ハーゲン:御用錬金術師の少年
俺の名はハーゲン・プライスという! このアルターヴァルト王国の国王陛下から御用貿易商を任されている、この王都でも有数の商人だ。
うちの屋敷には御用貿易商となる以前に世話になった相棒『ロジーナ号』を飾っていることから、『元船乗りの豪商』とか『荒くれ者の御用貿易商』なんていわれている、らしい。
確かに、船乗りたちは気性が荒く荒くれ者が多いが、それも当然、海の魔物との戦いや、時には同じ人間の海賊たちとも渡り合わなければならないのだ。それに、海の上では船体にぶつかる波の音や、帆に受ける風の音が激しくて大声で叫ばなければ声が通らない。そんなことを鑑みれば、多少言動が荒くなるのは仕方のないことだろう。
だが、船乗りたちは厳しい規律の中で生活しているわけで、陸で魔物を狩っている冒険者と比べれば、船乗りのほうがよほど、礼儀正しいだろうさ。
そんな多少の、船乗りに対する贔屓目もあってか、冒険者に対して俺は船乗りたちと比べて少し下に見ていたのだ。
俺が国王陛下の御用貿易商となってからも、その認識に変わりはなかったが、それでも冒険者の中には幾つかまともなパーティーもあるという話を聞いた。
例えば、若手だが、Bランクパーティー『蒼紅の魔剣』という二人組だ。女二人のパーティーだが、名前の通り剣と魔法、前衛と後衛のバランスがよく、魔物の討伐から採取といった小さな依頼まで、その仕事ぶりは丁寧らしい。
らしい、というのは俺が直接依頼を出したわけではなく、本当に周りからの噂話による評価だ。だが、商売人にとって噂話は商売の種になることが多い。ということは、どれだけ鮮度の高い噂話を仕入れて、そして儲け話になるものを見つけられるか、その『耳と鼻』こそが、成功する商売人として最も重要な要素なのだ。
さて、そんな俺が、最近耳を疑うような噂話を聞くことになった。
なんでも、『第一王子であるリーンハルト殿下と、第二王子のパトリック殿下、その御二人から御用錬金術師に認定された錬金術師が現れた』というものだ。
御用錬金術師というのは、王族に生まれた者の専任錬金術師ということになる。
普通王族で、それも第一王子と第二王子といった兄弟間ならば、それぞれ別々の御用錬金術師を認定し、どちらの御用錬金術師が優れているかといった、所謂稚拙な競い合いが行われるものだ。そして、そういった競い合いに周りの者が巻き込まれてうんざりするものなのだが……。今代の第一王子と第二王子も、それほど仲が良いという噂話は聞いたことがなかった。
特に、第二王子のパトリック殿下の教育係であるクルゼ侯爵家の嫡男であるランベルト殿が、第一王子のリーンハルト殿下の教育係であるシュプリンガー伯爵に対して張り合っていることが影響していると、王城の内外で噂話が聞こえてくるほどだったのだ。
それが、二人の王子から同時に御用錬金術師に認定されるなど、ありえないと思われることが起こったというのだ。
ふん、どちらの王子にもつかない蝙蝠野郎の錬金術師など興味無いな。
俺はそう思ったのだが、どうやら噂はそれだけではないらしい。何でも、その錬金術師はこの王都でも、滅多に見かけない妖精族のエルフで、しかも、その容姿はとんでもなく美しく、まるでどこかの姫君のようなのだとか。
全く、噂話とは馬鹿馬鹿しいものだな!
もちろん、そんな噂話を鵜呑みにするような俺ではない。当然、そんな馬鹿な話など、気にもしなかったのだが……。
そんな、噂話を聞いた翌日、家の屋敷の近くにあった、古く誰も住んでいないオンボロ屋敷が建っていた敷地に、突然見たこともない立派な屋敷と庭園、そして控えめながら立派な造りの店舗と思われる建物が建っていたのだった。
当然、一夜にしてそのような建物が建つなど普通に考えてもありえないことであり、その立派な屋敷の門の前には多くの野次馬が集まっていた。この辺りは王都の中でも非常に裕福な者たちが住む地区である。つまり、野次馬といっても彼らは所謂富豪と言われてもおかしくない者たちだったのだ。そんな奴らが俺のところにも直接話を持ってきた。
「おい、ハーゲンさん! 貴族門の近くのオンボロ屋敷が、随分と立派な屋敷に一夜で変わったって話、聞いてるか!?」
「あん? あぁ、聞いてはいるが……。そんな話、俄には信じられんな」
「今、その屋敷の前にこの辺の奴らがみんな様子を見に行ってるんだが、間違いはなさそうだよ」
ふん、うちの屋敷の周りにはそれなりに商売で成功した奴らが多いってのに、随分と暇な奴らが多いらしい。だが、今の話が本当ならば一体何が起こっているのか、俺自身の目で確かめたほうが良いかもしれない。
そう考えて、件の屋敷の前までやってきたのだが……。
なんだぁ、こいつは……。ここは確かボロい屋敷と草ボーボーの敷地しかなかったはずなのに、一体何が!?
そんな風に野次馬たちと同様に屋敷を眺めていると、そこへ随分と若い少女とその一行が屋敷の前に現れて、こともあろうに、この屋敷を前にして『うちの屋敷に何か用か』と、そう言ったのだ。
「おい、お前今『うち』って言ったか!? お前の親を連れて来い! この屋敷のことで質問がある!」
俺は思わず声を荒げるかのように、大きな声を出してしまった。
そんなつもりはなかったのだが、それでもこんな屋敷を一晩で建ててしまうほどの人物に興味があったのだ。こんな子供に三人も冒険者の護衛を雇うほどだ。さぞ、こいつの親は稼ぎの良い新興の商人か、何かだろう。
そう思って、子供に声を掛けたのだが……。
「申し訳ありませんが、私には両親がおりません。この屋敷のことでしたら私がお答え致しましょう」
何と、この子供が、いや、どうやら認識阻害を掛けているのか、その顔ははっきりしない。だが、声の感じからして、間違いなく子供だろう。その、子供が両親がいない、屋敷については自分に聞けと、そう言ったのだ。
これでも多くの国を渡り歩いた御用貿易商のハーゲンに、そんな口を聞けるような子供がいるとは……。少し興味が出てきたので、屋敷について話を聞いてみたのだが……。
「なるほど、皆さんはこの近くにお住まいの方でしたか。私はこの度、こちらの古い屋敷があった土地をリーンハルト様とパトリック様から賜わりましたので、ここの新たな住人でございます。後ほど近所の方にはご挨拶に伺わねばと考えていたところです。それから、こちらの建物ですが屋敷があまりに朽ちておりましたので私が新たに建て直しました。あと、私は錬金術師でもありますので、こちらに魔導具店でも開こうかと思い、店舗も建て直した次第です。皆さん、ご理解頂けましたでしょうか?」
な、何だと!? こいつは一体何を言っているんだ!?
リーンハルト殿下とパトリック殿下の御用錬金術師だと!? それは、あの噂に聞いた蝙蝠錬金術師のことではないか! それがこのような子供とは、全く信じられん! 嘘を付くにしても、もっとマシなものがあるはずだ! そう考えると、俺は酷くバカにされた気がしてきたので、より口調も荒くなり、声も大きくなるばかりだと、自分でも気が付いていた。
「リーンハルト様とパトリック様の御名前を出すとは……。それにお前のような子供が錬金術師だとう!? しかも、い、一日で屋敷を建て直しただとう!? それもこのような立派な屋敷を……。全く嘘を付くならもっとマシな嘘を付けっ! 例え子供とて、この俺に嘘を付くと容赦せんぞっ!」
すると、隣に立っていた小柄な女が、屋敷の持ち主といった子供に話し掛けると、子供が懐から二つの紋章旗を取り出した。
それは、間違いなく、リーンハルト殿下とパトリック殿下の紋章が描かれていた。ということは、つまり、この子供がリーンハルト殿下とパトリック殿下から『御用錬金術師』に、認定されていることを表していたのだ。それを俺は野次馬たちの中で最も早く理解する。当然だ、俺も同様に国王陛下の紋章旗を持っているのだから、彼らが掲げたそれが何であるのか一番早く理解できたというわけだ。
つまり、彼らは俺と同じく王族の為に働く同志なのだ。
改めて冷静に考えると、少しだけ彼らのことが理解できたように思えた。二人の王子殿下から御用錬金術師として認められる、それほどの者なら実力も相当のものなのだろう。そう考えると、一夜にして屋敷ができ上がるのも、錬金術によるものと思えば、理解はできなくとも納得はできる。
そう考えると、急にこの小さな御用錬金術師に対して興味が湧いてきた。どうやって、この小さな御用錬金術師と知己を得るべきか……。そんなことを考えていると、子供の方から自己紹介をしてきたのだ。
「本日からこちらに住むことになるハルト・アサヒナと申します。こちらは朝からお騒がせしてしまった皆様へのお詫びとお近づきの印として、特別に私が創った初級回復薬を差し上げます。今後ともよろしくお願い致します!」
「お、おう……」
ふむ、少し驚いたが、この少年は『ハルト』というらしい。それに、錬金術師とはいえ、自分の商売道具である『回復薬』を気前よく、俺を含めて皆に配ったのだ。よほど、その効果に自信がなければできることではない。俺は早速とばかりに、ナイフで左手の甲き切り傷を作ると、受け取った回復薬を一滴落としてみたのだが……。
な、何だこれは!?
回復薬が傷口に触れた途端弾けながら傷が瞬く間に塞がる。こんなに即効性のある回復薬など見たこともない!
「ううむ……。これは、そんじょそこらの魔導具店で売っている回復薬とはわけが違うな……。回復の効き目が恐ろしく早い。おい少年、この回復薬は店で売るつもりか?」
少年が皆に配った回復薬の性能は、確かに自身の能力を誇示できるだけの代物だった。だが、それよりも、これは商売の、金の匂いがする……。
しかし、本当にこのような子供が、上手く商売をできるのだろうか?
幾ら王子殿下に認定された御用錬金術師といえど、彼らも広義の意味では俺と同じく、商人なのだ。しかも、まだ成人もしていないような子供だ。もしも、不当に高価格に設定したり、低価格で流すようなことがあれば、それは王都の、王国全体での回復薬の価格に影響が出る。それに、最悪の場合、この優れた回復薬を作る御用錬金術師も、他の錬金術師たちによって潰される可能性だってあるのだ。
だが、それは流石にもったいないというもの。それに、二人の王子殿下の御用錬金術師を助けることは、国王陛下の御用貿易商としても、国王陛下からの信頼がより厚くなるのではないか? つまり……!
この少年に手を貸してやったほうが、俺としても多くの利益に繋がる可能性が高い。ならば、これからどう動くべきか。決まったな!
念の為、この回復薬を幾らで販売するつもりなのか確認してみたのだが、まだ決めていないという。うむ、ならば決まりだ。
「なるほどな……。これを売り出す前に、一度家を訪ねてくるといい。商売の基本について教えてやろう!」
「あなたは一体?」
「俺の名はハーゲン・プライスという。国王陛下の御用貿易商をやっておる。よろしくな、少年!」
「はい! よろしくお願いします!」
ふむ、それにしても、御用錬金術師『ハルト・アサヒナ』か。商人として、これは良い知己を得られたかもしれん。それに、俺も御用貿易商として、より王国や国王陛下との繋がりが強いものになる可能性もある。
二人の王子殿下の御用錬金術師か……。
「これから、面白いことになりそうだ!」
さて、面白いことかどうかはさておき、ハーゲンはハルトと出会ってしまったことで、これから様々なできごとに巻き込まれていくことになるのだが、この時点では知る由もなかった。
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