屋敷の使用人候補
待つこと暫し。ビアホフが以前話していた通り、八名の男女を連れて部屋まで戻って来た。
恐らく彼らが屋敷の使用人候補なのだろう。俺たちが座っている前に、ビアホフを先頭に一列に整列すると、ビアホフが口を開いた。
「アサヒナ殿、お待たせ致しました。こちらの八名が、この度『王国が指定する商人の屋敷の使用人』としての応募に応えた者たちの中から、私が選抜し王国が審査し、アサヒナ殿の屋敷でも立派に役目を果たすことができると判断した者たちとなります。さぁ、お前たち。アサヒナ殿に自己紹介するように」
そうビアホフが言うと、二十代前半位の若い男性が最初に名乗りを上げた。精悍な顔つきで、雰囲気がどこかビアホフに似ている。
「私はラルフ・ビアホフと申します。名前から分かります通り、こちらのゲオルク・ビアホフは私の叔父です。この度、叔父上から稀代の錬金術師と噂されるアサヒナ殿が屋敷の家令を探しておられるということを伺いましたので、志願致しました。まだ若輩ですが、その分、体力には自信がありますので、力仕事も連日の勤務もやり遂げられると思います。よろしくお願い致します!」
ビアホフの甥、そのままだとビアホフだと間違えそうになるのでラルフと呼ぶが、彼はそう言うと勢い良く腰を曲げて頭を下げた。うん、元気と体力はありそうだけど、随分と若い家令候補だ……。本当に家令という大事な役目が務まるのか不安になってビアホフに視線を向けた。
「ラルフは確かに若輩者ではありますが、これまでも私の元で執事の一人として、この十年近く王家の運営にも携わって参りました。若さ故にやや功を急ぐところもありますが、十分に家令としての役目を務められると私が保証致します。万が一、何か失敗でもするようでしたら、私が責任持って必ず改善させてみせます」
ビアホフはそう言うと、ラルフと同じように勢い良く腰を曲げて頭を下げた。まぁ、何か問題があれば王家やビアホフに文句を言えば良いのだから、ひとまずは提案された人員は受け入れるつもりだ。念の為、ラルフを鑑定しておくことにした。
『名前:ラルフ・ビアホフ
種族:人間族(男性) 年齢:28歳 職業:近衛騎士(アサヒナ男爵家家令候補)
所属:アルターヴァルト王国
称号:なし
能力:A(筋力:A、敏捷:A、知力:S、胆力:A、幸運:A)
体力:6,760/6,760
魔力:980/980
特技︰体術:Lv8、剣術:Lv7、槍術:Lv7、交渉術:Lv7、話術:Lv7、計算術:Lv6、礼儀作法
状態:健康
備考:身長:196cm、体重:76kg』
うん、やはりビアホフと同様に偉く強い。そして特技も文武両道といった感じで何でもこなせそうな雰囲気だ。それにしても、ラルフの職業『近衛騎士』って、つまりイザークと同じだよね? 何で近衛騎士がうちの屋敷の家令になるんだよ……。
事情が良く分からないまま、次の使用人候補の紹介が始まった。
「アサヒナ様、お初にお目に掛かります。私はアルマ・フォン・ファイマンと申します。この度アサヒナ様の家政婦長を任されることになりました。これまではヴェルナー子爵家で家政婦長を任されておりました。よろしくお願い致します」
アルマはそう言うと深く頭を下げた。
子爵家の出で家政婦長、つまり女性使用人のリーダーを務めたことがあるという人材はそうそう見つかるものではないだろう。だけど、何故これまで勤めていたヴェルナー子爵家(?)を辞めることになったのだろう……。そんなことを考えているとビアホフが補足してくれた。
「ファイマン殿が勤めていたヴェルナー子爵家なのですが、世継ぎとなる嫡子がついぞ産まれず、また御当主のアラン殿も急な病で倒れられると間もなく亡くなられてしまいましてな、その結果、ヴェルナー子爵家は御家断絶となってしまったのです……。(アサヒナ殿はまだ若うございますが、王国貴族として、御世継ぎはできるだけ早くもうけられたほうが良いですぞ……?)」
ビアホフがアルマの事情を教えてくれたのだが、それと同時に小声でありがたいのかどうか、良く分からないアドバイスももらうことになった。
それにしても貴族というのは……。うーん、一応まだ成人まで五年もあるのだが。とはいえ、歳を取ると五年というのはあっという間でもある。前世ではアラフォーを迎えても、結婚どころか特定の女性もいなかったから複雑な気分だ。
それはともかく、アルマの家名の前に『フォン』の字が付いていることが気になったので、念の為彼女も鑑定する。
『名前:アルマ・フォン・ファイマン
種族:人間族(女性) 年齢:29歳 職業:元ヴェルナー子爵家家政婦長(アサヒナ男爵家家政婦長候補)
所属:アルターヴァルト王国
称号:ファイマン騎士爵家次女
能力:B(筋力:C、敏捷:A、知力:B、胆力:B、幸運:B)
体力:2,960/2,960
魔力:240/240
特技︰隠密術:Lv7、暗殺術:Lv5、暗器術:Lv4、体術:Lv4、礼儀作法
状態:健康
備考:身長:160cm、体重:50kg(B:90、W:58、H:86)』
ふぅむ。どう考えても、ただの子爵家の家政婦長だったとは思えないんだが……。何故に、そこまで不穏な特技をたくさんお持ちなんでしょうか?
何というか、アラン・フォン・ヴェルナー氏は本当に病死なんでしょうか……?
使用人候補の自己紹介は更に続く。
次に名乗ったのは成人して間もないような女性だった。ただ、様子が異なるのは彼女の肌は少し青白くあり、またその額には二本の可愛らしい角があった。そして、全く同じ容姿をした女性がもう一人、隣で心配そうに彼女を見守っていた。
「私はリーザ・ロイスと申します。妹のリーゼと一緒にアルターヴァルト王国の様々なお屋敷で使用人をして参りました。よろしくお願い致します」
リーザがそう言うと、隣に居たもう一人も続けて口を開く。
「私はリーゼ・ロイスと申します。姉のリーザと一緒にアルターヴァルト王国の様々なお屋敷で使用人をして参りました。よろしくお願い致します」
「リーザさんとリーゼさんのお二人は、もしかして双子ですか?」
「いえ、私たちは四つ子です」
「はい、田舎に二人の妹がいます」
何と二人は四つ子の姉妹なのだそうだ。母親はさぞ大変だったと思う。それにしても……。やはり気になるのは、その額から伸びる可愛らしい角だ。それだけで人間族ではないことが良く分かる。二人の事情が気になり、ビアホフに視線を向けると、少し困ったように答えた。
「この姉妹は、ゴルドネスメーア魔帝国から五年ほど前に王都アルトヒューゲルへ旅の途中に立ち寄ったそうなのですが、よほど王都が気に入ったらしく、ここまでの間ずっと王都に滞在しておるそうです。ただ、やはり滞在には費用が掛かりますので、貴族の屋敷で使用人をやっていたそうなのですが、他の使用人と反りが合わず屋敷を転々としていたようで、最後にヴェルナー子爵家に落ち着いていたのですが……」
知らない国の名前だ。ゴルドネスメーア魔帝国……。
多分二人は魔人族、そしてゴルドネスメーア魔帝国は魔人族の国家なのだろう。
それにしても、魔人族の二人が使用人をしている理由は分かったけど、他の使用人と反りが合わず、か。
本当に上手くやっていけるのかな?
「「主に食文化の違いが原因です」」
「食文化?」
「はい、私たちはコメが主食の文化です。王都は好きですが、コメの味が忘れられず、無理を承知で主様にご相談したのですが、それが原因で他の使用人に妬まれ、職場を失ったのです」
「はい、私たちの田舎ではパンよりもコメという穀物を食べることが主流です。主様にコメをご都合頂いたのですが、皆から味が無い等と馬鹿にされることがあり、それに反論したのです」
まぁ、確かに使用人が主人に対して物をねだるというのは、この世界、少なくとも王国ではあり得ないことなんだと思う。それが万が一認められた場合、他の使用人から妬まれることに繋がるのかも知れない。
だが、そんなことは正直どうでもいい。
俺は久しく聞いていなかった単語を聞いてから胸が高鳴っていた。
「あの、今『米』って言いませんでしたか?」
「「はい、アサヒナ様。コメと言いましたが、それが何か?」」
「それは、白い粒をお水で炊き上げて食べる、コメで良いでしょうか?」
「「はい、そのコメですね」」
おおおっ、この世界にもお米があったのかっ!
この世界に来てからずっとパン食だったので、久しく食べていない米という言葉の響きだけで思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ゴクリッ……。それで、そのコメは私でも手に入れられるんでしょうか?」
そう言うと、二人は困った様子で顔を見合わせて、声を揃えて「「分かりません」」と答えた。
まぁ、そりゃそうか。主人に頼んで都合してもらっていたのだから当然だろう。しかし、米の存在を知ったとあっては、何とかして手に入れて食べてみたいというのが元日本人の性というものだろう。
そんなことを考えているとここまで使用人との顔合わせの様子を見守っていたゴットフリートが突然口を開いた。
「ふむ、ハルトはコメが欲しいのか。それなら、其方も良く知っておる我が御用貿易商のハーゲン・プライスに相談すると良い。あやつならコメを魔帝国から取り寄せることもできるだろう」
おお、ここでハーゲンの名前が出るとは!
そういえば、ハーゲンは国王陛下の御用貿易商という肩書だった。それに今『魔帝国から』という言葉があったということは、恐らく王国内では手に入らない輸入品ということなのだろう。
「なるほど。それでは早速帰りにプライス殿に相談してみます!」
「早速か? ふぅむ、ハルトはよほどコメに興味があるのだな」
「え、えぇ、偶然、図書館の文献で知りましてね。それで、気になっていたんですよ……」
まさか、『いやぁ、前世では良く食べていたもので』などとは言えず、咄嗟に誤魔化したが、それはともかく。とりあえず、今日の帰りにでもハーゲンの屋敷に寄ろう、そんなことを考えていた。
だが、まだ使用人を紹介してもらっている途中である。
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