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第十五話 お呼ばれ

「あわ、あわわわ!」


 慌てふためいて、洋服箪笥をあさる。

 大変だ! 大変なんだよ!!


「アリシア、落ち着きなさい」


 私に報せを持ってきたお父さまは、ずいぶん余裕そうだった。

 ゆったりと腕を組み、部屋の扉にもたれている。


「お父さま! ゆうちょうにはしてられないよ!」

「アリシアは、どんどん難しい言葉を覚えていくね」


 お父さまは嬉しそうに微笑んだ。

 いやいや、お父さま! 今は娘の成長を喜ぶ場合じゃないよ!

 ああ、どうしよう!

 まさか、まさか……!


「お城に呼ばれるとは!」

「アリシア、いつの間にルークレスさまとご友人になったんだい? お父さま、びっくりしたよ」

「わたしも驚きをかくせない出会いだったよー」


 ルークさまは、またなと言っていた。

 言っていたが、まさか数日後に城に招かれるとは思うまい。

 確かに友達なのだから、お家にお呼ばれされるのはよくあることだ。

 しかし、相手は王子さま。規模が違うのである。


「お父さま……アリシア、どうようがかくせないよ……」

「まあ、お父さまが一緒に行くから安心なさい」

「まずは、お洋服どうにかしないと!」


 向かう先はお城。遊び重視の普段着などえぬじー。

 お父さまが同行してくれるのは心強いけれど、まずは見た目をどうにかしなくちゃ!


「これは、違うし! こっちも、いまいち……」

「アリシア」

「いつもはお母さまにたのんでたからなー!」

「アリシア」

「どーしよー!」


 頭を抱えた私に、お父さまがため息をつく。


「アリシア、大丈夫だから。お洋服は侍女に任せようね」

「あ!」


 そうだった! 我が家は貴族! メイドさんがいた!

 私が準備しなくてもよかったんだった!

 お父さまは呆れた眼差しを私に向けた。


「慌て過ぎだよ、アリシア」

「はい」

「さあ、皆。入ってきて」


 お父さまが合図すると、三人のメイドさんが部屋に入ってくる。


「明日という急な招きだけど、頼んだよ」

「はい、旦那さま」

「お任せください」


 メイドさんがお父さまにお辞儀する。

 お父さまは穏やかに笑うと、私の頭を撫でた。


「さあ、アリシア。頑張りなさい」

「お父さまは?」

「私はエティアのもとに行くよ。顔を見たいからね」


 お腹がだいぶ膨れてきたお母さまは、部屋でゆっくりしている時間だ。

 今日はお父さまはお休みだから、少しでも一緒に居たいのだと見た!


「分かった! アリシア、おめかし頑張るよ!」

「うん。えらいね」

「えへへ」


 お父さまは私のおでこにキスをすると、部屋を出て行った。お母さまと仲良くねー。


「さあ、お嬢さま」

「明日の準備をしましょう」

「はーい!」


 さあ、女の戦い、だね!



 翌日。

 メイドさん厳選ドレスと髪型を装備して、私は馬車のなかにいた。

 向かうは、お城。

 ルークさまのお家だ。

 緊張してるよ。物凄く。

 前の座席に座るお父さまは、長い足を組んでゆったりしてる。余裕ですなあ。


「アリシア、固いよ。もう少し、ゆっくり息をしなさい」

「アリシアは、緊張をきわめてるゆえ……」


 余裕なんかない。うう、小さな胃がきゅっとする。

 なのに、お父さまはくすりと笑った。


「お父さま!」

「ああ、ごめんね。アリシアがあまりにも可愛いから」

「む、むう……!」


 可愛いとか言われて、ごまかされないんだから! え、えへへ。


「機嫌は治ったかな?」

「う、う、ちょっとだけだもん!」

「帰ったら、クリームたっぷりのパンケーキ食べようか」

「きげん治ったよ!」

「それは、良かった」


 微笑むお父さま。

 あれ? 緊張感なくなっちゃった。

 だって、パンケーキが待ってるんだもん。

 楽しみだなあ。


「ほら、城が見えてきたよ」

「本当!?」


 お父さまに言われて、窓に張り付く。

 本当だ! お城が見えた!

 真っ白なお城! 青い塔も見える!

 大きい!!


「お父さま! お城!」

「うん、そうだね」

「大きいなあ……」


 どんどん近づく城門。高い壁なのに、城は更に大きいのだ。本当に凄い。


「お母さまにも、見せたいなあ」

「……エティアも来たことがあるから、大丈夫だよ」


 少し言いよどむお父さまに、私は思い当たる。

 お母さまがお城に来たのは、きっと……ロジオンの命を守る為に懇願した時だ。

 お父さまにとっても、あまり良くない記憶だろう。

 私は気づかない振りをして、「そうなんだ」と相づちを打った。

 心臓は凄くドキドキしていたけれど。


 馬車が止まる。

 御者さんが、誰かと話す声。そして、槍を持つ甲冑を着た人が馬車に垂れた布に刻まれた家紋を確認しているのが見えた。


「どうぞ、なかへ」


 甲冑の人に促されて、馬車は城門をくぐる。

 いよいよだ!


 そして、私は迷子になったのである。

 あれー?

 おかしいなあ。

 馬車から降りて、お父さまと庭が見える廊下を歩いていたのは覚えてる。

 そしたら、恰幅の良い男性が話しかけてきて、お父さまと話し始めたんだよね。

 すぐ終わると思ってたんだけど、これがなかなか長くて。

 愛想よく笑ってた顔が引きつるぐらい長い。

 そんな時、黒い色が視界に映ったんだ。

 艷やかな黒髪に、小さな後ろ姿。

 ロジオンだと思った。ロジオンも呼ばれてたんだって。

 嬉しくなって、駆け出してしまった。

 庭に入り込んで気がついたら、見失ってしまったのだ。

 それで、知らない場所にひとりぼっちに……。

 どうしよう。


「ここ、どこ……?」


 辺りを見渡しても、手入れされた花々が見えるのみ。人影は見当たらない。

 私は、しゃがみこんだ。

 迷子になるなんて、私は馬鹿だ。

 お父さまに迷惑かけちゃう。ルークさまだって、呆れる筈だ。

 ……ロジオンも。

 想像したら、涙が出てきた。

 心細い。悲しい。恥ずかしい。

 色んな気持ちで、ぐちゃぐちゃだ。


「……怖いよ」


 呟いて、溢れる涙。

 よけいに、冷たくなる心。

 呼応するように、ぼろぼろと涙は溢れた。


「誰か、そこにいるのかい?」


 背後から、優しい男性の声がした。

 優しくて、温かい、そして懐かしさを覚える声が。

 振り向いて、目を見開いた。

 さらさらと肩まで揺れる髪は、金色。細められた目は暖かな紺碧。

 身に着けられた上等で上品な服。

 耳で揺れる耳飾りには、王家の紋。

 私は、知っている。

 彼の名前は……。


「警戒しなくていいよ。私の名前は、ディートリッヒ。お嬢さんの涙を止めたいだけなんだ」


 そう言って、かつての攻略対象は微笑んだ。


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