66.シオンと水波の放課後サブカル放送部
「シオンさん、朱音さん現場入りまーす」
「おはようございまーす」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
5月の末、いよいよ暑くなり始めるくらいの頃。《バージョン0》が終わってから《バージョン1》に入るまでの期間も、そろそろ折り返しを迎える。
プレイヤーたちはそれぞれ《ローカルプラクティス》でのプレイヤースキル磨きに邁進しつつ、一部は今も開放されている掲示板で話をしたり、ゲーム内で知り合った相手と現実でも連絡を取ったり。ガワは違えど自分の言葉で交流していたからか、ディスプレイ型MMOよりもゲーム内と現実の垣根は少し薄くなったような気がする。
当然私も例外ではなく、何度かご一緒したプレイヤーとはSNSで交流を続けていた。フォロー欄はけっこうな割合が彼らで埋まっているし、公式を含む複数のチャットグループにも参加している。口を出すと変なノリで持ち上げてくるから、あんまり発言はしていないけど。
「それじゃよろしくね、お姉ちゃん。いつも通り喋るだけでいいから」
「……うん」
そんな私は今、ラジオ局の生放送ブースにいます。
出演の言質を取られたRTAの日から二週間、いよいよ来てしまったのだ。
『本番五分前でーす』
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫。いちおう慣れてるし、緊張はそんなにしてないよ」
「お姉ちゃん、人前で喋るくらいじゃ昔から緊張しないからね。心配いらないよ」
目の前で少し心配そうに眉を下げているのは、この番組のもう一人のパーソナリティである天音水波ちゃん。紫音の同級生で、こちらも新進気鋭のシンガーソングライターだ。
私たちを取り囲む幼馴染5人とももちろん仲がいい紫音だけど、この水波ちゃんとも親友と呼べる間柄になっている。もう一年以上このラジオで組んでいることもあって、その息の合ったトークから巷では「相方」と呼ばれている存在だ。
私にとっても妹の親友であり気にかけている子だから、先輩後輩かつ友人として割と頻繁に連絡をとっている。
それと、もうひとつだけ。
「そういえば水波ちゃん、あの件は」
「そうなんですよ。ちょうどいいということで、今回これから発表する運びに」
「そうなんだ。わかった、覚えておくね」
「……?」
『本番入りまーす。3、2、……、……』
「シオンと」
「水波の」
「「放課後サブカル放送部ー! (二人で拍手)」」
「(一拍置いて)さて今回も始まりました、放課後サブカル放送部。オープニングは先週に引き続き私の新曲、『scream』でした」
「scream、意味は『叫ぶ』。私たちもこのラジオは叫ぶような気概で、少しでも多くのリスナーさんにお届け……(苦笑混じりに)ちょっとうるさいか」
「そもそもscreamって、どっちかというと悲鳴の方の意味だよ。毎回悲鳴を上げるような怖い番組じゃないでしょ」
「(素に戻ったように)おっと。大丈夫だよ、怖くないよー。今回が初見のそこの君、逃げないでー」
「(呆れ気味に)その言い方だと逆に怖そうに感じると思うよ?」
「そう? ……まあ、文化祭のお化け屋敷あたりの客引きに当てはめると、確かにちょうどいいかも」
「文化祭かぁ。まだだいぶ先だけど、(しみじみと)私たちにとっては次が最後なんだよねえ」
「この番組が始まったのが水波のメジャーデビューと同時だから……(間延びさせつつ、指折り数えるだけの間)もう14ヶ月か」
「始まった時は高校二年になったばっかりだったのに、もうあと一年足らずで卒業だよ。(おどけて)同級生コンビの看板が剥がれちゃう」
「看板ついでに、この番組のタイトルも『放課後』のところが剥がれちゃうか」
「(とぼけるような声色で)まあそこの代わりはスタッフさんに考えてもらうとして」
SE、ブーイング。
「……だめみたい。何か考えておこっか」
「だね」
「さて今回のゲストは、そんなオープニングトークとはあんまり関係なく」
「(力が抜けた様子で)関係ないんだ……」
「今年から大学生になった、最近巷で話題のこの人!」
「いつもそうだけど、楽しそうだね、君たち……」
「そりゃもう。喋ってるだけでいいからね、楽なもんですよ」
「(失笑気味に)こらこら。(気を取り直して)というわけで、九鬼朱音さんです!」
「うん。九鬼朱音です、よろしくお願いします」
SE、拍手喝采。
「……なんというか、緊張感はないよね」
「シオンにとってはお姉ちゃんだし、私にとっても仲のいい先輩だからね。ラジオとはいえ、今更お話するだけで緊張しろといわれても」
「私は普通にしてろって言われてるけど、二人はそれでいいの?」
「いいのです。(胸を張って)女子高生二人が忌憚なくお喋りしてるのがウケてる、ってスタッフさん言ってたので」
「(やや食い気味に)その女子高生の看板、あと10ヶ月の命だけどね?」
「うっ」
「しまった……(どことなく苦しげに)一年以上やってるのに、お姉ちゃんの方がオープニングトークとの結びつけが上手い……」
「さすが、(笑いをこらえる気配)10万人を前に歌を配信した人は場馴れが違いますねぇ」
「……やめて」
「(無視して)あ、お姉ちゃんの歌、アーカイブ残ってるので。まだ見てない人は、この番組が終わったらチャンネルをチェック!」
「やめてってば」
「(充分に間を置いて)先に歌とかアーカイブとか言っちゃったけど、改めて朱音さんのご紹介を」
「さすがに知らない人はいない……少なくともこれを聞いている人にはいないと思うけど、我が姉、九鬼朱音は九津堂から8月に正式リリースされるゲーム《デュアル・クロニクル・オンライン》の公式配信者です」
「(引き継ぐ形で)今年の3月にベータテストがあって、その模様を先行して配信していたんだよね」
「(さらに引き継いで)この《デュアル・クロニクル・オンライン》、略称を《DCO》というんですけど、これは世界初のVRMMORPGです」
「(畳み掛けて)最近普及してきたVR機器で仮想空間にダイブして、アバターを本物の体のように動かして遊ぶオンラインゲームだね。前々からラノベやアニメとしてはあったけど、本物はなかったやつ」
「そう、我々サブカル放送部も何度か取り上げてきましたね。(声をひそめて)私の幼馴染にスタッフさんの娘がいるんですけど、その子から聞くに必要データ量がえげつないらしくて。開発には大手の九津堂が全力を挙げて五年かかってるんだとか」
「というと……(驚いたように)フルダイブ技術が開発されてすぐか。なかなか出ないなーとは思ってたけど、難産だったんだねぇ」
「説明はこのくらいにして。お姉ちゃんはそのDCOで、《ルヴィア》という名前で公式配信プレイをしていたわけです。もちろん七月末の正式リリース後も配信していきますよ」
「……(一瞬だけ間を置いてから)私が喋ること、ないね?」
「ああ、ついつい。私たちも時間があるならやりたいくらい、すごく気になるゲームなので」
「(勢いよく)そうそう。私たちは仕事もあって、普通にプレイはできそうにないから」
「まあ確かに、わざわざ他に仕事がなかった私を公式配信者に据えるくらいだからねえ。MMOは時間泥棒だし」
「(半ば本音をこぼすように)あ、やっぱりそうだったんだ。……でもお姉ちゃん、 配信ではあんまりMMOらしい周回要素してない気が……」
ひとつ間を作って、ここは私から。
「そこなんだよね。今のところだけど、DCO、かなり周回と感じさせる要素が少なく作られてるの。攻略の途中でそれなりにレベルが上がるようになっていたり、同じ敵でも全く同じ動きはしてこなかったり」
「(頷きながら)周回要素がそうと感じられなくなったら楽しそうですよねぇ。でも、さすがにないわけじゃなさそうですけど……」
「まあ、それは配信外で」
「(ふと思い出した様子で)そうだった。朱音さん、昔から地味な努力は周りに見せない人だった」
「時間がかかるのはレベル上げじゃなくて、動きの練習かな。実際に動いて戦うわけだから、どうしてもプレイヤースキルは大事になるし」
「(納得したようにのんびりと)それは確かに。じゃあ配信前後、カメラに映らない場所で黙々と剣を練習するルヴィアさんが……」
「想像しなくていいよ。あんまり面白い絵面じゃないし」
「需要はありそうだけどねー」
「あ、ここでひとつだけお知らせを」
「おや。水波ちゃん、何かあったの?」
「うん。実はですね……(勢い込みながら)次の私の新曲が、DCOバージョン1のメインテーマになることが決まりました!」
SE、ファンファーレと拍手。
「(素のトーンが漏れて)え、ほんとに?」
「そうなんだよね。私は先週、運営さんから聞いてた」
「お姉ちゃん? (悲しげに)私、仲間外れ?」
「昨今は各所で引っ張りだこの水波ちゃんを、どうやって引き込めたのかは謎なんだけど……」
「そこはまあ、(照れ笑いつつ)私と朱音さんの縁で」
「その縁を繋いだはずの私は知らないんだけど」
「紫音は直接関わってはいないからね……」
「(からかう調子で)シオン、お先に!」
「九津堂さーん! お仕事待ってまーす!!」
「……それではみなさん、また来週!」
「お相手は九鬼シオンと」
「天音水波、そして!」
「九鬼朱音でした」
マイクオフ。喋りっぱなしの一時間が終わる。
正直、けっこう楽しかった。進行は慣れている二人がやってくれたから、私は応答しつつ掛け合いに混ざるだけでOK。それも上手く拾ってくれるから、実は配信よりもよほど楽だった。
あと、私自身のトークスキルも多少は上がっていた。散々配信しているんだから考えてみれば当然だけど、実感するまでは思い至らなかったのだ。
「上手くできてたじゃない」
「やっぱり姉妹なんですねぇ」
「正直、私もびっくり」
それにしても、この二人の喋りは本当に上手かった。これほどの著名人のラジオだから固定ファンである程度の視聴率は取れるんだろうけど、その程度とは到底思えないほど。
事実、聞けばこの局の中では10ヶ月連続で最高視聴率なのだとか。ほぼ二人だけで上手く構成してしまっているし、半ば見学のような立ち位置の若手スタッフさんが多いわけだ。
ブースから出るとプロデューサーさんが声をかけてくる。
「いやあ、良かったよ。申し訳ないけどね、予想以上だった」
「ありがとうございます」
「いっそのこと、このままレギュラーになってみない?」
「あはは……それはちょっと。都合がつくかわかりませんし」
冗談半分といった調子でそんなことを言われて面食らったけど、もしかしたらそれも本音かもしれない。そのくらい上手くいったのだ。妹の冠ということで私も普段から聴いているけど、明らかに今日は進行が滑らかだった。
とはいえ私の方にはそんな気は(少なくとも今は)ないし、あっても現状難しい。代わりにこちらから提案。
「でも、たまにゲストとして呼んでいただけるようなら、私の方からも是非」
「本当? それならまた、そちらの売り時だったりによろしく頼むよ!」
うーん、上機嫌だ。目に見えてそうとわかる様子で戻っていった。……これ、私に自分から言わせたくて求めていた言葉だっただろうからね。私も芸能人の娘、そのくらいはわかる。
正直こういう駆け引きはあんまり好きじゃないんだけど……まあ、自分の好きなゲームのためだ。そう思えば何ともなかった。
そういうわけで、私は不定期にこのラジオへ呼ばれることになった。それを伝えると九津堂のスタッフさんは申し訳なさげにしてはいたけど、嬉しそうではあった。
うん。紗那さんじゃないけど、いいことをすると気分がいいよね。
新キャラ、歌手の水波ちゃん。正統派後輩女子です。かわいいですね。歌がうまいです。ルヴィアの歌枠を見ても普通に笑っていられるくらいには上手いです。すごいですね。
今回のラジオパートの書き方にはちょっとしたパロディ元があります。おかげでラジオパートが書きやすくて助かりました。