決戦前
あっという間にレース当日となり、そして次は自分のレースの番となり、今はパドックでぐるぐると回っている。やはりGⅠは違うとビシビシと肌で感じる。
まずゼッケン! GⅠ専用である紫地の布に白抜きの字は、やはり格調の高さを感じ誇らしげになる。今回は2枠4番なのだが、見慣れた数字でも何だか違うもののように見える。
次いでは観客の多さ! 前回の重賞も多かったけど今回はそれ以上。2階3階にも人がびっしりで、建物が崩れるんじゃないかと心配になるほどだ。
そんな風にいつもと雰囲気が違うせいか、俺を先導している鈴木厩務員その一さんはめちゃくちゃ動きが硬い。
作業着ではなくスーツを着ているせいもあってか、動きが壊れかけのロボットみたいにぎこちない。。
あの~~、足と手が同時に出てますよ・・・
そして、サークルの中で佇んでいる異様な姿のおっさんが二人。調教師とオーナーのダブル鈴木のおっさんだ。二人して取材の時と同じ服装をしており、何故かふたりして手を繋いで、ぼーっと突っ立っている。。。
何してんの? あの二人? (汗)
警備員さんに連れ出してもらいたいぐらいである。おーい、不審者がいますよー。
一方で俺は落ち着いていた。理由はなんでかわからない。きっと、人間たちがこんな状態になっているので、自分がしっかりせねばと感じているからかもしれない。
ということで、一緒に走るバケモノたちを見回してみる。多くは威風堂々としており、さすがトップクラスと言うしかないが、その中で2頭が特に際立っていた。そう、グラスワインダーが忠告していた2頭だ。
1頭目のスペシャルデイ。一見カツッ、カツッと静かに歩いているように見えるが、覇気というかオーラが漂っていて王者の風格が感じられる。すごい・・・この中で一番若いはずなのに。。。
先導している人もうちのとは違って高級そうなスーツをピシッと着こなしており、このレースも頂きますぜ、みたいなドヤ顔をしている。う~~む、鈴木厩舎、惨敗である。
もう1頭のバクダンムーンだが、これは別の意味で凄かった。目は血走り、息も荒く、発汗もすごく、前の方を睨め付けるような感じでチャカチャカと歩いている。
・・・これ、絶対ク●リ打ってるよね?
確かにこんな奴に絡まれたりしたら、胃に穴が10個くらいは空きそうだ。ゼッケンは3番と、悲しいかな俺の前の筈なのだが、この馬だけ輪から外れてポツンと歩いており、気のせいか周りの馬も避けているように見える。
グラスに言われる訳でもなく、絶対にハナには立たないようと再確認したのでした。
ちなみに、馬がそんな状態でも先導してる人は、いえいえこれ普通ですから、と涼しい顔で歩いていた。鈴木厩舎、ここでも完敗であった。
一方こちらは鈴木厩舎。お留守番組の面々が広場にセットアップされたテレビの前に集まっていた。もちろん人間たちだけでなく、グラスワインダーやジンロ姐さんなど、所属馬たちも皆集まっている。目的は当然タマクロスのG1初挑戦を観るためだ。
テレビは最先端の有機EL大画面、、、ではなく、今や懐かしのブラウン管テレビだ。時々映りが悪くなる時があるが、鈴木厩務員その2さんがその度にバンバンとテレビを叩いて直していた。
「いや~~、流石レトロな鈴木厩舎。馬にもテレビ見せてくれて嬉しいっスけど、もうちょい画面大きなやつに買い替えて欲しいっスよね。」
「あんまり文句言わないの。調教師がこういうの好きだからね。。。あ、ほら。馬場入りになったわよ。」
画面の中では、戦歴などの紹介や一言コメントとともに各馬が紹介されていた。スペシャルデイの段になると、ひと際おおきな歓声が流れ、またその中を特に気にする訳でもなく悠々と駆け去っていく。
また、バクダンムーンはレース場に入ると、騎手を乗せたままクルクルと回って会場をこれまた沸かせた後、返し馬に入っていく。そんな中、我が厩舎のエース、タマクロスが待てども待てども出てこない。
「遅いっスね、センパイは・・・あ、出てきたっス! って、あれ? 鈴木君が居ないっスよ!?」
ほとんどの馬が返し馬に入る中、タマクロスだけが遅れて出てきたのだが、何故か人を乗せていない。グラスとジンロ姐さん、厩務員さん達も不思議がっていると、テレビからこんな声が聞こえてきた。
『おや?タマクロス、騎手を乗せていませんね・・・ あぁっと、出てきた出てきた。どうやら鈴木騎手、トイレに行ってたようですね。今追いついたってところでしょうか。』
『初めてのG1ですからね。緊張していたんでしょう。さぁ、ここでやっと騎乗して返し馬に、、おおっと!・・・』
会場がどよめき、笑い声も巻き起こる。その一部始終をテレビで見ていた鈴木厩舎の面々は爆笑もしくは呆れていた。
「な~にやってんのよ、あのコンビは・・・」
「あ~はっはっは、超ウケるっス、コントっスよ、コント~~~。」
―レース会場―
小坊主、大丈夫か、お前・・・
俺、タマクロスは困っていた。嫌々とは言え、憧れのGⅠの舞台、颯爽と登場したかったさ。
『5歳春から本格化。本家を超えるか? 灰色の稲妻・タマクロス!』なんて紹介コメント付きでさ。
でも、騎手が時間になっても現れない。しょうがないので馬だけのまま先行。やっと来たと思ったら、俺に跨った途端に鞭を落としちゃって。。。
緊張してるみたいだし、しょうがないかって思って鞭を口で咥えて拾ってあげたのよ。
そしたら、『ありがとう』って言って受け取ったと思ったら、今度は目をあたりを触って『あれ?ゴーグルは?』とか言って、馬から降りて探し始めるし。。。
お前の頭に付けているのはなんだ? じじいか、お前は?
で、こうして四つん這いになってゴーグルを探し回ってる小坊主を見つめてる訳で・・・
暫くすると、場外から『何してんだー、頭についてるだろー』と調教師の声で、やっと頭に付いてることに気が付いた鈴木小坊主君。
『よかったぁ』と素敵な笑顔を俺に向けてくれる。
緊張が過ぎると、人間とはこんな行動を取ってしまうのだろうか? いや、きっとこいつは特殊な方だろう。まぁでも、この後は普通に跨って、返し馬に入ってくれた。
当たり前というか、この一連の場面は皆に見られていたようで、俺と小坊主は登場馬の中で一番の歓声と爆笑の中を走っていくことになったのでした。
・・・どうして、こうなるんだろう?




