第15話 暴風を撃ち抜け
第15話 暴嵐を撃ち抜け
ストームワイバーンの巨大な翼が振り下ろされた。
空気が圧縮され、荒野を抉る暴風となって魔導列車へ襲いかかる。
「掴まれ!」
ジンが叫んだ直後、鋼鉄の車体が激しく軋んだ。
片側の車輪が線路から浮き上がり、貨物車両が峡谷へ向かって傾いていく。
「黒騎士、車体を押さえろ!」
「御意」
二体の悪魔の騎士が屋根の左右へ分かれた。片方が大剣を車両へ突き立て、もう片方が屋根の縁を掴む。漆黒の巨体が全重量をかけ、浮き上がった車輪を線路へ押し戻そうとする。
「ニーニャ、風を逸らせ!」
「やってるニャ!」
ニーニャが両手を前へ突き出す。
緑色の風が列車を包み込み、正面から吹きつける暴風を左右へ分けた。
だが、魔力の差が大きすぎる。
ニーニャのブーツが鋼鉄の屋根を滑り、少しずつ後ろへ押されていく。
「ぐぬぬ……! こいつ、風だけなら私より上だニャ!」
「比較している場合ではない」
「アンタは少しくらい応援しろニャ!」
車輪が激しい音を立てて線路へ戻った。
しかし、安心する暇はない。
頭上ではストームワイバーンの青灰色の鱗を、無数の雷光が駆け巡っていた。
長大な角の間へ集まった雷が、巨大な槍へ変わっていく。
「来るぞ!」
青白い雷撃が放たれた。
狙われたのは、貨物車両の中央に立つジンだった。
ところが、雷は空中で不自然に軌道を曲げる。
「ニャ?」
向かった先は、微弱な雷を全身へ纏っていたニーニャだった。
バチバチィッ!
「ニャハアアアッ!?」
直撃した雷が、ニーニャの全身を駆け抜けた。
赤褐色の髪と犬耳が一斉に逆立ち、大きな尻尾が倍近くまで膨らむ。
ニーニャは煙を上げながら膝をついた。
「な、何で私に曲がってきたニャ……?」
「お前の身体に残っている雷属性へ引き寄せられたらしい」
「こんな体質、欲しくなかったニャ!」
エレキモンキーの血から得た力が、思わぬ形で仇となった。
ニーニャは雷を多少操れるようになっている。直撃しても致命傷にはならなかったが、雷への耐性があるわけではない。
痛みも痺れも、普通に感じていた。
ストームワイバーンの角へ、再び雷が集まる。
「また来るニャ!」
ニーニャが逃げようとした瞬間、クロエがその背後へ素早く回り込んだ。
「ちょっと待つニャ。にゃんで私の後ろへ隠れてるニャ?」
「雷はあなたへ引き寄せられるのでしょう?」
「だからって盾にするなニャ!」
「私たちが受ければ、動けなくなるわ」
「私だって動けなくなるニャ!」
「でも、まだ立っているじゃない」
「そういう問題じゃないニャ!」
二発目の雷撃が降り注いだ。
「ニャハアアアアッ!?」
ニーニャの身体が弓なりに反る。
その背後で、クロエは何事もなかったように二丁の魔銃を消した。
黒紫色の魔力が両手へ集まり、長大な狙撃型魔銃を形成していく。
「アンタ……本当に私を盾にしてるニャ……!」
「そのまま、もう少し耐えて」
「絶対に後で覚えてろニャ!」
クロエは揺れる屋根へ伏せ、狙撃型魔銃の脚を固定した。
黄金色の瞳が照準器を覗く。
狙いはストームワイバーンの翼の関節。
引き金を引く。
黒紫色の魔弾が放たれたが、ストームワイバーンを包む暴風によって軌道を逸らされ、翼の脇を通過した。
「外したニャ!」
「風向きが一定ではないのよ」
「私を盾にしておいて外すなニャ!」
ストームワイバーンが嘲笑うように咆哮した。
翼を大きく広げ、三度目の雷撃を放つ。
「もう嫌だニャアアアッ!」
雷が再びニーニャへ直撃した。
青白い火花が髪と尻尾を駆け抜ける。
ところが、ニーニャは倒れなかった。
「……ニャ?」
全身を焼くような痛みはある。
手足も痺れている。
それでも、最初に雷を受けたときより身体が動いた。
犬の悪魔と融合した肉体が、繰り返し流れ込む雷へ適応し始めている。
体内に残されていたエレキモンキーの魔力が刺激され、雷を受け流す新たな経路を作り出していた。
「さっきより……痺れが弱いニャ」
ニーニャの身体を走っていた雷が、筋肉と神経へ浸透していく。
心臓が強く脈打った。
一度。
二度。
鼓動に合わせて、全身の筋肉が強制的に活性化される。
ニーニャが立ち上がると、緑色の風へ青白い雷が混ざった。
「雷へ適応したのか?」
「半分くらいはニャ。痛いのは何も変わらないけどニャ!」
ストームワイバーンが四度目の雷撃を放つ。
ニーニャは逃げなかった。
全身へ雷を纏い、正面から駆け出す。
「ニャハアッ!? やっぱり痛いニャ!」
悲鳴を上げながらも、その脚は止まらない。
雷が筋肉を刺激し、風が身体を加速させる。
ニーニャの姿が緑と青の閃光へ変わった。
列車の屋根を駆け抜け、圧縮した風を足場に空へ飛び出す。
「喰らえニャ!」
二本のダガーから放たれた風刃が、ストームワイバーンの右翼へ直撃した。
硬い鱗の一部が剥がれ、紫色の血が飛び散る。
ニーニャはその傷へ飛びついた。
片手で鱗を掴み、鋭くなった犬歯を傷口へ突き立てる。
「グギャアアアアッ!」
ストームワイバーンが激しく身体を振った。
「暴れるなニャ! 私だって、好きで噛みついてるわけじゃないニャ!」
ニーニャは振り落とされまいと、必死にしがみつく。
牙を通じて、血に宿る生命力が流れ込んできた。
風。
雷。
二つの魔力が赤紫色の光となり、ニーニャの身体へ吸収されていく。
ストームワイバーンを覆っていた暴風が弱まり、鱗を走っていた雷光が僅かに薄れた。
反対に、ニーニャの周囲では緑色の風と青白い雷が混ざり合い、小さな嵐を生み出していた。
「力が……溢れてくるニャ!」
「ニーニャ、離れろ!」
ストームワイバーンが急降下し、ニーニャごと列車へ身体を叩きつけようとする。
ジンは一体の悪魔の騎士へ命じた。
「雷を引きつけろ!」
「御意」
黒騎士が屋根の後方へ立ち、大剣を空へ掲げた。
ストームワイバーンの角から放たれた雷が、漆黒の刃へ引き寄せられる。
黒い鎧の表面を雷が走り、装甲の隙間から煙が噴き上がった。
それでも黒騎士は膝をつかない。
もう一体は貨物車両の中央で大剣を構え、乗客と積荷を守っている。
雷を放つため高度を下げたストームワイバーンへ、ジンが魔銃を向けた。
銃身へ刻まれた《爆炎》のルーンが真紅に輝く。
「今だ」
轟音。
至近距離から放たれた爆炎が、ストームワイバーンの左眼へ突き刺さった。
「グギャアアアアッ!」
左眼を焼かれ、巨体が大きく仰け反る。
残された右眼が、屋根に立つジンを捉えた。
「そちらも見えているわ」
クロエが狙撃型魔銃の引き金を引く。
ニーニャが魔力を吸収したことで、暴風は弱まっていた。
黒紫色の魔弾が真っすぐ空を駆け、ストームワイバーンの右眼を撃ち抜く。
両眼を失った巨体が、空中で大きくぐらついた。
「今度は私が押し返すニャ!」
ニーニャが牙を抜き、ストームワイバーンの背中を蹴る。
緑色の風と青白い雷が爆発し、その身体を列車の屋根へ運んだ。
同時に、吸収した嵐の力が刃へ集まる。
二本のダガーを交差させ、ストームワイバーンの首へ振り抜いた。
「嵐の刃だニャ!」
雷を纏った風刃が、首を覆う鱗を引き裂く。
紫色の血が噴き出し、傷の奥に太い骨が覗いた。
「戻れ――換装!」
二体の悪魔の騎士が黒い霧へ崩れ、ジンの全身へ殺到する。
雷を受けた装甲には亀裂と焼け跡が残っていた。それでも、二体分の力がジンの身体へ集まり、漆黒の全身鎧を形成する。
ニーニャがジンの足元へ風を集めた。
「飛ぶニャ!」
圧縮された風を踏み抜き、ジンが空へ跳び上がる。
漆黒の大剣が、傷ついた首へ振り下ろされた。
刃が鱗と筋肉を断ち、骨へ食い込む。
「ぐっ……!」
巨大な骨が、大剣を押し止めた。
「私もいるニャ!」
ニーニャの嵐が大剣の背を押す。
さらにクロエが魔弾を放ち、露出した骨を正確に撃ち抜いた。
ひび割れる音。
「終わりだ!」
ジンが大剣を振り抜く。
ストームワイバーンの首が断たれ、巨体が列車の脇を通過して峡谷へ落ちていった。
空を覆っていた黒雲が、ゆっくりと崩れていく。
「……終わったか」
ジンが換装を解除し、貨物車両の屋根へ降り立った。
「当然だニャ!」
ニーニャが胸を張る。
緑色の風と青白い雷が、まだ全身を巡っていた。
「見たかニャ。これが新しい私の力だニャ!」
「脚が震えているぞ」
「これは武者震いだニャ」
バチッ。
「ニャハッ!?」
尻尾の先から火花が弾けた。
雷による身体強化が切れ、ニーニャはその場へ崩れ落ちる。
「身体が……動かないニャ……」
「急激に筋肉を動かした反動だ」
「先に言えニャ……」
クロエが狙撃型魔銃を消し、倒れたニーニャの隣へしゃがみ込む。
「助かったわ」
「……私を何度も盾にしたことは、忘れてないニャ」
「あなたなら耐えられると思っていたもの」
「次に同じことをしたら、アンタへ雷を流すニャ」
「その力を使いこなせたら考えてあげる」
「やっぱり気に入らないニャ……!」
言葉とは裏腹に、ニーニャの尻尾が僅かに揺れる。
ジンはそんな二人を見下ろし、静かに手を差し出した。
「クロエ。実力は十分に確認できた」
「それで?」
「正式にパーティーへ加わってもらう」
クロエは差し出された手を握った。
「交渉成立ね」
三人を乗せた魔導列車は、深い峡谷を抜けて西へ走り続ける。
こうして、魔弾の悪魔と契約した少女クロエが、ジンたちの三人目の仲間となった。
ただし――。
新たに手に入れた嵐の力を制御できず、レグナへ到着するまで何度も自分の尻尾で感電することになるとは、このときのニーニャはまだ知らなかった。




