貴族を実感、ハルトの失敗
昨日は王城からの呼び出しで屋敷の使用人との顔合わせのために登城したはずが、ゴットフリートからの依頼でちょっとした仕掛けのある『置き時計』の魔導具を創った結果、報酬として白金板一枚と、男爵の爵位を賜ることになり、そのお祝いとして、いつも通り金色の小麦亭でご馳走でも食べようと皆で向かったのだが……。
マルティナからは大袈裟というか、過剰というか、特別な扱いをされてしまい、周りの席から隔離するように衝立で囲われた特別な席を用意され、更にルッツからは普段目にしたこともない、この世界でも高級とされる材料をふんだんに使った、まさにご馳走というべき料理の数々を振る舞ってくれたのだった。もちろん、お代も相応の金額になったのだが……。
それもこれも俺が貴族となったことが原因らしい。
マルティナ曰く、「噂の貴族様がうちのお店を御贔屓にして下さるのなら、相応の対応は当然さね。それに貴族様とその家臣の方々を平民と同じ場所にはできないからね、当然のことさ」とのことだった。
個人的にはこれまで通りに接して欲しいと頼んだのだが、そんなことは恐れ多いし、例えそれを俺が許容しても他の者がそれを見たときに不敬ではないか、と訴えられる可能性があるらしく、これまでのようには接することはできないと言われてしまった。
うーむ、想像していた以上に、貴族になったことが普段の生活に影響を及ぼしているらしい。ただ、それがこのタイミングで分かっただけでも良かったのかも知れない。
なるほど。確かにマルティナの言うことはもっともだ。ということは、これからは今までと同じ生活というわけにはいかなそうだなぁ……。というか、宿でご飯を食べるだけでこんな感じなんだ。もしかして、冒険者としての活動にも、何らかの影響が出ているんじゃないのか!?
嫌な予感しかしないが、今日のところはマルティナとルッツの歓待というか、ご馳走を皆で頂いて屋敷に戻ることにした。相変わらず、俺以外の皆はエールを飲んでおり、先日同様にヘルミーナを背負って屋敷に戻ることになった。幸い、今回は熱いものを首筋に受けることはなかったが……。
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翌朝、朝食を皆で取った後、今日の予定を確認した。
「本日ですが、午前中にハインツさん一家に住んで頂くお家を倉庫の隣に用意するつもりです。流石に屋敷の中の使用人の部屋では三人で生活して頂くのは狭過ぎると思いますので。それが終わったら久々に神殿へ礼拝に行こうかなと思います」
そう言うとヘルミーナも自身の予定を教えてくれた。
「分かったわ。私はビアンカとカイの三人でお店の開店に向けて準備を進めるわ。それに、明日にはベンノとティニの引っ越しもあるし、その受け入れの準備もしないといけないしね」
ふむ、確かに魔導具店の開店準備も進めなければならない。それに開店に向けて、接客や品出し、陳列、商品の配置や説明等々覚えなければならないことは沢山ある。
「分かりました。ヘルミーナさん、よろしくお願いしますね。アメリアさんとカミラさん、セラフィはどうしますか?」
「「もちろん、ハルトと一緒に行く!」」
「私も主様のアイテムボックスの中で待機致します!」
「分かりました。それではアメリアさんとカミラさん、それにセラフィは私と一緒に行動ですね。よろしくお願いします」
予定を確認した後、早速俺たち四人は屋敷を出ると倉庫の隣の敷地にまでやってきた。もちろん、ハインツ一家が暮らす借家を用意するためだ。ここなら屋敷にも近いし、他の使用人のことを気にせず一家団欒の時を過ごせるだろう。
さて、早速家を建てるに当たり、一家三人とはいえ、それなりに広さが必要だろうと、生前好きだったリフォーム番組の匠を思い起こしながら、今回の家の間取りを二階建ての一軒家としてイメージする。
一階は玄関から入ると来客用の応接室、廊下を挟んで隣にはリビングとダイニングキッチン。応接室の奥には扉を挟んで二階へと続く階段がダイニングキッチンと繋がり、その奥にはトイレとお風呂場を用意する。二階にはハインツとザシャの夫婦専用の部屋と、一応狭いながらもハインツの書斎、それにウォークインクローゼットとヨハンの自室も設けるつもりだ。
そんなイメージを思い起こしながら創造したのが、今、目の前にある二階建ての家屋なのだが、何ということでしょう! この世界、というかこの王国では見掛けない、瓦葺きの、何とも日本的な住宅が光の柱から現れたのだった。
「ハルトの錬金術はいつ見ても凄いな!」
「本当に凄い……。錬金術師が家を建てるなんて聞いたことない」
「流石は主様です!」
「アハハハ……(実は錬金術ではなくて創造なんだけど、まぁ良いや)」
でき上がった家を外から眺める。一瞬ここは日本か? と、感じるような佇まいだが、それ以外に特に問題はなさそうに見える。
「外から見た感じだと、問題なくでき上がったと思うのですが……。念の為、家の中のほうも確認してみましょう」
そんなことを呟きながら玄関から家の中に入ると、早速問題点を見つけてしまった。
「しまった……」
「どうしたんだ、ってこれは……?」
「ん、何か変、かも?」
「……ふむ、主様。この家は土足厳禁のようですね」
そうなのだ。セラフィが指摘したように、この家は靴を脱いで入る日本の住宅だったのだ。恐らく、余りにとある番組を意識し過ぎたせいだろう、完全に俺の失敗だった……。
このマギシュエルデでは基本的に欧米風の文化、つまり靴を履いたまま家の中に入り、生活をしている。もちろん、できるだけ家の中を汚さないように土や埃を落としてから入るのだが。しかし、この家は日本で言う普通の一軒家、つまり、玄関で靴を脱いで『家に上がる』必要があるのだ。
どちらにせよ、家の中の確認はしておくべきだろう。
「と、とにかく上がって中を確認しましょう」
いそいそと俺が靴を脱いで玄関から上がると、釣られてアメリア、カミラ、それにセラフィの三人も各々靴やブーツを脱いで家の中に入る。素足のままというのも何なので、俺は創造でスリッパを四足用意して皆にも履かせることにしたが、ハインツ一家用に三足追加で用意するべきかも知れない。
俺たちは家の中を思い思いに中を見て回ったが、玄関で靴を脱がなければならない以外は特に問題ない、普通の住宅だった。
そうして、俺は一つの結論を出す。つまり、この家には手を入れず、ハインツたちに説明をした上で、ここに住んでもらおうというわけだ。
「靴を脱がないといけない以外は特に問題ないようですし、ハインツさんには事情を説明して、こちらに住んで頂こうと思います」
「良いんじゃないかなぁ。それにしても、靴を脱いで家の中に入るのは新鮮だぁ!」
「うん、何とも言えない開放感がある……。意外と心地良い!」
「主様、私もお屋敷よりもこちらの方が落ち着きます!」
ふむ。うちの女性陣には好評のようだ。確かにこの世界の人からすると靴を脱いで家に上がるというのは新鮮に感じるのかも知れない。
それにしてもセラフィからは、どこか日本人的な感覚があるように感じる。もしかすると俺の思考の影響かも知れない。
「皆さんの評価が中々好評のようで良かったです。後はハインツさんたちにも気に入ってもらえると良いのですが……」
「きっと気に入ってくれるさ!」
「私もそう思う!」
「主様が用意した家を気に入らぬ者はおりません!」
皆がそう言ってくれたので少しだけ気が楽になった気がする……。
今回ハインツ一家の家を用意するにあたり、この世界の常識を踏まえたものにできなかったのは俺の責任だから、ちょっと、いや、結構気にしていたし、少し凹んでいたのだけど、アメリアたちの言葉で少しだけ、気持ちが持ち直したようだ。
とにかく、この家は玄関の造り以外は特に問題ないようだったので、後はハインツ一家への説明と、何か希望があればできる限り調整するという方向で対応方針が決まった。これで俺も一息付けるというものだ。
「ひとまず、あとはハインツさんたちが引っ越してきた時に対応しましょう!」
そう皆に伝えると、アメリアたちも頷いた。
これでハインツ一家の住まいについても片付いたので、俺は久しぶりの神殿に向かうことにした。
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