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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
48/103

侵攻、蜥蜴族!

遅くなりまして申し訳ありません。

 春を前に、行軍を開始した。神たる存在の命令には、従う以外の術は無い。暗闇の沼地に棲む蜥蜴族たちの命の、源を司る水神からの命ならば。

 蜥蜴族は、その呼称の通り爬虫類の外見を持つ。蜥蜴の頭部があり、二足歩行をする。武器や防具は持たず、鋭い爪と硬い皮膚で狩猟をなし、敵と戦う。ぬらりとした緑色の彼らの外皮には、生半可な刃は決して通らない。そして研ぎ澄まされた爪牙は、岩をも切り裂き砕くのだ。

 蜥蜴族は、魔物ではない。大気の中にある魔素を取り込むことは出来ず、自然の理に従い食料を喰らい、卵によって殖える。彼らは真っ当な進化を遂げた、人とは異なる生物であった。

 沼地を後に進んでゆく彼らの先には、密林がある。冬場であるというのに、密林には熱気があるようで、蜥蜴族にとって過ごしやすそうな、理想の楽園のように思えた。

 だが、彼らは知っている。密林の中には、恐ろしい存在がいることを。密林は彼らの同族である、ワニたちの縄張りであった。陸上であれば彼らの方が強いが、水中なればワニに軍配が上がる。彼らにとって侮りがたい同族であるワニたちを、殺し、食らう者がいるというのだ。人間の感覚でいえば、それはヒト喰いである。

 爬虫類の進化体である彼らの感情は、薄い。同じ蜥蜴族を喰いはしないが、同族のワニであれば喰うこともある。だがそれは、窮地に追い込まれた際の緊急避難的なものであり、好んで狩猟したりはしない。そんな彼らをして、ワニを常食としているという密林の人間たちは、心胆を寒くするほどの剛毅を感ずる。決して、戦いたくは無い相手であった。

 水神に命じられたのは、そんな密林の人間たちへの威嚇である。密林の人間たちは、蜥蜴族のように皆が戦士であるということはなく、ひ弱な非戦士もいるという。戦える者は、二百を少し超えるばかり。それならば、五百ぐらいいる蜥蜴族が、勝つ。数を数える術に長け、群れを率いる族長のロガはそう考える。数で勝っているならば、強靭な蜥蜴族に人間が勝てる道理は無い。人間どもには、鋭い爪も硬い外皮も、ありはしないのだから。

『族長、先頭、敵地、侵入』

 ぎゃいぎゃいと、伝令役の蜥蜴族がロガに告げる。しゅるり、と長い舌を出し入れするロガの行為は、了解を意味した。

 寒気で、戦士たちの動きは鈍っている。早く、暖かな密林へと入りたい。麾下の者たちは蜥蜴族の本能に従い、そう願っている。だがロガは、慎重だった。

『二十、先行。十度、分割。後刻、全員、突入』

 二十ずつに部隊を分け、十回かけて斥候に出す。その後、全軍を進める。その命令に、しゅるり、と伝令が長い舌を出し入れし、背を向けて駆け去った。途端に、ロガの両脇にいる蜥蜴族がちろちろと舌を出して歯を鳴らす。どうやら、不満があるらしい。ロガは、大きく歯を鳴らす。

『敵勢、貧弱。全員、突撃、可能』

 弱い人間如きであれば、全員で密林へ押し入り殺せば良いではないか。そんな鳴き声を上げるのは、ロガの二人の息子の一人、ロイである。隣で、もう一人の息子のロブも同意するように舌を出し入れする。

『敵勢、軽侮、我勢、全滅。慎重、必要』

 敵を侮れば、こちらが死ぬことになる。そう伝えるロガだったが、息子たちは歯を鳴らし続け不満を隠そうともしない。打ち殺したくなる衝動を、ロガは抑えた。二人の息子たちは、若い戦士を率いる勇猛さを持っている。殺してしまえば、戦力は減ってしまう。ロガは、辛抱強く息子たちを宥めるべく、歯を鳴らす。不承不承、といった様子で息子たちは黙り込んだ。

 常夏の密林、蜥蜴族たちにとっての楽園は指呼の間にある。逸る気持ちは、ロガも同じだった。黒い瘴気のたちこめる沼地には、戻りたくは無い。蜥蜴族たちの気持ちは一つである。だからこそ、今は慎重に動くべきだ。敵は弱く、己は強い。そのことに、慢心をする心算はロガには無い。

 かつて、人間たちとの戦いで両親や、屈強な戦士たちの多くを失くしたことがあった。水神の眷属となり、生き永らえたのは気まぐれのような奇跡によるものだった。屈辱の経験を糧として、ロガは考える力を身に着けたのだ。

 駆けて来た伝令が、声を上げる。

『二十、先行、順調。抵抗、皆無! 少数、敵影、逃走!』

 斥候が、敵と接触した。そして、わずかな数の人間に見つかったらしい。グルル、とロガの咽喉が鳴る。

『突撃、推奨。時節、到来!』

 ばしん、と地面を尾で叩き、ロイが言う。もはや、考える時間は過ぎたのだ、と。敵に、これ以上の時間を与えるのは、得策ではない。

『敵影、交戦、有無?』

 敵との交戦は、あったのか。ロガの質問に、伝令の舌は否定の動きを見せる。

『親父!』

 非難の声が、ロブから上がった。慎重も過ぎれば、勝機を逸することになる。敵が刃を交えることなく逃走したことに引っ掛かりはあったが、ロガは息子たちの勢いに圧された。

『……全軍、進撃! 人間、家屋、全部、破壊!』

 突撃し、敵を皆殺しにせよ。命を下したロガは、伝令が駆けてゆくのに合わせて走り出す。ロブと、ロイがその横を駆けあがってゆく。

『殺戮、殺戮!』

『略奪、強奪!』

 歓喜に叫び散らしながら、戦士を率い駆ける息子たちの背をロガは見つめる。ロガ自身の血も、戦いを前に昂りつつあった。

 緑の疾風となり、蜥蜴族たちは密林へと殺到してゆく。木々をへし折り大地を揺らし、破壊欲に猛る獰猛な光を眼に宿して。



 聖都ファンオウの太陽神殿で、座するファンオウにエリックが跪き首を垂れた。

「それでは、行ってまいります、殿」

 剣を帯び、鎧を身に着けたエリックの武者振りは勇猛美麗であり、ファンオウはほうと息を漏らす。

「うむ。気をつけて、のお」

 のんびりとした口調には、些かの不安も無い。エリックが軍を率い腕を振るえば、いかなる脅威も打ち払うだろう。ほとんど確信に近い思いが、ファンオウにはあった。

「思い上がった蜥蜴どもを皆殺しにし、首級を挙げてご覧に入れます」

 溌剌とした微笑で、エリックが言う。斥候からの報告で、隣領から蜥蜴族の大群が侵攻してきたことは、すでにエリックの知るところにあった。

「ふむう。じゃが、エリックよ。もしも、蜥蜴族たちに、対話の意思があるならば、可能な限り、生かしてやっては、くれぬかのお?」

「なるほど。捕虜を、お望みでございますか。確かに、今の聖都に発展をもたらすならば、労働力は必要ですな」

 得たり、とうなずくエリックに、ファンオウは首を横へ振って見せる。

「集落の発展は、民たちが、皆、よくやってくれておる。わしは、同じ大地に生きる者同士、仲良く歩み寄れぬかどうか、その道を、探りとうてのお」

「畏まりました。それでは、民となるならば生かし、敵となるならば殺しましょう」

 エリックが立ち上がり、一礼をして身を翻し歩み去る。太陽神殿の下には、すでに手勢百名が集められていた。エリックの到着と同時に、戦士たちは整然と進軍を始める。

 聖都の戦士二百五十のうち、百五十は防衛のために残された。その指揮を執るのは、レンガである。エリックと入れ替わりになって、レンガが姿を見せた。

「南の方の偵察、終わったよ。隣領の領境に集められてる兵には、まだ動きは無かった。二百は超えてるけど、まだまだ集まってくるみたいだね」

 ぐるぐると肩を回し、レンガが白銀の槍斧を壁に立て掛ける。

「うむ、ありがとう。他に、変わったことは、無かったかのお?」

 労う言葉をかけるファンオウに、レンガが首を横へ振った。

「今のところは、大丈夫じゃないかな? 大した軍気も感じられないし、どのみち脅威にはならないと思うよ。エリックは、蜥蜴族の所に?」

 レンガの問いかけに、ファンオウはうなずく。

「手勢を率い、今しがた、出立したところじゃ。無事で、帰って来てくれれば、良いのじゃが、のお」

 不安げな顔をするファンオウに、レンガが苦笑する。

「心配いらないよ、ファンオウさん。蜥蜴族くらいなら、エリックだったら片手間でやっつけちゃえるだろうから」

「そうかのお……もしかすると、南の兵と、挟み撃ちにされるやも、知れぬのじゃが」

「どういうつもりかは解らないけど、あいつらはまだ動かない。それに、エリックは、エルフだよ?」

 にやり、とレンガが不敵な笑みを浮かべる。

「森の中で、エルフに勝てる奴なんて、いないよ」

 言われて、ファンオウも納得の表情になった。確かに、言う通りである。何度もうなずくファンオウの目の前で、レンガが腰に手を当てファンオウを見つめる。

「それより、隣領から馬を飛ばしてきたから、ちょっと凝っちゃったみたいなんだけど……アレ、してくれる?」

「ふむ。指圧じゃな」

 しなを作って言うレンガに、ファンオウは笑顔で応じる。カラカラと朗らかな笑いが響く太陽神殿から遠く離れた密林の中で、戦いは静かに始まるのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、幸いです。

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