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第19話:【港町の巨大魚と、見えない仲間】

 湖畔の街で得た清々しい達成感を胸に、私たちの旅は順調に進んでいた。

 シオンとの会話は増え、ユイの笑顔も以前よりずっと明るい。三人で一つの目的に向かっているという確かな実感があった。もう、あの頃のような気まずい沈黙が私たちの間に入ることはないだろう。誰もが、そう信じていた。


 潮の香りが風に混じり始めた頃、私たちは活気に満ちた大きな港町に到着した。

 カモメの鳴き声、船の汽笛、そして、たくましい漁師たちの威勢のいい怒号。半額市とは違う、海の男たちの荒々しくも生命力に満ちた熱気が、街全体を包み込んでいる。


「すごい活気……! ここは、半額市とはまた違う『戦場』の匂いがします!」


 私の言葉に、ユイとシオンは苦笑いを浮かべた。


「リナちゃん、少しは落ち着いて観光でもしたらどう?」


「ああ。たまには剣を置き、ゆっくりと海の幸を味わうのも悪くない」


 その時の私たちは、まだ笑い合えていたのだ。


 港の中心にある大きな市場を通りかかった時、私たちの足は止まった。

 ちょうど今朝水揚げされた魚の「競り」が始まるところで、市場は黒山の人だかりだった。半額市の奪い合いとも違う。指の符丁と、独特の節回しをつけた掛け声だけが飛び交う、高度な情報戦の世界。


「……すごい」


 私は、その光景に完全に心を奪われてしまった。

 これは、ただの売買ではない。魚の価値を知り尽くした目利きたちが、互いの知識と経験、そして度胸をぶつけ合う、真剣勝負の舞台だ。


 その時、台車に乗せられて、ひときわ巨大な魚が運び込まれてきた。

 銀色に輝く鱗、宝石のように澄んだ瞳、引き締まった尾。全長は私の身長を優に超えている。


「おおっ! 海王魚かいおうぎょだ!」


「こいつは年に数匹しか揚がらねぇ、幻の魚だぜ!」


 市場の空気が一瞬で沸騰する。


「……綺麗。でも、あんなに大きな魚、私たち三人ではとても食べきれませんね」


 私は、湖畔の街で学んだ「自制心」を思い出し、自分に言い聞かせた。そうだ、これは私たちには不要なものだ。


 だが。

 競りが始まった瞬間、私の理性は吹き飛んだ。


 競り人の鋭い眼光。買い付け人たちの探るような視線。魚体に現れる死後硬直のわずかな兆候を読み取り、値が吊り上がる一瞬の駆け引きを見極める。

 そのすべてが、私の『端福流』の魂を激しく揺さぶった。


「これは……戦いです! 私の知らない、新たな『端福流』がここにあります!」


「リナちゃん、待って! 私たちのお財布じゃ、あんな高級魚、絶対に無理よ!」


 ユイの制止の声が、遠くなる。


「リナ殿、ここは玄人の場だ。素人が手を出すべきではない」


 シオンの冷静な忠告も、もう私の耳には届かなかった。

 私は人混みをかき分け、競りの舞台に最も近い場所へと身体を滑り込ませていた。


 もちろん、私が競りに参加するわけではない。ただ、この戦いを、この技術の応酬を、この目で見極めたい。

 私は驚異的な集中力で、戦いのすべてを観察した。

 やがて、競りは終わり、海王魚は恰幅のいい商人が金貨数枚で競り落とした。


 戦いは終わった。だが、私の戦いは、ここからだ。

 私は、商人が魚を解体場へ運んでいく後を追った。そして、見てしまった。職人たちが、見事な手つきで三枚におろした後、残った巨大な頭や骨、内臓――つまり「アラ」を、大きな樽に無造作に放り込むのを。


 私は商人の前へ駆け寄った。


「旦那さん! お待ちください! そのアラ、最高の出汁が出ます! 頬肉は刺身に、カマは塩焼きに、目玉の周りのゼラチン質は、王都の貴族が探し求めるほどの最高の珍味です! その計り知れない価値を、ただで捨ててしまうのは、あまりにも惜しい!」


 私の熱弁に、商人は目を丸くしていた。そして、腹を抱えて笑い出した。


「はっはっは! 嬢ちゃん、面白いことを言う! よし、気に入った! 持っていきな! そいつの価値が分かる奴に食われるなら、魚も本望だろうよ!」


 商人は、巨大なアラをほとんどただ同然で私に譲ってくれた。

 やった。やった!


「やりました! これぞ『端福流』の神髄! 本体に金貨を払わずして、それに匹敵する最高の価値を手に入れました!」


 私は、巨大な魚の頭を誇らしげに掲げ、興奮のままに振り返った。


 そこに立っていたユイとシオンは、笑っていなかった。

 彼らの瞳に浮かんでいたのは、喜びではない。

 深い、深い、徒労感と、寂しさの色だった。


 そうだ。私がこの戦いに夢中になっている間、彼らは、ずっと、何もできずに、人混みの隅で私を待っているだけだったのだ。


(まただ……。リナちゃんは、すごい技術を持っている。でも、その技術に夢中になると、私たちのことなんて、まったく見えなくなっちゃうんだ……。私は、ただ魚のアラが欲しかったわけじゃない。三人で、一緒に、港町の食事を楽しみたかっただけなのに……)


 ユイの心の声が聞こえた気がした。

 シオンもまた、静かに、しかし失望を隠せない様子で口を開いた。


「……我々は、共に旅をする仲間だと、そう思っていたのだがな」


 私は、腕に抱えた、重い重い戦利品を見つめた。

 大勝利のはずだった。

 なのに、どうしてだろう。心の中を、冷たい風が吹き抜けていく。

 すぐ隣にいるはずの仲間の顔が、とても遠くに見えた。

リナ

港町の「競り」に魅了され、再び技術の探求に没頭してしまう。見事な交渉で巨大魚のアラを手に入れるが、その過程で仲間をないがしろにし、孤立を深める。


ユイ

リナの行動に、これまでの旅で溜め込んできた寂しさや徒労感を覚える。リナが自分のことを見てくれていないという思いが、静かに心を蝕んでいく。


シオン

一度はリナを仲間と認めたが、再び独りの戦いに戻ってしまった彼女の姿に失望する。三人の間に生まれた絆に、再び疑問を抱き始めている。

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