第29話 東の大陸の情勢と、竜人族の隊商
第29話 東の大陸の情勢と、竜人族の隊商
ガランド帝国の誇る「大防壁」に大穴を穿ち、自由都市エレンディルを帝国の経済封鎖から解放して数日が経過した。
トウヤの『拠点再構築』と、王都から引き込んだ「絶対安全街道」による莫大な物資の流入により、エレンディルの街はかつての――いや、それ以上の活気と繁栄を取り戻していた。
街の中心部に位置する商業ギルド本部の最上階。
そこは現在、安全第一商会の東方前線基地として機能しており、トウヤたちは巨大な一枚板のテーブルに東の大陸の詳細な地図を広げ、今後の事業展開に向けた戦略会議を開いていた。
「エレンディルの街のインフラ整備は、ひとまず第一段階が完了しました。ドブ川は浄化され、上下水道は完備。崩れかけていた城壁もミスリルコーティングで補強し、住民たちへの食料配給も安定しています。……ですが、我々の目標はあくまで『世界中の全ての脅威を取り除くこと』です」
トウヤが淹れたてのコーヒーを啜りながら、地図の東側――広大な未知の領域を指差した。
「エルランドさん。ニャルロ。東の大陸の『今』の情勢を、詳しく教えてもらえるかな。俺たちが次に安全圏を広げるべき場所を知りたい」
商業ギルド長のエルフ、エルランドが深く頷き、地図の各所を指し示していく。
「はい、トウヤ会長。東の大陸は、西の大陸のような単一の巨大国家が存在せず、複数の種族と国家が点在する群雄割拠の地です。エレンディルからさらに東へ進むと、まず広がるのが『灼熱の砂海』と呼ばれる大砂漠。そこを越えた先に、獣人たちの部族連合国家『アニマリア』、そして北方の険しい山岳地帯には、竜人族が統治する『竜公国ドラグニア』が存在します」
「ニャルロも、昔はドラグニアまで香辛料や鉱石の買い付けに行ってたニャ。あそこは上質な魔力鉱石が採れるんだけど、道中が険しすぎて、まともな行商人じゃないと命を落とすニャ」
猫人族のニャルロが、尻尾をパタパタと揺らしながら補足した。
「なるほど。獣人の国に、竜人の国か。……どちらも、我が商会としては是非とも取引網に組み込みたい魅力的な市場だな」
トウヤは顎に手を当てて思考を巡らせる。
「しかし、問題があります」と、元帝国特務部隊長のガリウスが険しい顔で地図に駒を置いた。
「ゼノンの……いや、帝国の奴らは、東の大陸全体を支配するために、エレンディルを兵糧攻めにすると同時に、東の近隣諸国へも『帝国軍の先遣隊』を放って街道を荒らし、国同士の物流を分断しています。今、東の大陸の内陸部は、魔獣だけでなく帝国の工作部隊が徘徊する、極めて危険な状態です」
「道が繋がっていなければ、経済は死ぬ。まさにインフラ破壊の典型だな。……なら、やることは一つだ」
トウヤが立ち上がり、地図上のエレンディルから東へ向かって真っ直ぐに指を引いた。
「俺たちの手で、東の大陸全土に『絶対に安全な道』を造り、全ての国を繋ぐ。帝国の妨害工作ごと、物理的に舗装してしまおう」
その途方もないスケールの宣言に、エルランドはゴクリと息を飲んだ。普通の人間が言えば狂人の戯言だが、一晩でエレンディルを復興させたトウヤが言うと、それが確実な未来の予定にしか聞こえないのだ。
その時、ギルドの扉が勢いよく開き、獣人の少女ミアが慌てた様子で飛び込んできた。
「トウヤ様! 大変です! エレンディルの東の城門に、ボロボロになった隊商が逃げ込んできました! その後ろから、帝国軍の紋章をつけた装甲馬車と、大量の魔造兵が迫ってきています!」
「帝国の先遣隊か。……どうやら、俺たちが大防壁を破った腹いせに、周辺の隊商を襲って鬱憤を晴らしているようだな」
トウヤの瞳に、冷ややかな怒りの色が宿った。
「安全第一商会の理念において、物流を不当に阻害する害虫は、見つけ次第徹底的に『駆除』する。……ザック、シルフィ、ガリウス。出番だ。我が商会の新商品の『性能テスト』も兼ねて、お掃除に行くぞ」
「おう! 待ちくたびれたぜ!」
背中の大剣を鳴らし、新加入の冒険者ザックがニヤリと笑う。
「承知いたしました。トウヤ様の道を汚す者たちに、風の裁きを」
エルフのシルフィが静かに弓を引き絞り、ガリウスも気合を入れて杖を握りしめた。
エレンディルの東に広がる荒野。
そこでは、鋼のような鱗を持つ十数人の竜人族の戦士たちが、血まみれになりながら数台の荷馬車を守り、必死の撤退戦を繰り広げていた。
「くそっ……! 帝国の連中め、こんな国境近くまで機甲部隊を入り込ませていたとは……! 俺が殿を務める! お前たちは何としても、この特産品の魔力鉱石をエレンディルの街へ届けろ!」
隊商のリーダーである屈強な竜人族の若き戦士、リュウガが、身の丈ほどもある戦斧を振り回し、迫り来る帝国の『瘴気魔造兵』を薙ぎ払う。
しかし、キメラ・ゴーレムの数は三十体を超え、その後方からは帝国軍の魔術師たちが容赦のない攻撃魔法を浴びせてくる。
「リュウガ様! エレンディルの街は目前ですが、城門が閉まっています! 街の防壁の様子が、以前と全く違います!」
部下の一人が絶望的な声を上げる。彼らの知るエレンディルは、崩れかけた城壁を持つ疲弊した街だった。しかし今、目の前にそびえ立つのは、眩い銀色に輝くミスリルの絶対防壁である。
「なんだあの城壁は……!? ええい、構わん! 門を叩いて助けを呼べ! このままでは全滅だ!」
竜人族の隊商が絶望の淵に立たされた、その瞬間だった。
『――安全第一商会、業務執行の時間だ。そこの隊商の方々、少し伏せていてくれ』
上空から、拡声器を通したようなトウヤの静かな声が響き渡った。
リュウガが空を見上げると、そこには信じられない光景があった。
漆黒の流線型をした鉄の塊――『魔導輸送車』が、荒野の空を滑るように飛行しながら急接近してきたのだ。
「な、なんだあの乗り物は!?」
驚愕する帝国軍の先遣隊をよそに、魔導輸送車のルーフハッチが開き、そこから赤毛の剣士ザックと、エルフのシルフィが飛び出した。
「おらァァァッ! 帝国のクズ共、俺の新しい剣のサビになりやがれ!」
ザックが空中で抜刀したのは、トウヤが錬金魔法で打ち直した『ミスリル・バスターソード』。圧倒的な重量と魔力伝導率を誇るその大剣が、地面に叩きつけられた瞬間、衝撃波が扇状に広がり、十体以上のキメラ・ゴーレムを一瞬にして粉砕した。
「なっ!? たった一撃で、キメラ・ゴーレムの装甲を!?」
帝国軍の部隊長が悲鳴を上げる。
「驚くのは早いですよ。……『暴風の檻』」
シルフィが空中で三本の矢を同時に放つと、矢は風の魔力を帯びて帝国軍の周囲に突き刺さり、不可視の竜巻の檻を形成して彼らの退路を完全に断った。
「ひぃぃっ! ま、魔法使いども、早く迎撃魔法を撃て!」
パニックに陥る帝国兵たち。しかし、彼らの足元の土が突如として沼のように泥濘化し、次々と膝まで沈み込んでいく。
「フハハハハ! 帝国の古臭い戦術など、元特務部隊長の私には全てお見通しだ! トウヤ会長の圧倒的な福利厚生の前には、貴様らの忠誠心など無力と知れ!」
地上に降り立ったガリウスが、高笑いしながら『土魔法』で敵の機動力を完全に奪い去っていた。
「ば、化け物揃いか……!」
リュウガたち竜人族の戦士は、あまりの圧倒的な制圧劇に、戦斧を下ろして呆然と立ち尽くした。
そして、泥沼の中で身動きが取れなくなった帝国軍の先遣隊に対し、トウヤがゆっくりと歩み寄る。
「さて。他国の領土で不法な通行妨害と暴力行為……我が商会の『インフラ安全規約』に対する重大な違反だ。君たちには、エレンディルの街の清掃業務と、次なる街道整備のための『強制労働要員』として、その身をもって罪を償ってもらう」
「ふ、ふざけるな! 我々はガランド帝国軍の第1機甲魔導師団の先遣隊だぞ! まもなく本隊数万がこの街を火の海にする! 貴様らなど――」
「『超重力領域』」
ドスゥゥゥゥンッ!!
部隊長が言い終わる前に、トウヤが指を鳴らした瞬間、帝国軍の先遣隊全員に不可視の重力がのしかかり、彼らは一斉に地面に這いつくばって白目を剥き、気絶した。
戦闘開始から、わずか三分。一人の死者も出さない、完璧な制圧劇であった。
「……す、すげえ……」
リュウガが震える声で呟く。
トウヤは気絶した帝国兵たちを『アイテムボックス』に次々と収納し(後で労働力として活用するため)、竜人族の戦士たちに向き直った。
「怪我はないか? 俺は安全第一商会代表のトウヤ。君たちは?」
「お、俺は竜公国ドラグニアから来た隊商のリーダー、リュウガだ。……あんた、一体何者なんだ? あの帝国の機甲部隊を、たった数人で……」
「ただの商人だよ。ほら、まずはこれを使ってくれ」
トウヤは空間収納から『最高級ポーション』を取り出し、リュウガたちに手渡した。
竜人族たちが疑心暗鬼になりながらもポーションを飲むと、彼らの深い切り傷や打撲は瞬く間に塞がり、体力までもが全回復した。
「おおっ!? なんだこの薬は! ドラゴンの治癒力すら上回る即効性……! ま、まさか伝説のエリクサーか!?」
「ただの商会特製ポーションだよ。……君たち、エレンディルの街に用事があったんだろう? 街の城門は開いている。中へ入ろう。詳しい話は、安全な場所で聞かせてもらうよ」
エレンディルの街へと案内されたリュウガたち竜人族の隊商は、街の光景を見るなり、完全に言葉を失っていた。
彼らが知るエレンディルは、帝国の封鎖によって飢えと絶望に満ちたスラムのような街だったはずだ。
しかし今、目の前に広がるのは、清潔な石畳、活気に満ちた市場、そして笑顔で行き交う多種多様な種族の住民たちであった。
「こ、これがエレンディルなのか……? 一体、俺が不在だった数ヶ月の間に何が起きたんだ……」
リュウガが目を丸くして周囲を見渡す。
「ニャハハ! 全部、トウヤ様のおかげだニャ! トウヤ様が帝国の『大防壁』をぶち壊して、西からの巨大な物流ルートを開通させたんだニャ!」
ニャルロが得意げに胸を張る。
商業ギルド本部の応接室に通されたリュウガは、山のように積まれた新鮮な食料と、温かいスープを前にして、ついに緊張の糸が切れたように涙を流しながら食事を掻き込んだ。
「……美味い。こんな美味い飯、国を出てから一度も食ってなかった……。トウヤ殿、命を救ってもらっただけでなく、こんな歓待まで……竜公国ドラグニアの誇りにかけて、この恩は必ず返す!」
リュウガは深く頭を下げた。
「恩を返してくれるなら、ちょうどいい。リュウガ、君の国について教えてくれないか。帝国の先遣隊に襲われていたってことは、ドラグニアもかなり厳しい状況にあるんじゃないか?」
トウヤの問いに、リュウガは重々しく頷いた。
「ああ。ドラグニアは山岳地帯にあり、鉱物資源は豊富だが、食料の多くを他国からの輸入に頼っている。だが、帝国が街道を封鎖し、魔獣を放ったせいで、物流が完全に停止したんだ。俺たちは、街の命運を懸けて、備蓄していた魔力鉱石を売り払って食料を買い付けるために、決死の覚悟でこのエレンディルを目指していたんだ」
「なるほど。つまり、ドラグニアは今、極度の食料不足にあり、代わりに良質な魔力鉱石が余っている状態というわけだな。……それは、我が商会にとって最高のビジネスチャンスだ」
トウヤは商人の顔で、不敵な笑みを浮かべた。
「リュウガ。もし俺が、エレンディルからドラグニアまでの道のりに『魔獣も帝国軍も絶対に寄り付かない安全な街道』を一瞬で敷設し、君の国に無限の食料を供給すると約束したら……ドラグニアで産出される魔力鉱石の独占取引権を、我が商会に譲ってくれるか?」
「い、一瞬で安全な街道を敷設!? そんな神の御業みたいなこと……いや、あんたたちのあの圧倒的な力を見せられた後じゃ、疑う方が馬鹿らしいな」
リュウガは真剣な眼差しでトウヤを見つめ返した。
「俺は隊商のリーダーだが、族長の息子でもある。……トウヤ殿、あんたが本当にドラグニアの民を飢えから救ってくれるなら、魔力鉱石の独占権だろうが何だろうが、喜んで差し出す! 俺の命を懸けて、あんたの商会の護衛として働かせてもらう!」
「契約成立だ。今日から君も、安全第一商会の立派な仲間だ。よろしく頼むよ、リュウガ」
トウヤが手を差し出すと、リュウガはその大きな竜の爪を持つ手で、力強く握り返した。
「さて。ドラグニアへの街道整備も急ぎたいところだが……その前に、片付けておかなければならない大仕事がある」
トウヤは応接室の窓から、東の空を睨みつけた。
彼の『空間把握』スキルは、エレンディルから数十キロ先の荒野を、凄まじい土煙を上げて進軍してくる巨大な軍勢の気配を捉えていた。
「先遣隊の連中が言っていた『第1機甲魔導師団』……本隊のお出ましですね。数は……ざっと一万。キメラ・ゴーレムの数も百体を超えています」
シルフィが窓辺に立ち、エルフの驚異的な視力で敵の陣容を確認する。
「一万の機甲部隊だと!? トウヤ殿、いくらあんたたちが強くても、それは不味い! 早く街の防壁を固めて、籠城戦の準備を……!」
リュウガが青ざめて叫ぶが、トウヤは慌てることなく、余裕の笑みを崩さなかった。
「籠城? 冗談じゃない。俺たちは商人だぞ? 街の経済活動を止めるような非効率な真似はしない。……あんな連中、俺たちの『究極の防衛インフラ』の稼働テストにはちょうどいい」
トウヤは『アイテムボックス』から、王都のゴランとフェルスに設計させておいた大量のミスリル製パーツと、巨大な魔力結晶を取り出した。
「エルランドさん、街の東側に少し『増築』の許可をもらってもいいかな? 帝国軍を一歩も近づけさせない、『自動防衛タワー』と『広域マナ・シールド』の基盤を造る」
「も、もちろんです! トウヤ会長の好きになさってください!」
エルランドの許可を得るや否や、トウヤはギルドの屋上へと飛び上がり、規格外の魔力を解き放った。
「『錬金魔法・大量練成』! ならびに『土魔法・拠点再構築』・防衛特化モード!!」
ズゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!!
トウヤの放った黄金の魔力が街の東側に降り注ぐと、大地の形が瞬時に変わり、城壁に沿って数十基もの巨大なミスリル製の『自動魔導砲塔』が生え揃った。
さらに、かつて大防壁から奪い取った魔力炉のエネルギーが地下水脈を通じてこれらのタレットに流れ込み、街全体を覆う、帝国の攻撃を完全に無効化する半透明の『絶対反射結界』が展開された。
「な、なんだこれは……! 街の防衛設備が、たった数秒で……!」
リュウガが腰を抜かし、ガリウスが「やはりトウヤ会長は神だ……」と祈りを捧げる。
国家間の力関係や種族間の軋轢が物語の背景に存在し、主人公たちの選択がやがて世界の均衡に影響を与えていく。
ガランド帝国が国の威信をかけて送り込んできた最強の軍団は、間もなく、トウヤが築き上げた「絶対に突破不可能なインフラ」という名の絶望に直面することになる。
死んでもやり直せる『リトライ』の力を一度も使うことなく、万能の商人は、自由都市エレンディルを難攻不落の『絶対安全圏』へと作り変えた。
東の大陸を巡る、安全第一商会と帝国軍の全面衝突の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクS)
レベル:63 (帝国先遣隊の完全制圧、自動防衛タワー群の構築により上昇)
体力:420/420
魔力:85,000/100,000 (防衛特化拠点再構築により消費・急速回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):エレンディルの住民たちと共に、安全な結界の内側から迫り来る帝国軍に備えて炊き出しの増産を開始。
・シルフィ(エルフの護衛):自動魔導砲塔の照準システムの微調整を行い、迎撃態勢を完了。
・ガリウス(人間の元帝国兵):第1機甲魔導師団の指揮官の性格と陣形を完全に把握し、トウヤに弱点情報を提供中。
・ニャルロ(猫人族の商人):帝国軍を撃退した後の「ドラグニア産・魔力鉱石」の流通ルートの計算に早くも取り掛かる。
・ザック(人間の冒険者):ミスリル・バスターソードの威力に歓喜し、帝国軍本隊との戦いに闘志を燃やす。
・リュウガ(竜人族の戦士):【新規加入(後援者候補)】竜公国ドラグニアの族長の息子。トウヤの圧倒的な力に心酔し、商会の特務護衛として剣を捧げる。
・エルランド(エルフの商業ギルド長):街の全権をトウヤに委ね、防衛インフラの凄まじさに平伏する。
・インフラ状況:エレンディルの東部防衛ライン「自動魔導砲塔群」および「広域マナ・シールド」完成。帝国本隊の迎撃準備完了。
・資金:金貨45,500枚
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