泥の人形
段々と混乱の広がっていく広大な地下研究施設には、泥の人形が歩いていた。
「……あ、ぇ、い」
泥の人形の姿が、一瞬にして人のものになる。研究施設の一員であることを示す灰色の制服を纏った中年の男は、紛うことなき研究会のメンバーに見えた。
「ッ、びっくりしたぜ……西和戸かよ。おい、どうする? この施設内、逃げ場がねぇぞ」
「斉藤ですか。一先ずは、保管室を目指しています。あそこの戦力があれば、本部の応援が来るまで耐えることは出来る筈ですから」
数秒後、廊下の角から現れた男に話しかけられた泥の人形は、平気な顔で人のように答えた。今の自身の顔である、西和戸を模倣して。
「そうだな。確かに、それが良い」
「えぇ。急ぎましょう」
泥の人形の言葉に、斉藤と呼ばれた男が背を向け、保管室へと走り出す。その背を、泥が貫いた。
「……ぁ?」
腹部から伸びる、細い泥。触手のようなそれがうねっているのを見て、斉藤は声を上げた。痛みより先に、疑念が来た。これは何で、何が起きたのか。
「なん、で……お、前……」
振り返る。そこに立っていたのは、仲間である筈の西和戸。だが、その腕は服の裾ごと泥と化しており、長く伸びて自身の体を貫いている。浮かぶ無機質な表情を見て、最後にその男が本物でないことに気付いた斉藤。
しかし、その時には既に自身の体も貫かれた場所から泥と化しており、斉藤は意識を失った。
「あ、ぇ、い、ぅ……ぇ」
泥の人形が、起き上がる。二つ並んだ泥人形は、人の姿となって共に歩き始めた。
♢
仮面を着けた男が、歩いていた。施設内を跋扈する泥の人形、鎧の武者、他にも多種多様な化け物と比べれば、随分とマシな見た目をした男。
「誰か歩いてますよ。人に、見えますが」
「とは言え、うちの実験体や研究者には見えないね。仮面なんかつけてるし、アレも多分敵だと思う」
部屋に籠り、索敵用のドローンでその周辺を探索していた二人の研究員。近くを歩いている仮面の男を見つけた二人は、こそこそと小声で話し合っている。
「……魔力も微量しか漏れていませんし、闘気の類いも検知できませんね。装備も単なる金属製の剣しか無いようですし、大した敵には見えませんね」
「確かにね……どうする? 情報を得るには、これ以上ないチャンスな気もするけど」
「……やりましょう。幸い、人間一人鎮圧出来る程度なら容易な武器はありますから」
「良いね。僕らに襲撃をかけるなんて舐めた真似をしたこと、後悔させてあげよう」
二人はそれぞれ武器を握ると、恐る恐ると言った様子で部屋を出た。それから少し歩き、遂に仮面の男の姿を目視する。
「ッ、居たよ……まだ気付いてないみたいだ」
「えぇ、ここから撃ちましょう」
仮面の男の背後を取った二人。その手に握られた武器が、細い銃口が仮面の男の背に向けられる。
「気絶しろ……ッ!」
同時に放たれるのは、小さな銀の弾。殺傷能力は高くないそれだが、体内に侵入した時点で神経を一時的に麻痺させる凶悪な能力を持っている。
「まさか、捕らえる気だったのか?」
そこに立っていた。仮面の男が。銀の弾が触れるよりも先に、男は二人の目の前に立っていた。
「はァッ!?」
「な、な……」
いつの間に、そんな言葉も出ないほど混乱した二人は、震える手で再び銃口を男に向けることしか出来なかった。
「今度は当たると思ったのか?」
気付けば、銃が地面に落ちていた。二人の表情は蒼褪め、恐怖に震え始める。
「大した情報も持って無さそうな奴らだな……まぁ、良いか」
「ぁ」
仮面の男が順番に指先で頭に触れると、二人の体は地面にバタリと倒れた。ただ気絶しただけのように見えて、二人の命はもう失われていた。
「景武者も良くやってるみたいだな……だが、ここら辺だと一般人並みの奴らしか居なくて、参考にならん」
やはり下か。男は視線を下げると、そこを踏み抜いて穴を開けた。
「異界の方がマシだった、なんてオチはやめてくれよ」
仮面の男……老日は、穴の中に躊躇なく跳び込み、その場から姿を消した。




