68.Vtuberってなんか“もってる”
お待たせしました。《バージョン1編》、始めていこうと思います。
早速新キャラ、そして今回はちょっとだけ長めです。
《ルヴィアの配信が開始しました》
〈はじまた〉
〈わこ〉
〈ひさしぶりー〉
〈こんルヴィー!〉
〈こんルヴィ〉
〈こんルヴィ~〉
「いや、採用しませんからね?」
開始早々、Vtuberに定番の固有挨拶。……私は設定した覚えも認めた覚えもない。何を団結して始めているのか。
四ヶ月振りの異世界配信は挨拶訂正から始まった。幸先がこれで大丈夫だろうか。
八月三日、土曜日。《デュアル・クロニクル・オンライン》グランドオープン。ちょうど夏季休暇に入ったところで、私たちは初日から心置きなくダイブしていた。
早速いつも通りプレイを……といきたいところだが、今日はそうもいかない。
「改めてみなさんこんにちは。DCOだけを見ている方はお久しぶりです、そして初見の方は初めまして。《デュアル・クロニクル・オンライン》公式プレイヤーのルヴィアです。
今日からグランドオープンということで、私もどんどん配信していこうと思います。どうぞよろしく」
〈いつも見てたぞ〉
〈初見です〉
〈もう生活の一部〉
〈久しぶりすぎて懐かしい〉
〈初見!〉
〈精霊アバター久々やね〉
〈初見でーす〉
けっこう新規の人もいるみたいだ。正式サービスということもあってか、コンテンツが大きくなっているようで嬉しいね。たぶん私の配信は、これから少しずつリスナーさんは減っていくんじゃないかとは思っているけど。
現在地はベータの最後にいた、《昼王都・天竜》の転移門広場。当然ながら、まだここにいるのはベータテスターだけだ。昼間とはいえ土曜日、それなりの数が早くも集まっていた。
「初見さんは少しだけ待っていてくださいね。このゲームについて後で説明しますので」
〈はーい〉
〈了解〉
〈せやな〉
〈思いっきりタイトルとサムネにあるしな〉
「まずは既存のリスナーさん向け、目立ったベータとの変更点から」
まずひとつ。目の前の転移門だ。《バージョン0》最後のイベントで解放された通り、転移門から《幻夜界》に行けるようになった。この門の向こうには全く新しい世界が待っている。
ふたつめ、レベルキャップの開放。プレイヤーレベル25、スキルレベル40で止められていたところが、さらに上まで上がるようになった。
新しいキャップは現状不明だが、ここからは1レベルごとの必要経験値が大幅に増加していることは判明済だ。《バージョン0》期間中の経験値は頑張れば追いつける範囲だと運営からアナウンスされているから、新規勢の意欲も高い。
「三つ目、新スキルが実装されました。目玉は《双剣》、《魔銃》などの新しい武器種……なんですけど、大半が条件解放のエクストラスキルです。他の何かからの派生ですね」
〈双剣あるの!?〉
〈ついに来たか魔銃〉
〈レア武器種が実装されたってことか〉
《双剣》は片手剣よりも短く短剣よりは長い剣の2本セット。一応片方だけで片手剣としても扱えて、二本揃えば専用のアーツもあるらしい。
《魔銃》は私の魔剣やイシュカさんの指輪のような特殊媒体を除く、メジャーなものでは第三の魔術媒体だ。実弾ではなく魔術を撃ち出す銃で、かなりピーキーな代物な様子。ただ、使いこなせれば強いのでは……と一部魔術師たちが期待しているらしい。
「他にも追加はありましたよ。汎用スキルでいうと《クィックチェンジ》や《目利き》、《仁王立ち》に《鞭》あたりですね」
〈仁王立ち〉
〈クィックチェンジ便利そうだな〉
〈仁王立ち強そう〉
〈仁王立ちの直球さ好き〉
「私に関係あるところだと……これですね。精霊専用として、《歩法》派生の《エレメンタルステップ》が実装されています」
エルフと違ってメインフィールドを森に限らない精霊ということで、森だけでなく様々な地形で補正があるらしい。
他にもスキルについては、不定期に追加や上方修正の可能性があるそうだ。楽しみにしておこう。
「四つ目にいきましょう。三人ほど先行していましたが、正式に進化システムが実装されました」
これがどうやら、人間以外の種族はレベルアップで正当進化があるらしい。これは各種族に固有の要素があるから一概にはいえないけど、どれもしっかり強くなることは期待していいだろう。エクストラ進化の難易度なんかも考えるに、まだしばらくは先だろうけどね。
もうひとつ、エクストラ進化も本格実装となった。こちらは特定の種族が特定の条件を満たすことで開放されるそうで、ものによっては人間からの進化も可能。私やクレハ、ジュリアはこちらにあたる。
当然ながら簡単にはなれないエクストラ種族には強さにボーナスが入っているが、一度エクストラ種族へ進化したら元の種族には二度と戻れない。私の時も警告されたけど、そこだけは要注意だ。
物理を伸ばしていたのに精霊になってしまって、ビルドが噛み合わなくなったり……なんて、ありえなくはないからね。時には進化しない勇気も必要になるかもしれない。
「そして五つ目。プレイヤーネームに漢字と平仮名、ローマ字が解禁されました」
〈おお!〉
〈これまでカタカナだけだったんだな〉
〈ようやく〉
〈Vの者大歓喜〉
〈まあ15000人もいてカタカナのみ重複無しは無理だわな〉
まあ、そういうことだ。同時に名前変更が課金で可能になって、ベータ勢にはその名前変更権が一つ配られた。私は使わないけど。
ただ、それだけだと根本的な解決にはならないから、たぶん完全開放の時にでも重複プレイヤーネームも解禁されるんじゃないかな。
「ひとまず最後に六つ目、《双界人》……つまり住民の苗字が解禁されました」
バージョン0の最後、転移門から出てきたフィアさんが示していた通り。苗字の表示を選ぶことができるようになった。従来通りとフルネームを選択可能。
もちろんどちらで呼んでも彼らは応えてくれる。必要なければオフにすればいい。私はオンにしておいた。
「他にもありますが……その都度説明しますね」
〈おけ〉
〈助かった〉
〈いろいろ変わってんね〉
「では初見の皆さん、少しだけ遊覧飛行にお付き合いください」
〈あいきゃんふらーい!〉
〈圧巻だなぁ〉
〈ほんとに飛んでる……〉
〈すっげえ…………〉
転移門上空。私が飛べるようになったのはベータ最終日だから、こうしてゆっくり空から見渡すのは初めてだ。広い王都がパノラマで一望でき、さらに奥の《幻昼界・関東地方》まで見渡せる絶景である。
ある程度平穏な様子を取り戻している昼王都だけど、その中でも明らかに不自然な人だかりが四つできていた。
「あの四つ、全て新しいプレイヤーの集団です。数が多いので、過密にならないように分散されたようですね」
〈まあ一万人はいるしな〉
〈ベータとは桁が違うし……〉
〈そこまで考えての広場の規模だからな〉
〈むしろ前までスカスカだった〉
〈ん、新規も王都にいるの?〉
「さっそく『その都度』ですね。それが七つ目であり、かなり大きな変更点です」
そう、もうひとつ非常に大きな変更があった。新規開始地点が王都になったのだ。バージョン1からの新規プレイヤーは全員、まずは昼王都に集められている。
それに伴って王都周辺の草原フィールドの要求レベルが大幅に下がって、バージョン0で王都へ向かった道のりのレベル帯が逆転していた。これは最初に《はじまりの村》へ召喚したのが試験の一環で、その試験は私たちベータ組がクリアしたから、という事情があった。
ちなみに初期地点ではなくなった《世束》は《はじまりの村》の称号が剥奪されていた。むべなるかな。
「初見さん向けの説明はこんなところですね。さて、そろそろ……あ、来ましたね」
〈お〉
〈オープニングイベ終わったか〉
〈きたきた〉
それからしばらく基礎説明をしながら待っていると、メニューステータスのアイコンが音を立てて震えた。
フレンド通話のコール音だ。さっそく繋いで応答。
『終わったよ、ルヴィアさん!』
「では向かいますね。世界樹と城の位置関係はどんな感じですか?」
『ええと……世界樹が左、城が右!』
「南門ですね。では、城の方を向いたままお待ちください」
「……うん、そうらしいの。ルヴィアさんは精霊っていって、空を飛べるらしくて……あ、あれかな!?」
特徴は聞いていたから、人が散りつつあった広場の中ではすぐに見つけることができた。やっぱり空からの視点はわかりやすくていい。
目標は広場中央、他のプレイヤーからも明らかに注目を浴びている真っ白な髪の兎獣人。びっくりするほど造形が整っていて、明らかに見覚えのあるあの顔で間違いない。
降下滑空で勢いがついていたから、翅を広げてブレーキしつつ着地。向こうのカメラでスカートが捲れたりしないように特に気をつけて前傾姿勢のまま勢いを止め、浮遊状態から着地と。飛行は少し神経を使うけど、上手くいくと気持ちいいんだよね。
どうやら言葉を失っている様子の相手と、その奥の視聴者へ向かってカーテシーをしてみた。ホーネッツさん謹製の《オーバーチュアクロース》はいい感じにふわりとしたスカートだから、けっこう様になったと思う。
「お待たせしました。改めて、DCO公式プレイヤーのルヴィアです。どうぞよろしく」
「あ、う、うん。えっと……はい! こんニーソ! 出席番号いつでも一番、ウサギ系女子高生Vtuberの愛兎ハヤテです!」
〈こんニーソ!〉
〈こんニーソー〉
〈紺ニーソ~〉
〈焦ってて草〉
〈配信で編集点作ってて草だ〉
〈やっぱ固有挨拶は染み付いてんだな〉
〈切り抜きニキ、ここノーカットな〉
自己紹介いただいた通りだ。彼女《愛兎ハヤテ》が、グランドオープン初日となる今日のコラボ相手だった。
愛兎ハヤテ。
以前あったブームを経てすっかり定着したVtuberというジャンルの中で、磐石の地位を築いたグループのひとつ《電脳ファンタジア》。そのサブリーダー格を務める、チャンネル登録者数100万人超えの女子高生うさぎVtuberだ。
愛らしいアバターと絶妙にボーイッシュとガーリィを折衷した見応えのある性格、高い配信進行スキルとゲーム技術と、ひとことでは表しがたい魅力を併せ持っている凄い人。一瞬だけ下火になりかけたVtuberを押しも押されもせぬ人気ジャンルへ押し戻した立役者のひとりである。
「って、敬語もさん付けもいらないよって裏で言ったのにぃ」
「言っちゃうんだ、裏でって……」
〈草〉
〈相変わらず一気に来るなぁ〉
〈何も考えてないように見えて、実は頭いいんだけどね〉
〈お嬢の敬語フィルター外すのめっちゃ早いな〉
まあ、ここ四ヶ月ずっと裏で話していたからね。DCOに限らず、本当に色々なことを。雑談もいろいろとしたし、もう親しい友人という感覚になっている。
だけどハヤテちゃん、私を《幻双界Vtuberのつどい》とかいうチャットサーバーに連れ込んだのはまだ許してないからね?
「はい、というわけで今回はあの愛兎ハヤテちゃんと一緒にやっていきます」
「お互いのチャンネルで視点配信してるから、二窓よろしくー」
「そのままだと似たような画になってしまうので、私の方の視点をいつもより俯瞰にしておきますね」
たぶん他にも知り合いの新規組をサポートするベータ組はいるだろうけど、私たちもひとまずそういうことになった。
ただし、やるのは助言とレクチャーだけ。パワーレベリングはしない。別に禁止はされていないし自由だけど、スキルレベルやプレイヤースキルが大事なこのゲームではのちのち苦労するからね。
「まずは最初なんだけど……《プラクティス》は」
「やったよ。短剣の二本持ちが一番しっくりきたから、そうするつもりだけど……」
「うん、いいと思うよ。兎はスピード型種族だから、特に相性がいいはずだし」
兎獣人の種族値はVIT+3、AGI+6、MND+3。なかなか極端な構成だけど、噛み合いはいい配分になっている。スピードを活かして斥候をやるか、豊富な手数とそこそこの耐久で前衛火力や回避盾を務めるのが一般的だ。
そしてこのうち後者は、ソロプレイにも向いたスタイルだ。Vtuberが斥候ではあまり格好もつかないし、ハヤテちゃんもそのつもりなのだろう。
さっそく初期装備チケットを使って、両腰に短剣を装備。……うん、なかなか様になっている。
「短剣使い、愛兎ハヤテ! 誰よりも速く敵を切り刻むよ!」
〈速きことハヤテのごとし!〉
〈ハヤテちゃんウキウキで草〉
〈お嬢も結構速くないっけ〉
「私はバランス寄りの魔術型ですね。精霊のステータスが高いので、AGIはそれなりにありますけど」
どうやらハヤテちゃんはAGI全振りで行くようだ。その難易度は同じことを考えたベータ組が散々周知しているけど、それを見た上で決めたのだろう。なかなかの覚悟だし、私もハヤテちゃんのVRスキルならできると思う。
速度特化となると、私とは全く別物のステータスになるはずだ。私もかなり速いほうではあるけど、VIT以外にはそこそこ振っているし。
「ただ、AGIにしか振っていないと、あまりの敏捷性に体が振り回されてしまうそうです。なので、ある程度はSTRやDEXにも振った方がいいみたい」
「へぇ……覚えとこ」
「マスクデータ周りの仕様については、まだ未解明の部分も多いんだけどね」
そのあたり、このゲームはリアル志向な部分もあるらしい。プログラムと動作エンジンを組んだら勝手にそうなったのかもしれないけどね。
「……あれ? その短剣、青銅?」
「うん。確かベータの時は銅だったよね」
「変更点だね。ダメ出し受けたのかなぁ……」
まあ、確かに「これいる?」状態ではあったね。私を含め、早い人はたった数時間で乗り換えていたし。
気を取り直してフィールドへ。
「見ての通りですね。王都周辺にレベル1のラビットが出るようになっています」
「アレが最弱敵だね。よーし……!」
〈思い出すなぁ〉
〈お嬢は最初アサシンしてたよな〉
〈今のお嬢はもう火属性すらものともしないんだなぁ……〉
両手の短剣を逆手に構えて、突進してくる兎へ相対するハヤテちゃん。ラビットが跳ぶ予備動作を見せ始めた瞬間……ハヤテちゃんが先に飛び出した。
素早い敵を相手にはカウンターを是とする私と違って、ハヤテちゃんは先手必勝を信条とすべきステータスだ。その判断は正しい。
レベル1とは思えない速度で距離を詰めたハヤテちゃんは少しだけ左に寄って、地面を離れたラビットを外向きの刃で迎え撃った。相乗された速度が乗った一撃で綺麗にクリティカルが入り、ラビットはそのままボールのように跳ねる。
かなり防御の低いラビットとはいえ、一撃でHPが7割は吹き飛んだ。初交錯としてはかなり上々だ。
「……上手いですね。目がいいのはもちろんとして、何よりも姿勢制御が。相当練習してきたんでしょうね」
〈お嬢が言うと説得力あるな〉
〈聞き覚えのある褒め口だ〉
〈お嬢じゃんそれ〉
〈つまりお嬢に似てるってことか〉
「素直に褒めさせてもらえません?」
〈でもお嬢あれできるでしょ〉
「できますけど……」
ハヤテちゃんはすかさず追撃して、ラビットが起き上がる前に仕留めて戻ってきた。……いや、本当に上手い。
「どうだった?」
「言うことがない。完璧だったよ」
〈このうさぎさんからお嬢の匂いがする〉
〈VR適性ってやつ?〉
〈仮想空間での動き方が上手い人って見てわかるよね〉
〈実際ハヤテちゃんVRゲー上手いしな〉
本当に、予想以上の実力だった。確かに彼女は以前からVRゲームを多く配信していたけど、ここまでだとは。
6月あたりに《プラクティス》にも少しだけ動きやすくなるアップデートがあったけど、それを含めてもこれだけ動ける人はなかなかいないだろう。
「15000人ですからね、上手い人もたくさん入ってきています。私もうかうかしていられないかもしれませんね」
〈いうほどそうか?〉
〈それはどうだろ〉
〈でもそう思えるくらいハヤテちゃんは上手いよな〉
〈お嬢が楽しそうで何より〉
その後も細かい立ち回りはアドバイスしたけど、思っていたほど私の出る幕はなかった。結果的にただの新星お披露目会になったけど、まあ良しとしよう。
それに彼女はVtuber、配信者が増えるのはいいことだ。配信者どうしが親交を深めることができたことも考えれば、じゅうぶん収穫のある一日だったといえるだろう。
「Vは好き嫌い分かれるから出さない方が楽なのでは」、あるいはそうかもしれません。だけどこの話の方向性で彼らの存在ごと無視するのは無理がありすぎるんですよね。
当然ながらVRが身近に近づいてきていることで、作中時点ではVtuberを含むそのあたりの概念の在り方も、それらへの一般的な考え方にも今とは変化がありますし。
何より、“VtuberとVR配信者の差異”はルヴィアにも関わるものとなっていきます。もちろんどちらかを貶めるような流れにはなりません。どうかご理解を。
予告した通り、今週からは月曜と木曜の週2回更新となります。頻度こそ落ちますが、定期更新が滞る可能性は激減しましたのでご安心ください。現に今の時点で3ヶ月分くらい用意があります。
年末年始にお休みした分も含めて、最近ここまで追いつかれた読者様もいるかと思います。ブックマークと更新通知、ついでに評価の星マークをつけて、今後とも是非よしなにしていただけると嬉しいです!




