第8話 交易都市セルリアと、新たなる地盤
第8話 交易都市セルリアと、新たなる地盤
『嘆きの谷』を抜けた漆黒の魔導輸送車・一番機は、トウヤが敷設した真っ白な『絶対安全街道』の上を滑るように疾走していた。
車窓から見える景色は、険しい岩肌から緑豊かな平原へと変わり、はるか前方には大河のきらめきと、それを抱くように広がる巨大な城壁都市の輪郭が浮かび上がってきている。
「……信じられない。時速100キロを超えているというのに、馬車特有の揺れも、車輪がきしむ音も全くないなんて。それに、この温かくて香り高い飲み物は……」
後部の居住スペースのふかふかなソファに腰を下ろした人間の文官、アルベルトは、トウヤから提供されたマグカップを両手で包み込みながら、驚愕に満ちた声を漏らした。彼が飲んでいるのは、トウヤがアイテムボックスから出したコーヒーである。
その隣では、銀髪のエルフの護衛、シルフィが、窓の外を矢のように過ぎ去っていく景色を食い入るように見つめていた。彼女の尖った耳が、微かな魔力駆動音を拾ってピクピクと動いている。
「アルベルト様。この乗り物……ただの鉄の塊ではありません。車体の隅々にまで、私がかつて見たこともないほど緻密で高度な魔法陣が刻まれています。それも、古代エルフの秘術すら凌駕するほどの……」
運転席からバックミラー越しに二人の様子を見ていたトウヤは、軽く微笑みながら口を開いた。
「乗り心地が良いなら何よりだ。俺の商会が誇る『魔導輸送車』と、俺が敷いた『絶対安全街道』だからね。さて、アルベルトさん。もうすぐ目的地である交易都市セルリアに到着するわけだが、あそこの情勢について、王都の役人だったあんたの口から詳しく聞かせてもらえないか? 俺は辺境出身なもので、中央の政治には疎くてね」
トウヤの問いかけに、アルベルトは居住まいを正し、真剣な表情を浮かべた。
「……承知いたしました。命を救っていただいた恩人であるトウヤ殿には、包み隠さずお話ししましょう」
アルベルトの話によれば、交易都市セルリアは、ルミナス王国を南北に縦断する『水竜大河』と、東西を結ぶ主要街道が交差する、王国随一の物流と商業の要衝である。アステリアが辺境の資源を集積する「倉庫」であるならば、セルリアはそれらを加工し、他国へと売り捌く「巨大な市場」であった。
「しかし、その莫大な富が真っ当に国や民のために使われているかといえば、否です。セルリアの実権は、現在『三叉槍商会』と呼ばれる、三つの巨大な悪徳商会の連合体に握られています。彼らは王都の腐敗した大貴族たちに莫大な賄賂を贈り、河川の通行税や市場の価格を不当に釣り上げ、逆らう者は容赦なく闇に葬ってきました」
アルベルトは悔しそうに拳を握りしめた。
「私は王都の財務局で、彼らの不正なお金の流れを調査していました。しかし、あと一歩で決定的な証拠を掴めるというところで、逆に彼らと通じている上司によって『公金横領』の濡れ衣を着せられ……このセルリアへ、名ばかりの財務官として左遷されたのです」
「なるほど。つまり、あんたをセルリアに送ったのは、道中の『嘆きの谷』で魔物に襲わせて事故死させるか、無事に着いたとしても、三叉槍商会の連中に暗殺させるため……というわけか」
トウヤが淡々と結論を口にすると、アルベルトは苦渋に満ちた顔で頷いた。
シルフィが主君を庇うように、鋭い視線を前に向ける。
「アルベルト様は、誰よりも民を思い、王国の腐敗を正そうとされた立派な御方です! それを、あのような卑劣な罠にかけるなど……!」
「いいじゃないか」
トウヤの言葉に、アルベルトとシルフィは虚を突かれたように目を丸くした。
「……いい、とは?」
「俺の目指す『絶対安全な物流網』の構築において、最大の障害になるのは魔物じゃなく、そういう既存の腐敗した利権を貪る連中だ。アステリアでゴルド商会を潰したように、セルリアでもその『三叉槍商会』とやらを排除する必要がある。……アルベルトさん。あんたの持つ行政官としての権限と、王都の不正の知識。俺の商会がセルリアで合法的に立ち回るための『政治的な盾』として、非常に魅力的だ」
トウヤはハンドルから片手を離し、後ろを振り返ってニヤリと笑った。
「俺があんたとシルフィの命を『物理的』に完全保証する。代わりに、あんたは俺の商会がセルリアで展開する事業を『法的』に保護し、いずれ王都の腐敗貴族どもを一緒に引きずり下ろす。……どうだい、このビジネスパートナー契約は?」
アルベルトは一瞬呆然としたが、やがてその瞳に強い決意の光を宿し、深く頷いた。
「……悪魔の誘いか、それとも神の救いか。私にはもはや失うものはありません。トウヤ殿、あなたのような規格外の方とならば、あるいは本当に、この腐りきった国の澱みを浄化できるかもしれない。喜んで、その契約をお受けいたします」
「交渉成立だ。さあ、セルリアの門が見えてきたぞ」
巨大な石造りの城壁と、大河に浮かぶ無数の交易船。交易都市セルリアは、アステリアの数倍の規模を誇る大都市だった。
城門の前に陣取る衛兵たちは、地鳴りのような音と共に接近してくる漆黒の魔導輸送車を見て、完全にパニックに陥っていた。
「な、なんだあれは!?」
「止まれ! 止まらんと攻撃するぞ!」
衛兵たちが槍や弓を構える中、トウヤはトラックを静かに停車させ、窓を開けた。そして、アルベルトが王都の紋章が刻まれた財務官の身分証を高く掲げる。
「私は王都より新たに赴任した財務官、アルベルトである! この乗り物は、私を護衛してくれた『安全第一商会』のものだ。道を開けよ!」
王都の高官(左遷されたとはいえ、末端の衛兵には関係ない)の身分証と、目の前にある正体不明の巨大な鉄の塊の威圧感。衛兵たちは慌てて道を開け、トウヤたちは一切の手荷物検査を受けることなく、悠々とセルリアの街へと足を踏み入れた。
「さて、まずは拠点作りだ。アルベルトさん、この街で一番立地が良くて、一番『訳あり』で安く買える物件はないかな? どんなボロ屋でも構わない」
トウヤの問いに、アルベルトは少し考えてから答えた。
「……一つ、心当たりがあります。商業区画の中心に近い一等地に、かつて大貴族が所有していた広大な屋敷と倉庫群があります。しかし、地下の治水設備が崩壊して常に汚水が湧き出し、さらに『呪い』による奇病が発生すると噂されて長年放置されています。市の管理下にありますが、誰も買い手がつきません」
「完璧だ。そこにしよう」
案内された物件は、確かに一等地にあるものの、外壁は崩れ落ち、敷地内にはヘドロのような悪臭を放つ沼が広がる、絵に描いたような廃墟だった。
アルベルトの権限とトウヤの資金力(金貨数十枚)により、その広大な土地は即座に『安全第一商会』の所有物となった。
「ボス、いくらなんでもここは酷すぎやしねえか? ドワーフの俺様でも鼻が曲がりそうだぜ」
トラックから降りたゴランが顔をしかめる。シルフィも悪臭に顔を覆っていた。
「五分待ってくれ。ここをセルリア最高の『要塞』に作り変える」
トウヤは敷地の中央に立つと、自身の内に眠る100,000という桁外れの魔力を解放した。
「まずは地下の汚水と毒素の完全浄化。水脈の再構築。……『浄化』、そして『土魔法・地盤改良』」
トウヤの足元から眩い光の波が広がり、敷地全体を覆い尽くした。悪臭を放っていたヘドロは一瞬にして清らかな水へと変わり、崩れかけていた地下の岩盤が強固な花崗岩へと再構築されていく。
「さらに、建物の再構築。強度を王城の数十倍に設定。防音、断熱、自動空調システムの付与。周囲への不可視の防護結界と、監視ネットワークの敷設……『拠点再構築』!!」
ズゴゴゴゴォォォォォンッ!!
凄まじい地響きと共に、朽ち果てていた屋敷と倉庫群が、白亜の大理石とミスリルを思わせる特殊合金でコーティングされた、美しくも圧倒的な威圧感を放つ巨大な本部ビルへと変貌を遂げた。内部にはアステリアの拠点と同様、ふかふかのベッド、大浴場、そして通信室が完備されている。
「な、なんだこれは……!? たった数分で、これほど巨大な建造物を……魔法で一から創り出したというのか!?」
アルベルトは腰を抜かさんばかりに驚愕し、シルフィは信じられないものを見る目でトウヤを見つめた。
「エルフの伝承に語られる、神々の世界創造……いえ、それすらも凌駕する御力……。トウヤ様、あなたは一体……」
「ただの、スローライフを愛するしがない商人だよ。さあ、中に入ろう。これから忙しくなる」
トウヤたちが新たな拠点の応接室で、アステリアのレオンと魔導通信機で無事の到着を報告し合っていた時のことだ。
新築の拠点の門を、乱暴に叩く音が響いた。
「チッ、早速嗅ぎつけてきやがったか。魔導監視網に切り替えるよ」
トウヤが空中に映像を投影すると、そこには絹のローブを着た脂ぎった中年の男と、全身を凶器で武装した数十人の傭兵たちの姿が映し出されていた。
「あ、あれは『三叉槍商会』の一角、青鱗商会の会長、ゾラです! 私がセルリアに到着したと聞いて、早速脅しをかけに来たのでしょう」
アルベルトが顔を強張らせる。
「アルベルト様、私が出ます。何人たりとも、あの者たちをここには通しません」
シルフィが弓を手に取ろうとするが、トウヤはそれを手で制した。
「いや、俺たちの『表の顔』はあくまで商人だ。暴力には暴力じゃなく、圧倒的な情報と経済力で対処する。アルベルトさん、俺と一緒に玄関へ行ってくれ。シルフィとゴランさんは、ここで待機だ」
トウヤとアルベルトが玄関の扉を開けると、ゾラが傲慢な笑みを浮かべて立っていた。
「やあやあ、新任の財務官殿! 随分と奇妙な馬車で乗り込んできたと思えば、こんな呪われた廃墟を一夜にしてピカピカにするとは。王都の魔法使いは良い腕をしているようだ! 私は青鱗商会のゾラ。今後のセルリアでの『円滑な行政』のために、ささやかなご挨拶を持参しましたぞ」
ゾラが指を鳴らすと、部下がズッシリと重い金貨の入った袋を差し出した。
明らかな賄賂であり、これを受け取れば彼らの犬になるという脅迫だ。
アルベルトが言葉に詰まる中、トウヤが前に出た。
「ご挨拶痛み入ります、ゾラ会長。俺は『安全第一商会』代表のトウヤ。アルベルト様には、当商会の顧問としてご指導いただいております」
「あぁ? なんだお前は。ガキが口を挟むな。私は財務官殿と話しているのだ」
「まあまあ。そう言わずに」
トウヤは『鑑定』と『算術』のスキルを密かに発動させ、ゾラの懐に隠された手帳と、彼が背後に引き連れている傭兵たちの装備を一瞬で見抜いた。
「ゾラ会長。その金貨の袋、おおよそ500枚といったところですね。ですが……あなたが先月、王都の監査局を誤魔化して中抜きした水路の通行税は、金貨『3425枚と銀貨8枚』のはずですが? 随分とケチなご挨拶ですね」
「なっ……!?」
ゾラの顔面から一瞬にして血の気が引いた。極秘中の極秘である横領の正確な数字を、なぜこの辺境から来た若造が知っているのか。
「き、貴様……何を根拠にデタラメを!」
「デタラメかどうかは、あなたの右の懐に入っている黒い革表紙の裏帳簿を、アルベルト様に提出していただければすぐに分かりますよ。提出を拒むなら、公務執行妨害と脱税の疑いで、この場であなたの身柄を拘束しますが?」
トウヤの言葉に、ゾラの背後にいた傭兵たちが殺気を放ち、一斉に武器に手をかけた。
「チィッ……! ナメやがって! おい、こいつらを殺せ! 財務官ごとだ!!」
ゾラが叫んだ瞬間、トウヤは指をパチンと鳴らした。
「『風魔法・真空刃』、そして『土魔法・泥濘』」
無詠唱。発動までわずか0.1秒。
傭兵たちが剣を抜くよりも早く、彼らの足元の石畳が液状化して膝まで飲み込み、同時に目に見えない風の刃が、彼らの持っていた武器だけを正確に、粉々に切断した。
「ひっ!?」
「う、動けねえ! 武器が、一瞬で……!」
血一滴流すことなく、数十人の完全武装の傭兵を瞬時に無力化する。その圧倒的な実力差に、ゾラは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「さて、ゾラ会長。俺は安全と平穏を愛する商人だ。無駄な血は流したくない。この横領の件は、俺の商会がセルリアで活動する上での『便宜』を図ってくれるなら、少しの間だけ目を瞑ってあげてもいいですよ?」
トウヤは悪魔のように冷徹な、しかし最高に人当たりの良い商人の笑みを浮かべて、へたり込むゾラを見下ろした。
アルベルトは、隣で繰り広げられるトウヤの圧倒的な交渉術(という名の完全な脅迫)に、背筋に冷たい汗をかきながらも、頼もしさに震えていた。
「ひぃぃぃっ! わ、わかった! 何でもする! だから命と、帳簿だけは……!」
ゾラが逃げるように去っていくのを見送り、トウヤはアルベルトに向き直った。
「これで、三叉槍商会の一角にヒビが入りました。彼らを利用して、セルリアの市場を内部から食い破ります」
「トウヤ殿……恐ろしい男だ。だが、これで私の財務官としての仕事も、あなたの商会の拡大も、全てがリンクし始めた」
二人は固い握手を交わした。
背後で見守っていたシルフィも、主君を守り抜く強大な力を持つトウヤに対し、深い忠誠の礼をとった。
王都への道を切り拓くための最大拠点、交易都市セルリア。
万能商人のインフラと、政治的権力という新たな刃を手に入れた『安全第一商会』は、この腐敗した大都市を、彼ら自身の絶対的な「安全圏」へと塗り替えるための本格的な侵攻を開始した。
【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクC)
レベル:16 (セルリアでの小競り合い鎮圧により微増)
体力:75/75
魔力:85,000/100,000 (セルリア新拠点構築等の大規模魔法により消費・自動回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):アステリアにて留守番・拠点管理。トウヤたちの帰りを待つ。
・レオン(人間の商人):アステリア支部長。魔導通信機を使い、トウヤとリアルタイムで情報連携中。
・ゴラン(ドワーフの技師):セルリア新拠点にて、次なるインフラ機材の開発に着手。
・ガロン(ドワーフの老鉱夫):テラス鉱山街より、セルリアに向けても鉱石の出荷準備を進める。
・アルベルト(人間の文官):【正式加入(政治的後援者)】セルリア財務官。トウヤの圧倒的な力を目の当たりにし、王国の腐敗を正すために彼と運命を共にする決意を固める。
・シルフィ(エルフの護衛):【正式加入(武力要員)】アルベルトの専属護衛。トウヤの魔法技術を「神の御業」と敬い、彼への忠誠を誓う。
・インフラ状況:アステリア〜セルリア間「絶対安全街道」開通。セルリア新拠点(超要塞)完成。魔導通信網(アステリア・テラス・セルリア間)稼働。
・資金:金貨540枚(拠点購入で減少したが、横領の証拠を握ったことで今後の資金繰りは盤石)
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