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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
50/103

のほほん領主、蜥蜴族の臣従を得る

お待たせいたしました! 投稿遅れたぶん、精一杯書いていきます!

 聖都ファンオウの太陽神殿、謁見の広間にファンオウがやってくるとエリックが既に到着していた。

「おお、よく、戻ったのお、エリック。怪我は、無かったかのお?」

 朗らかに笑い、ファンオウは跪いたエリックを診る。気力の横溢した佇まいからは、異常は何も感じられない。顔を上げたエリックが、あるかなきかの微笑を浮かべた。

「殿の威光、蜥蜴族どもに充分に見せつけることが出来ました。捕虜は、百程。こちらの被害は、皆無です。あの程度の相手であらば、肩慣らしにすらなりません」

「あたしの武器の、お陰もあるよね」

 豪奢な椅子の横で言うレンガに、エリックが構わず立ち上がり広間の入口の兵へ手を挙げた。

「殿に、此度の戦果をお見せいたします……連れて来い」

 エリックの指示にうなずいた褐色の兵が、一礼して広間を出る。ほどなく、その兵は一本の縄を引いて戻って来た。

「おお……」

 兵の引く縄の先へ眼をやったファンオウは、椅子から身を乗り出し息を吐いた。兵に引ったてられて連れて来られたのは、大柄な二足歩行の蜥蜴である。首に、獣の牙を結わえた飾り物を身に着けており、ぬめる緑色の鱗と白い腹のコントラストが鮮やかであった。細く骨の浮いた前肢が、揃えて縄で縛られており、それは兵の持つ縄へと繋がれている。前に長く突き出た口にも、同じく頑丈な細い縄が結び付けられていた。

 覚束ない足取りで、その蜥蜴族はエリックの少し後ろまで歩き、そしてファンオウへ向けて腹を見せて横たわる。

「腹を見せるのは彼奴等の、臣従の証です。この者は侵攻をしてきた蜥蜴族五百の長であるらしく、言葉を話すことは適いませんがこちらの言葉をある程度は理解できるようです、殿」

 エリックの言葉に、ファンオウは視線を動かさず蜥蜴族の小さな瞳を見つめ続けていた。逆さになり、頭頂を床へ押し付ける姿勢でいるため、その眼は何を思い、見つめているのかはわからない。

「殿?」

 エリックが、ふらりと立ち上がったファンオウに呼びかける。ファンオウは黙したまま、蜥蜴族に歩み寄り白い腹に手のひらを置いた。

「グ……」

 縄に縛られた蜥蜴族の口から、微かな呻きが漏れる。ぴくり、とその尻尾が跳ねると、エリックが殺気を放った。

「怪我を、しているようじゃのお」

 言いながら、ファンオウは蜥蜴族の腹を指でなぞるように撫で上げる。

「グギ……グギィ」

 呻き、わずかに蜥蜴族が身をよじる。首を上げる蜥蜴族に、ファンオウはにっこりと微笑んで見せた。

「安心せよ、わしは、医師じゃ。お主の、身体の痛みを、和らげて、みようと思うてのお。気脈を測るゆえ、じっとして、おるのじゃぞ」

 幼子に言い聞かせるように、ファンオウは普段よりもさらにゆっくりと言葉をかける。蜥蜴族の全身にあった緊張が、ふっと緩んだ。

「エリックよ、この者の縄を、解いてはくれぬかのお?」

「殿……しかし」

 提案に難色を示すエリックに顔を向け、ファンオウは穏やかに笑う。

「わしの民と、なったのであれば、戒めを続ける必要は、無いじゃろう?」

 ファンオウの言葉に、エリックが小さく息を吐き、ぱちりと指を鳴らす。ひゅん、と室内に風が吹き抜け、蜥蜴族を縛る縄がぷつりと切れた。

「……少しでも、妙な動きをすれば、俺が斬る」

 蜥蜴族へ向けて、エリックが念を押すように言った。

「グゥゥ……」

 蜥蜴族の咽喉の奥で、小さな鳴き声が上がる。聞いたファンオウは、苦笑を浮かべた。

「そう、驚かすではない、エリックよ。わしの民が、怯えてしまっておるではないか、のお?」

「グギャ、グギャィ」

 優しく声をかければ、応じるように蜥蜴族が鳴く。エリックの言う通り言葉は、理解しているのかも知れない。ひとつうなずいて、ファンオウは触診を続けてゆく。

「グギィ! ギア!」

「おお、すまぬのお。肩の関節が、外れておるようじゃのお……それも、両肩とも。戦のこととはいえ、すまぬことを、したのお」

 ファンオウの側に佇むエリックが、ふいと顔を逸らせる。戦でした怪我では、無いのかも知れない。そんなエリックの様子に気を留めることもなく、ファンオウはコキリと蜥蜴族の肩を嵌め直す。

「ギャイ、ギャウウ!」

 鳴き声を上げるものの、蜥蜴族は身体を微動だにせず耐えていた。

「うむ。我慢強い、良い子じゃ。ヨナや、鍼を」

 差し出したファンオウの手の上に、鍼入れがすぐさま乗せられる。

「殿……まさか、蜥蜴に、鍼を?」

 驚いた様子のエリックの声が、ファンオウの耳へ入る。ファンオウは、蜥蜴族を見つめたままこくりとうなずいた。

「うむ……気脈の流れは、あるようじゃから、のお……なれば、鍼を打つことは、できる筈じゃ」

 ファンオウの口元に浮かんでいた笑みが消え、細い眼がさらに細められ糸のようになる。

「グギャギャ……」

「大丈夫じゃ。こう見えても、わしの鍼は、ちょっとしたものじゃから。わしを、信じよ」

 きらりと光る鍼の先に、蜥蜴族が観念したようにつぶらな瞳を閉じる。

「いいなあ……あたしも、蜥蜴になりたい」

 指を咥えて見つめるレンガが、切ない声を上げる。だがそれは、もうファンオウの耳には入ってはいない。ファンオウの意識は全て、目の前の蜥蜴族の体内を巡る気脈へと向けられていた。

 気脈を刺激し、流れを整え、滞るものを散じ、調和させてゆく。とん、とん、と淀みない手つきで、ファンオウは三本、四本と蜥蜴族の肌に鍼を打ち込んでゆく。

「クゥ……」

 蜥蜴族の口から、高い鳴き声が漏れた。

「そうか。それなら、ひと安心じゃのお。じゃが、気脈が整うまで、鍼はそのままじゃから、あまり動くでないぞ」

 額に浮いた汗をヨナに拭いてもらいながら、ファンオウは蜥蜴族に向けて満足そうに笑いかける。

「グゥゥ……クァ」

「うむ。眠りたければ、寝ると良い。ここには、お主を脅かす者は、もうおらぬからのお」

 ゆっくりと語り掛けるファンオウの前で、蜥蜴族が静かに寝息を立て始めた。しばらく診ていたファンオウであったが、完全に眠りに落ちた蜥蜴族にうなずくと鍼を抜き取った。

「ヨナ、処置は、完了じゃ。こやつに、寝床の用意を、してやってくれぬかのお?」

「ハイ、畏まりマシタ」

 ヨナが退出し、ほどなくソテツの手により蜥蜴族が運ばれていった。大柄で重い蜥蜴族の身体も、鬼のソテツにかかれば小脇に抱えたクッションのようである。

「そっと、運ぶのじゃぞ」

「任せる、そっと、運ぶ」

 朴訥な言葉を残し、ソテツも退出してゆく。その背を見送ったファンオウは、側へ控えるエリックに眼を向けた。

「エリック、此度の働き、誠にご苦労じゃったのお。新たな民を、迎えられたこと、わしは嬉しく思うぞ」

「勿体なきお言葉です、殿。俺はエルフの武人として、殿の賛辞を戴けるほどに働いてはおりません」

 右拳を左掌に打ち当てて、膝をついてエリックが言う。

「そう、畏まらずとも、良いぞ、エリックよ。お主の立てた武勲は、誇って然るべきものじゃ。その働きに報いるには、わしはどうすれば良いか、わからぬほどじゃて」

 うんうん、とうなずくファンオウの前で、エリックの咽喉がごくりと動く。

「……なれば、殿。俺の、働きを、殿が素晴らしいと仰って下さるのであれば……」

「何じゃ。何か、望みのものでも、あるのかのお?」

 珍しく逡巡を見せるエリックに、ファンオウは首を傾げる。少しの間があり、エリックが意を決して口を開く。

「俺にも……ヒマワリの種を、お与えくださりませんか?」

「ふむう? 持ち出していった分は、もう蒔ききってしもうたのか、のお?」

 さらに首を傾げるファンオウに、エリックが首を横へ振って見せる。

「いえ……あの儀式のときのように、殿の手ずから、俺の口へ……」

 言いながら、エリックがぱきりと割ったヒマワリの種の中身を捧げるようにファンオウへ差し出す。

「……お主も、やりたかったのじゃな」

 しばらく前に行われた儀式を思い出し、ファンオウは苦笑する。大真面目な顔でうなずくエリックの顔に、わずかな羞恥が表れた。

「うむ。良いぞ」


 ファンオウは、エリックの小さな望みを叶えた。歓喜に打ち震えるエリックには、ニマニマと笑うレンガの表情など眼には映らない。恍惚としたエリックにうなずくと、ファンオウはヨナを呼び出し外出の準備を命じる。

「どこかへ、行かれるのですか、殿?」

 我に返ったエリックが、その様子に声を上げる。

「うむ。大聖堂の診療所に、怪我人がたくさんおるようじゃから、のお。少し、イファの手伝いに、行こうかと思うのじゃ」

「では、俺も供を」

「お主は、戦で疲れておろう。ソテツを伴うゆえ、今は身体を休めておれ」

「なんの、俺はまだまだ大丈夫です。ですが、領境の隣領領主の軍が、気にはなります。今すぐに戦、とはならぬでしょうが、様子を見にゆくために、少しだけお側を離れることを、お許しください」

 エリックの言葉に、ファンオウは大きくうなずいて見せる。

「戦のことは、お主に任せると、決めたからのお。思う通りに、すれば良い。レンガ殿、そういう訳じゃから、今しばらく、エリックに力を貸してやっては、くれぬかのお?」

 ファンオウの頼みに、レンガが鷹揚にうなずいて微笑む。

「うん。まあ、次の戦は、まだ遠いだろうけど。そのかわり、またアレ、してくれる?」

「指圧じゃな。うむ、良いぞ。診療所にいる怪我人を、診終ったらになるがのお」

 カラカラと、ファンオウは笑いながら答えた。二人に見送られ、変装をするために自室へと戻る。

「捕虜……か」

 ファンオウの上げた低い声は、側を歩くヨナの耳に入らぬほどに小さなものであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。

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