クルト洋裁店
ヘルミーナに教えてもらった『クルト洋裁店』を目指しながら、俺たち四人は久々に王都の町中を散策していた。
といっても、目指す目的地はそれほど遠いわけでもなく冒険者ギルドから少し離れた所であり、ほどなくして迷わず着くことができた。
店の規模は貴族を相手にしていると聞いていた割にはこじんまりとした店構えで、ヘルミーナのアレクシス魔導具店を少し大きくした程度で、これなら気後れせずに服の依頼ができそうだと安堵したのだが……。そこには、どこかで見た覚えのある少し豪華な造りの馬車が一台止まっていた。
「ここがヘルミーナさんが仰っていた『クルト洋裁店』のようですね。ただ、どうやら先客がおられるようですが……」
「まぁ、何はともあれ目的の仕立て屋に着いたんだ。中に入ってみようぜ!」
ふむ。アメリアの言う通り、中に入らないことには何も始まらない。
「そうですね、お客さんのお相手をされているかもしれませんが、名前と用向きだけでも伝えておけば、次に来るときに話が早いかもしれませんし」
そんなことを話しながら、店の扉を開ける。
「御免くださーい! どなたかいらっしゃいますかー?」
店の中に声を掛けると、とてとてと小さな店員がやって来た。
「いらっしゃいませ。クルト洋裁店にようこそお越し下さいました。ご予約のお客様ですか?」
俺の前に現れたのは、恐らく店主の子供だろう。見た目は五、六歳の子供だった。ただし、耳が普通の人間族よりも少し長い。だが、俺(一応妖精族のエルフ)よりも少し短い女の子だった。
「いえ、新たに服を仕立てようと思いまして、貴族の方にも評判とお聞きしたこちらのお店にお伺いしたのです。ただ、既に先客が居られるようですし、またの機会に改めてお伺いしようかと考えていたところでして」
そんな風に伝えながらも、できれば早めに片付けたいことでもあったので、俺のことが少しでも伝わるようにと、普段掛けている認識阻害の魔法を解いて、改めて話し掛けようとしたのだが、その瞬間に彼女は俺のことを理解したらしい。
「っ!? これは、アサヒナ男爵様、ようこそお越し下さいました。申し訳ございませんが、店主は只今接客中となります。大変申し訳ございませんが、こちらで暫しお待ち下さい。すぐに店主に御来店頂いたことを伝えて参ります!」
「あ、はい」
そう言うと彼女はまたとてとてと店の奥へと向かって行った。ふむ、俺の顔を見たからか、どうやら彼女は俺のことを瞬時に理解したらしい。
今日中に店主に服を依頼できるならそれに越したことはない。こういうことは早めに片付けておきたいものだ。いつ何時、面倒事が降って湧いてくるか全く分からないからな。
「何だか、今日も長くなりそうな気がする」
「はい、私もカミラのその意見に賛成します」
「まぁ、要するにいつも通りってことだよな!」
カミラとセラフィ、それにアメリアまでいったい何を言っているの!?
「いつも通りってどういうことです!? 私は、何にもしていないですよ、少なくとも今回は!」
「「「えぇっ!?」」」
「えぇっ!?」
もう、全くどういうことだよ!?
というか、一体皆は俺のことをどんな風に見ているんだか……。ちょっとだけ憤りに似たモヤモヤとした気分になっていると、店の奥から先程の女の子のとてとてとした足音の他、幾つかの大人の足音が近付いてきた。
どうやら店主だけではないようだと理解した俺は少し警戒しながら、近付く足音とその主が現れるのを待っていたのだが……。
「おや、本当にアサヒナ殿ではないですか。魔動人形をリーンハルト様に献上したとき以来ですね。それにしても、リーンハルト様とパトリック様の御用錬金術師であるアサヒナ殿が王国貴族になられるとは、国王陛下がアサヒナ殿に期待されていることが良く分かります」
「ご無沙汰しております、シュプリンガー伯爵様。私としてはあまり目立たないように暮らしたいのですが、何故かこのようなことになりまして、男爵位を頂くことになったことは、正直に申し上げますと、未だに私自身も困惑している次第でして……」
そう、先ほどのエルフのような女の子と一緒に現れたのは、貴族、それも伯爵位にあるユリアン・フォン・シュプリンガーと、その従者であるゴットハルト・ロンメルであった。
「いえ、お気になさらないで下さい。それよりも、この店の店主に挨拶をしてもらわないといけませんね。さぁ、クルト。アサヒナ男爵にご挨拶を」
「は、はいっ! 私はクルト・シュナイダーと申します、しがない仕立て屋でございます。世間では御貴族様の御用達として知られているようですが、別に御貴族様の服だけしか作っていないわけではなく、たまたまシュプリンガー伯爵様にご贔屓にして頂いたことでそのような噂が立っただけなのですが……。アサヒナ男爵様、是非ともご贔屓に頂けますと幸いです!」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。改めて自己紹介させて頂きますが、ハルト・フォン・アサヒナと申します。つい最近、国王陛下より男爵位を頂きまして、貴族となったばかりの新参者、いえ、成り上がり者と言ったほうが正しいでしょうか。突然貴族になったもので、貴族らしい服装を全く理解しておらず、また持っていなかったので、こちらのお店に服の仕立ての相談にきた次第です。それと、私の四人の家臣についても貴族の家臣として相応しい服装をご相談ができればと思うのですが、本日ご都合はよろしいでしょうか?」
俺はそう言いながらユリアンのほうに視線を向けた。この状況を見れば、明らかに先ほどまでユリアンの相手をしていたはずだ。
それなのに俺が来店したことを聞いて出向いてきたことを考えると……。自ずと面倒なことに巻き込まれたのではないかと察した。というか、先ほどカミラたちが言っていた通りになりそうで、思わずため息が漏れそうになる。
そんな俺の気持ちを差し置いて口を開いたのはユリアンだった。
「アサヒナ殿には申し訳がないのですが、私もクルト殿に依頼をしておりまして。その依頼の品を作るのに難航しているようで、今日は様子を伺いにきたのですが……」
「シ、シュプリンガー伯爵様には、本当に、本当に申し訳ございませんっ! ですが、ご要望頂いた丈夫な生地の用意に難航しておりまして……。正直に申し上げますと、このままでは期日には間に合わない可能性が出てきております……」
クルトはそう言うと、これまでに見たこともないような勢い良く床に額を付けてユリアンに謝った。どうも、ユリアンがクルトに依頼した生地の用意に時間が掛かり過ぎているせいか、他の仕事を受けられない状況のようだ。
「因みに、ユリアン様は何故丈夫な生地をお求めになられておられるのですか?」
「アサヒナ殿もご存知の通り、もうすぐリーンハルト殿下が獣王国へ向かわれます。旅の道中に魔物や盗賊等が現れても同行する王国騎士団が身を挺してリーンハルト様をお守りするでしょう。しかし、不測の事態というものはいつも突然やって参ります。万が一の為にも、リーンハルト様の御身体を守る一助となるようにと、甲冑にも劣らないほど丈夫な生地で服を作れないかとクルトに相談していたのですが……。やはり、難しいようですね」
「甲冑にも劣らないほど丈夫な服ですか……。それにしても、ユリアン様はリーンハルト様のことを大切に思われているのですね」
「当然です! リーンハルト様のことを第一に考えるのは、リーンハルト様の教育係として当然です!」
何というか、魔動人形の時も少し思ったんだけど、ユリアンは本当にリーンハルトのことになると過保護というか、献身的というか。
それにしても甲冑ほど丈夫な生地なんてできるものなんだろうか? そんなものは例えできたとしても、縫い合わせることができない気がするんだが……。
いや、待てよ? それって、もっと簡単な方法で作れるんじゃないだろうか。
リーンハルトの服について、俺はユリアンとクルトに一つの方法を提案することにした。
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