112.アレを持て余した神々の遊び
「こんばんは、ルヴィアです。さっき言った通り、この枠はアフタートークというか、今日のムービーシーンであったことを話していこうと思います」
〈助かる〉
〈たすかるー〉
〈色々ありすぎたからなぁ〉
私はムービーシーンの時もそちらに集中してコメントを見ないことが多いんだけど、今日は特にムービーが多かった。その間のことを話すタイミングがなかったから、ログアウトしてから雑談枠を取ることにしたのだ。
VR空間でやる理由も特になかったから、今回は現実世界の配信ルームからお届け。私たちはまだ青森の龍ヶ崎邸にいるんだけど、この部屋は小さい頃から面倒を見ている私が始めた活動にテンションが上がっちゃった深冬グランパが整えたのだとか。せっかくあるんだから、使っておこうと思ったのだ。
〈なんて???〉
〈クレジュリ家もそんな感じなのか……〉
〈お嬢の周りこんなんばっかだな?〉
「ちなみにおじいさん、DCOやってたりします。だんだん慣れて動きがよくなってきたと言っていました」
「朱音との決闘が目標って言ってたよ」
〈お?〉
〈んん??〉
〈なんかかわいい子が〉
当初はVRになかなか慣れられなかったおじいさんと、VRでしかまともに動けない私。どこか異種格闘技じみたマッチアップだけど、実現するのなら面白いかも……って、ちょっと待って。
「ミカン、カメラ映ってるよ?」
「いいよ。私は元々顔出しOKだし、四人に合わせてただけだから。なんなら本名も割れてるし、いまさら」
「それもそうか……あ、来るならそこからイス持ってきて」
〈え、ミカンたそ?〉
〈ミカンちゃん本当にお嬢より大きいんだな〉
〈むしろ思ってたよりは小柄だが〉
はい。彼女、ミカンこと小早川橙乃といいます。どうぞよしなに。……言われてみれば、ちょっと調べれば簡単に名前も出る立場なんだよね。彼女のお父さんのことは隠してもいないし。
橙乃の父君は新興の民放の社長であり、法改正以降もなかなか破られなかった既存民放の壁を乗り越えた立役者である。新興らしく若者に人気の局で、私が半ば買収されたとこぼした時もおおむね好感触だった。
「あ、ついでだからこれも言っておこうかな。お父さん、VRメインの特番企画が通ったって言ってたよ」
「へえ。どれ?」
「仮称Aのやつ」
「あれかぁ……一応聞いておくんだけど、私は」
「どれが通っててもオファーは確定だよね?」
〈!?〉
〈なんか新情報が〉
〈おかしいな衝撃がおかわりされてる〉
〈おいお嬢、俺らは解説を聞きにきたんだぞ〉
〈それも説明してもらおうか〉
反応著しいところ悪いんだけど、あまり詳しくは言えないんだよねこれ。橙乃が今話したのは、「九鬼朱音がVR関連でテレビ特番に出るよ」くらいの情報だ。
「いや、それはいいんだけど……冠つけられそうで怖いんだよな……」
「今更じゃない?」
「番組名の冠くらいはMCの芸人さんから取ってくれないかなぁ……無理かなぁ……」
本題に入ろう。
〈おう〉
〈さっきの話は〉
〈お嬢がテレビに出ることはわかった〉
〈お嬢もやっとバラエティデビューか〉
「どうせ家に戻ったらテレビには呼ばれるので……そうじゃなくて」
今日あったムービーシーンは二つだ。
「一つ目は負けイベだったっけ」
「負けイベといえばそうなのかな」
《ヴォログ》の街の外れ、汚染されて火竜の姿から戻れなくなった《露喰火燐》さんにフィアさんとセレニアさんが襲われていた件。
これはおそらく、ゲリラの必須イベントだ。役割はもちろん、新規キャラクターのお披露目と次イベントへの繋ぎ。
「もしも私が通り掛からなかったら……最悪の場合、街に逃げ込んでもっと厳しいイベントになっていたでしょうね。むしろそちらが想定だったかもしれません」
「あの距離で異変に気づいて急行するの、移動系と知覚系の両方が必要だろうからね」
〈あれお嬢じゃないと間に合ってないよな〉
〈そもそも気づいてもないでしょ〉
〈鷹目は?〉
〈鷹目は見ようとしないとわからん〉
それは確かにそう。一見何もない未到達のフィールドの一方向に向けて《鷹目》スキルを使う奇行でもしない限り、街に入る前にあれに気づくには魔力覚くらいしかない。
かといって、私の存在をトリガーにした時期不確定型イベントとも考えづらい。
「フィアさんとセレニアさんはパーティを組む相手とは少し前から約束しています。なのでピンポイントで予定が空いていたあのタイミングの固定イベントで、たとえば精霊の接近をトリガーにずらしたりするのは難しいんですよ」
「というか、やらないだろうね。発見さえすればいいなら、魔力覚持ちである必要がないし」
〈なるほどなあ〉
〈お嬢はマジで運がいいってことか〉
〈前から思ってたけどお嬢のリアルラックカンストしてるよな〉
ただ一方で、あの位置は特に何もないからプレイヤーはほとんど立ち寄らない場所だったそうだ。露骨に人が寄りつかない場所で起こしたイベントということは、介入がない想定で作られたことはほぼ間違いないのだろう。
前々からだけど、思えば確かに私は幸運に恵まれがちだ。……過去からの揺り戻し、なんて思ってしまうのは、さすがに斜に構えすぎだろうか?
「なので戦闘そのものは考えないものとすると、あのイベントの意図はおそらく“エヴァさんの顔見せ”ですね」
「実際、九津堂でもトップクラスのヒット作の主人公だからね。大事にはされてるはずだよ」
「そして、このタイミングでエヴァさんを顔見せして、しかもすぐにどこかへ行ってしまうということは……」
「十中八九、次に出てくる時は敵だと思う」
〈トップ組みんな同じこと言う〉
〈それブランもイルマも言ってた〉
〈やっぱそういうフラグわかるんやな〉
まあ、この辺りは慣れというか、お約束みたいなものだ。だんだん経験則からわかるようになってくるものである。
昼夜の王都に常駐して浄化をしてくれているアメリアさんと違って、エヴァさんは既に居所が知れない。このあたりが分水嶺だろう。
「それがわかっていたのでちょっとした小道具を渡してはみましたが……」
「どうなるかは未知数だね。DCOのことだし、何かしら影響はありそうだけど」
あの《精霊水》がどんな役割を果たすかは、乞うご期待ということになりそうだ。
「もうひとつは、夜のクロニクルミッションか」
「ボスとサブタイトルの判明ですね。改めておさらいしておくと、なんとボスは十体います」
「しかもこれ、バージョンボスとは限らないよね。梨華さんみたいなポジションのキャラが別にいる可能性もあるし、その方が厄介」
〈うわ〉
〈えっぐ〉
〈まだバージョン1だよな……〉
こちらもなかなか衝撃の情報といっていいだろう。バージョン全体のボスとして実に十姉妹の竜が判明した。
一応その中でも蓮華さんのように役割を得てボス枠を外れている子がいる可能性はあるけど、いたとしても半分近くなんてことにはならないだろう。少なくとも、夜草神社のときより増えるのは間違いなさそう。
しかもそう。彼女たちがクロニクルミッションでボスとなることはほぼ確定だけど、一方でそれがそのままバージョンボスとは限らない。
夜草神社でバージョンボスだった梨華さんのように、十姉妹の上に立つ存在がいるかもしれないのだ。
「部下を持つボスは直属の配下が多いほど本体は弱い傾向にありますが、だからなんだというか」
「こっちが数の暴力で攻めなきゃいけない以上、VRMMOでのボスの数って見た目以上に致命的だものね」
〈知ってた〉
〈戦力分散キツいよな〉
〈同じ強さのユニットばっかり揃うわけでもないし〉
〈お嬢が言うと重みがあるな〉
たとえば攻略時点で、わかりやすいトッププレイヤーの証である唯装の所持者が100人いるとしよう。
昼夜のクロニクルミッションは連動して行われると明言されている。同時進行のこれらの難易度は同程度になるだろうから、この時点で片方に割けるのは50人。
たとえば昼界のボスが三体だとすると、それぞれに割けるのはだいたい17人ずつ。全体でもそれなりの人数が集まることになるだろうけど、これだけトッププレイヤーがいれば安心感も出る。唯装持ち一人一人の負担やプレッシャーも少ない。
だけど夜は下手をすると10体。こうなればボス1体に注ぎ込める唯装持ちはわずか5人だ。均等に割り振れば平均レベルこそ変わらないものの、顔が見えるVRMMOでは現場の安心感は有名プレイヤーの比重が大きい。
なんでそんなことがわかるかって?
夜草神社の時にあったんだよ、トッププレイヤーが少ない隊が崩れかけたことが。
「ここで『私たちフロントランナーが負担を受け持つから、皆は安心して戦って!』とか言えたらかっこいいよね」
「でも、九津堂はそんなに甘くない」
「でも、そんな九津堂とドンパチやるのが?」
「実はすごく楽しい」
〈でしょうね〉
〈*ペトラ:わかる〉
〈そういうゲーマーを集めるのが九津堂だしな〉
まあ、そんなことは普段は考えなくていいんだ。いつもの九津堂は優しくて楽しいから。
「ふぁ……さて、そろそろ終わりますね。スパチャ読みします…………え、ちょっと」
「うわ、え、なにこれ、うわぁ」
〈お嬢のあくび初めて見た〉
〈あくびたすかる;200〉
〈慎ましいあくびかわいい〉
〈眠そうなお嬢助かる;1000〉
〈*ゲンゴロウ:投げればお嬢の配信時間がちょっと伸びると聞いて;500〉
〈いいこと聞いた;2000〉
〈ゲンゴロウニキが来たぞ!!!〉
〈便乗;300〉
〈*ゲンゴロウ:お嬢、まあ頑張れや;500〉
予定通りのことを話し終えたあたりで眠くなってきたから、そろそろ配信を切り上げようとしたちょうどその時。コメント欄が色とりどりに光り始めた。
これ、全部投げ銭だ。ひとつひとつはそんなに大きな額ではないけど、目で追い切るのも難しい速度で流れてくるものだから目が回ってくる。
いやあの、私ただあくびしただけだよ。なんで? 私のあくびにそんな需要ある? ハヤテちゃんや巴ちゃんと違って、今は完全に生身の女子大生のそれだよ? 普段ならあるVRの壁すらないよ?
「ま、待って、待ってください皆さん。落ち着いて、素数を数えて考え直してください。それは本当に私に投げるべきお金ですか?」
「あっははは……これはちょっと私は口出しできないね……」
〈草;10000〉
〈*リュカ:受け取れオラッ!;1200〉
〈*ゲンゴロウ:悪いなお嬢。求められているんだ;500〉
〈これリアル枠だからお嬢の取り分増えるってマ?;3500〉
〈うわぁ……〉
〈お嬢がかわいそうになってきた;800〉
待って。いやほんとに待って。普段もそれなりの頻度で投げ銭は受け取っているけど、ここまで軽率に投げつけられるのは初めてだ。ドッジボールじゃないんだから。
特にそこのあなた。高額投げ銭付きでせっかく目立つところを草の一言で済ませるんじゃない。こっちは草じゃないんだよ。
あとそっちの人。かわいそうだと思うなら今は投げないでほしい。絶対かわいそうだなんて思ってないでしょ。
「わかりました。それなら私にも考えがあります。今からこの枠が終わるまでのスパチャの一部はおじいさんに渡します。だからそのくらいにしましょう?」
「朱音、たぶんそれ効果ないよ……」
〈*ペトラ:いいよ;250〉
〈ルヴィアにこの部屋を作ってくれた立役者に金を払えるだと!?;600〉
〈やったぜ;500〉
〈*ゲンゴロウ:お嬢の反応に払ってるんだからその後どこに行こうが変わらんぞ;500〉
〈そうだそうだ!;1000〉
〈;15000〉
なんで喜んでるのこの人たち。私に対して払っているわけですらないの? なんなの?
なに? 私が困っているから投げたいってこと? もはや喜べすらしないけど、貰っている以上は嫌がることもできない私の反応がそんなに面白い?
ねえそこの君。15000円は無言でポンと置くものじゃないんだよ。ねえ。
「あの、そろそろ本当に……私、お金に困ってませんから、そういうのは他の方に……」
〈*ゲンゴロウ:お嬢だからいいんだが?;600〉
〈ゲンゴロウニキの金額が上がっている……!?〉
〈俺たちはお嬢に助けられてるんだから、このくらい受け取ってくれ;700〉
〈*シルバ:これは俺らの気持ちだから;5000〉
〈まあ黙って受け取ってくれよ;4000〉
〈ちらほら他のトップ組もいるな〉
〈シルバのそれはもはや(ニマニマ)だろ〉
〈いつかこのくらいじゃ動じないような大物になるんだぞ;8000〉
だめだ、止まるどころかどんどん金額が増えている。このままだと本当に収拾がつかなくなる。
皆は楽しいみたいだけど、私はこの状況を楽しめるほど豪胆じゃないんだよね。この投げ銭の嵐が生活費に回ることはまずないくらいの何不自由ない暮らしをしている私でも、これは焦る。ありがたいの奥にあるものとはいえ、怖いものは怖いのだ。
「……ねえ朱音、早くスパチャ読んで終わろ? 投げられるより早く読んじゃえば終われるよ?」
「いや、それはそうなんだけど……でもそれは違うじゃない。向こうは曲りなりにも自分のお金を使って私とコミュニケーションを取ろうとしてるんだから、無理やり終わらせるのはさすがになんか違うというか……」
「そう言うとは思ってたけど、そういうところだよ朱音」
〈そうだぞお嬢、そういうとこだぞ;4000〉
〈さすが橙乃ちゃんわかってるー〉
〈*ゲンゴロウ:そんなお嬢だから安心して投げられるんだよな;1000〉
〈ゲンゴロウニキが一度に四桁投げてる……明日は雨か〉
〈お嬢のそういうとこが好きなんだよ;20000〉
うん、わかってる。こういうとき私が甘いというか、自分以外が被害を受けない時に非情なことをできないのは自覚しているんだ。
だけどさ、そろそろいいでしょ? もう休ませてよ、さすがにもう疲れたよ……。
リスナーの さつたばビンタ!
こうかはいまひとつのようだ……
あかねは こんらんした!▼




