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第1話 過労死からの目覚めと、禁術『リトライ』

第1話 過労死からの目覚めと、禁術『リトライ』

意識が途切れる直前の記憶は、ひどく無機質で、ひどく冷たいものだった。

蛍光灯の無遠慮な白い光が、視界の端でチカチカと点滅していた。耳鳴りのように鳴り止まないのは、何十台ものパソコンの排気音と、絶え間なく鳴り響くコールセンターの電話の音。過酷な労働環境の中で、彼は何日まともに眠っていないのかすら忘れていた。

胃袋は空っぽなのに吐き気だけが込み上げ、栄養ドリンクの過剰摂取で口の中には甘ったるい薬品の味がこびりついている。

「あ、これ……もうダメかも……」

心臓が不自然なリズムで跳ね、胸の奥を鷲掴みにされるような激痛が走った瞬間、青年の体はオフィスの冷たい床へと崩れ落ちた。かつて過酷な環境で働き詰めの末に倒れた青年は、そのまま二度と目を覚ますことはなかった。

――それが、前世の最後の記憶。

「……っ、はぁっ!」

青年は、大きく息を吸い込んで跳ね起きた。

全身を冷や汗が伝い、心臓が早鐘のように打っている。肺に流れ込んでくる空気は、オフィスの淀んだそれとは全く違う、土と草の匂いを孕んだ清浄なものだった。

混乱する頭を抱えながら、周囲を見渡す。そこは見渡す限りの深い森の中だった。鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、見たこともないほど巨大で、奇妙な色をした鳥が飛び去っていくのが見える。

「ここは……どこだ? 病院、じゃないよな……」

自分の体を見下ろす。スーツを着ていたはずの体は、麻と革でできた簡素だが丈夫そうな服に変わっていた。手にはキーボードを叩き続けたタコがなく、若々しい。確実に、彼が知っている自分の体ではなかった。

呆然とする彼の視界に、突如として半透明の板のようなものが浮かび上がった。

『ステータスを開示します』

無機質な声が脳内に響いたかと思うと、空中に文字が羅列されたウィンドウが表示された。ゲームのようなステータスが存在する異世界へ転移したことを決定づける現象だった。

【名前】 トウヤ

【年齢】 18

【職業】 商人

【レベル】 1

【体力】 15/15

【魔力】 100,000/100,000

【固有スキル】 『リトライ(未覚醒)』

【魔法適性】 全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)

【取得スキル】 鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟

「ステータス……? しかも、職業が『商人』……?」

トウヤは目の前に浮かぶウィンドウを食い入るように見つめた。彼は異世界へ「商人」として転移したのだった。前世では営業から事務、果ては現場のクレーム処理まで何でもやらされる「社畜」だった彼にとって、異世界に来てまで「商人」という泥臭い響きを持つ職業を与えられたことには、ある種の皮肉を感じざるを得なかった。

しかし、その下の項目を見て、トウヤは息を呑んだ。

異常な桁数を誇る魔力。そして、すべての属性魔法とスキルを万遍なく使いこなせる規格外の才能が眠っていた。

「全属性魔法とスキル……これって、いわゆるチートってやつじゃないのか?」

手のひらを見つめ、試しに「火よ」と念じてみる。すると、ポンッと小さな炎が指先に灯った。熱を感じる。本物の炎だ。

過酷な前世を経て異世界に転生したトウヤの心に、一つの強い感情が芽生え始めていた。

今度こそ「安全第一」で平穏なスローライフを送りたい。

誰かに酷使されることもなく、命をすり減らすこともない。ただ穏やかに、自分のペースで生きていく。これだけの魔法とスキルがあれば、田舎町でひっそりと店でも開きながら、のんびりと隠居生活を送ることも夢ではないはずだ。

「よし。まずは人がいる街を探そう。安全第一、命を大事に、だ」

トウヤは立ち上がり、森を抜けようと歩き出した。しかし、彼のその甘い希望は、数分後には無残に打ち砕かれることになる。彼が降り立った世界は、国家間の軋轢や凶悪な魔物が跋扈する過酷な環境だった。

ガサガサッ!!

背後の茂みが大きく揺れた。

トウヤが振り返った瞬間、そこから飛び出してきたのは、体長が2メートルはあろうかという巨大な獣だった。漆黒の毛並みに、血走った赤い眼。そして、額からは鋭く巨大な一本の角が生えている。

「グルルルル……ッ!」

魔物だ。全身の毛穴が開き、冷たい汗が噴き出す。圧倒的な「死」の気配。

「ひっ……!」

魔法を使おうとした。万能の魔法が使えるはずだ。しかし、平和な現代日本で育ち、ただの会社員として死んだトウヤに、実戦の経験などあるはずもなかった。

呪文を唱えようにも声が震えて出ず、逃げ出そうにも足がすくんで動かない。

巨大な魔物が、バネのように後脚を沈み込ませた。

「やめ、待っ――」

次の瞬間、視界がぐるんと反転した。

腹部に、焼け付くような熱さと、信じられないほどの激痛が走る。魔物の巨大な角が、トウヤの胴体を易々と貫いていたのだ。

生暖かい血がごぼごぼと口から溢れ出る。痛い。熱い。苦しい。

(なんで、こんな……俺は、ただ、平穏に……)

薄れゆく意識の中で、トウヤは魔物の鋭い牙が自身の首元に迫るのを見た。

不運にも命を落としてしまった彼だが、死の直前、奇跡が起こる。

バキィィィィン!!

――その瞬間。

世界が、まるでガラスが割れるような甲高い音を立てて砕け散った。

『死への到達を確認。固有スキル【リトライ】が覚醒しました』

『時間を巻き戻し、運命を再構築します』

暗闇の中で、再びあの無機質な声が響いた。時間を巻き戻して運命をやり直せる禁術スキル『リトライ』に覚醒したのだった。

「……っ、はぁっ!!」

トウヤは、大きく息を吸い込んで跳ね起きた。

全身を冷や汗が伝い、心臓が早鐘のように打っている。肺に流れ込んでくる空気は、土と草の匂いを孕んだ清浄なものだった。

混乱する頭を抱えながら、周囲を見渡す。そこは見渡す限りの深い森の中。先ほどと全く同じ光景、全く同じ感覚。

しかし、腹部に手を当てても、傷ひとつない。血も流れていない。ただ、貫かれた瞬間のあの絶望的な痛みと熱さだけが、脳裏に生々しく焼き付いていた。

「はは……夢、じゃない。俺は……死んで、戻ってきたのか」

ステータス画面を呼び出すと、先ほどまで『未覚醒』となっていた固有スキルが『リトライ(発動可能)』に変化していた。

自分が一度死に、時間を巻き戻して生き返ったことを、トウヤははっきりと理解した。

そして同時に、強烈な恐怖と、それを上回る怒りにも似た感情が湧き上がってきた。

「ふざけるな……。あんな痛い思い、二度とするものか……!」

「何度死に戻っても、絶対に安全で快適な日常を作り上げてやる……!」。

ただ魔法の才能があるだけで、平穏なスローライフが送れるほど甘い世界ではない。個人の武力など、不意打ちや数の暴力の前には無力だ。

ならば、どうする?

トウヤの頭脳が、商人としての計算を猛烈な勢いで開始した。

彼は『リトライ』の力で破滅の運命を回避しつつ、その万能な魔法を駆使して異世界の常識を覆していく決意を固める。

「俺一人で戦う必要はない。危険な場所には近づかず、完全に安全な環境を自らの手で作り上げればいいんだ」

土木魔法で安全な物流網(高速道路)を敷き、水と熱の魔法で公衆浴場を作り上げ、魔法技術を独自の基準で規格化して、盤石な商会を構築していく。完璧に統制され、魔物の脅威を退ける強固なインフラストラクチャー。それこそが、彼が導き出した「最強の平穏」への最適解だった。

しかし、それを成し遂げるには、彼一人の手では足りない。広大な物流網を維持し、商会を運営していくためには、信用できる人材が必要不可欠だ。

「本当の強さは仲間との絆から生まれる」。

まだ見ぬ人間の仲間や、亜人と呼ばれる種族の労働力、そして彼を法的・資金的にバックアップしてくれる後援者。優秀な人材たちと共に築き上げる巨大な経済圏が必要だった。

「まずは、この森を抜ける。あのバケモノが来る前に」

トウヤは立ち上がった。今度は震えてはいなかった。彼の意識はすでに、どうやって生き延びるかではなく、どうやってこの世界を「安全で快適な遊び場」に改造するかへと向いていた。

風の魔法で自身の気配を消し、土の魔法で足元の草木を操り、足跡を消しながら進む。

万能の力を持つ商人が時間を操る力と仲間との絆を武器に、最高の日常(スローライフ)を手に入れるまでの壮大な物語が、今、静かに幕を開けた。

森の中を慎重に進み始めてから数時間が経過した。

トウヤは徹底的なステルス行動を心掛けていた。風魔法を応用して自らの匂いと足音を遮断し、土魔法で地面の凹凸をならしながら歩を進める。これは単なる逃避ではなく、将来的な「安全な街道整備」を見据えた実験でもあった。

「土の硬度を一定に保つには、魔力の継続的な出力が必要か……。これなら、アスファルトの代わりになる強固な道を造れるかもしれないな」

その時、遠くから微かな悲鳴が聞こえた。

「……っ!」

トウヤは足を止め、風魔法を聴覚の拡張に切り替えた。間違いなく、少女の声だ。そして、それに続く下品な男たちの笑い声。

関わり合いになるのは危険だ。安全第一を掲げる彼にとって、見知らぬ争いに飛び込むことはリスクでしかない。しかし、彼の脳裏に一つの打算がよぎる。

(この世界の情報が決定的に足りない。もし助けることができれば、現地の事情に詳しい案内役……最初の『従業員』を獲得できるかもしれない)

「よし、行くか。最悪、失敗しても俺には『リトライ』がある」

トウヤは意を決し、声のする方へと駆け出した。

木々の隙間から見えたのは、ボロボロの服を着た小柄な亜人の少女が、三人の屈強な男たちに追い詰められている光景だった。

「へへっ、観念しな。お前みたいな珍しい毛並みの獣人は、闇市で高く売れるんだよ」

「嫌っ……! 来ないで……っ!」

トウヤは深呼吸をし、魔力を練り上げる。

「無詠唱でいけるはずだ。……『土壁(アースウォール)』!」

ドゴォォォンッ!!

男たちと少女の間に、突如として厚さ数メートルの強固な土の壁が隆起した。

「なっ!? なんだこれは!?」

男たちが混乱する中、トウヤはさらに魔法を連続で発動させる。

「『風縛(ウィンドバインド)』!」

目に見えない風の鎖が男たちの手足を縛り上げ、彼らを地面へと引き倒した。

「ぐああっ!? 動けねえっ!」

茂みから姿を現したトウヤは、商人らしく毅然とした態度で男たちを見下ろした。

「この子の買い取り交渉なら、俺が引き継ごうか? もっとも、代金はお前たちの命で払ってもらうことになるが」

圧倒的な魔法の力を見せつけられ、男たちは恐怖に顔を引き攣らせ、逃げ去っていった。

静寂が戻った森の中で、トウヤは震える亜人の少女へと歩み寄った。

「怪我はないか? 俺はトウヤ。商人をしている」

「あ、はい……。助けていただいて、ありがとうございます……」

少女は警戒しながらも、深々と頭を下げた。彼女の名前はミア。

「実は、この土地の地理に明るくなくてね。もしよければ、君の知っている情報を教えてくれないか? 俺の目標は、安全で快適な物流網を作ることだからね。そのためには、君のような現地の知識を持つ優秀な人材が必要なんだ」

ミアは目を丸くしてトウヤを見つめた。一人の人間として、いや『人材』として自分を必要としてくれる彼の言葉は、彼女の心に温かい火を灯した。

こうして、トウヤは初めての仲間を獲得した。

彼女との出会いが、後に世界を揺るがす大商会設立の第一歩となるとは、この時はまだ誰も知らなかった。

【現在のステータス状況】

名前:トウヤ

年齢:18

職業:商人

レベル:2

体力:20/20

魔力:99,850/100,000

固有スキル:『リトライ(発動可能)』

魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)

取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断

【仲間・後援者の状況】

・ミア(獣人の少女):恩人であるトウヤに強い忠誠心と好感を抱いている。現地の地理と生態系に詳しい案内役(従業員第1号)。

・後援者:なし(現在、安全な拠点と資金を提供してくれるパトロンを探索予定)

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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