第14話 魔弾の令嬢
第14話 魔弾の令嬢
ジャイアントトードを討伐した翌日。
ジンとニーニャは、冒険者ギルドの応接室へ呼び出されていた。
「それで、巨大蛙の口へ自分から飛び込んだ、と」
机の向こうに座るギルドマスターのガルドが、低い声で確認する。
「捕まったふりをしただけです」
「同じことだ!」
怒声が壁を震わせ、ニーニャの犬耳がぴんと立った。
「私なんて本当に丸呑みにされたんだニャ! ジンだけ怒られるのは不公平だニャ!」
「競うところではない!」
ガルドは額へ手を当て、深々と息を吐いた。
ニーニャは昨日、全身へ染みついた蛙の粘液と臭いを落とすため、日が暮れるまで川から出ようとしなかった。見た目は元へ戻っているものの、まだ臭うような気がするらしく、ときおり自分の尻尾へ鼻を近づけている。
「人間の仲間がいれば首都の外へ出てもよい。確かに俺はそう言った」
「条件は守っています」
「二人揃って危険へ突っ込むとは思わなかった!」
「私は止めたニャ」
「その前に、一人で突っ込んで丸呑みにされただろうが!」
「それは……蛙が卑怯だったんだニャ」
ガルドは反論する気力まで失ったように、椅子へ深く身体を沈めた。
「事情が変わった。魔族がお前たちの情報を集めている可能性もある。今後、二人だけで首都の外へ出ることは認めん」
「では、どうすればよいのですか?」
「もう一人加えろ。冷静に状況を判断でき、離れた場所から援護できる者だ」
ガルドが応接室の隅へ目を向ける。
そこには、一人の少女が壁へ背を預けていた。
腰まで届く艶やかな黒髪。
黄金色の瞳。
黒い革製のフード付きパーカーに、動きやすさを重視した黒いホットパンツ。足元には短い黒革のブーツを履いている。
華奢な身体つきに反して、隙らしい隙がない。
「彼女を、お前たちのパーティーへ加えろ」
「クロエよ」
少女が壁から背を離し、淡々と名乗った。
「家名は?」
ジンが尋ねる。
「ないわ。平民だもの」
その顔を正面から見た瞬間、ニーニャの犬耳が真っすぐ立った。
(いやいやいや、待つニャ!)
黒髪と黄金色の瞳。
相手の視線を受けても決して退かない、堂々とした立ち居振る舞い。
貴族の令嬢として社交の場へ出ていたニーニャが、見間違えるはずがない。
(ハートフィリア公爵令嬢だニャ!)
第一王子の婚約者。
王国でも指折りの名門に生まれ、舞踏会では誰よりも注目を集めていた少女だ。
(公爵令嬢が、にゃんでそんな格好で冒険者ギルドにいるニャ!?)
「アンタ、もしかして――」
「何かしら?」
クロエの黄金色の瞳が、ニーニャへ向けられた。
「い、いや……どこかで会った気がするニャ」
「そう」
クロエは穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見たニーニャの背筋を、冷たいものが走る。
クロエは自然な足取りで隣へ回り、ニーニャの耳元へ顔を寄せた。
同時に、大きな尻尾の付け根が片手でしっかりと握られる。
「ニャッ!?」
ニーニャの身体が硬直した。
「余計なことを言ったら――」
クロエが、ニーニャにしか聞こえない声で囁く。
「首輪をつけて、エスカトール侯爵様の前まで引きずり出すからね?」
「ニャ……!?」
ニーニャの顔が一瞬で赤くなる。
(私の正体まで知られてるニャ!?)
自分も侯爵令嬢の身分を隠し、家族へ黙って冒険者になっている。
クロエの正体を明かせば、自分まで道連れだ。犬耳と尻尾を生やした今の姿で父親の前へ連れ戻される光景を想像し、ニーニャの表情が引きつった。
「分かった?」
尻尾の付け根を軽く握り直され、ニーニャは何度も頷いた。
「わ、分かったニャ……!」
「いい子ね」
クロエは何事もなかったように手を放す。
ニーニャは尻尾を両腕で抱え込み、警戒するように距離を取った。
「何を話していた?」
「何でもないニャ!」
ジンが訝しげに見る。
「顔が赤いぞ」
「何でもないって言ってるニャ!」
ガルドだけが、二人のやり取りを見ながら深いため息をついた。
クロエが何者なのか、確証はない。
しかし、第一王子の婚約者が屋敷から姿を消したという噂。貴族特有の立ち居振る舞い。そして、平民が持てるはずのない高品質な装備。
ガルドは、その正体をほとんど察していた。
「クロエは登録したばかりだが、射撃能力だけなら高ランク冒険者にも劣らん。お前たちに不足している役割も補える」
「なぜ、俺たちに?」
「お前は無茶をする。だが、仲間を見捨てず、その身分を利用するような人間でもない。人間性だけは信用している」
「実力は確認しなくてよいのですか?」
ジンの言葉に、クロエが僅かに口元を上げる。
「ちょうどいい依頼がある」
ガルドが一枚の依頼書を机へ置いた。
魔導列車の貨物護衛。
首都ザザンから西部都市レグナへ向かう列車が、ワイバーンの群れに狙われているという。
「この依頼を三人で達成しろ。今後、首都の外へ出る許可を継続する条件だ」
「分かりました」
「勝手に決めるなニャ!」
「嫌なら、お前だけ首都へ残ってもいい」
「行くニャ!」
その日の午後。
三人を乗せた魔導列車が、西へ続く荒野を走っていた。
魔石を動力とする鋼鉄の車体が轟音を響かせ、最後尾には治療薬や食料、大量の魔石を積んだ貨物車両が連結されている。
ジンたちは、その屋根で周囲を警戒していた。
「風が気持ちいいニャ!」
ニーニャの赤褐色の髪と、大きな尻尾が風になびく。
クロエは屋根へ片膝をつき、空を見渡していた。
「来るわ」
「分かるのか?」
「雲の動きが不自然よ」
直後、雲の間から十数体の影が現れた。
革膜の翼。
鋭い牙と爪。
ワイバーンの群れだった。
「出てこい!」
ジンの影から黒い霧が立ち昇り、二体の悪魔の騎士が姿を現す。
「貨物を守れ!」
「御意」
ニーニャも二本のダガーを引き抜き、緑色の風を纏った。
「どっちが多く倒せるか勝負だニャ!」
「遊びではない」
クロエが右手を前へ出す。
黒紫色の魔力が集まり、二丁の自動拳銃型魔銃を形成した。
「それに、数を競うまでもないわ」
乾いた銃声が、荒野の空へ連続して響く。
黒紫色の魔弾は、激しく飛び回るワイバーンの翼の付け根へ正確に命中した。
一体。
二体。
三体。
飛行能力を失ったワイバーンが、次々と荒野へ落下していく。
「にゃんで全部当たるんだニャ!?」
「動きが単純だもの」
クロエは二丁の魔銃から立ち昇る黒紫色の煙を払い、平然と答えた。
「気に入らないニャ!」
ニーニャが列車の屋根を蹴る。
緑色の風となって駆け抜け、二本のダガーから放った風刃でワイバーンの翼を切り裂いた。
貨物車両へ接近した個体は、二体の悪魔の騎士が迎え撃つ。漆黒の大剣が振るわれるたび、飛竜の巨体が線路脇へ叩き落とされていった。
やがて、群れの数は半分以下まで減った。
「このまま押し切る」
ジンが空を見上げた、そのときだった。
ニーニャの犬耳が、不意に後ろへ伏せられる。
「待つニャ……」
先ほどまで得意げに揺れていた尻尾も、警戒するように低く下がっていた。
「どうした?」
「何か来るニャ」
周囲を飛び回っていたワイバーンたちが、一斉に攻撃をやめた。
空へ向かって甲高い鳴き声を上げ、逃げるように列車から距離を取っていく。
「仲間が倒されたから逃げるのかしら?」
「違うニャ」
ニーニャは渦を巻き始めた頭上の雲を見つめる。
「こいつらも、怯えてるニャ」
次の瞬間。
空を覆っていた黒雲が、内側から引き裂かれた。
「グギャアアアアアッ!」
轟く咆哮。
普通のワイバーンを遥かに上回る巨体が、荒れ狂う雲を突き破って姿を現した。
青灰色の鱗。
長大な角。
稲妻を纏った巨大な翼。
翼が一度羽ばたいただけで、周囲の雲が激しく渦を巻く。
「ストームワイバーン……」
ジンの黄金色の右眼が、その異常な魔力を捉えた。
「Bランクの上位個体だ」
「依頼書には、そんなの書いてなかったニャ!」
「予定どおりでつまらないと思っていたところよ」
クロエは二丁の魔銃を消し、黒紫色の魔力を右手へ集める。
その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
「ちょうどいいわ。私の実力を認めさせるには、あれくらいでないと」
ストームワイバーンが、列車を見下ろしながら大きく翼を広げた。
青白い稲妻が鱗の表面を走る。
大気が震え、荒野の砂塵が空へ吸い上げられていく。
それまでの敵とは、明らかに格が違う。
巨大な翼が振り下ろされた。
荒野を抉る暴風が、魔導列車へ迫る。
そして――。
三人にとって初めての共同依頼は、最も危険な局面を迎えようとしていた。




