ヒマワリに捧ぐ戦果
聖都ファンオウ郊外の密林は、エリックにとっては己の庭となっていた。調練、探索、狩猟を通じて木の一本一本、わずかな地面の傾斜に至るまですべてを把握している。褐色の戦士たちの斥候も優秀で、鳥の囀りに似た伝令は蜥蜴族たちの侵攻をほぼ正確に伝えてきた。
木々の間に岩を置いて、隘路を作り出す。聖都周辺で行われてきた伐採、開拓の作業経験が役立った。木の上から見下ろす蜥蜴族たちの群れは、隘路へ躊躇なく侵入し楔型の陣形となっている。
「所詮は蜥蜴か。兵法の、初歩も知らぬとみえる」
大弓に矢をつがえ、引き絞る。狙いをつけるのは、ほぼ一瞬で終わる。エリックの手により放たれるのは、拳大の太さを持つ長大な矢である。先端には、鑿型の刃物が取り付けられていた。
びゅおう、と不気味な音を立てて、矢は蜥蜴族たちの中心へと吸い込まれてゆく。先頭の一人に当たった矢はその首を撥ね飛ばし、勢いを止めず二人、三人と突き抜けてゆく。衝撃で、横を走っていた蜥蜴族たちまでよろめいた。
「放てぃ!」
次の矢をつがえ、エリックは樹上に向けて叫んだ。密林の木々が軋みざわめき、ホウ、ホウ、と甲高い奇声が返ってくる。二の矢が放たれると同時に、樹上から降り注ぐのは斧である。戸惑い足を止めた蜥蜴族の頭が飛び、その横でぐしゃりと数本の斧に頭を潰された蜥蜴族が倒れる。密林の隘路に、ぎゃいぎゃいと悲鳴が溢れかえった。
「聞けい、蜥蜴ども! 神聖なるこの地へ泥臭い足を踏み入れた貴様らには、二つの道がある! ひとつは、全てを打ち捨て我らが神に仕え、民として生きる道! 我らが神は寛大にも、貴様ら蜥蜴どもを民として迎える意思をお示しくださった! 恭順の意を見せるのであらば、腹を見せて横たわるがいい! そしてもうひとつは、このままここで我らと戦い、一匹残らず狩り取られる道だ! 好きなほうを、選ぶがいい!」
大弓を軋ませながら、エリックは大音声で呼びかける。ただの言葉ではなく、精霊たちの助けを借りたそれは意思の伝達の魔法でもあった。言葉の隔たりを超えて、精神に直接呼びかけるものだ。知能があれば、通じる魔法である。細かなニュアンスなどは伝わりにくい欠点もあるが、今の場合においてはそれは重要ではない。エリックは、次の矢をつがえたまま反応を待つ。
蜥蜴族たちの答えは、戦闘の継続であるようだった。彼らに漂う怒り、憎悪の意思を読み取ったエリックは矢を放ち、同時に右手を横へ一振りする。たちまちに、エリックの左右に楕円形の大盾と槍を持った戦士が二十人、壁のように整列した。
「蜥蜴どもは、どうやら皆殺しを選んだようだ。なれば、その心臓、血肉の一片までも蹴散らし……ヒマワリにしてやれい!」
剣を抜き、戦士たちの先頭に立ってエリックが言った。密林で死ねば、その生命は大地の呪いにより瘴気となる。瘴気のある場所では、ヒマワリはよく育つ。ヒマワリにする、というのは死体の上にヒマワリの種をばら撒き、瘴気を祓いつくすという皆殺しの指令に他ならない。戦士たちは奮い立ち、神聖なるヒマワリを咲かせるべく武器を構えた。
蜥蜴族たちが、隘路を作る岩にへばりつき登り始めた。人工的に作り出された簡素な隘路は、蜥蜴族にとっては少しばかり起伏の多い地面というだけのことだ。必殺の飛び道具のある細道を、あえて抜ける必要など無い。そして蜥蜴族たちには、少しばかりの知能もあるらしい。大将首を欲して殺到してきた緑の鱗の群れに、エリックは不敵に笑う。
「やれい!」
爛々と黄色く光る蜥蜴族の瞳を間近に見据え、エリックは剣を振るうと同時に合図を出した。戦士たちの作る槍衾が、蜥蜴族へ向けて一斉に突き出される。突撃をしてきた蜥蜴族たちは、自身の勢いが仇となりモズの早贄のごとく鉄槍に貫かれ、絶命してゆく。密集陣形を組んだ槍戦士たちの前に、散発的な突撃を繰り返す蜥蜴族たちは青黒い血を散らしながらその身を骸と変えていった。
ほどなくして、蜥蜴族が撤退を始める。ぱらぱらと、踵を返し始めたものたちが出れば、あとはもう雪崩をうって逃げ惑うばかりである。五百はいたであろう蜥蜴族たちの数は、もう百を切るくらいになっていた。
「逃げられると、思っているのか?」
背を向ける蜥蜴族たちに単身で追いすがり、胴切りに斬り捨てつつエリックは口笛を吹く。木々の狭間に駆け込もうとした蜥蜴族が、足を止めて後ずさる。退路をぐるりと囲むように迫りくるのは、楕円の盾を構えた褐色の戦士たちである。突撃をいなしている間に、包囲が完成していたのだ。
「我が神の民となるならば、腹を見せて横たわれ」
戦意を失った蜥蜴族たちに、エリックは再度の宣告をする。怯えの気配がしたと思えば、あちこちで蜥蜴族たちが白い腹を見せて横たわる。抵抗をする者は、皆無であった。
「……つまらんな。戦士の誇りを持つ者は、いないのか。ふん、所詮は蜥蜴だな」
周囲に転がる白い腹を見つめながら、エリックは息を吐く。その背後で、身体をバネのようにしならせ起き上がる蜥蜴族がいた。立ち上がればそれは、エリックよりも大きな上背である。眼をぎらぎらと憎悪に染めて、爪を振り上げたその蜥蜴族をエリックは振り向きざまに逆袈裟に切り裂いた。ずるり、と蜥蜴族の身体が斜めにずれて、地面に落ちる。剣を納めたエリックは、改めて周囲を睥睨した。
「……誇りを、見せたかった。そういうことか」
起き上がる者がいないことを確かめ、エリックは剣の脇に吊るした革袋へと手を伸ばす。中から取り出すのは、一粒のヒマワリの種である。
「貴様の無謀に免じ、先ほどの言葉は少々訂正してやろう。誇りある、蜥蜴の戦士よ」
青黒い血の染みた大地へ、ヒマワリの種を落とす。みるみるうちに種は芽吹き、茎を伸ばして大輪の花を咲かせる。周囲に、驚愕の気配が漂った。花が散り、種を落として新たに芽吹く。高速で行われる瘴気の浄化光景に死体が瞬く間にヒマワリに埋もれた。
「残った蜥蜴どもを、捕縛せよ」
腰に斧をぶら下げた十人の戦士に、エリックは命じる。あちこちに転がる生き残りたちへ、戦士たちが素早く縄を打つ。蔓草に油を染み込ませた縄は、丈夫で千切られる心配は無かった。抵抗する蜥蜴族はもうおらず、ほどなくして捕縛は終わる。
「これより、聖都へ帰還する!」
戦士長を先頭に、捕虜となった蜥蜴族を引き連れ戦士たちが密林を進んでゆく。最後尾でヒマワリの種を蒔きながら、エリックも続いた。ヒマワリの種を扱うのは、神将軍であるエリックの仕事だった。神事である以上、これは部下に任せるわけにもいかない。
戦場であった場所には、鮮やかな黄色の花が揺れている。死した戦士を弔い、慰めるような色彩にエリックは小さく息を吐く。蜥蜴族を捕虜とし、褐色の戦士たちの死者はゼロである。充分な、戦果といえた。
「殿……今、戻ります」
風に波打つ花たちに見送られ、エリックはかすかに胸を張り、帰路へついた。
夕暮れの太陽神殿の中、薄暗くなりつつある診療室から声が漏れる。
「あっ……ぅん、すごいよ、ファンオウさん……」
熱っぽい吐息の混じった声は、レンガのものである。
「ふむう、ここは、どうかのお?」
「あくっ、そこ、いいよ……もう、少し、ぐりぐりって……ああっ」
「痛かったか、のお?」
「ううん、気持ちいいよ……だから、続けて?」
「ふむう」
「あ、んんっ、くぅん」
艶めかしい嬌声に、のんびりとした声音が続く。
「随分と、解れてきた、ようじゃのお」
「んぅぅ……」
暗い寝台の上で、ファンオウはうつ伏せに寝そべったレンガの熱い肌に当てた指に力を込める。背中から、肩、腕と順に指圧をし、凝り固まった筋肉を揉み解してゆく。ファンオウの額には、汗が浮いていた。ドワーフであるレンガの身体を解すには、指先の力がかなり必要だった。
「頭、ぼうっとなってきた……ふあ」
「気脈が整い、流れが、良くなっておるのじゃ。どれ、もう少し……」
「んはあっ、痛気持ちいい……っ!」
肘の付け根あたりを押さえるファンオウの指に、レンガが切ない声を上げた。
「こんなものかのお。レンガ殿」
汗を拭いて、ファンオウが顔を上げる。間髪入れず、ヨナが冷たい水の入ったコップを差し出してくる。
「お疲れさまデス」
「ありがとうのお、ヨナや」
ファンオウがコップを傾ける間に、ヨナはレンガの汗を拭き、乱れた衣服を整えてゆく。静かだが素早く動くヨナの手によって、診療室に明かりが灯された。
「あぅ……ん、やっぱり、最高だよ……ファンオウさんの、指」
蕩けた表情で、レンガが甘い吐息を漏らす。
「レンガ殿には、いつも無理をさせて、すまぬと思って、おればこそじゃ。戦士たちの、武具も揃えて、貰うたことじゃし、のお」
にっこりと微笑み、ファンオウは言った。
「それは、あたしの仕事だからね。あたしの作った武具があれば、エリックなんていなくても蜥蜴族くらいには負けないよ」
えっへん、とレンガが無い胸を張る。にこにこと、ヨナが笑顔で佇んでいる。遠目に見れば親子にも見えるような光景に、ファンオウは眼を細める。
「わしは、武具にはあまり、明るくは無いでのお。レンガ殿が、打ったものは、それほどまでに、逸品なのかのお」
ファンオウの言葉に、レンガの瞳がぎらりと輝いた。
「もちろんだよ、ファンオウさん。まず、材質からして違うんだよ。大地の精霊と協力して精錬した、混じりっ気の無い鉄。これが無くっちゃ、お話にならないんだよ。それを、火の精霊の力を借りて叩き、薄く伸ばしていくの。薄く、けれども頑丈に。穂先は薄ければ薄いほど、肉や鎧の繊維の中を通しやすくなる。研ぎ澄ませれば、アレはドラゴンの鱗だって貫けそうなくらいの代物だよ。柄にも工夫があって、繋げれば身の丈の二倍、いや三倍にまでは伸ばせるの。人間と戦うときには、上から叩く、なんて使い方もできるんだよ。斧のほうも、投げてよし、持ってよしの、用途に合わせた絶妙な重量配分、そして何より均一化だね。精霊たちと協力して、一寸の狂いも無くして量産してるから、どれを使っても同じ感覚で使えるんだ。もちろん、材質と研ぎも完璧。速さと重さを兼ね備えた、最高の仕上がりだね。鉄器としては、だけどね。本当は、ミスリルとかもうちょっと良い材質でって思ったけど、急だったし、石よりはましだったから。ミスリルは、鉱脈とか見つけてからかな。そんでもって盾だけど、こっちも木の板からは随分な進化だよ。硬くて丈夫なワニ革に、薄い青銅板を使ってるの。盾だから、ある程度の重量は必要なんだけど重くなりすぎず、持ち運びにあまり苦労しない程度の重量に抑えろって、エリックから難しい注文入ってたんだけどさ。おまけで耐久性もばっちりの、頑丈で軽めの大盾作るあたしはやっぱりすごいよね。あいつの剣と鎧に関しては、あいつが打ったものだからよくわかんないけど、戦士たちのはあたしが打ったんだ。自信作だよ。まあ、手入れが大変だから、これ以上戦士が増えるようならあたしも弟子とか取って、対応してかなきゃなんだけど、人間って寿命がアレだから、ちょっと大変なのよね。ファンオウさんは、どうすれば良いと思う?」
問いかけられ、ファンオウはハッと我に返る。勢いと熱意をもってまくしたてるレンガに、圧倒されてしまっていたのだ。
「ふむ……そうじゃ、のお。鍛冶師のいる所から、弟子となる者を、連れてくる、というのは、どうかのお?」
ファンオウの答えに、レンガは小さく首を横へ振る。
「このあたりには、そういう場所はあんまり無いのよね。教会に言って、有望そうなの紹介してもらうほうが、早いかな……」
うーん、と腕を組みレンガが考え込む仕草を見せる。門外漢が、あまり口出しをするべきでは無いようだ。そう思い、ファンオウはヨナと顔を見合わせ微笑み合った。そうしていると、伝令がやってきた。
「失礼いたします。神将軍エリック様、ただいまご帰還なさいました。蜥蜴族の俘虜百、こちらは死者無しの大戦果です。少々、怪我人が出た模様ですので、大聖堂横の診療所にて預言者イファ様が治療に当たられておいでです。エリック様は、まっすぐこちらへ来られるとのことです」
よどみなく、しかし少し角張ったような伝令の言葉にファンオウは大きくうなずいた。
「ふむ。なれば、報告は、エリックより聞くと、しようかのお。広間にて待つと、エリックに伝えておいて、もらえるかのお?」
ファンオウの指示に、伝令はうなずいて一礼し、素早く踵を返して走り去る。
「それでは、わしらも行くと、しようかのお」
「ハイ」
ヨナに声をかけ、ファンオウはレンガのほうを見やる。ぶつぶつと小声で何事かを呟きながら、レンガは自分の世界へと深く入り込んでいる気配である。置いていったほうが、良さそうだ。そう判断をして、ファンオウはヨナを伴い診療室を出た。部屋の外で立哨をしていたソテツも連れて、広間へと向かう。空には銀色に輝く月が昇り、太陽神殿を頂とする聖都ファンオウは夜を迎えていた。
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