくつもの魚が泳いでいるのが見える。
「狩るよりは簡単そうだな」
アレンは槍を構え、水面の魚をじっと観察する。
狙いを定め、一気に突き出した。
水しぶきが上がり、槍の先にはぴちぴちと跳ねる魚が刺さっていた。
「よし、一匹目」
その後も数匹を仕留め、満足できる量を確保したアレンは教会へ戻ることにした。
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「すごい……本当に獲ってきたのね!」
ミリアが感心したように魚を見つめる。
「こんなの食べるの、いつぶりだろう……」
ユイは目を輝かせながら、そっと魚に触れた。
「すぐに焼こう」
アレンは魚を串に刺し、焚き火の上にかざした。
脂が落ち、じゅうっと美味しそうな音がする。
「……いい匂い」
ユイが小さく呟く。
炭火の熱で魚の表面がこんがりと焼け、身がほくほくとほぐれていく。
「よし、焼けた」
アレンが魚を渡すと、ユイとミリアは大事そうにそれを受け取った。
ユイがそっとかじる。
「ん……!」
目を大きく見開き、ゆっくりと噛みしめる。
「おいしい……!」
ミリアも頷きながら口に運んだ。
「何もつけてないのに、こんなに美味しいなんて……」
「新鮮だからな」
アレンも魚にかじりつく。
火の通った白身は柔らかく、ほんのりと川魚特有の甘みが感じられた。
「……こうやって、安心してご飯を食べられるなんて」
ユイがぽつりと呟く。
「それだけで幸せね」
ミリアも静かに言う。
アレンは彼女たちの表情を見て、ふっと笑った。
「この村で、しばらくはゆっくりできそうだな」
「うん……」
ユイとミリアは微笑みながら、焼き魚を味わい続けた。
戦いのない日々。自由に生きられる時間。
そんな"普通の暮らし"が、彼女たちにとって何よりの幸せだった。
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アレンたちは、新たな拠点で"普通の暮らし"を始めた。
魚を焼いて食べるだけの時間が、彼女たちにとってどれほど特別なことだったのか——。