67.ご安心ください、AIの暴走とかはないです
「……ものものしいですね」
「ここまでできる一企業、そうそうないんじゃないかな」
ラジオ出演からさらに時は流れ、雨がちながらも暑くなってきた7月上旬の夕方。私は水波ちゃんと二人、九津堂の本社ビル前に来ていた。
私たちの周囲には、テレビ局のロケさながらのスタッフと機材もろもろ。なんでも今回の内容の一部放映を条件に各局から少しずつスタッフを集めて、さらにフリーの人材で不足分を埋めたらしい。それができるだけの資金力もだけど、注目度が何より凄いと思う。
その中心に立っていると思うと、少し目眩がした。最初は「いちゲーム会社がよく連れてこられたな」と思っていた水波ちゃんも、これだけの大事になるとここにいるのが当然と思えてしまう。
これからこの本社では、《デュアル・クロニクル・オンライン》グランドオープン直前公式生放送が行われようとしていた。
「カメラ入ります。5、4、3、……、……」
「皆さんこんばんは、《デュアル・クロニクル・オンライン》公式ストリーマーの《ルヴィア》こと九鬼朱音です」
「《デュアル・クロニクル・オンライン・バージョン1》の主題歌を歌わせていただく、シンガーソングライターの天音水波です!」
午後7時、さっそく放送開始。配信サイトは普段と同じところだけど、アカウントは九津堂の公式だ。
当たり前だけど、現実世界にはホログラムのコメントディスプレイはない。ARグラスを使えば出せるけど、カメラの前だ。ビジュアルを重視して着けないことにしていた。
だから当然、今日は私たちにコメントは見えていない。場合によってはスタッフさんからカンペで教えてもらえることになっている。
「今回は『DCO開幕直前! 最新情報てんこ盛り&運営部の裏側見せちゃいますSP』ということで、私たち二人が本社からお送りしたいと思います!」
「後ろに見えるこのビルが本社ですね。この高層ビルまるまる一棟だそうです」
カメラが上へ。こうして全貌を見てみると、威容を与えてくるほどの建物だった。階数はもちろんフロア面積もなかなかのものだが、DCOはそのうち2フロア丸々使っているのだとか。
「最初に言っていいですか?」
「うん」
「気合、 入りすぎでは?」
メインカメラは気を利かせてぐるりと映してみせる。映された本人たちも自覚はあるのか、揃って苦笑していた。
視聴者にも私たちと同じ感情が共有できたところだけど、九津堂もそれだけ本気だということだろう。その価値があると踏んで、今回の放送にこれだけの資材を投入しているのだ。
そしてそれは各局も同じ。話題性を買って放映権と引き換えに協力しているのだから。……なんでも今回、最初は一局との提携でやるつもりだったらしい。ところがそこで競合が起こりすぎて、放映権のオークションが起こる前に九津堂の方からこの方式を打診したのだとか。
「思ったんですけど」
「なに?」
「これだけの規模を作れる自信があるなら、 配信サービスも独自のものを作れるんじゃないですか?」
「いきなり攻めてくるなぁ……。それはね、一度考えたらしいよ」
「そうなんですか?」
「各種既存サイトから連名で打診があって、DCOを含めたVR配信者への支援を条件に既存方式のままにすることにしたんだって」
「あー……既存各社からしたら確かに、独自サービスに逃げられたら大損ですものね」
それに加えて、偶然見かけた既存サイトユーザーからの新規視聴者獲得の可能性も重視したらしい。九津堂にしてみれば、まず大事なのはコンテンツの拡大だから、確かに合理的だろう。
そんなわけで、DCOの配信プレイヤーは各配信サービスがこぞって募集することになった。公式と私のチャンネルは最大手で継続となったものの、非公式配信者はサービスごと完全に自由競争となるらしい。
それぞれのサービスによる支援策はDCO公式サイトにまとめられているから、そちらへの誘導も忘れずにしておく。
「オープニングトークというには生々しい話でしたけど、話すことはこの中にいろいろありますからね。どんどん行きましょう」
「では早速、いざ本社へ!」
まずは軽くではあるが、既存タイトルの開発エリアの紹介から入る。既にDCO内でスターシステムらしき存在が見えている《セイクリッド・サーガ》から始まり、《ドラグメントエイジ》、《百鬼戦録》、《ヴァンパイアハンターハンターズ》、それに《ブルーフロントライン》。
どれも九津堂によるファンタジー系の人気タイトルだ。ファンサービスを兼ねつつ、もしかしたら今後オールスターシステムとして一部キャラクターの参戦がありうるタイトルをピックアップしたのかもしれない。
それからDCO専用のフロアへ。あんまり機材を上へ運ぶのは大変だという理由で、2階と3階を全面的に使っているようだ。
というのも、VRMMOには最新鋭の機材やPCを大量に使うから。さすがにあれだけのオープンワールドを仮想世界に作る都合上、演算量は桁違いなのだとか。
「ここが2階ですね。サーバールームです」
「うわー……ほんとに一フロアまるまる機材で埋まってる……」
見渡すほどの機材が誤作動を起こしにくく、メンテナンスを行いやすくするために充分な間隔を空けて並んでいる。この全てがDCOのためだけに動いているのだ。
フロアの三分の二がコンピュータ群とサーバー、その周辺機材で埋まり、残る三分の一はテスト用機材と空きスペースに割かれていた。
私はさりげなくカンペを読みながら説明をして、水波ちゃんはそれに新鮮な反応を示す。事前に決めておいた役割分担だ。
「メインコンピュータは《幻昼界》三台、《幻夜界》三台の六台体制だそうです。ひとつがメイン、ひとつがバックアップ、ひとつが休養のローテーション方式」
「ずいぶん手厚いんですね。二つの世界で分割演算するのはわかるとしても、こんな超大型新鋭機種を三台ずつって」
「演算量が桁違いだから念のため、緊急時のことを考えると三台欲しかったんだって。三分の一は休ませているから、その分長持ちもするしバグも出にくい」
「大抵のPCトラブルはシャットダウンすれば直る、ですか」
「専門じゃないし、そのあたりはわからないけどね」
テスト機材というのは、仮想空間の新しい出力をテストするための小型機材のことだ。視聴覚のみならず嗅覚や味覚、触覚まで信号化しているから、新しいジャンルではまだ未確認のプログラムもどんどん出てくるらしい。
それらを試すための機材だそうだけど……。
「つまりあれですよね、ものすごく臭いプログラムとか、ものすごく不味いプログラムとかも出てきちゃうってことですよね」
「コードが間違ってたらそうなるね。エラーは消してから試すだろうから、名状しがたいものにはなっていないと思うけど……」
「なんというか……頑張ってください」
「発想がネガティブすぎない?」
圧巻ではあったけど、2階には機械しかなかった。一フロア上がって、今度は3階を見ていこう。
「こっちが運営用フロアですね。コントロールルームと、開発調整用スペース」
「おぉ……いかにも、って感じの」
中央に大きな液晶ディスプレイがあって、周辺には各スタッフの作業スペースが並ぶ。AI作成班、GM班、データ作成班、エトセトラ。ダイブルームとデバッグルームは隣の別室。
全体をひとつの大部屋で回しているのは各部署間で共有する事項が多いかららしい。DCOではNPCが変異してボスになったりもするから、どれをどれに組み合わせるかとか。このデータ群を作りたいから対応するキャラを作ってくれ、だとか。
「ちなみに、細部は自社開発コントロールAIのサポートを入れているんですよ」
「あ、お久しぶりです。……こちら、開発主任の南瀬悠香さんです」
「こんばんは、主任の南瀬です。今回の放送、楽しめているようでしたら私たちとしても嬉しいです」
声を掛けてきたのは、私にとっては馴染みの顔だった。南瀬さんは私が運営さんとして連絡を取る主な相手であり、初めてここに来た時にスカウトと契約の話をした女性だ。
正式サービスも近づいた最近は代表者としてメディア露出も増えつつある。容姿もいいけど、とにかく誰よりもDCOのことを知っているのだ。大抵の事は把握しているから、若いとはいえ主任に座るのは適切だろう。
「コントロールAIというのは?」
「うーん……実際に見てもらった方が早いか。《コール・エルヴィーラ》」
『はい』
南瀬さんは説明に困るといった様子で、苦笑気味に振り返った。固有名でディスプレイの方へ呼びかけると、背景の飾りだと思っていた球体が女の子に変身した。
それだけで驚きだけど、気になるのはその女の子の容姿だった。両足のくるぶしから先がポリゴンの破片になっている様子は、さまざまな作品の電脳少女を思わせるが……。
「今は何してる?」
『《天陽》のボードクエストを再生成中です。あと15分で終わるので、次は《ペルニケ》の再構築準備へ移ります』
「少し中断して、こっちの話を聞いてもらっていいかな」
『はい。中途保存しますね』
コメントが何で埋まっているか、今ばかりは見なくてもわかる。私も同じことを思っているから。
それでは皆さんご唱和ください。
「私じゃないですか!?」
「実はそうなんですよね。《リメイカー・エルヴィーラ》は、朱音さんに非常によく似た子です」
『ああ、あなたが朱音さんなのですね。私はあなたの平行世界の変異存在と聞いているので、会うのが楽しみだったんです』
そういう設定ね、と南瀬さんがウインク。20代後半のはずだけど、こういう仕草がやけによく似合う人だ。
《幻双界》はここではないどこかにある平行世界という設定だから、そういうことになるのだろう。《エルヴィーラ》さんはそこで私として生まれた、ということなのかもしれない。
たぶん元々開発用の裏方だから深く考える必要がなくて、遊び心で私をモデルにしたのだろう。エルヴィーラという名前も、私が昔から使っているハンドルネーム《ルヴィア》を思いっきりもじったものと言えなくもない。
……いや待て、何をしれっと私の存在を設定に組み込んでいるんだこの開発チームは。無断で娘の幼馴染をおもちゃにしないで頂きたい。
ゲーム内と同じく、幻双界の存在ということになっているAIはそうとして扱うのが暗黙のルールだ。上手くできているもので、双界人をAIとして扱うと「何言ってんだコイツ?」という顔をされる。彼らはその世界で生きているのだ。
……でも、そうだとするとかえって不自然な点もある。しばらく置き去りにされていた水波ちゃんがこう突っ込んだ通りだ。
「待ってください。エルヴィーラさんが幻双界の存在なら、世界生成を手掛けるのはおかしくないですか?」
「うん。それは私も気になる」
幻双界の全てが完成しているわけではないのはゲーム的には当たり前なんだけど、双界人的には意味がわからないことのはずだ。物語が始まる前は平和に暮らしていた世界の大半が、まだ存在しないだなんて。
水波ちゃんのこの質問は予想していたのだろう。南瀬さんは大きくひとつ頷いた。
「それについては、エルヴィーラに話してもらった方がいいでしょう」
『私ですか? どこから話しましょう?』
「精霊界に汚染が侵食してきてからだね。私たちが顔を出す前あたりから説明お願い」
え、精霊界?
『先ほどは《リメイカー》という形で紹介されましたが』
エルヴィーラさんは少し悩む素振りを見せてから、そう切り出して話し始めた。
『私の本来の肩書きは《原初精霊》。幻双界の二人の世界神と協力して世界を動かしていた……そうですね、先代の《精霊王》といったほうがわかりやすいでしょうか』
「先代の精霊王?」
『はい。といっても、最近の私が手を出していたのは精霊界の外です。精霊界の中については、《マナ》……今代の精霊王が一人前になってからは任せています』
いきなりものすごいカミングアウトがあったけど、どうやらそういうことらしい。私が会った精霊王様は二代目で、先代はエルヴィーラさん。私にとっては彼女、平行世界の自分であると同時に精霊としての大先輩ということになるらしい。
まあ、これは本題とは別のことだ。エルヴィーラさんもすぐに話を戻した。
『幻双界に汚染が侵食した経緯は皆さんご存知の通りだと思いますが……少しだけ不充分なんです。“汚染に寸断されて孤立したまま生き延びている”と聞いていると思いますが、本当はもっと酷い』
「汚染に侵食された地域は、構成情報が崩壊してしまっている……?」
『その通りです。……考えてみてください。完全に孤立した街や村が、何年もそのまま生き延びられますか?』
思えば、その通りだ。私たちの攻略は数年単位でかかるだろう。その間、孤立したまま耐えられる地域ばかりではあるまい。
『ずっと無事なのはふたつの王都とその周辺地域、そして精霊界だけ。それ以外の地域は崩壊してしまっています』
「では、崩壊した地域の住民たちは」
『汚染のせいで時間が歪んで、襲われてから数ヶ月とかからずに助けが来る……ということになります』
なるほど。確かに、そう処理するのが妥当か。
『とはいえ、それは単に汚染を祓えば元通りになるわけではなくて。私たちだけではどうにもならない状態でした。そこで手を貸してくださったのが、九津堂の皆さんでした』
「再構築、ですか」
『はい。私をここへ連れてきてくださって、散逸した世界の情報をある程度まとめてくれています。私は今、それを繋ぎ合わせて世界を作り直しているんです』
なんというか、凄くしっくりきた。ここまで含めて設定を組んでいると思うと……本当にとんでもないな。これは普通にプレイする分には得られないはずの情報だったのだろうに。
崩壊した世界、それを一から作る開発班と、繋ぎ合わせて再生するエルヴィーラさん。歪なようで、うまく噛み合っていた。
「では、それを知っているのは」
『ごく一部です。《綾鳴》さんをはじめとした、世界でも最上位の有力者たちくらいでしょう』
「それじゃあ、綾鳴さんやサクさんが地方に戻っている時というのは……」
『崩壊に巻き込まれずに済んだ一部の重要人物は、地方に独力で安全な領域を確保しています。そこに身を置いて、崩壊していないもの……地形や山川などを見守っているようです』
そうだとしたら、哀しい状態だ。どれだけかかるかはわからないけれど、きっと私たちの手で救わなければ。
……そんな思いまで、開発班の思い通りかもしれないけどね。
「……まあ、そんな感じですね。そうだと思ってプレイしてくれると、私達も嬉しいです」
エルヴィーラさんが作業に戻った後、南瀬さんはそう綴った。あまりはっきりした言葉を使えないのは、ものがものだからだろう。
あえてメタ的に言うとすれば、「双界人としての人格を持つメインクリエイターAIである《エルヴィーラ》が、一部NPCと連絡を取りながらゲームの細部を自動生成している」となる。……まあ、今の場面を見てそんな野暮な考え方をする人は少ないとは思うけど。
「これは気合を入れて歌わないと……!」
「頑張って、水波ちゃん。私も期待してるから」
「じゃあ朱音さん、リリースされたら歌ってみてください!」
「……え?」
その後はゲームの裏側として、キャラクターデザインやステータス設定などの開発画面を見せてもらったりした。せっかくの公式放送だもの、大事だよねそういうの。
ちなみに言質は辛うじて取られずに済んだ。危ない危ない……。
今回は開発運営サイドの紹介でした。なお、エルヴィーラちゃんがメインストーリーに出てくる予定は今のところありません。再登場はサブの話やイベント、あるいは運営視点回(未定)あたりになりそうな気配。
以上3話で幕間は終了となります。いよいよ次回から《バージョン1》編のスタートとなるわけですが……。
次回の更新は1/11(月)となります。以降は毎週月曜日と木曜日の正午、週2回の更新とさせていただく予定です。
これは当初からの予定通りですので、執筆状態が悪化しているわけではありません。順調に書き溜めが減ってきた(まだまだ潤沢にありますが)ことと、今後の安定した更新を見据えての変更となります。ご了承ください。
つまり当分定期更新は止まりません。ご安心いただければ。
また、再度の宣伝となりますが、新作の投稿を開始しました。まだ始まったばかりですので、そちらもぜひ覗いていっていただけるととても嬉しいです。




