49:領主と次期領主
衝撃なニュースがピル=ピラの街を駆け巡った。
アルスメリア神教が運営する孤児院の地下で合成獣の研究がなされていた事が判明。
その実験体に行方不明になっていた街の人間が使用されていた事も調査で明らかになった。
これはリアーナがハデルをギルドへ主犯として報告した事がきっかけとなった。
ギルドの手が入る前にサリーンについてはアリアが襲撃のあった日の夜に手を下した。
ギルドの者により孤児院にいた子供達は全員保護された。
地下で無残な状態で残されたサリーンについてはハデルの犯行として処理された。
森の研究施設については襲撃の翌日からギルド主体で大規模の討伐隊が編成され、南の街道沿いの森の中の研究施設の屋敷を発見し、一網打尽にした。
屋敷の中で行方不明だった領主の息子、ルーカスも発見された。
屋敷にいた者を尋問するとハデルと共謀し、合成獣研究に加担していた事、それに加えて謀叛を企てていた事も判った。
この元トゥクムスラ王家の人間による一大スキャンダルにより現領主であるバルナパス・ロジャ・トゥクムスラは領主の地位を返上し、後継に首長であるクラース・カンプラードへ引き継ぐ事が発表された。
現領主のバルナパスについてはこれ以上の処分は無かったが、息子ルーカスについては斬首刑が言い渡された。
合成獣研究及び製造を行った者は例外無く死刑であった。
ファルネット貿易連合王国は神教の者が国内で合成獣研究を行っていたとして教皇へ厳重な抗議を行った。
教皇からの回答と言うのは個人の暴走によって起こった事と遺憾の意を示す内容だったと言う。
これを機にファルネット貿易連合国内の神教関連の施設へ一斉に監査が入る事とした。
これは七首長会議で全首長の賛成を以って決まった事で、監査を受けない場合は拘束しても構わないと言う通達まで出ており、非常に強行な手段に出た。
そこまで神教の信用が落ちていると言っても良いだろう。
この事に関して教皇が猛烈に抗議を行ったが、ファルネット貿易連合王国側は「身の潔白を証明するのであれば素直に監査を受けよ。そうでなければ神教主導で合成獣研究を行った、と議長の名を以って国内に公表する」と言う神教と敵対意思を示す内容が返ってきたのだ。
これには教皇も焦ったが手の打ちようが無かった。
この事件が明らかになった事によって街からの反応が大きく変わった人物がいた。
それはマイリーンだ。
マイリーンは二年前に行方不明になり、この事件で数少ない生存している被害者だ。
合成獣襲撃の際、戦っているマイリーンの姿を見た者の中にマイリーンを知っている者達がいたのだ。
自らの体を合成獣にされながら街を必死に守ろうとするその姿に心を動かされた。
行方不明になる前からマイリーンは街の為に怪我人の治療を行ったり、困っている人を助けたりしていて彼女に対して悪い印象を持っている人間はほとんどいなかった。
それもあり街ではマイリーンの事は悲劇の英雄の様に扱われていた。
街の者はマイリーンを魔物では無く、一人の人間として扱った。
マイリーンは再び、人として扱われる事に涙した。
街の人の要望もあり、マイリーンの魔獣としての登録は取り消され、ピル=ピラの市民証、それにギルドカードも発行された。
最初はSランクにすると言う話が上がったがマイリーンはそれを断った。
マイリーン自身、自らの未熟さを知っていたのと周りの冒険者達がどれだけ努力をしているかを知っていたからだ。
それでも最初からAランクと言う高ランク待遇だ。
これに関しては正当な評価であり、ケルベロスベースの合成獣を単独で倒せているので、Aランク相当なのが明らかだからだ。
Eランクも検討されたが、余り低いランクにすると街の住民からの反発される恐れがあったのも一因ではある。
アリア達はと言うと合成獣への圧倒的な殲滅を行った事により冒険者達から恐れられていた。
特に単独で何体もの合成獣を蹴散らしたアリアとリアーナは特に恐れられた。
ギルドに入れば二人を見た瞬間にさっと人が引くぐらいだ。
ただアリアに関してはマイリーンに悪戯をして、ギルドにいる大勢の冒険者達の前で尻叩きのお仕置きをされてからは少し印象が変わったらしい。
ギルドマスターのガルドはそれを腹を抱えて笑っていたのも一因だが。
アリア達はと言うと領主の館の応接室にいた。
何故、領主の館にいるのかと言うと今回の合成獣事件で一番功績を挙げた冒険者パーティーと言うのと被害者の一人マイリーンへの謝罪の為だ。
応接室のソファーにはアリア、ヒルデガルド、リアーナが座り、ハンナとマイリーンは左右に立っている。
扉から二人の男が入ってきて、対面のソファーへ腰を掛けた。
どちらも年は四十代前後、一人は独特のカールが掛かった髪が特徴的で少し痩せ気味の面長な顔をしており、もう一人は若干薄くなった髪が目立つ小太りの男、どちらも身なりの良いので貴族には違いないだろう。
「待たせてすまない。私が領主のバルナパス・ロジャ・トゥクムスラだ。もうすぐ領主を返上する身ではあるがね」
痩せ気味の面長の男はやや皮肉混じりに名乗った。
「私はクラース・カンプラード、トゥクムスラ領の首長であり、次期領主だ」
もう一人がこの領の首長であるクラース・カンプラーだ。
クラースの登場は予想外だったらしくリアーナは表情には出さないが、内心驚いていた。
「私は冒険者のリアーナです。こちらが仲間のアリア、ヒルデガルド、ハンナ、マイリーンです」
リアーナの自己紹介に合わせて各自一礼をする。
「今回は合成獣事件の解決の一躍担った君達に感謝をしたかったのだ。合成獣の被害が出始めてから二年、君達がいたお陰でこうして街の者も安心して暮らせる様なものだよ。我々の捜査だけでは何も手掛かりが掴めていなかったからな」
ふとバルナパスの顔に悲しみを帯びた表情に変わった。
「まさか自分の息子がこの事件の首謀者の一人だとは思わなかったよ。私は何処で教育を間違えたのだろうな……」
バルナパス自身、息子のルーカスの教育が失敗していたのは痛感していた。
ただどうしてこの様な結末になってしまったかは見当も付かなかった。
漠然としてあるのはここ数年ルーカスを叱るだけで碌なコミュニケーションを取っていなかったと言うのが少し気懸かりだった。
「マイリーン殿、私の息子はあなたに人として決して許されない事をしてしまった。一人の父親として心から謝らせて欲しい。誠に申し訳なかった」
バルナパスは深くマイリーンに頭を下げた。
「領主様、頭を上げて下さい。私はこの様な体になって普通に街の人に受け入れてもらえるとは思ってもいませんでした。領主様方も色んな方面に働きかけて下さったのでしょう。謝罪は受け取らせて頂きますが、私からも色々ご配慮して頂き感謝を申し上げます」
マイリーンの街の人への印象は冒険者達だけでは無く、領主バルナパスがあらゆる方面に対して一人の人間として扱う様に手を回したり、彼女を持ち上げる噂を広めたりしていたのだ。
「そう言ってもらえると嬉しいが、この程度では償いきれんよ。もし困った事があればこちらにいる現首長で次期領主となるクラースを頼って欲しい」
「君に関しては私も心を痛めていたのだ。何かあれば是非頼って欲しい」
クラース自身、今回の事件の被害者であるマイリーンには同情していた。
ここで彼女の後ろ盾になる事は次期領主として考えれば得の方が大きいと判断したのだ。
クラースは海運で地位を築き上げてきた根からの商売人だ。
「ありがとうございます」
マイリーンはクラースの好意に感謝し、頭を下げる。
「私としてはこうしてカーネラルの戦乙女と会えるとは思いもしませんでした」
クラースの言葉にリアーナの眉が僅かに動いた。
「お会いできて光栄です。リアーナ・ベルンノット殿」
「私は国を勝手に出奔した身ですので、家名を名乗る事は許されません。なので家名を言うのは止めて頂きたい」
リアーナは極力感情が出ない様に言った。
自分達の話をされるのは面白くない。
「それは失礼しました。彼の戦で活躍したあなたの噂は多方面から聞いておりましたので。もし宜しければ我が国の庇護を受けてみる気はありませんか?」
クラースの言葉に場の空気の温度が下がった。
バルナパスはそう感じた。
半分、話を聞き流していたアリアは欠伸を必死に堪えながら気が付けば不穏な空気が漂っていて少し混乱していた。
「お断りします。この様な下らない話をされる為に来た訳ではありません。これ以上この話が続くのであれば帰らせて頂こう」
リアーナは権力絡みの争いは好まない。
そして、何処かの国の庇護になりたいとも思っていない。
「そんな悪い話では無いと思いますよ。あなたなら要職に就く事も可能だ。それに大手を振って歩けるでしょう」
今の言葉は暗に指名手配されていては困るならこっちの下に来い、と言っているのだ。
腐っても元侯爵家の令嬢であるリアーナにはクラースの言葉の意味を理解した。
ここまで来ると邪推かもしれないが、お前達の身柄を拘束する事も可能なのだとも言っている様に解釈していた。
「我々に敵意を向けたければいくらでも向けるが良い。その時はこの街程度、一瞬で灰燼と化してやろう」
リアーナから強烈な殺気が放たれる。
クラースとバルナパスは意識が遠のきそうになった。
二人の背中を流れる冷たい汗が止まらず、呼吸が苦しくなった。
死神に肩を叩かれている様な錯覚さえ覚えた。
余りにも強烈な殺気に声すら出せなかった。
部屋で待機している者達、外に控えている者達も強烈過ぎる殺気に身動きすら取れなかった。
「私が守るべき者に危害を加えるのなら一切の容赦はしない。それが国であろうと関係無い」
リアーナの言葉が終わると同時に殺気を放つのを止めた為、クラースとバルナパスは殺気から解放され呼吸も通常に戻り、空気を一気に吸い込み、呼吸を整える。
クラースは認識した。
目の前にいるのは決して手を出してはいけない化け物だと言う事を。
何故、ランデールが戦で敗北した一端を垣間見た気がした。
カーネラル王国はなんと恐ろしい人間を持っていたのかとも思った。
「す、すまなかった。君達の報酬は後でお渡しするからそれで今日は充分だ」
バルナパスがクラースに代わりこの面談の終了を促した。
アリア達は報酬を受け取る為に部屋を退出し、クラースとバルナパスが部屋に残った。
「議長の指示で勧誘してみたが、あんなのと対峙していたら命がいくつあっても足りんぞ」
クラースは事前に議長からリアーナをこの国に勧誘する様に指示をされていたのだ。
事前に調査してリアーナがカーネラルの戦乙女だと言う事が判っていた。
リアーナがファルネット貿易連合国の庇護下に入れば強大な戦力にもなるし、他国とは言え英雄だから周辺諸国への牽制にもなる。
これが上手く行けばクラース自身の地位の向上にも繋がる。
「あれは無理だ。寿命が縮んだぞ」
バルナパスも議長の指示を知っていたが、とんだ貧乏籤を引いたと思った。
息子の件は自業自得と思っていたが、こんな命が磨り減りそうな事になるとは思いもしなかったのだ。
「で、何て上には報告するつもりだ?」
この件はクラースに任されているのでバルナパスは他人事の様に聞いた。
「本来なら始末する方向なんだろうな……」
「一体誰がやるんだ?」
「そこが問題だ。報告を聞く限り将軍連中じゃ相手にもならんだろう。元教皇の娘に逃げた聖女にしても異常な強さだ。軍を出しても倒せたとしてもどのぐらい被害が出るか想像が付かん」
合成獣討伐時の状況はクラースも聞いていたが、報告を聞いて目を疑った。
特にアリアは十代半ばの少女だ。
それがSランクの実力を持っているのは信じ難い話だった。
聖女は強大な治癒の力を持った者と聞いていたし、実際に聖女アリアは今まで戦闘に参加した話を聞いた事が無かった。
「私は触らぬ神に祟り無しだと思うがな」
バルナパスは決して手を出すべきではないと考えていた。
リアーナの街を灰燼にすると言った言葉が単なる脅しでは無いと感じたからだ。
実際にそれが出来るのではないかと思ったのだ。
「結局、その線で報告するしか無いだろうな。始末する流れになったら断固反対するがな。あれと対峙するぐらいなら七首長会議での地位が一番下でも構わんさ」
「そうだな」
クラースの言葉をバルナパスは同意した。
「喧嘩を売らない様に部下には通達しておかないといかんな」
バルナパスとクラースは少し憂鬱になりながら、二人して重い溜息を吐いた。




