51:エピローグ
男は街の裏路地を歩いていた。
ここはピル=ピラの南部、森に近い地域で貧困層の人間が多く住んでおり、有り体に言ってしまえば治安が悪い。
強盗、殺人、違法薬物、盗品売買が日常的に行われており、犯罪の温床となっている。
男は薄汚れたフードを被っていてかなり怪しい風体だ。
ここでは怪しすぎる風体は一種の防犯とも言えた。
流れてくるのは貧しい人間かまともに表立った生活が厳しい人間、つまり犯罪を生業にする人間だ。
特に身なりが悪いのにしっかりとした足取りで歩く者は警戒される。
何かの目的を持って来てる人間で下手をすれば犯罪組織の人間の可能性が高いからだ。
特に窃盗を生業としている人間はここで窃盗は行わない。
下手な人間に手を出して命を落とすなんて事も珍しくないからだ。
歩いている男もそれに該当する。
男は一軒の住居に入り、そのまま地下へ続く階段を下りていく。
扉を開けると二人の男女がいた。
一人は本を読んでいる赤いローブに身を包み、赤い髪の痩せこけた男。
もう一人は刀の刀身を眺めては布で磨いている黒髪の女。
「ここでのやる事は終わりだ」
薄汚いローブの男は中にいる二人を交互に見る。
「ご苦労ですなぁ。合成獣研究なんかしている阿保に手を貸してやるなんて」
赤いローブの男は詰まらなさそうな顔をして労いの声を掛ける。
「そう言うな、ギルダール。面白い収穫があったから良いだろ?」
ほう、とギルダールは本を閉じて男の方を見る。
女の方は興味なさげに息を刀身に当て、布で磨いていた。
「イリダルの旦那が面白いと言うなら興味がありますなぁ」
ヒッヒッヒッと何処か不気味な笑い声を上げるギリダールに女は少し眉を顰めた。
「……気持ち悪い」
「カヤ、あんまり言ってやるな」
ふい、とカヤは顔を刀の方に戻して磨き始めた。
「……本当の事を言っただけ」
「全く……ちょっと合成獣研究している奴を監視していたら面白い奴らを見つけた」
イリダルは溜息を吐き、一息吐いて話を始めた。
「最近、噂になっているSランク冒険者を知っているか?」
イリダルの言葉にカヤが反応した。
「……マーダーウルフを倒した三人組?」
「そうだ。後、封印された聖女を知っているか?」
今度はギルダールの方が興味を示した。
「確か前教皇殺害の罪で神殿の奥に封印された少女。一度、見てみたかったですなぁ。でも封印から逃げたのでは?」
ギルダールは音を立てながら舌なめずりをするとカヤは露骨に嫌そうな顔をした。
アリアが封印から逃げた事は公にはされていないが、一部には情報が流れていた。
「その聖女が今、この街にいる。ついでに鮮血の虐殺姫に前教皇の娘も一緒にいる」
ギルダールは少し訝しげな表情を浮かべた。
「虐殺姫は分かりやすが、何で教皇の娘と殺害犯が一緒にいるんですかなぁ?」
「恐らく冤罪だろう。カーネラル王権派の貴族でもその噂を信じる者が多いからな」
カーネラル王国の王に近い人間は軒並み前教皇の殺害に関しては冤罪と思っている。
これはカーネラル国王とアリアの仲が良いのもあるし、リアーナの存在を恐れている事も大きい。
「……一度、戦ってみたい」
カヤは刀を鞘に納めながら呟いた。
彼女は裏家業に身を置いているが自分の強さが試せれば何でも良いのだ。
「阿保な研究者が合成獣を街に襲わせている時に傍から観察していたが、全員化け物だ」
「聖女なんて治癒魔法が得意なだけじゃないのですかなぁ?」
「普通に背丈より大きい合成獣を薙ぎ倒していた。それに光魔法と闇魔法もかなり高いレベルを使っていた」
「そんな有り得ませんなぁ。神教の聖女が戦闘なんて出来る筈がありませんなぁ」
ギルダールは信じられないと言わんばかりに肩を竦める。
「この目で見たから間違いない。教皇の娘の方も俺が召喚したストラトエイビスを単独で倒していた。従者もかなり厄介だ」
「……それ、異常。ストラトエイビスは普通パーティーで倒す魔物」
「そうだ。一番ヤバイのは虐殺姫だ。連中の作ったケルベロスベースの合成獣なんて奴がハルバートを振り回すだけで単なる肉塊に変わっていった。それに俺が召喚して貸し出したストラトエイビス十五体を一瞬で塵にした」
イリダルの言葉に二人は驚愕を隠せない。
「旦那、それは余りにも有り得ませんですなぁ。そんなの魔王レベルとしか……」
「……本当に化け物。それは人間?」
「こっちは余談だ。関わり合いにならなければ問題無い。面白い素材がハルネート行きの馬車に乗っている。使い魔で監視させている」
イリダル達の本命はこっちた。
「実験で少しおかしな男だ。ギルダールの実験にはちょうど良いだろう?」
ギルダールの口角が釣り上がる。
「好きにしても言いなら是非やらせてもらいたいですなぁ」
「好きにしろ」
ギルダールは突然、何かに取り憑かれたかの様に書物を広げ不気味な笑いを浮かべながら羊皮紙に何かを書き始める。
「……気持ち悪い。で、私は?」
カヤは心底ギルダールが気持ち悪い様だ。
「カヤは念の為、その聖女と接触と監視だな。緊急の報告が無い限りはこちらに来る必要は無い。下手をすれば感づかれるからな」
イリダルが恐れたのはリアーナだ。
一軍の将を任された人間の嗅覚は侮れないのだ。
「……分かった」
カヤは頷くと刀を鞘から抜き、また刀身を磨き始めた。
これはカヤにとって趣味の様な物だ。
こうやって刀を磨いているだけで楽しいのだ。
「さて俺も準備をするか」
イリダルは二人をアジトに置いて外へ出て行った。
******
アリアは宿舎のベッドでぐったりとした様子で寝ていた。
正しくは酷い頭痛で起き上がれないのだ。
横のベッドには同じ様にぐったりと辛そうな表情でベッドで横になっているヒルデガルドがいた。
ハンナはそんな二人を横目に水をコップに注ぐ。
「アリア様もヒルダ様も水を持ってきたの飲んで下さい」
ハンナは二人に水が入ったコップを渡す
「ハンナ、ありがと……」
「……すみません」
二人は水を飲むと少し落ち着くもすぐ横になる。
「……頭痛いし、気持ち悪い……ヒルダさんは大丈夫?」
「……私もダメです……」
ハンナはそんな二人を見て溜息を吐く。
何故、二人がこんな状態なのか。
一言で言えば二日酔いである。
昨日、リアーナの奢りで盛大に宴会をした時にガルドから大人なら酒を飲まないと、言われ口当たりの良い果実酒をついつい飲んでしまった結果がこれだ。
アリアは初めて酒を飲んだ為、どのぐらい飲めるかも分からなかったのだ。
果実酒は甘さの方が強いのでジュース感覚でほいほいと何杯も飲んでしまった。
気が付けば顔を真っ赤にして泥酔状態になっていたのだ。
ガルドは後程、マイリーンに厳しいお説教を受けた。
ヒルデガルドは酒を飲んだ事が無い訳では無かったが、付き合いで一杯飲む程度だったのでこの様な事態にはなった事が無かった。
ついニールと話が盛り上がり、注がれるがままに飲んでしまったのも原因の一つだ。
結果、二人はこうして二日酔いで苦しんでいる。
「お二方ともお酒は節度ある飲み方が大事ですのでこれからは気を付けて下さい。酒は飲んでも飲まれるな、と言う言葉があるくらいですから」
「……なんでハンナは平気なの?」
「私は下戸なのでいつもジュースです」
アリアは知らなかったと言わんばかりに口を尖らすが、頭痛でそれ所では無かった。
「……リアーナ様が一番謎です」
ヒルデガルドは一番、たくさん飲んだリアーナが平然としている事が不思議でならなかった。
明らかに飲みすぎてお腹が出ているぐらいだ。
「あの方はアルコールで全く酔わないのですが、宴会だと飲みすぎてしまうのです。お腹が膨らむ程飲まれるのはやめて頂きたいのですが……」
ハンナはみっともないからリアーナが飲みすぎるのはやめて欲しいのだが、昨日は甘味に夢中で止めるのを失念していた。
「……マイリーンさんは平気でしたね」
「マイリーン様はリアーナ様と昔、潰れるまで飲まされた事があるので、限界分かっていらっしゃって節度ある飲み方でした」
マイリーンはリアーナに酔い潰された事が幾度と無くあり、そのお陰で酒量の限界を知ったのだ。
その代わり幾度と無く二日酔いを経験する羽目になったが。
「……もうお酒はいい……うぷっ」
ハンナはアリアに桶をさっと差し出す。
「おぇぇぇぇぇ……」
アリアは見事に桶にリバースした。
ヒルデガルドは咄嗟に顔を反対に背けて手許のタオルで口と鼻を覆う。
胃液の匂いは吐き気を誘発させるからだ。
幸い、二日酔いの度合いはアリアより軽いのは救いだろう。
二日酔いの苦しみで一日を潰すアリアとヒルデガルドであった。
アリア「これで一章の本編が終わったよ」
ヒルダ「因み二章はどうなるんですか?」
ア「私の過去を語る予定」
ヒ「私の出番が少なそうですね……」
ア「仕方無いよね……」
ヒ「三章では活躍します」
ア「本当?」
ヒ「多分……」
ア「……」
ヒ「……」
ア「マイリーンさんの閑話を挟んでから二章だよ!」




