【こらむ】コミケは独裁下で変わったか?
結論から言えば、独裁前後で大して変わってない。
細かな事なら色々あるが、
最大の物でも「円」の完全電子化に伴って、
サークル参加申請が電子決済になった事。
売買で電子決済する為にQRコードが義務付けられた事くらいか。
終了間際にダンピングや叩き売りなんかがしにくくなった事を考えると、改悪とすら言えるかも知れない。タッキーの改革には珍しいマイナス面だ。
そもそも、タッキーの改革は新しい事ではなく、極論すれば「合理化を徹底したに過ぎない」のだ。
ただそれが普通、簡単じゃない。
誰かが、商売なり人生なりをかけてやってる仕事を「要らない」と否定するのは容易じゃない。人間にはしがらみがあり、それを無視するのは大変な抵抗があるのだ。それがAIゆえに出来た事で社会は劇的に効率化された。
言い換えれば、それほど世界は非効率でコスパ悪いものなのだ。
ところが、コミケってのはそもそも需要と供給…購読者と作者とが直結してるようなものだ。中抜きする余地が無い。浮世離れしてると言ってもいい。
こんな巨大なフリマ(?)が、ボランティアベースで運営されてるのも驚異だ。
あ、だけど、ふたつほど大きな差、思いついた。
外国人参加の壁が下がった事と、子どもの安全が補強された事だ。
ナミの支援があれば、DOJINーCOMICを買う時「説明を受けながら買える」。これは外国人オタクには簡単に望める事ではなかった。
作者の熱いこだわりを聞くのが同人買いの醍醐味だとするならば、外国人はわざわざ大変な苦労を押して足を運びながら、最も楽しい経験をこれまで味わえてなかった事になる。それが今や、熱く、バカで、情けなく、しかし何よりも楽しいオタク文化を味わえるようになったのだ。これは大きな変化かも。
子どもにとってコミケは安全じゃない。容赦無く揉みくちゃにされたり、迷子になったり、熱気に当てられたりする。結構深刻に命の危険がある。
しかし、子どもに支持されない文化は存続できない。マンガがオリ・パラ選手を生むのは今に始まった事じゃない。巨人の星、エースをねらえがプロ選手を、ヒカルの碁や3月のライオンが子どもの参加を促すようにだ。(例え古っ!)
文化を支える裾野である子どもたちを、コミケが受け入れられなかった事自体、由々しき事だったんじゃないのか?
まず、位置情報が親からはぐれるリスクを激減。連動してヤバいエリアに近づく事を、参加者に早期警戒したりできる。
「子どもキタ〜〜!隠せ〜!」とかかな?それともスタッフが通せんぼ?アナログ満点なイベントでは、こういう声かけが侮れない。
あと、親が大人な買い物してる間、他の参加者の身元がハッキリしてるから、安心して委ねられたり。 (ある意味、極めて不安ではあるが…)
子どものレイヤーが増えるに至っては、表現の幅が劇的に広がる。無垢な子どもレイヤーの可愛さは尋常じゃないよ?
あ〜、大人のお友達諸君、いかがわしい目でみたらアカンよ?それよりむしろ家庭を築こうと思いなさい。てか、実際オタクカポーは増えてるらしい。スゴい、めでたい。やっぱエロさより可愛さが正義さ〜♪(笑)
アニメから飛び出したような、お兄さん、お姉さんに可愛がられて、子ども参加者のテンションも天井知らずだしな。
コミケの敷居が下がれば、世界中のオタクにとってアキバと並ぶもうひとつの聖地になるのは時間の問題だし、濃いオタク同士の対話に並ぶ至福はなかなかない。もしオタクカポー増加の助けになるなら、さらなる至福を生むだろう。
コミケは今まで以上に観光名所となり、少子化対策にすらなるかも。
オタクほど幸福追求に愚直な民はなく、そこだけは世界一洗練されているのだから。良くも悪しくも(笑)
[サイト「オッちゃんの徒然草」20X7年8月某日]




