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第十六話 優しさ

 私は、笑顔に見惚れた。

 まさに王子さまスマイルだ。

 いや、彼は王弟だ。本物の王子さまである。

 ディードリッヒ殿下。かつての攻略対象。

 アルミシティアの光輝の王子とも呼ばれてた方だ。


「あ、あの……」

「うん。お嬢さん、ゆっくりでいいよ」


 ディードリッヒさまは、優しく囁いた。お父さまみたいに、温かい笑顔だ。

 すると、また涙が溢れてきた。

 安心したからかもしれない。

 一方的にだけど、知っている人に会えたのだから。

 ぐすぐす鼻を鳴らす私は、たどたどしく話し出す。


「お、とう、さま、と、はぐれて……っ」


 そばを離れないと約束したのに。破ってしまった。

 お父さま、きっと心配している。

 もしかしたら、怒っているかもしれない。


「アリシア、悪い子だ……っ」


 悲しくて悲しくて、そんな言葉が出てしまう。

 どうして、お父さまから離れてしまったんだ。

 涙がまたあふれる。


「泣いてはいけないよ」


 優しい声。

 温かい指先が頬に触れた。

 ディードリッヒさまだ。

 彼がそっと涙をぬぐってくださった。


「あ、あの……」

「自分を責める涙は、とても悲しいものだ」


 顔を上げれば、ディードリッヒさまは柔らかく微笑んでいた。

 光が内からあふれているような、そんな笑みだ。

 安心する。お父さまやお母さまの笑顔みたい。


「アリシア、といったね?」

「は、はい」


 ディードリッヒさまが微笑んだまま、私の頭を撫でた。

 私は目を瞬かせる。


「もう、大丈夫」


 ディードリッヒさまの言葉が、ゆっくりと染み込んでくる。

 大丈夫。

 たったそれだけの言葉なのに、心が温かくなった。


「だい、じょうぶ……」

「そう。私は、君が行きたい場所を知っているからね」


 だから、泣かなくていいのだと優しい目が語っている。

 そして、ふわりと体が浮いた。

 ディードリッヒさまが、私を抱っこして立ち上がったのだ。


「アリシアは、ルークの友達だろう?」

「うん、あ、はい」

「ルークの部屋まで案内しよう。そうだね。部屋に行くまでの間、君のお父さまの話でもしようか」

「お父さまの?」


 そうだ。ディードリッヒさまは、お父さまのご友人なのだった。

 私の知らないお父さまのあれやこれを、たくさん知っているに違いない。

 目を輝かせる私に、ディードリッヒさまは儚く笑む。


「……似ているね」

「え?」


 聞き返せばディードリッヒさまは、ゆるく頭を振る。


「何でもないよ。さあ、アリシア。私と君のお父さまは、昔から仲が良くてね」


 私を抱っこしたまま歩きだしてから話すディードリッヒさまは、優しい微笑みを浮かべて視線を少し動かした。

 その先には侍女さんらしき女性がひとり。

 礼儀正しく頭をディードリッヒさまに下げると、静かに立ち去っていった。

 ディードリッヒさまは、その事について何か言及することもなく、お父さまと遊んだ幼い頃のお話を聞かせてくれた。


「ふたりで木登りをしようとしたら、父上や母上に叱られてしまってね。ふたりして、大泣きしてしまったよ」

「そんなことが!?」


 泣いちゃうふたりとか、想像できない!

 当たり前だけど、お父さまやディードリッヒさまにも子供時代があったんだなあ。

 きっと可愛かったにちがいない!

 知らずのうちに、私はディードリッヒさまの思い出話に聞き入っていた。

 ディードリッヒさまは話上手で、私はわくわくが止まらない。

 お城のなかに入ったことにも気づかないくらい夢中になっていた。


「それでっ、お父さまはうさぎさんを助けられたの!?」

「うん、もちろん。彼は勇敢だからね」

「すごーい!」


 ディードリッヒさまの腕のなか、私はぱちぱちと拍手をした。

 その時だ。


「アリシア……っ!」


 お父さまの声がしたのは。

 あまりにも大きな声に、びっくりしてしまう。

 そして、思い出す。

 私がお父さまのそばから離れてしまった事を。


「お、お父さま」


 怒っているかもとは、もう思わない。

 だって、視界に入ったお父さまの表情は安堵していたから。

 凄く心配をかけてしまったのだ。

 お父さまは足早に近づくと、頭を下げた。


「殿下、娘を保護してくださり、ありがとうございます」

「うん、気にしないで。知らせを聞いて直ぐに来たんだね」


 知らせ、とは。あの時の侍女さんだろうか。

 目配せだけで通じるとは、プロの世界だ!

 お父さまが私を見た。心なしか目が潤んでいるような気がする。

 本当に心配させてしまったのだ。


「アリシア」


 お父さまの声に、体が震えた。

 申し訳なくて、泣きそうだ。

 でも……。


「アリシア、大丈夫だよ」


 ディードリッヒさまの穏やかな声が勇気づけてくれた。

 私はお父さまに両手を伸ばす。

 ディードリッヒさまから、お父さまの腕へと移った。ぎゅっと抱きとめてくれたお父さまの服を握る。


「お父さま、勝手にはなれちゃって、ごめんなさい!」


 そして、顔を上げてお父さまを見る。


「探してくれて、ありがとう!」

「アリシア……」


 お父さまの声が震えた。

 ぎゅうっと抱きしめてくれる。


「無事で良かった」


 お父さまの言葉に、涙が溢れた。

 さっきのとは違う、安心からくる涙だ。

 お父さまがディードリッヒさまと同じように涙を拭ってくれる。

 落ち着いた頃に、お父さまに促された。


「さあ、アリシア。殿下に言わなければならないことがあるだろう?」

「うん!」


 廊下の絨毯に降ろされた私は、ディードリッヒさまにお辞儀をした。


「お父さまに会わせてくれて、ありがとうございます!」

「いいんだよ。頭を上げなさい」

「は、はい」


 顔を上げた私の目に飛び込んだのは、優しい笑みを浮かべたディードリッヒさまで。


「良かったね、アリシア」


 声は慈愛に満ちていた。

 私は思った。

 優しい人になりたいと。

 ディードリッヒさまのように、優しい人に。


 その後、無事にルークさまのお部屋に行くことができた。

 残念なことに、ロジオンはいなかった。

 よくよく考えれば、ロジオンのことで色々あった場所にロジオンの父母たちが送り出すわけがなかったのだ。

 だとしたら、私が見た黒髪の子供は誰だったのだろう?

 不思議に思いながら、私はルークさまとたくさんおしゃべりしたのだった。


 それから数日。


「アリシア。なんで、ポケットがそんなに膨らんでるの?」


 『乙女の園』の花畑にロジオンと来ていたら、不思議そうに聞かれた。

 私は胸を張って答える。


「新生アレキサンダーとエリザベスだよ!」

「えっ!? また、石でしょ! 危ないよ!」

「ちがうよー!」


 私はスカートのポケットから、とある塊を出した。


「え、毛糸の玉?」


 ロジオンの目がまんまるになる。

 私が出したのは小石サイズの毛糸玉だった。

 私はディードリッヒさまから学んだのである。


「優しさって、だいじだよね」

「あ、うん。そうだね」

「これからは、毛糸のアレキサンダーが活躍するよ!」

「……投げるのは決定なんだね」

「優しさなの!」


 にっこり笑う私に、ロジオンは困惑していたけど。

 ふふん。

 まずは一歩前進なのだ。

 優しい人になって、ロジオンを守る。

 私の涙を止めてくれたディードリッヒさまみたいに!


「ロジオン、大好き!」

「えっ、あ、ありがとう……」


 真っ赤になるロジオンを見ながら、私は微笑んだ。

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