第7話 通信網の開通と、次なる都市への道標
第7話 通信網の開通と、次なる都市への道標
澄み切った青空が広がるアステリアの街に、かつてないほどの活気と、少しの混乱が入り混じった朝が訪れていた。
昨夜、街中に鳴り響いたゴルド商会の暗殺計画の音声と映像は、決定的な証拠として騎士団の重い腰を上げさせるに至った。夜明けと共にゴルド商会の本部は完全武装の騎士たちによって包囲され、会長のゴルドをはじめとする主要幹部たちは一人残らず捕縛された。彼らの巨大な倉庫からは、これまで不当に搾取してきた膨大な物資や、違法な奴隷取引の生々しい証拠、さらには領主代行バルガスとの癒着を示す秘密帳簿までもが次々と押収されていた。
バルガス自身もまた、トウヤが『魔導監視網』を通じて集めた決定的証拠の数々を王都の監査局へと匿名で送付したことにより、逃げ道を完全に絶たれた。長年この辺境を牛耳り、私腹を肥やし続けてきた巨大な悪の組織が、たった一人の商人によって、物理的な衝突を最小限に抑えられたまま、一夜にして瓦解したのである。
「素晴らしい……まさに芸術的なまでの手際だ。トウヤ、あんたは商人というより、凄腕の軍師か何かか?」
『安全第一商会』の拠点。その清潔で広々としたダイニングルームで、共同経営者のレオンが焼き立てのパンにジャムを塗りながら感嘆の声を漏らした。
「俺はただ、自分の『スローライフ』を脅かす害虫を、最も安全かつ効率的な方法で駆除しただけだよ。これでアステリアの物流と経済は、しばらくの間俺たちの独壇場になる。ゴルド商会が手放すことになった倉庫や店舗も、すでに商人ギルドを通じて正規の手続きで安値で買い取る手はずを整えてある」
トウヤは香り高いコーヒーを傾けながら、事もなげに答えた。彼の見据える先は、すでにアステリアという一つの街の覇権などではなく、もっと広大な領域へと向かっていた。
「トウヤさん! ゴランさんが地下の工房で呼んでます! 例の『通信機』の準備ができたみたいです!」
エプロン姿のミアが、長い尻尾を弾ませながら階段を駆け上がってきた。彼女の手には、通信機用の小型の魔石が握られている。
「お、いよいよ実地テストだな。レオンさん、朝食の途中だけど一緒に地下へ行こう。この世界の歴史が変わる瞬間だ」
三人が地下の巨大工房へと降りると、そこには油にまみれたゴランが、不敵な笑みを浮かべて二つの四角い金属箱――魔導通信機の試作機――を前に待ち構えていた。
「来たな、ボス。こっちの親機をここに置いて、子機をテラス鉱山街に置く。距離にして馬車で三日かかる場所だが、ボスの張った街道の結界に沿って魔力信号を走らせる仕組みだ。理論上は遅延ゼロで会話ができるはずだぜ。前世の『電話』ってやつを再現したんだろ?」
「理論上じゃなく、絶対に成功させる。俺の『全魔法創造』で回路のノイズキャンセリングと暗号化は完璧に調整してあるからね。それじゃあ、子機の方は昨日、魔導輸送車でテラスに向かった部下(レオンが新たに雇った信頼できる従業員)に託してあるから……向こうのガロンさんに繋いでみるよ」
トウヤは親機の中央にある魔石に軽く触れ、自身の魔力を流し込んだ。
金属箱の表面に刻まれた微細な魔法陣が淡く青い光を放ち、ジジッ……という微かなノイズの直後、スピーカーから聞き慣れたしゃがれ声がクリアに響き渡った。
『お、おい! 本当に繋がってんのか!? こちらテラス鉱山街のガロンだ! 聞こえるか、トウヤ会長! ゴラン!』
「ガハハハ! ばっちり聞こえてるぜ、ガロン! まるで隣の部屋で話してるみたいじゃねえか!」
ゴランが興奮して身を乗り出す。ミアも目を丸くして、ただの金属の箱から遠く離れた人の声が出ている不思議な光景を見つめていた。
「おはようございます、ガロンさん。通信機のテストは完璧ですね。そっちの状況はどうですか?」
トウヤがマイク部分に向かって話しかけると、ガロンの弾んだ声が返ってきた。
『あぁ、最高だ! あんたが作ってくれた大浴場のおかげで、鉱夫たちの士気は爆上がりだ。採掘量も以前の三倍に跳ね上がってる。それに、ゴルド商会の連中が騎士団に捕まったって噂もこっちに届いてるぜ。これで心置きなく、あんたの商会だけに最高の鉱石を下ろすことができる!』
「それは心強い。午後にまた輸送車を向かわせるので、採掘した鉄鉱石とミスリルを積み込んでおいてください。代わりに、新鮮な魚や野菜、それからゴランさんが新しく打った削岩用のツルハシを送ります」
『任せておけ! いやぁ、生きてて良かったぜ。あんたは俺たちドワーフの救世主だ! いつでも連絡してくれ!』
通信が切れ、工房内に静かな熱狂が満ちた。
物理的な大容量高速輸送(魔導トラック)と、リアルタイムの遠隔情報伝達(魔導通信機)。前世の現代社会を支える二大インフラが、この異世界においてトウヤの手で完全に統合された瞬間であった。
「トウヤ……これがあれば、各都市の相場情報を瞬時に把握できる。どこで何が不足し、どこで何が余っているか。他の商人が何日もかけて情報を集めている間に、我々は居ながらにして、この世界の経済の動きを完全に支配できるぞ……!」
レオンは興奮で顔を紅潮させ、震える手で通信機を撫でた。彼の長年の商人の勘が、これがもたらす莫大な利益を正確にはじき出していた。
「その通りです。アステリアとテラス鉱山街という基盤は完成した。次は、このインフラ網をさらに広げていく段階だ」
トウヤは立ち上がり、壁に掛けられたルミナス王国の巨大な広域地図を指し示した。
「アステリア周辺は俺たちの影響下に入りつつあるが、ここはあくまで辺境だ。真の『安全で快適なスローライフ』を盤石なものにするには、王国の中心部、つまり王都ルミナリスへ通じる巨大な経済圏を確立し、誰にも手出しできない権力を得る必要がある」
トウヤの指が、アステリアから西へと伸びる長い街道をなぞる。
「まずは、ここだ。アステリアと王都のちょうど中間に位置する『交易都市セルリア』。ここは南北の巨大な川と交差する水運の要衝であり、近隣の国家からも商人が集まる巨大市場だ。ここを次のターゲットとし、セルリアまでの『絶対安全街道』を開通させる」
レオンが地図を見つめながら顎を撫で、真剣な表情を浮かべる。
「セルリアか。あそこはアステリアよりも遥かに規模が大きく、複数の大商会と王都の貴族たちが複雑な利権を争っている、文字通りの魔境だ。しかも、道中には『嘆きの谷』と呼ばれる、ワイバーンが巣食う極めて危険な山越えのルートが存在する。通常の行商人は、護衛に金貨数百枚を払って命がけで通る道だぞ」
「だからこそ、そこに安全なハイウェイを敷けば、我々の価値は計り知れないものになる。ワイバーンが出ようが何が出ようが、俺のトラックと結界の敵じゃない。……準備を急ごう。明日の朝一番で、俺とミア、そしてゴランさんの三人でセルリアに向けて出発する。レオンさんは、アステリアの留守とゴルド商会の残務整理、そして通信機を使ったテラスとの連携を頼む」
「承知した。資金と後方支援は私に任せておけ。留守はしっかりと守る」
翌朝。
朝靄に包まれたアステリアの西門から、漆黒の威容を誇る魔導輸送車・一番機が静かに発進した。
運転席にはトウヤ。助手席には腕組みをして外を睨みつけるゴラン。そして後部の居住スペースには、道中の案内役として、この周辺の地理にある程度詳しいミアが乗り込んでいる。
「さて、嘆きの谷を越えてセルリアまでの数百キロ。新しいインフラ構築の旅の始まりだ」
トウヤはアクセルペダルを踏み込んだ。
キュィィィィン……! という心地よい魔力駆動音と共に、数十トンの巨体が驚異的な加速で荒野へと飛び出していく。
「トウヤさん、この先の平原を抜けると、いよいよ『嘆きの谷』に入ります。ワイバーンは空から襲ってくるので、馬車だと上空の警戒が一番大変なんです……。音に敏感なので、普通は息を殺して進むんですが」
ミアが緊張した面持ちで窓の外を見つめる。
「上から来ようが下から来ようが関係ねえ! ボスの結界と俺様の打ったミスリル装甲を舐めんなよ!」
ゴランが豪快に笑う。
トラックが荒れ果てた街道を進むにつれ、トウヤは窓から右手を出し、自身の膨大な魔力を大地に流し込みながら、お馴染みの魔法を展開した。
「『土魔法・超広域舗装』。並行して『光魔法・不可視の防壁』!」
ズゴゴゴゴォォォ……ッ!!
トラックの走行に合わせて、デコボコだった荒野が瞬時に白く滑らかな大理石のような石畳へと変貌し、両脇と上空を覆うように、不可視の半円形の結界が展開されていく。後続の商人たちが見れば、文字通り神の御業としか思えない光景だ。
数時間後、一行は険しい岩肌が剥き出しになった『嘆きの谷』へと差し掛かった。
空は薄暗く、上空からは巨大な翼を持つワイバーンたちのけたたましい鳴き声が聞こえてくる。
「来やがったな、空飛ぶトカゲどもめ!」
上空から、馬車を容易に丸呑みできるほどの巨大なワイバーンが三頭、トラックを目掛けて急降下してきた。
鋭い爪がトラックの屋根を捉えようとした瞬間――。
バチィィィィンッ!!!
光の結界に激突したワイバーンたちは、凄まじい衝撃波と共に弾き飛ばされ、悲鳴を上げながら谷の奥深くへと墜落していった。
「あはは、本当に何もしなくても勝手に落ちていきますね……!」
ミアが安堵の笑みを浮かべる。
「ただ道を造るだけじゃつまらないな。セルリアでの地盤作りに向けて、少し『お土産』を用意しておくか。資金はいくらあっても困らない」
トウヤは走りながら、さらに高度な複合魔法を練り上げた。
「俺の結界に触れた魔物は、自動的に麻痺と睡眠の魔法を受けるように設定を書き換える。ついでに、空間魔法で自動回収システムも組み込んでおこう。……『魔物自動捕獲網』」
結界に触れたワイバーンたちは、次々と空中で意識を失い、魔法の糸に包まれてトラックの後部にある広大な荷台へと自動的に回収されていった。ワイバーンの素材――頑丈な皮や鋭い牙、純度の高い魔石――は、セルリアの市場でも莫大な価値を持つ。労せずして最高級の素材を乱獲していく姿は、まさに規格外の行商人であった。
順調に『絶対安全街道』を構築しながら谷を抜けようとしていた時、トウヤの持つ『空間把握』スキルが、前方の異常を感知した。
「……ボス、どうした? 急にスピードを落として」
ゴランが怪訝な顔をする。
「前方に、魔物に襲われている馬車がある。しかも、ただの行商人じゃないみたいだ」
トウヤがトラックを走らせると、視界の先に、一台の豪奢な馬車が横転しているのが見えた。周囲には十数匹の凶暴なオーガが群がり、馬車の護衛と思われる数人の兵士たちが血まみれになって戦っている。しかし、多勢に無勢であり、防御陣は今にも崩壊しそうだった。
その中心で、美しい銀髪を持つエルフの女性が、必死に弓を射ってオーガを牽制し、その背後には豪華な外套を着た若い人間の男性が剣を震える手で構えていた。
「亜人の護衛に、人間の貴族……? 珍しい組み合わせだな」
「助けますか、トウヤさん!?」
「もちろん。恩を売っておいて損はないし、何より、俺の造る街道の邪魔だからね」
トウヤはトラックのアクセルを全開にした。
数十トンのミスリル合金の塊が、時速100キロを超える猛スピードでオーガの群れに突っ込んでいく。
「な、なんだあの黒い化け物は……!?」
エルフの女性が驚愕の声を上げる中、トラックの鋭角なフロントバンパーがオーガたちを次々と撥ね飛ばしていく。
ドゴォォォォンッ!!
まるでボーリングのピンのように、屈強なオーガたちが宙を舞い、一瞬にして群れは壊滅した。圧倒的な質量兵器の前には、魔物の膂力など何の意味も持たなかった。
トラックが静かに急停車し、トウヤが窓を開けて声をかけた。
「怪我はないかな? 随分と厄介な状況だったみたいだけど」
呆然とするエルフの女性と人間の若者の前に、トウヤは車から降り立った。
「あ、あなたは……一体……?」
若い男性が、震える声で尋ねる。彼の服装は王都の高級な仕立てであり、只者ではない気品があった。
「俺はトウヤ。『安全第一商会』の代表をしている商人さ。あんたたちは? こんな危険な谷を、こんな少人数で越えようとするなんて無茶が過ぎるよ」
男性は深々と頭を下げ、その表情には強い安堵と感謝が浮かんでいた。
「助けていただき、感謝の言葉もありません。私はルミナス王国の文官、アルベルトと申します。そして彼女は、私の専属護衛であるエルフのシルフィ。実は……私たちは王都の政争に敗れ、半ば左遷される形で、これから向かう交易都市セルリアの『財務官』として赴任する途中だったのです。護衛も道中で多くを失い、もうダメかと思っておりました」
王都から左遷された有能な文官と、凄腕のエルフの護衛。
トウヤの頭の中で、商人としての猛烈な計算が始まった。
(セルリアでの地盤作り。複数の大商会や貴族の利権が複雑に絡み合う都市で商売を円滑に進めるには、現地に精通した『政治的なパイプ』と、行政の事務処理能力に長けた人材が必要不可欠だ。このアルベルトという男、絶好のタイミングで空から降ってきたようなものじゃないか)
時間を巻き戻す『リトライ』。しかし今回もその力を使うまでもなく、トウヤの圧倒的なインフラと行動力が、最高の「縁」を引き寄せていた。
「アルベルトさん。これも何かの縁だ。俺の商会が、セルリアまでの残りの道のりを『完璧に安全に』護衛させてもらおう。そして、もしよければ……セルリアに着いた後、俺たちの商会のビジネスパートナーとして、少し話をさせてもらえないかな?」
トウヤの差し出した手に、アルベルトは迷うことなく自らの手を重ねた。
「もちろんです。命の恩人の頼みとあらば、喜んでお受けいたします。それに、あなたの乗っているその『乗り物』と、この道……私には、あなたがただの商人ではないと確信できます」
シルフィもまた、恩人であるトウヤに対して深く頭を下げ、その瞳には強い敬意と好奇心の光が宿っていた。
最強の魔導輸送車と、新たに加わった王都の文官、そしてエルフの護衛。
彼らを乗せたトラックは、完成したばかりの絶対安全街道を疾走し、次なる舞台である交易都市セルリアへと向かっていく。
万能魔法と『リトライ』を擁する商人のインフラ開拓は、ついに王国の経済の中心地へとその根を伸ばそうとしていた。
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【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクC)
レベル:15 (嘆きの谷での魔物掃討により上昇)
体力:70/70
魔力:91,000/100,000 (長距離街道建設・自動捕獲網の構築により消費・自動回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):拠点の管理・案内役。トウヤの優しさと強さに全幅の信頼を寄せる。
・レオン(人間の商人):アステリア支部長。ゴルド商会の利権を吸収し、商会の規模を急速に拡大中。
・ゴラン(ドワーフの技師):専属エンジニア。魔導通信機を完成させ、次なる開発へ意欲を燃やす。
・ガロン(ドワーフの老鉱夫):テラス鉱山街の元締め。絶対的な後援者として鉱石を供給。
・アルベルト(人間の文官):【新規仲間・後援者候補】王都からセルリアへ赴任する財務官。トウヤに命を救われ、強力な政治的パイプとなる予定。
・シルフィ(エルフの護衛):【新規仲間候補】アルベルトの専属護衛。卓越した弓術を持ち、トウヤの実力を認めている。
・インフラ状況:アステリア〜テラス間魔導輸送網、アステリア市街監視ネットワーク、魔導通信網(プロトタイプ稼働)、アステリア〜セルリア間「絶対安全街道」を現在開通中。
・資金:金貨540枚(さらにワイバーンの素材数十体分を獲得し、換金待ち)
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