#9 日常、時々、非日常 (2)
「くそっ! 封鎖されてる。脱出出来ない」
「強行突破は駄目なの?」
「駄目だ。中で捕まってる人たちがどうされるか分からない」
「じゃあ、どうするの?」
その時、冷たい物が紅葉の首に当てられた。
「長ぇ髪が見えたから来てみたが、まぁだこんなに居たとはなぁ」
「紅葉……。こんな時まで命懸けのドジキャラ作りとか要らないんだけど……」
夕がジトーっと紅葉を横目で見る。
「キャ、キャラ作りじゃないし! したくてしたんじゃないし! 仕方ないじゃん!!」
「うるせぇ。さっさとこいや」
* *
「おい。居たか?」
「居ねぇ。チクショウめが。あのくそガキどこに逃げやがった」
「居ねぇならこいつらの身代金の要求でもするしかねぇな。おい、頭に報告だ」
男たちが頭の元に報告をしに行く。
「そうか。なら、適当なガキを見繕って逃げるぞ」
「身代金の要求ではないんで?」
「ンなもん大抵失敗するだろーが。ボケ」
「では、どうするんで?」
頭はニヤリと笑った。
「人質から人質をとりゃいいだろ」
* *
夕は紅葉に耳打ちをしていた。
「紅葉。雑魚共に反撃される前に昏倒させられるか?」
「もしかして、全員?」
「うん。全員」
夕はこともなげに頷いた。
「夕は手伝ってくれないの? 流石に私一人じゃ……」
紅葉は不安気に呟く。
「大丈夫だって! 紅葉は俺と違って才能があるじゃないか。まだあいつらのリーダーが出て来ていない。紅葉に目立って欲しいんだよ」
「ねぇ、助けを待つのは駄目なの?」
夕は少し考える素振りを見せる。いくつか案を考え、最良と思われる案を選び取る。
「いや、駄目だ。多分奴らは身代金の要求なんてしてこない。何故ならそんなの成功した試しが無いからだ。恐らく、この中から連れ去りやすい子供を何人か連れて行って奴隷か何かにするだろうな。そして俺はソフィーをそんな奴らの目につけさせたくない」
大当たりだった。ニアピンどころかドンピシャでどストライクでホールインワンだった。もうどう例えていいか分からないレベルで大正解だった。
「じゃあ私たちでやるしかないの?」
「あぁ、そうだね」
その時、夕は名案が思い浮かんだ。紅葉のやる気を一気に引き出す最善の一手。そうだよ。最初っからこうしておけば良かったのだ。
「ソフィー。紅葉を応援してあげて」
「うん。わかった!」
ソフィーは紅葉の方に向かった。ソフィーは紅葉を潤んだ目で上目遣いに見やる。そして、祈るような態勢で、祈るように言った。
「くれは。ソフィーたちをたすけて」
紅葉はたっぷり五秒間固まった。息すらしていなかった。
「夕……。私、ちょっとやる気出て来た気がするよ。えぇ、ソフィたんの為ならやってやるわっ!」
たった一言で紅葉をやる気にさせるなんて……。ソフィー、恐ろしい子っ!
「OK。分かった。じゃあ、奴らが戻ってきたら行動開始だ」
ちょうどその時、男たちが戻ってきた。
「おい。オメェら、人質を出せ。オメェらが変なことしない為に人質を取る」
ーードンピシャァ!?
夕は男たちの言葉に驚いた。つい、紅葉を見てしまう。
紅葉が男たちの言葉に驚いて夕を見た。すると、夕が紅葉を驚いた表情でこっちを見ていてもっと驚いた。
「ねぇ紅葉。当たってたよ。ドンピシャすぎて俺びっくりしてるんですけど」
「えぇ、そうね。驚きだわ。特に夕が驚いているのに驚きね。まぁ、とりあえず行ってくるわ。夕の予想が当たってしまっている以上、時間がなさそうだし」
紅葉は身体中に魔力を浸透させる。そして、真上に跳躍した。音もなく、風もなく、埃すらも舞わなかった。
「うっわ。綺麗すぎる瞬動だこと……。流石は気術の大天才ってところかな。はは。俺とは違うなぁ」
* *
紅葉の瞬動に男たちは気づけない。そう、夕とソフィーという、直に見ていた二人以外、誰も気づけなかった。
紅葉が天井に着地(?)して、辺りを見回す。そして、すぐさま瞬動。その間一秒もない。狙うのは、余所見をしている間抜けな男。
音もなく背後に着地し、首の後ろに手刀を叩き込む。そしてまた瞬動。
「くっ!? かは……」
紅葉が離脱した後に男が膝から崩れ落ちる。
「なっ?! どうしたっ!?」
男たちが倒れた男に反応した。それは隙。戦闘時には決して見せてはならない決定的な隙だった。
まぁ、紅葉が戦闘すら気取られないレベルでやっているから仕方ないと言えば仕方ない。
紅葉が次々と男たちを倒していく。男たちは何が起こっているのか、何も分からないまま、気絶していく。最後の一人を倒した。
結局最後まで彼らは何も分からないまま倒れていった。
戦闘とすら言えない何かが終わり、紅葉は息を吐いた。
「ふぅ……」
客たちは何が起きたか分からないようで、固まっている。
「えっと、ゆ……。きゃあ!?」
紅葉が夕に呼びかけようとしたときに、客たちは目の前の出来事に理解が追いついたようで、歓声が上がり、紅葉に群がっていった。
ここで、夕の名前を出されては、紅葉に目立ってもらった意味がなくなるので、ベストタイミングだ。
「助かったよ! 嬢ちゃんありがとう!」
「あー、死ぬかと思ったぁ! 助かって良かったぁ!」
「よかった! よかったよぉぉ……!」
紅葉が客たちにもみくちゃにされているとき、紅葉は背筋に寒気を感じた。それは直感と言ってもいい。
「皆! 伏せてェッ!」
客たちが唖然として紅葉の視線の向いている方を見る。そこには、視界を覆わんばかりの数多の火球が迫っていた。
* *
ーー夕ッ! お願い!
紅葉がギュッと手を合わせ、目を瞑る。
ーーあ……れ?
爆発音が聞こえない。紅葉が恐る恐る目を開けると、視界を覆っていた火球は全て消えていた。否、それだけではない。水壁が自分たちを守ってくれている。紅葉はすぐその正体に気づく。
「夕!」
「よっ! ありがとう。全部注文通りだ。やればできるじゃんか。なぁ、ソフィー?」
「うん! くれは! いいこいいこ! よしよししてあげるの!」
「おー。行ってこい行ってこい」
「あぁ、ソフィたんのよしよし……。もう私、やり残したことないかもしれない……」
夕とソフィーが紅葉の近くに来る。ソフィーがとてとてと紅葉に近づいていき、頭を撫でる。
「く、くふー……。至福だわ……」
その様子に苦笑いしている夕は、少し、表情が暗い。
「どうしたの? 暗いけど」
「いや、想定内っちゃ想定内なんだけどね、最悪の状況だよ。リーダーが結構魔術の使い手だ。紅葉に目立ってもらって良かったよ。俺までマークされてたら、さっきので全員丸焦げだったね」
紅葉とソフィーが心配そうな顔になる。
「えっ? 大丈夫なの? 勝てるの?」
「おとーさん……」
そこで夕は人差し指をピッとあげる。
「まぁ、というわけだから、俺が相手してる間にさ、客たちを逃してくれないか? 紅葉、俺の特性知ってるだろ?」
紅葉は夕の言葉に頷いた。
「それもそうね。分かったわ。客たちもソフィたんも任せておいて」
「おう。助かる」
しかし、ソフィーは全くついていけていない。
「? ? なに? おとーさんだいじょーぶなの?」
「あら、ソフィたん知らなかった? 夕は正全属性魔術師なんだから、大丈夫よ」
「おーる? うぃざーど?」
「説明は後だ。これ以上相手に時間をやる必要もないし」
「じゃ、頑張ってね。貴方は希少だけど、有能ってわけじゃないんだから。気負わなくていいからね。時間稼ぎしてればいいんだからね」
「おうおう分かってるさ。一年もソフィーを寂しい思いさせたんだ。無理なんかしないさ。これ以上、ソフィーにそんな思いさせないよ。それが正義のはずだから」
その言葉を皮切りに、紅葉が客たちとソフィーを避難させる。
ーーふう。出来るだけ時間稼ぎ時間稼ぎっと。俺は強くもなんともないし、無理していいことなんて何にもない。
「おい。そろそろ出て来たら?」
夕のその声を待っていたかのように、男が現れる。
「あんたがリーダーか?」
「だとしたら、何だぁ? ん?」
男が夕を見下しながら睨みつける。
「今ので分かった。ありがとう」
なんてテンプレな奴なんだ……。
「あんだと?舐めるなよ? 実戦に立ったこともないジャリガキの癖によぉ?」
「あっはは! あんた面白いね! この弱い者イジメが実戦かぁ! そりゃあもう経験豊富そうだねぇ!」
夕はとりあえず全力で煽ることにした。怒らせた方が断然戦いやすい。大多数が思考が短絡的になるからだ。
「ほーう。言うじゃねぇか、このクソガキッ!」
男はそう叫んで、無詠唱で炎の槍を作り出し、夕に突き出してくる。
「オラオラオラオラオラァッ!!」
男の手数が意外にとても多い。どうやら、身体強化でもしているようで、スピードも予想以上に速い。しかも、厄介なことに、穂先が爆発している。普通の炎の槍にはない仕様だ。
「ちっ。改変魔術か!」
夕は必死に避けながら叫ぶ。すると、男がニヤリと笑う。
「ほう? よく分かったな?」
「ははっ! 当たり前だろ! 一応俺だって魔術を嗜んでんだからな!」
夕はブツブツと詠唱を始める。
「させるかよォッ! フンヌラァッ!」
男が夕の口を塞ごうと連続突きを繰り出してくる。夕は避けながらも、詠唱は止まらなかった。
「よっし! 炎剣、風纒、雷刃、土壁、水壁」
「なっ!? 正全属性魔術師だとぉ!?」
男は夕の展開した魔術の種類に明らかに狼狽する。驚くのも無理はない。正全属性魔術師は通常、才能の有る、一握りしかなれないものであるからだ。
つまり、男にとって、夕は侮れない難敵へと変わったのだ。
「ふはは! ただのジャリガキじゃねぇってことだなぁ! おい! ちったぁ勝算有りってことかぁ?」
しかし、夕は浮かない顔をしている。ウンザリって感じだ。
「ははっ。そう見える? だと良いなぁ……」
夕はそう言いつつ、周りに浮かんでいた八つの雷刃を男に発射する。それと同時に夕も突撃だ。風纒で身体能力が向上しているから男より速い。
「ほぅ。面白いっ! オラァッ!」
男は八方から襲い来る雷刃を弾きつつ、間隙を縫って斬りかかってくる夕の炎剣を見事に弾いている。
「はぁ? これが本当に正全属性魔術師の実力なのかぁ? 手加減してんじゃねぇだろうなぁ?」
そう、夕の攻撃は一回も当たってない。手数は多いが、ただそれだけだ。守りに徹すれば、対応出来ないわけではなかった。
「はぁ……」
夕は溜息をついて魔術を使う。
「炎剣、風纒、雷刃、土壁、水壁」
夕の手数がまた増え、さらに攻撃が苛烈になる。
「はハッ! それほどまでの魔術の連続同時行使! すんげぇ魔力操作だなぁ! 流石は天才ってとこかよ!」
男のその言葉に夕はピクリと片眉をあげる。
「天……才? 俺が? そうか、あんたにはそう見えるのか。でもまぁ、確かに俺の魔術操作は中々のものだと俺でも思うさ」
夕は縦横無尽に雷刃を走らせ、土壁で男の行動を縛り、水壁で身を守り、隙を見て、炎剣で斬りかかる。
「でもさぁ、使える魔術がなかったら意味ないんだよ」
「はぁ? 何を言ってる? 魔術、使ってるじゃねぇかよ」
男は夕の猛攻を全てギリギリで捌きながら問い返した。
「はっ! これ、全部初級だぜ? 火力が低すぎてあんたの守りを突破できてないのがなによりの証拠だよ。
あんたは俺の魔力操作に気を取られすぎだろう。
あんたほどの魔術師なら初級魔術ぐらい簡単に吹き飛ばせるだろうにさ」
男の足を土壁が絡め取り、周りを雷刃が取り囲む。
「ほぅ。気づけばそうだなぁ……。正全属性魔術師と俺が互角って時点でありえねぇことだったな。だがよ、俺は知っちまったからなぁ。この程度拘束でもなんでもないってなっ!」
男は体に力を込め、魔力を放出した。すると、制御を失ったかのように土壁はボロボロと崩れ落ち、雷刃はポシュポシュと消えていく。
「くたばれやぁーーっ!」
男は夕に向かって突撃する。
「風纒」
夕は落ち着いて、両手に持つ炎剣に風纒をかけ、火力と速度を底上げする。
「間違いはそれだけじゃない。もう少しある」
夕が炎剣を交差させ、男の炎の槍を受け止める。夕の炎剣はギチギチと悲鳴をあげる。
「俺を天才だと勘違いしたこと。そして、」
夕は男の腹に蹴りをブチ込む。が、男は二、三歩後ずさっただけだった。
夕は崩れた態勢のまま炎剣を振り下ろす。しかし、簡単に防がれ、その衝撃に耐えきれず、炎剣が壊れる。
男はそれを好機と見て、夕に槍を振り下ろす。
「間違いなんて関係ねぇーッ!」
「俺の目的に気づけずに逃げなかったことだよ」
夕はそう言い、風纒を纏わせた炎剣を作り出し、受け流そうとする。しかし、刃と刃が触れた瞬間、爆発した。
「!?」
炎剣は壊れ、夕は床に転がった。いつの間にか夕の身体の風纒も解けている。
「忘れたか? 俺の槍は改変魔術だぜ?」
「ククク」
夕の口から笑いが漏れる。堪え切れないという感じだ。
「何が可笑しいッ!!」
「はははは! いや、全くさ、俺の手の平の上だな、あんた」
「どういう意味だ!」
「意味も何も、何であんた俺と戦っているのさ。俺が取るに足らないと分かった瞬間にあんたは逃げるべきだったんだよ」
男は意味が分からないといった風に夕に槍を向ける。
「意味が分かんねぇなぁ」
「あんたさ、逃走を優先するべきだろ? いつまでもここに居たら捕まるだけじゃんよ」
「ッ!? そうだ……。そうだった……」
「攻撃力のない俺の攻撃。そして、俺の弱さの露呈。まんまと口車に乗ったあんた」
夕の言葉に男はやっと気づいたかのように顔を青くする。
「ま……まさか、最初から……」
「あそう、やっと気づいた? 俺の目的は最初っから時間稼ぎとあんたの消耗。勝つ気なんてさらさら無かったんだよ」
「ちぃっ!」
男は炎の槍を消し、逃走を開始する。
「遅いよ、もう。俺が何の為に種明かししたと思ってる? 本当の天才がやってくるからだぜ?」
夕はすっくと立ち上がり、男の後ろ姿を見つめた。
「おー。さっすが夕。バッチリじゃん♪」
その瞬間、男の目の前に、軽い口調の紅葉が現れた。
「おわっ?!」
男が素っ頓狂な声を出し、紅葉が男の鳩尾に掌底を打ち込んだ。
男は「ご……ふ……」と崩れ落ちた。
「本当……天才は違うなぁ」
「あら、私もそれなりに努力してるけどな~」
夕は肩を竦めた。
「努力に見合う才能があって良いなぁって意味さ」
「努力だけで正全属性魔術師になった夕も十分すごいと思うけどね、私は」
「こうでもしなきゃ、約束も果たせないし、母さんみたいにもなれないんだよ。それに……俺の正義が貫けなくなってしまう」
そう言う夕の瞳には、僅かにだが、狂気の光が宿っている。紅葉は、夕の抱えている過去の深いところまでは知らないし、知る気もない。だが、紅葉はそれを見て、悲しそうに目を閉じ、また開いた。
「な~ら頑張んないとねぇっ!」
バシンと夕の背中を叩き、紅葉は転がっている男たちを拘束しに向かう。夕も「痛ぇー……」と漏らしつつも、紅葉の方に歩いていった。
夕たちが男たちを拘束し終わったところに丁度良く警察が来た。
実は結構前から来てはいたのだが、夕たちが逃した被害者たちに掛かり切りだったらしい。
まぁ、紅葉が「夕は大丈夫だから、被害者たちを優先して」と言ったからでもあるのだが。
だが、それはいい。夕と紅葉が拘束した男たちを警察に引き渡し、紅葉が警察に保護してもらっていたソフィーを受け取った。その後、軽い事情聴取を受けたものの、すぐに解放され、家路につくことができた。
ちなみに、怪我は来ていた治癒術師に治してもらった。
途中、ソフィーが心配そうにちらちらと見てきたが、夕がニッコリと微笑んでやると安心したのか、紅葉の作る昼御飯に注意が行くようで、「うふふ~」と呟いていた。
夕はそれを見て愛らしく思ったが、同時にもっと心配してくれてもいいんじゃないかな~と思ったのは秘密だ。
* *
そんな夕たちを見つめる影が一つ。
「ククク。はははは! いいねぇっ! 夕! 流石だぁ。あの地震すぐ興味が無くなるように出来ているのにさぁ。皆が忘れる地震を不審に思う。やはり報告は本当のようだ。そしてあの知略。流石僕の夕! あはは! 時が来るのを待っているよ!」
影はスッと消えた。
* *
少女は壁にもたれかかっていた。その時見つけた。探し続けていたもの。もう会えることもないだろうと半ば諦めていたもの。それでも、それでも、命の危険を犯してでも探し続けるのを止められなかったもの。
少女は気づいたら走り出していた。