110.やっぱり異能生存体じゃないか
超加速。魔力ブーストも使ってトップスピードに乗せ、何かを感じた方へ。
魔力覚が捉えたのは、あまりにも大きな火属性の魔力。その大きさはどう考えても街のそばにあってはならないものだ。
やがて前方にあるものを、視覚でもはっきりと認識した。
ドラゴンだ。赤く大きな鱗、広げられた翼、鋭利な爪と牙。実際に見るのは初めての私でもわかる、その驚異的な存在感。
そしてその近くには───見覚えのある二つの顔。傷だらけになりながらも必死に回避と応戦を繰り返す二人に声を掛けるよりも先に、私はそのスピードのままドラゴンへ突っ込んだ。
「っ、や、あッ!!」
「ッ!?!?」
DCOでは物理演算がかなり忠実に再現されていて、勢いがついているとその分が攻撃にも加算される。それを考慮して、ここは受け流さずに弾く《バスターパリィ》。
なんとか押し負けずに済んだようで、今まさに振り下ろされんとしていたドラゴンの爪は後方へ大きく弾かれた。
そこでドラゴンの視線は元の獲物を離れ、鬱陶しい虫を見るような視線が私を射抜く。それだけで、私は心の底からすくみ上がるような寒気を覚えた。
○??? Lv.??
属性:火
状態:汚染
名前もレベルもわからない。まず相手にならないような戦力差があるということだ。まともにやりあっても、まず勝てないだろう。
でも、だからといって逃げるというわけにはいかない。
「……ルヴィア、さん?」
「逃げてください! たぶん私でも長くはもちません!!」
「は、はいっ……セレニア、立って……」
「……っ、…………!」
たった今までドラゴンに狙われていた二人……フィアさんとセレニアさんは、緊張の糸が切れてしまったのか動きが鈍い。その上セレニアさんは傷も受けているようで、両手で右脚を押さえていた。
私のことを案じてなのだろうか、こちらから視線を外すことができないようだ。自分たちが逃げたら私が、と考えてしまっているのだろう。彼女たちは数度接しただけの私にもわかるほど優しいから、無理もないけど。
でも、これはゲームだ。私たちにとっては。
「私には《緊急退避》があります!! 時間を稼ぎますから、早く!!」
「ぁ……は、ぃっ……」
……逆効果だったかもしれない。私は住民が持たない安全装置があるから大丈夫だと言ったつもりだったんだけど、フィアさんの顔には「私が死ぬような目に遭う」ことを理解してしまったと大書されている。このあたり、私たちと彼らの感覚は大きく違うのだ。
でも、この二人には《緊急退避》はない。なんとか二人が気を取り直して逃げるまで耐えなければ。
しかし余計なことを考えている余裕があったのはそこまで。邪魔をした上に獲物の前に立ち塞がった私を完全に敵として認識したようで、ドラゴンが動き出した。
さっきの不意討ちとはわけが違う、明確に私へ向けて放たれる攻撃。しかも私のほうにはもうSTRの代わりになった勢いはない。さっき弾いたのと同じ爪でも、もう跳ね返すことはできないだろう。
いっそ回避したいところだけど、後方には裂傷を受けたセレニアさんがいまだ立ち上がれずにいる。痛覚のカットが行われているのはゲームの仕様であって、住民は怪我をすれば痛いのだ。
「ぐっ、う……!」
「ルヴィアさん!?」
「大丈夫です! このくらいなら、もうしばらくはもちますから」
全力で《ドラッグパリィ》……流しきれずに反動を受けてしまった。ほんの少しだけ衝撃を《セーフティパリィ》の軽減越しに浴びただけのはずなのに、HPゲージはあっさり3割が削れている。
一目でわかってはいたけれど、彼我の差は比較すらおこがましいものがある。攻撃なんてまず考える余裕がないし、専念したところで防御力も足りない。《植物魔術》で回復こそしたが、私の気力かMPが尽きればその時点で戦闘が終わるだろう。
「《フォトシンセサイズ》……さすがに厄介だな」
「…………ッ!!」
「こ、のっ!!」
少しでも気を引いて横を向かせ、しかし二人との間には割り込まれないように気を払って、少しでも衝撃を受けないように体と《魔力飛行》を使いながら爪を受け流す。
一呼吸空くたびに《植物魔術》。回復量は足りているけど、このためにずっと詠唱を続けているせいでパリィの難易度はさらに上がっている。
「そう、いい子。こっちだよ、あなたの餌は私」
「───ッ!」
「そ、れッ!!」
それでもなんとか、ドラゴンの意識は完全に二人から逸らせたようだ。完全にジリ貧だけど、目的は果たせそうで正直ちょっと安堵している。
問題は退避にまだ時間がかかりそうだった二人だけど……視界の端に見えた、どうやらジュリアが追ってきてくれたようだ。迂闊なヘイト変更が命取りになると一瞬で把握したようで、声を掛けることもなくセレニアさんに肩を貸している。
何はともあれ、これでなんとか二人を助けることはできそうだ。代償として私は初めてのデスペナを払うことになるけど、その程度で済むならフィアさんとセレニアさんの命とは比べるべくもない。
……なんて、少し気が緩んだ───のとは、関係ないのだろう。目の前の暴威が気まぐれに、より殲滅的な手段に切り替えただけ。私にはそもそも対処する手段がない。
「ルヴィアさんっ」
「さすがに、これは……」
大きく息を吸い込んだドラゴンを前に、私は立ち尽くすだけ。離れすぎたら標的が変わってしまうし、この場に居続ければまず間違いなくHPは消し飛ぶ。せめて悪あがきのフリくらいはしようかと身構えた……その瞬間、私の視界に何が割り込んだ。
「ほら、ダメだよ。それ以上はやらせない」
「ッ……!!」
「わたしの間合いでは、ブレスを吐く隙なんてあげない。今もそのくらいはわかるよね、《火燐》」
ブレスは不発に終わっていた。発射の直前、割り込んだ少女が握る双剣に喉元を挟まれていたのだ。
輪郭が見えなかった……いや、見えない。実体はあるはずなのに、まるで霧のように魔力が拡散して揺れている。
「……逃げられちゃったか。きみ、大丈夫?」
「は、はい……あなたは」
正気を失っていたように見えるドラゴンだけど、まるで本能的な怯えでもあるかのようにがらりと態度を変えてみせた。それが逃げるように飛び去っていくと、少女はこちらへ振り返って声をかけた。
艶やかなブロンドのロングヘア、豊満ながら引き締まったスタイル。背中に生えた大きな蝙蝠羽、口許に覗く鋭く伸びた犬歯……吸血鬼の特徴。一目でわかる業物の双剣。そして何より、魔力ごと実体が緩んで霧のようになった体。
間違いない。私は彼女を知っている。その名は、
「エヴァさん!」
「し、師匠……!」
私が次の言葉を発する前に、反応を見せたのはフィアさんとセレニアさんだった。
《ヴァンパイアハンターハンターズ》。九津堂を代表する2Dアクションゲームだ。
吸血鬼たちの命を狙うヴァンパイアハンターから身を守るため、返り討ちにしながら同胞を助ける二人の吸血鬼。本来は暴走して同胞にすら手がつけられなくなった吸血鬼だけを狩る存在だったヴァンパイアハンターを、裏から扇動しているらしい何者かを倒すため戦いながら進んでいくタイトルである。
プレイヤーキャラクターは二人。大きな魔銃を軽々と扱って遠距離から敵を撃ち抜く姉・プリムと、細くも鋭い双剣を携えて駆け回り機動戦を仕掛ける妹・エヴァのローカルド姉妹だ。ゲームそのものの高い評価もあって、どちらも九津堂屈指の人気キャラクターといっていいだろう。
そのローカルド姉妹の片割れが、目の前に現れた。
エヴァ・ローカルド。《双霧剣キスロップ》と、彼女の代名詞ともいえるあの技もそのままだ。
私は以前、他のタイトルの人気キャラであるアメリアさんとも会っているけど、あちらはファンの間で人気が出たとはいえサブキャラクターだった。紛れもない主人公に出会ったのは初めてである。
「エヴァさん、どうしてここに? 確か、もう少し先のほうに行かれていたような……」
「補給のために戻ってきたんだ。ついでだからってアメリア様に浄化もしていただいて、また東の支援に戻るところだよ」
そんなエヴァさんは今、夜界で汚染と戦っているようだ。物資の補給に戻ったところで、ちょうど道すがらでドラゴンと私たちを見かけたらしい。
それにしても、強かった。私たちでは時間稼ぎすら危うかったあのドラゴンを、あっさり撃退してみせたのだ。まるで一時的に助っ人になってくれる前作主人公のような、圧倒的な無双感があった。……いや、これでも本来なら世界有数の実力者などではないのだろうけど。
「その、師匠、ありがとうございました……」
「違うでしょ? お礼を言うのは私じゃなくて、あの子にだよ」
「そうですわね。ルヴィアさん、本当にありがとうございました」
「私からも。ルヴィアさん、助けにきていただけて、すごく嬉しかったです」
「大丈夫ですよ。私たち来訪者には《緊急退避》があるんですから、危なくなったら迷わず生け贄にしちゃってください」
フィアさんとセレニアさんからお礼を受け取るのはいいんだけど……今この子、師匠って言ったよね?
そういえば二人には師匠がいると言っていたけど、もしかしてそれがエヴァさんだったのだろうか。あるいは、姉のプリムさんも?
「改めて自己紹介するね。わたしはエヴァ・ローカルド、姉と一緒に冒険者をしながらこの子たちの面倒を見ているんだ」
「実は噂は聞いていました。初めまして、エヴァさん。私はルヴィア、来訪者です」
「そういえば、アメリア様も言っていたっけ。来訪者の精霊、こんなに早く会えて嬉しいよ」
エヴァさんはそこで言葉を切って、深々と頭を下げ……えっ、ちょっと、
「そして、私たちの弟子を救ってくれて本当にありがとう。どうお礼をすればいいか……」
「あ、頭を上げてください。先ほども言った通り、私たちの命は仮初の軽いものなんです。だから、これは当然で……」
「それでも、誰かを庇うために強敵の前に立つなんて、簡単にできることじゃない。それに、きみたちの命が仮初でも、きみが救ってくれた命は本物だ」
それを言われると弱いというか、素直に礼を受け取るしかなくなってしまう。私が逆の立場でも、たぶん同じことを言うだろうし。
それに、ここは日本ではない。私たちの意識に浸透している「謙遜は美徳」という感覚は、必ずしも通用するわけではないだろう。あまり感謝を固辞するのは、むしろ失礼かもしれない。
「私たちも、お二人にはよく助けていただいています。来訪者には土地勘がありませんから、案内をしながら一緒に進んでもらえるだけでもとてもありがたいんです。なので、これはお二人への恩返しということで」
「……そうだね、そういうことにしておくよ。私たちもついてあげられなくて不安だったけど、きみたちがいるなら安心かな。これからも二人のことはこき使ってやって、きっと助けになるからさ」
それから、エヴァさんは二人の介抱を試みていたジュリアにも頭を下げる。こちらもおおよそ似たような流れで、多少簡単に解決をみた。
「さてと、わたしはそろそろ行かないと。あんまり遅いとお姉ちゃんに怒られちゃう」
「あ、はいっ。行ってらっしゃい、エヴァさん」
「すぐに来訪者の皆様を連れて助けにいきますので、待っていてくださいませ」
思い出したように翅を広げて飛び発とうとするエヴァさんと、それを見送る二人。私も一声かけようと息を吸い──かけたところで、言いようのない悪寒を覚えた。
戦慄……いや、予感とでもいうべきだろうか。いわゆる“嫌な予感”では済まされないような、DCOの中でしか味わったことのない感覚。でも、確か一度だけ覚えがある。この感覚は、確か……。
「エヴァさん」
「うん?」
「これ、持って行ってください」
私はインベントリを開き、透明な液体が入った瓶を二つ取り出してエヴァさんに差し出した。
「これは……」
「聖水……いえ、《精霊水》です。三又神社の聖水を、私の手で浄化してあります」
「……うん、ありがとう。姉と一緒に、ここぞの時に使わせてもらうよ」
エヴァさんは何かに合点がいったようで、初対面の私からそれを受け取ってくれた。ひとまず、一安心……だろうか。
精霊水とは、水や聖水を精霊が浄化したものだ。精霊が手ずから作る必要がある上にいくつか制約がある面倒な代物ではあるけど、効果は折り紙付き。治癒解毒の作用が結果的に汚染にも効く聖水と違って、精霊水は汚染のような浄化対象に直接効果を及ぼす。
つまり、汚染への効果が高い応急処置だ。エリクサーと呼ぶほど絶対的ではないけれど。
「じゃあ、改めて。またね、ルヴィアさん、ジュリアさん」
「ええ。お元気で」
「はい。またお会いしましょう」
そんなものを今渡されたことに、やはり思うところはあるのだろう。強ばっているというほどではないけれど、エヴァさんの表情は少し引き締まっていた。
さっき感じた、焦燥にも似たような予感。私はあれと同じものを、過去に一度だけ感じたことがある。
夜霧さんだ。あれは失踪直前の暴走しかけた夜霧さんから感じたものと、残酷なほど似通ったものだったのだ。
その感覚を信じるならば……次に彼女と会うのは、敵としてになるのかも、しれない。
「攻撃を喰らわなければダメージは受けないんですよ」
《ヴァンパイアハンターハンターズ》、過去にも何度か名前が出てきたことがありますね。九津堂トップクラスのヒットタイトルであり、2Dアクションの金字塔のひとつであり、イシュカが過去にRTAを走ったことのあるゲームです。




