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第10話 白銀の神域、そして夕映えの誓い

アビス・タワー最上階。


そこは地上から切り離され、千年前の怨念が渦巻く、禍々しい異界の王座の間となっていた。




「……馬鹿な。四大怨霊を、これほどまでに完璧に『神』として御すだと? そんなことが可能なのは、神代の始祖……いや、それ以上の……!」




漆黒の法衣を纏った大将――播磨はりまと名乗った男が、狂乱の声を上げる。


彼の背後には、術式によって深い眠りに落ちた悠真の両親が、空中に繋ぎ止められていた。




「返せ」




悠真が静かに告げる。その一言だけで、部屋を満たしていたドロドロとした怨気が、一瞬で「浄化」され、消滅した。


播磨が握っていた『神殺しの宝剣』も、悠真から溢れ出す圧倒的な『霊圧』に触れた瞬間、ジュワッと音を立てて霧散した。




「ふ、ふざけるな! 我が千年の呪念を……!」




「問うに及ばず。……【究極術式:無辺空回むへんくうかい】」




悠真が、印を結ぶこともなく、ただ一言、言霊を放つ。




世界の「音」が消えた。




播磨が放とうとした呪いの言葉も、彼自身の存在さえも。


まるで、最初からそこに何もなかったかのように、白い光の中に溶けていく。




それは破壊ではない。「無」への帰還。


悠真の霊力は、敵を倒すのではなく、その存在が世界に刻んだ「悪意」の記録そのものを消去したのだ。




崩れ落ちる播磨の残滓。


同時に、宙に浮いていた両親の体が、見えない翼に抱かれるようにして、ゆっくりと床へ降り立つ。




「悠真殿……!」




駆け寄る沙羅。彼女の目に映るのは、神々しい装束を纏い、もはやこの世のものとは思えない美しさを湛えた悠真の姿だった。




直後。




播磨が消滅した場所から、古びた、しかし強大な力を秘めた『時渡りの勾玉』が現れ、パキリと音を立てて砕け散った。




「……ッ! これは、父様が……」




勾玉の破片から、まばゆい光が溢れ出す。


その光は、歪んでいた現世の時空を修正すると同時に、過去へと通じる「一条の光の道」を、一時的に作り出した。




『――巫女よ。汝の目的は、達せられた。過去の憂いは、これにて晴れたり。……帰るがよい、汝の世へ』




消える間際、四大怨霊の一柱、【菅原道真】が、沙羅に静かに告げた。




「…………」




沙羅は、その光の道を見つめた。


これを通れば、元の平安の世へ戻ることができる。父の無念を晴らし、巫女としての務めを全うすることができる。




だが。




沙羅の視線は、光の道から、悠真へと移った。


白銀の長髪がゆっくりと黒に戻り、神々しい装束が、見慣れた中学校の制服へと書き換わっていく。




100%の「神」から、いつもの「平凡な中学生」の顔へと戻る、その落差。




自分を守るために、あの圧倒的な力を振るった少年。


そして、その力の重みを知りながら、どこまでも「普通」であろうとする、その背中。




(……父様の無念は、晴れました。されど。……されど、今の私には……)




光の道が、次第に細くなっていく。


沙羅は、一度だけ過去の世へと振り返り、そして、決然と前を向いた。




「元の世へ戻れば、父様はお喜びになるでしょう。……ですが。……僭越ながら、悠真殿。……私は、もっと、あなたのことを知りとうございます」




沙羅の言葉に、時空の道は静かに閉じた。


彼女は、現代の、この神代悠真の隣に留まることを、選んだのだ。




数分後。




意識を取り戻した両親の記憶を、悠真は柔らかな光で操作した。


新宿の展望台での「買い物途中」の体にし、この恐ろしい事件の断片を、彼らの記憶から丁寧に、優しく取り除いていく。




「……あら? 仕事の付き合いで、お父さんに呼ばれたような……。ねえ、悠真?」




父も母も、首を傾げながらも、何事もなかったかのように立ち上がった。




「あはは、二人とも寝ぼけすぎだよ。ほら、早く帰って夕飯食べよう。腹減っちゃった」




悠真は、いつもの怠そうな口調で笑い、両親を急かした。


沙羅も、その傍らで「はい、お供いたします」と、完璧な作法で一礼し、両親を驚かせた。




アビス・タワーを後にし、夕焼けに染まる新宿の街並みを歩く。


両親が先を歩き、悠真と沙羅の二人が、少し後ろを歩く形になった。


雑踏の中、沙羅は悠真にだけ聞こえる声で、意を決して囁いた。




「悠真殿。……僭越ながら、申し上げてもよろしゅうございますか?」




「……? なんだよ、改まって」




「先ほどの、白銀の髪に古の装束を纏われた御姿。……誠に、神々しく、麗しゅうございました。……いえ、その……不遜な物言い、お許しくだされ」




沙羅は、少しだけ頬を染め、しかし真摯な瞳で悠真を見つめた。


以前の現代的な言い回しではない。平安の巫女としての、最大級の賛辞。




「勘弁してくれ……。俺は、もう二度と御免だよ、あんな姿」




悠真は、本気で嫌そうに顔を顰め、耳の後ろを掻いた。




「ふふ、真実まことのことにございます。……されど。……そのような御姿を、この日常を、私は、これより先もずっと……あなたの隣にて、お守りしたく存じます」




「…………」




「……お世話になっても、よろしゅうございますか? 悠真殿」




沙羅が、少女らしい、けれど凛とした笑顔で、悠真の服の裾をそっと掴んだ。




「……だるいなあ。……まあ、母さんが『 社会見学』だとか言ってたし。……まあ、いいけど」




悠真は「やれやれ」と溜息をつきながら、けれどその口元は、少しだけ嬉しそうに緩んでいた。


懐の御朱印帳をぎゅっと握りしめる。




世界を救う『神代』の継承者。


けれど今の彼にとって一番大切なのは、明日、遅刻せずに学校へ行き、友人と笑い、そして――新たに加わった家族(沙羅)と食卓を囲むこと。




最強の少年と、時空を越えた巫女が選んだのは、どこまでも「普通」で、何よりも「特別」な、いつもの日常だった。




エピローグ


その後、新宿の『アビス・タワー』で起きた怪奇現象は、原因不明の「大規模な磁気嵐」として処理された。




神代神社には、今日も沙羅の「テレビに怯える声」や「悠真殿、これは何の絡繰りですか!?」という賑やかな声が響いている。




沙羅は美弥子のツテで「遠縁の親戚の子」として学校に通い始め、その古風な美しさと完璧な所作で、あっという間に学園のアイドルになった。




悠真は相変わらず、教室の隅で御朱印帳を眺め、給食のカレーうどんに一喜一憂している。




窓の外から、時折、雷鳴のような気配が聞こえるが――




それに気づく者は、この街にはもう二人しかいなかった。




(完)

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