113.コミュ力お化けは時々手品を使う
翌日です。日曜日。
「はいどうもこんにちは、ルヴィアです。昨日札束と硬貨で殴られた頬がまだ痛いです」
〈え、どしたん〉
〈草〉
〈もっとどっしり構えろよ〉
〈あれ効いてたのか……〉
〈超のつくお嬢様を100円からわからせられる!?〉
リスナーたちが私のことをなんだと思っているのかわからないんだけど、昨晩思いっきり投げ銭の暴力に曝されたことは間違いない。普段のような散発的なものやファインプレーへの喝采ならともかく、何もしていないのにあれだけ投げつけられたら私だって怖い。
「勘違いされているかもしれませんけど、私は決してカードでしか買い物したことがないような箱入り娘ではありませんからね?」
〈えっそうなの〉
〈マジか……〉
〈お嬢百円玉とか持ったことあるのか……〉
〈お釣りで十円玉貰うお嬢とか解釈違いなんだが〉
「解釈違いもなにも事実なんですよ。お小遣いも月7桁だとか、そういう常識外の金額ではありませんよ」
〈うせやん……〉
〈月数百万貰って株とかやってると思ってた〉
〈あの九鬼の娘なのに〉
〈お嬢がたった6桁のお小遣いでやりくり……スパチャしなきゃ〉
「さてはおちょくってますね皆さん?」
やってない、さすがに投資はやってない。別に事業を持ったりもしていない。あと6桁は“たった”じゃないよね? やりくりどころか、本当に体がよくなってからは私ずっと持て余してるからね? むしろ「6桁も貰ってるのか」って言わせるための突っ込み待ちだったんだよ?
そもそも考えてみてほしい。妹が数年前から芸能活動で自分のお小遣いは自分で稼いでいる(いや、女子高生のお小遣いと呼ぶには桁が4~5個多いけど)のに、私だけ何もしないまま毎月敏腕サラリーマンの月収並の額が口座に振り込まれるいたたまれなさを。
つい半年くらい前までは普通の女子大生ライフだとかなんとか言っていたけど、あれは実のところ現実逃避だ。さすがに何もせず謳歌するのは気が引けるし、何事もなく進学したら父のもとで勉強するつもりだった。
ちなみに後から知ったんだけど、私のその方針は周りの誰にも望まれていなかった。家族も親友たちもさらにその家族も、満場一致で暗躍した結果があの番組の自宅突撃だったのだ。なんと水波ちゃんまで知っていたから、本当に知らぬは私ばかりだった。
「だけどですね、この配信業はものすごく楽しいんです。もはや仕事と呼ぶのも嫌なくらい。なのに私、今月はもうお小遣いなしでも人間を二家族くらいは飼えちゃうんですよ。おかしいですよこんなの」
〈真面目なんだね〉
〈まっすぐでえらい;500〉
〈人間のこと飼うって言ってるこの子〉
〈そういうこと言うから金で殴られるんだぞ〉
配信サービスの方に投げ銭を受け付けないようにする設定はあるんだけど、私はDCOの公式配信者。少なくともログイン中の配信で簡単に収益を切ることはできない。
それがわかっているから彼らは笑顔あるいはニヤけ面で小銭を投げてくるのだ。このやろう。
そろそろ本題に入ろう。
「今は昼王都に来ていますが、すぐに発ちます。まずは東、それから西ですね」
昨日は夜の方の前線を少しだけ見に行ったけど、今日は昼側。ペトラさんとメイさんの唯装ダンジョンや双剣魔銃の解放を見に行っている間に、どちらも攻略は少しずつ進んでいたのだ。
〈昨日見てなかったんだけど夜どんなだったん?〉
〈おっと攻略組が見てるぞ〉
〈wikiと掲示板見れば……〉
〈お嬢の感覚で聞きたいんだけど、アーカイブ見る暇はなくて〉
「アーカイブは毎回全編見るものじゃありませんからね。たぶんそこは切り抜きも出ないでしょうし、ちょっとおさらいしておきましょうか」
これを明言するのは少し申し訳ないんだけど、私も気持ちはわかるんだ。
掲示板の情報は雑多で斜め読みしづらいし、現在wikiを編集しているのは主に非攻略組だ。中堅勢や観戦勢ならそれでも充分なんだけど、自分に関わってくる攻略組にとっては少し情報の精度が足りない。
だから実際に見てきた攻略組の言葉を聞くのが一番確実だったりする。そういう人は多いんだよね。私は可能な限り自分で見に行くけど、それが難しければ普通に幼馴染たちに聞くし。
……という話は、思ったらちゃんと説明しておくことにしている。傍から見ているとわかりづらい感覚だし、それで印象を悪くされたら私も困りかねないからね。
「というか、たぶんフィアさんたちと別れた後は見ていない方も多いですよね。私にも同接の数は見えています」
〈くっ……お嬢にはお見通しか〉
〈よくわかってるじゃねえか〉
〈ゴーレム戦からあそこまで同接倍くらいいたもんな〉
とはいえ、これは簡潔にいこう。見ていた人は知っているし。さっそく出発して、飛びながら移動時間で説明するくらいで充分だ。
……ああ、これは質問が多そうだから先に答えておこうか。
「まずサブタイトル、《DragoRagazza Catenaccio》の意味ですが、これはイタリア語です」
直訳すると、竜少女の閂となる。
「Catenaccioはサッカーをご存知の方ならわかりますね。戦術のカテナチオと同じ言葉です」
〈なんでわかるんだ……〉
〈カタカナ発音してくれるお嬢やさしい〉
〈お嬢何ヶ国語いけるん?〉
〈カテナチオカウンターだ!〉
ちゃんと話せるのは日本語と祖母の母語であるドイツ語、あとは英語くらいだ。イタリア語とフランス語はほんのちょっとだけ。他は厳しいかな。
じゃなくて、このくらいならちょっと検索すればわかると思うよ。スタッフも調べてもわからないようなサブタイトルはつけないだろうし。
「DragoRagazzaはそのまま、『竜少女』でいいでしょうね。ただ、Catenaccioは捻ってありそうです。閂、鍵、ストッパー……あるいはもっと大まかに、守りとか? まあ、いずれわかるかと」
〈せやな〉
〈よくわからなかった〉
〈ドラゴが竜なのはわかるぞ〉
〈*シルバ:お嬢に任せとこ(小声)〉
〈おい攻略組〉
「ヴォログの周囲ですが、基本的には狼多めでした。狼6、熊ウサギが合わせて2、残りがゴブリンですね。名前そのままというか、名前の方を寄せたというか……」
〈フィーレンの時はまだ後付けだったのに〉
〈やっぱり運営言葉遊び好きだよな〉
〈これイタリア人にはわからんやつでは〉
ちなみにあそこの元になったであろうボローニャの綴りは“Bologna”。なんと頭文字がすげ変わっている。日本人にしか伝わらない、カタカナ重視のネーミングだった。
日本語でいうならタとチャを混同されたようなもどかしさもあるけど、そうつける日本人の気持ちもわかるし……という、複雑なところだった。
「攻略ポイントは単純でしたよ。さらに少し先の関所が魔物に占領されていました。狼とウェアウルフの中間みたいな魔物が主力。現地では“狼原人”と呼ばれていましたね」
〈狼原人〉
〈原人は草〉
〈でもそんな感じなんだよな〉
総じて攻略規模はあまり大きくはない。フィーレンで頑張っていた攻略組が雪崩込んでいる現状を見るに、一両日中にさほど労せずして突破できるだろう。
私としては、もう少し各地を飛び回っていられそうという感想だった。あの規模なら私が出張るのはおそらく逆効果だ。だって皆、私が来ると無理してお祭り騒ぎしようとするんだもの……。
「さて、着きましたね。昼界最前線、の一個手前。名を《如良》といいます」
〈ここが如良か〉
〈ぱんけーき〉
〈前にちらっと言ってたとこ?〉
夜の方もそうだったんだけど、私は長らく前線を離れて助っ人に回っていた。その期間なんと一週間以上だ。前線に足を運んだのは昨日で8日ぶりだったりする。
その期間、攻略組の皆さんも何もしていなかったわけではない。夜界は手付かずのところからヴォログを攻略直前まで進めているし、昼界は一つ解放してその次を攻略中である。
その解放を完遂されたのが、ここ《如良》。今はもう平和な街で、よその街との正規交流も始まっている。
「夜津さんのパンケーキクエストの時に名前が出ていましたね。結局あれは私が聞くだけ聞いて他の人……クレハに任せましたけど」
〈あれクレハがやってたのか〉
〈クレハが気に入られたらしいぞ〉
〈あの子エクストラにしか懐かないっぽい〉
「そうなんですよね。私が聞きに行ったらあっさり進展して拍子抜けだったんですけど、あの子どうやらエクストラ進化したプレイヤーにしか心を開かなかったらしくて」
それなら確かに、私に回ってくるまで難航するのも納得だ。あの時点で昼界にいたエクストラは私とクレハだけだったから。
さすがにまだその区分は使わないと思っていたから油断していたんだけど……まあ、クレハがフォローしてくれてよかった。
「その時に話題に上がった通り、ここには牧場があります。あまり大規模ではありませんが」
夜津さんによるクエストの概要は、その時点では如良でしか手に入らない状態だった卵と牛乳の納品と料理人の派遣だ。つまりこの街には卵と牛乳が作れる環境があるということになる。
いざ来てみると先入観ほど大規模ではなかったんだけど、確かに牧場や鶏舎はあった。ただ、この辺りでの消費を支える程度の小さな規模だった。地産地消というのが適切だろう。
「では如良の特色はというと、絡繰でした。機構やものづくりが盛んだったようですね。スキルでいうと、《細工》です」
「そう、ここ如良は細工の街なのです」
〈うお〉
〈エルジュちゃんだ〉
〈ああ、そらここにいるか〉
〈相変わらず配信映りが上手いなこの子〉
街を歩きながら話していると、突然真後ろから声。振り返らずにカメラを動かしてやると、画面には身軽な装いのエルジュちゃんが映った。
私は魔力覚でわかっちゃったから驚けなかったけど、演出的にはバッチリである。本当にこの子、よくわかっている。
「む、ルヴィアさん驚いてくれない。ずるいよそれ」
「わかっちゃうから仕方ないんだよ。全方位レーダーみたいなものなの」
〈おや、お嬢がタメだ〉
〈いつのまにそんなに仲良くなったんだ……〉
〈さすがエルジュちゃん〉
〈さすエル〉
トップ細工師のエルジュちゃん。露店広場で知り合った生産組の中では唯一の年下で、特に仲のいい相手だ。
交流しているうちにあれよあれよと距離を縮められて、気づけば敬語を外されていた。ちなみに無自覚だった。作業台での手さばきと合わせて見るに、たぶんこの子はマジシャンか何かだと思う。
「といっても、今は別に恩恵があるわけじゃないんだけどね」
「そう、まだなんですよね。ここの住民による工場は動いていません」
どうも製法や働き手、材料などが散逸してしまっているようで、この街の代名詞であるという工場は止まってしまっている。露骨にクエストやイベントがありそうということで、それに備えた一部のプレイヤーはここに拠点を置いているようだ。
「そういうわけで、如良はまだまだイベントが残されていそうです」
「いつ何が起こってもすぐ参加できるように、私も今のうちこっちに拠点を移してるのです」
〈最近広場にいないと思ったらそこか〉
〈情報助かる〉
〈よし、今から行くか〉
〈まだポータル開けてねえや……〉
ちなみに、私の行きつけの皆さんの中で拠点を王都以外に移しているのは現状二人。ガインさんは先日からフィーレンへと移っている。あちらは純粋に恩恵があるからね。
「ところでルヴィアさん、何かいい素材ない?」
「そうだなぁ……石系と植物系ならちょっとあるよ」
「あ、助かるー。《ドレインペタル》、かなり良さげなんだよね」
〈お、戦闘職と生産職ぽい会話だ〉
〈ええやん〉
〈エルジュちゃんがレア仕入れてる!〉
実は私、ここ一週間くらいはクラフターと会っていなかったこともあって素材を整理していなかった。安いものは組合に納品しているし、海の時にひととおり卸していたから溢れはしなかったけど、そろそろインベントリがいっぱいだ。
つまりここ二回のダンジョンアタックで入手した素材は持ったまま。ダンジョン産ということは、すなわち参加したパーティメンバーしか持っていない希少素材ばかりだ。
例えば《宿り木の小路》の《ドレインフラワー》。これは他の場所では未確認だから、ドロップアイテム全てが限定品だ。花びら部分の《ドレインペタル》は《細工》に、根っこの《吸命根》は《錬金》に活用できる。
そして当然、こういう素材は同時期の通常素材よりも質がいい。トッププレイヤーがダンジョンを探す理由はここにもあるのだ。
「あ、この《フリントクリスタル》すっごく良い。でもボス素材か……たかそー」
「自覚はあると思うけど、エルジュちゃんが買ってくれなきゃ誰も買ってくれないけどね」
「まあね。おいくら?」
「《フリントゴーレム》はフィールド出現がいつあるかわからないから、ちょっと安くしておくね。ペタルが一個30、クリスタルは90でいいよ」
「ありがとー、やっぱり持つべきものは友達だね!」
〈素材一個で90万……!?〉
〈ボス素材でもないのに300K!?!?〉
〈やっぱトップは違うな……〉
〈ダンジョンすげえわ〉
〈唯装ダンジョンは最前線勢でも難しいからな〉
希少で最高級品となれば、当然ながら値段は高くなる。売るも買うもということで、プレイヤーメイド最高品質も当然そうなっている。今や高くて1M、すなわち100万の世界だ。
ただ、では値段に合わせて性能まで圧倒的なのかと言われると、実はそこまでではない。希少価値も含まれての値段だから、ダンジョンに潜らずともプレイヤーレベルと実力次第ではなんとかなる。……まあ、唯装ダンジョンに潜るようなトップ勢はレベルもPSも隙はないんだけどね。
とはいえ、近づくことはできる。自分も難関ダンジョンの攻略に参加すればいいのだ。一度でも参加して完遂できれば、一気にリソースが整って追いつくことも可能だ。
最近だと、巴ちゃんがそのパターンだった。交友関係もあったとはいえ、彼女は実力でダンジョンパーティの穴埋めに求められた好例だろう。
「ただ、正直ちょっと不健全な状態ではありますよね。じきに古いものから順にダンジョン解放や限定Mob再登場なんかがあるはず、と巷では噂ですね」
「というか、それは私たちにとっても欲しいんだよね。高い以前に、そもそも使っちゃったらその素材がないから」
〈それは確かに〉
〈The 黎明期〉
〈まだ1ヶ月経ってないからね〉
このあたりはまだよく分かっていないことが多い。私は流れでダンジョン解放に必要らしいダンジョンコアを二つ持っているから、最大級の当事者でもあるんだど……。
「ちなみに、その噂は事実です」
「…………ルヴィアさん、何か知ってるね?」
「今日、《荒れ果てた神宮》を解放しに行くの」
〈 〉
〈え〉
〈なんて?〉
〈マジ!?〉
〈そういうことは早く言えよお嬢!!!〉
エルジュ「ルヴィアさんルヴィアさん、それなら素材欲しい!」
ルヴィア「そんなエルジュちゃんに残念なお知らせなんだけど、あそこの素材はもう前線では型落ちだと思うよ」
エルジュ「あぅ」




