111.0男10女の露喰さんチ!
エヴァさんと別れて、ムービーモード(私が近づく前からフィアさんの視点で発生していたようで、介入したら巻き込まれる形で切り替わっていた。まだまだ謎が多い仕様だ)が解ける。
見渡しても誰もいないフィールドでなんとなく察してはいたけど、この辺りの土地は本当に誰も通らないらしい。ひとけの少ない門を潜ると、そこには知っている顔がみっつ。
「ルヴィアさん、ご無事でしたか」
「なんとか。今回ばかりは一度死ぬかと思いましたけど……」
「そうでしょうね……」
〈お嬢の生存能力よ〉
〈イチョウちゃんがしおらしい〉
〈クレハが絡まないだけでこんな大人しくなるんかこの子〉
三人とも素直に私の身を案じてくれていた。なにしろドラゴン、それも典型的な造形をした真っ赤な西洋竜だ。どう考えてもグランドオープンから三週間で戦う敵じゃないし、現にわかりやすい負けイベントだった。
私もさすがに初デスを覚悟した。結果的にはエヴァさんが介入するイベントだったから生き残ったんだけど……なんかそろそろ、不沈艦とか呼ばれそうだね私。
一方でジュリアだけは追いついてきていた。連携を探る余裕すらない実力差だったから介入はなかったけど、後方で逃げ遅れかけていたフィアさんとセレニアさんを助けてくれたのは彼女だ。
それがわかっていたようで、どことなく不満げなひともいた。
「やっぱり飛行は便利なのだ。トトラも早く進化したいのだ……」
「私達もついていけるといいんですけど……」
「仕方ありませんわ。ルヴィア姉様と私は不具合のようなものですから」
〈自分で言うのか……〉
〈不具合を自称してるんだけど〉
〈*フリューリンク:この子そういうとこあるんです〉
〈フリューちゃんよう知っとる〉
ジュリア、自らをバグ扱い。いや実際その通りなんだけどね、竜人プレイヤーを想定されていたのは低くてレベル50だったんだから。
だけどねジュリア、その言葉にはちょっと異議がある。
「竜人はともかく、精霊は運営の想定通りだと思うけど」
「運営様の想定では、精霊は純後衛のはずでございましょう? 少なくとも剣を握る精霊はまだ不具合かと」
〈それはそう〉
〈ジュリアが正しい〉
〈そうだぞお嬢、あんたもバグだぞ〉
〈自覚しろお嬢〉
それを言われると弱い。確かに開幕からいきなり魔法剣士をやり始めるのは普通ではなかった。
「でもですね、魔法剣士は少しずつ出始めてはいるんですよ。魔術を併用するという意味ではジュリアもそうですし、クレハだって。後方には私と同じようなスタイルも……」
「ううん……でも、ちょっと併用するくらいではそう呼ぶには微妙ですし……フィーレンやヴォログではルヴィアさんみたいな魔術剣士は他に見たことがありませんよ?」
「ほら、フィアさんもこう言ってるのだ。言い逃れは見苦しいのだ」
「さてはトトラさん、私は多少雑に扱われても気にしないと見抜きましたね?」
「雑なのは話の逸らし方なのだ!」
〈草〉
〈トトラちゃん配信慣れしてんね〉
〈この口調RPでそれやると面白いななんか〉
〈口角上がってるぞトトラちゃん〉
おかしいな、なぜか全く味方がいないぞ。フィアさんにまで突っ込みをいれられてしまったし、トトラさんは取調室の警察官みたいな調子になってきた。
いや、確かにそうだけどね? でも間違いなく私の後ろには人がいるんだ。もう誰もいないところを二人きりで突っ走っているクレハやジュリアとは違う。
とにかく、私は普通の延長線上にいるのだ。たぶん。
街の中でもドラゴンが出たことは知れ渡っていたようで、少しピリピリしていた組合の空気は私たちが入ってきたことで一気に弛緩。助けてくれたエヴァさんの名前には納得を返され、フィアさんもセレニアさんも無事を喜ばれていた。
特に臨時で王都の組合から応援に来ているという受付嬢の女の子の喜びようは相当なもので、抱きつかれたフィアさんがたまらず私を恩人と紹介すると視線が急旋回。きらきらおめめを向けられた私は、自分の武勇伝を自分で語るはめになった。
そんな受付嬢さんに対する一通りの説明と、彼女からのこれで三度目となるお礼を経て、ようやく組合に併設された酒場に移動。適当に飲み物と軽食を頼んで一息つく。
というのも、エヴァさんと別れた直後に私とジュリアは呼び止められたのだ。話したいことがあるから、もうしばらく一緒に来てくれないかと。
連れがいるから合流したいと言ったら了承してくれたし、私の配信もそのままでいいと言われている。だから秘密の話というわけではないんだろうけど……。
「それで、お話というのは?」
「……ええ。そうですわね」
なおも何やら考えていた様子のフィアさんとセレニアさんだったけど、しばらくすると意を決したように二人は話し始めた。
赤くなって勝手に位置を変えるカメラ……え、またムービーモード? さっきやったばっかりだよね?
「さっきの火竜について、お話しておきますね」
「ああ、そうでした」
「はい?」
「ジュリアさん、なにか?」
「私、前にもあれを見たことがあったのです」
そういえば、言っていたっけ。
なんでもジュリア、フィーレン攻略戦の最終盤に孤立しながらも奮闘していたタイミングがあったようで、一時的に他のパーティから確認できない状態になっていたそうだ。
その時に、赤い竜を見たと。昼側にいた《ヘビーメイルベア》と同等のレイド級エネミーである《ミノタウルス》をやすやすと倒して、そのまま持っていってしまったのだとか。
「そんなことが……」
「でも、ありえますわね。今のあの方は汚染を受けて暴走状態。ふらっと現れて適当な何かを荒らしていくなんてことは十分に考えられますわ」
その時は全員ギリギリの戦いで消耗していたし、わけがわからない現象かつ一瞬のできごとだったこともあって、全員が報告を忘れていたらしい。後から思い出してクレハの配信中に話していた。
私は切り抜きや掲示板も見たし、リアルで直接聞きもしたから把握していた。しかしフィアさんとセレニアさんにとっては初耳だったようだ。
「……あの火竜も、汚染された存在です。あなたたちが救ってくださったという、《夜草神社》の面々や水葵さんと同じですね」
「名前は《火燐》、《露喰姉妹》という竜人の姉妹で、わたくしたちにとっては姉弟子にあたる方々のひとりですわ」
その竜の名は、露喰火燐、というらしい。彼女たち姉妹が今度の夜界のラスボス、ということになるのだろうか。
姉弟子ということは、彼女たちも本来はプリムさんとエヴァさんの弟子なのだろう。プリムさんとエヴァさんもかなり若いはず(《ヴァンパイアハンターハンターズ》での公式設定は19歳だった。アメリアさんのように変わっていても、外見的に吸血鬼の中では若いほうのはずだ)だけど、もう複数の弟子を持って育てているらしい。
あのどこか超然としたオーラも飾りではないということか。
……言葉にするとややこしいね、このあたり。セルナージュ姉妹、ローカルド姉妹、露喰姉妹と三つも姉妹の関係があって、どれをまとめて代名詞にする時も「彼女たち」だ。頭の中を整理しながら考えなければ。
「露喰姉妹、ですか。初めてお聞きする名前ですが……」
「このあたりでは少し有名な方々ですよ。もっと北の方に行かないと竜人は珍しいですし、姉弟子とはいっても私たちとは比べものにならないくらい強いですから。実力的には、先生たちと近いくらいです」
この辺りの情報には、さほど驚きはなかった。バージョン0で最後に戦った梨華さんも、先日のイベントで相対した水葵さんも、本来なら現状のプレイヤー陣とは比較もできないような強者たちだ。
その二人と比べれば、むしろ有情なくらいだろう。ボスとなった時の能力と本来の強さに法則性はなさそうだし、何の安心もできないんだけど。
あと、地味に新しい情報が挟まったね。夜界において竜人は北の方にいる種族であるようだ。……ひとり、この場にもいるのは置いておく。
「あのっ、どんな方々なんですか?」
「普段は優しくて、気のいいひとたちですよ。元の姿に戻れなくなるほど汚染されてしまっているようで、私たちも少しショックです」
「それぞれが全く違う特色を持った、色とりどりの竜人姉妹といえますわね。十姉妹の大所帯ですが、顔と名前を一致させるのは難しくありませんわ」
……ちょっと待った。
「十姉妹、ですか?」
「ええ。竜人は人間とは少し生態が違いますから、きょうだいが多いんです。それにしても、十人姉妹は多いほうですけれど」
「……つまり、十方面作戦……昼の方とも同時進行になるのに……?」
少しばかり声が震えるのは許してほしい。さすがに衝撃的だったのだ。
バージョン0の最後、精鋭部隊をかき集めて特性ごとに七分割しただけでも大変だったのに、今度は十。
しかも昼界の攻略とも重なるから、それをエース級は半分でやることになる。全体の戦力は大きく増すだろうけど……前回のボス攻略に参加したプレイヤーの割合はさらに減る。最悪の場合一体に割ける戦力は全体の20分の1、350人いた夜草レイド参加者を均等に分ければわずかに17~8人。つまりレイド48人のうち約三分の二を新戦力で埋めることになるわけだ。
そしてこれは、ひとりにつき1レイドで攻略できる場合。もしもそうでなければさらに割合は減る。経験者の割合が減れば減るほど、それだけ全体の統率は難しくなる。
「ルヴィア姉様、さては自分が総大将になる前提で考えを広げておりますわね?」
「……そうなるでしょ。たぶん、他にできる人がいない」
「自分で認めたのだ」
「そうでしょうねぇ」
「まだ、そうと決まったわけでは……」
……ああ、そうだ。ウケタさんの言う通り、何もまだ露喰姉妹がバージョンボスだと確定したわけではない。
例えば彼女たちが、途中で出てくる各個撃破型のボスなら、まだなんとか……。
「お二方。仮に我々がその方々と全面衝突するとすれば、それはいつごろになりそうか、お分かりになりますか?」
「そう、ですわね……今のところ、この《ヴァナヘイム》にあれ以上の汚染された大勢力は確認されておりませんわ」
「東のほうへ飛び去っていきましたし、拠点が海の向こうにあるとするなら……ヴァナヘイム解放の最後の壁になる可能性が、高いと思います」
……だめらしいです。この言い方、ほぼ間違いなくバージョンボスだ。
それどころか、カメラがこれまでに一度しか見たことのない色になっている。どこからか重厚な音楽まで聞こえてきて……視界端のメニューショートカットには重要通知を示す黄色のエフェクトが点灯している。
でも、この演出には覚えがあった。……これは昼の王都で、悠二さんに紗那さんの失踪を聞かされた時に見たものと同じ。
つまり、そう───幻夜界でもやはり、物語が始まるのだ。
《Dual Chronicle Online ver.1 Side:Night》
《───DragoRagazza Catenaccio───》
ルヴィア「ちなみに『ドラゴラガッツァ・カテナチオ』と読みます」
メイ「カテナチオカウンターだ!」
ユナ「え!?」
イシュカ「カテ……なんですって?」
一部には《異世界剣客の物語帳》と同様の描写があったりします。というか今回のパーティメンバーたちは向こうのメインキャラです。