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「ウィンタール様とアンジェラ様を新たに隷属させたというのは本当ですか」
例のお嬢様とそのお父様が隷属魔法に掛けられたといち早く聞きつけ、珍しいことにセイランが私を訪ねて貴賓室まで訪れた。
城に帰って来てまだ間もないのに既に情報を得ていることにも驚いたが、隷属魔法の影響か最近は余程のことが無い限り彼の方から貴賓室を訪れることは無かったので少しだけ警戒していた。
「次は無いって警告したって報告してたよね。その次があったからそうしたまでよ。何か問題があった?」
「例の血の契約も施したのですか?」
「当たり前じゃ無い。そうじゃないと隷属させる意味が無いでしょう」
セイランが何を心配しているのかまったく見当が付かなかった。
もしかしてあのお父様に本当に政権交代させたかったのか。それとも実はセイランはあのお父様の派閥だったということなのか。まぁどちらにしても私にはまったくもって全然関係の無い話だ。
「それは困りました…」
「何を困ったのか知らないけど、セイランならなんとでもできるんじゃないの」
セイランの先読みの能力は本当に凄いし、頭の回転も速く仕事ができる男だからきっとどうにかしてしまうのではないかと普通に評価していた。
「そうですね。政治に関する事ならどうとでもできるでしょうが、これ以上最高級ポーションの需要が高まるとその余波は関係のない国民へと向かうことになります。私はそれを心配しているのです」
「まるで国民が迷惑を被るみたいに聞こえるよ。ヤツらの自業自得がどうして国民に影響が及ぶのよ」
最高級ポーションの値が上がってダンジョンに入る冒険者はやる気を起こしているだろうし、実際に見つけることができればかなりの収入になるはずなのに、それのどこに問題があるのかまったく見当も付かない。
「かなりの数の国民が既にダンジョンに駆り出されているのをご存じありませんか」
「最高級ポーションを求めて城の兵士だけじゃなく冒険者達も強制的にダンジョンに駆り出されてるって話だったっけ」
確か命を落とす者もいるけど兵士や冒険者達のレベルが上がってるって喜んでいたんじゃなかったっけ。
「それでもなかなか思うように集まらず、最近は税の免除と引き換えに戦えると判断された一般国民もダンジョンへ行かされているのですよ」
「何それまるで戦争か兵役じゃない」
この世界のダンジョンはちょっと変わっていて、有益なダンジョンを育てては増やしそれを元に街が作られている。そしてそれをダンジョン開拓と呼んでいた。
だから大抵の街にはダンジョンがあって、どれだけ有益なダンジョンを幾つ持つかも国力として判断されていた。
ダンジョンの中には豊富な食材を得られるダンジョンも多く、天候に左右される地上で栽培するよりも安定した供給ができるのでどの国でも農作物関連のダンジョンは人気だ。
そして採取専門でダンジョンに入る者は冒険者とは呼ばず採取人と呼ばれ、重い税もしくは一定量の採取物の提出が義務づけられこの国では農奴のような扱いを受けているそうだ。
また冒険者も国の許可がなければダンジョンに入ることはできず、ダンジョンで得た物はすべて国に提出する義務があるのだとか。
ただし冒険者は危険も伴うので魔物から得たドロップ品は自分の物にできるので、戦える者は冒険者になる者も多いのだとか。それに今では最高級ポーションは買い取って貰えることになっていて、一本見つければ一年暮らせるお金が手に入るとなれば冒険者を目指す者も少なくないだろう。
でも私が知っていると言うか思っていたダンジョンとはまるで違う様子に話を聞いたときは驚いた。この国なのかこの世界なのかそれが常識なので誰も疑問にも思っていないようだったけど、平和な日本を知っているからどう考えても国民は国に良いように使われているだけにしか思えなかった。
しかし自分で冒険者という道を選択した者達がダンジョンに駆り出されるのはまだしも、それ以外の人達まで強制的にダンジョンに入らされるなんていったい誰が決めたのだろう。もし隷属魔法を掛けた者だったのなら、間違いなく血の契約が発動しているはずだ。
自分のために関係のない国民を強制的にダンジョンに行かせるなんてどう考えても私利私欲だからね。
それにもっと疑問なのがちょっと戦える程度の国民がダンジョンに入ってそう簡単に最高級ポーションって見つかるものだろうか。
普通そんなスゴい物は大抵強い魔物のドロップ品とか深い層の宝箱からじゃないと出ないと思うんだけど。だとしたら数さえ送り込めば良いと考えてるヤツは本当に愚かだ。
「国家の危機には国民一丸となって問題解決に協力するという法律がありますからね。王の命が失われるかも知れないとなれば国家の危機に当たりますから当然です」
国民に無理を強いているのはセイランのようだ。
確かにセイランは最高級ポーションを必要としていないし、その国家の危機の法律を適応させれば私利私欲には当たらないのだろう。それにしてもなんにでも逃げ道があって、頭の良いやつにはこういうところでやはり叶わないのだとつくづく思い知らされた。
国民にまで迷惑を掛けるつもりはなかったのに、なんだか負けた気分というかとっても悔しい。
それでもセイランも慌ててここまで来たと言うことは、そこまでは望んでいなかったというかこれ以上国民に無理を強いるのはさすがにマズいと思っているのだろう。
「でも私は隷属魔法を解除する気はないわよ。それにそのお父様には今まで召喚に関わった者や関わろうとしていた者への罰と粛清を命じたから、もしかしたらこれから先最高級ポーションは必要無くなるかも知れないわよ」
最高級ポーションを使う必要もなく命を落とす者も多分多いのではないかと思っている。もっともそれはあのお父様の判断なのでなんとも言えないのだけれど。
「そんな命令をしたのですか」
「ええ、本人も含めてって命じてあるからあの父親本人基準でどんなことになるかは分からないけれどね」
セイランは珍しく大きく喉を鳴らし焦りの表情を浮かべ、何やらあれこれ思案しているようだった。
仕事ができる男の少し狼狽えている様子に、負けた気分だったのがほんのちょっとだけ晴れた。
「早急に手を打たなければ…。もしかしたらまた治癒魔法をお願いするかも知れません。その時はお願いしますよ」
セイランは私の返事を聞くこともなく貴賓室を出て行った。
「明日にはここに居なくなってるけど、まぁ頑張ってね」
私はそんなセイランに聞こえないだろうけれどエールを送ったのだった。




