王国の貴族について
ゴットフリートから突然陞爵という褒美を与えられて、俺は未だに気持ちの整理ができていなかった。
というのも、当人一代限りに与えられる『名誉貴族』であれば何も気にせず受け入れられたのだが、本物の『貴族』ともなると、それは完全に王国に籍を設けたことになり、今後、この世界に訪れる試練に向けた行動が制限されていしまうのではないか、とそんな心配をしていたのだ。
それに、貴族としての振る舞いができるとも思えず、本音を言えばただ面倒なことになったな、という印象しかない。
そんな気持ちが悶々とする中、謁見の間から退出を促された俺たち三人は一つの会議室に通されていた。ウォーレンから詳細を聞かされる手筈になっていたからだ。
暫く待つと、会議室の扉を叩く音が聞こえるが、それが誰の来訪かも伝えないままに扉が開かれた。そして当然のように、ゴットフリートとリーンハルト、パトリック、そしてウォーレンとビアホフの五人が入ってきた。
誰に言われたわけでもないが、自然と三人並んで立ち上がると、ゴットフリートが片手でそのままにするように制して皆が席に付いた。
「遅くなって悪かったな、アサヒナ男爵。さて、陞爵された際の細かな制度について説明が必要だな。ウォーレン、頼めるか?」
そう言い出したゴットフリートの言葉に対して不敬になると思いつつも、横から口を挟んだ。
「国王陛下、その前にお聞きしたいのですが、何故私を『名誉貴族』ではなく、『貴族』とされたのでしょうか?」
疑問に思っていたことを素直に聞いた。
こういう場合に、あんまり遠回りに聞いても欲しい答えをもらえないことが多い。どうせ聞くなら直球、所謂『火の玉ストレート』で聞いてみたのだ。
「ふむ。ハルトは正直に申すな。だが、それも好ましい。うむ、正直に申すとな、ハルトを他国に取られないためだ。其方の錬金術は誰がどう見ても錬金術の範囲を超えておるし、その能力を他国に流出させぬためには『名誉貴族』などという名ばかりの名誉職ではなく、正当な『王国貴族』とすることで、この王国のために尽くしてもらいたいと、そう考えたのだ」
ゴットフリートもぶっちゃけたな。なるほど、つまり俺を囲い込む為に『名誉貴族』ではなく、わざわざ『貴族』という面倒な立場にさせたらしい。まぁ、ゴットフリートの主張も多少は理解もできるけれど、あまり納得はできないな。
「そう不満そうにするではないぞ、ハルト、いやアサヒナ男爵。それに、其方が貴族となっても其方の行動を制限するつもりはない。先ほど謁見の間で述べたように、これまで通りリーンハルトとパトリックの御用錬金術師や冒険者として王国に貢献してもらえればそれで良いのだ」
「はぁ、それはありがたいのですが、結局貴族になるとどのようなことを行う必要があるのでしょうか?」
俺が一番気にしていたのはそこだ。
つまるところ、貴族になったことでやらなければならないことが増えると、それこそ自由に行動できなくなるのだ。正直、他者から指示されない今の立場が俺は気に入っていたのだ。
「うむ。基本的には私やリーンハルト、パトリックらによる招集に応えればそれで良い。ハルトに王城での政務に携わらせるつもりはないからな。先ほど話した通り、これまで通り御用錬金術師、そして冒険者として王国でその才を発揮してもらえればそれで良い。錬金術師の本分は錬金術で成果を出すことだからな」
「それから、アサヒナ殿はこの度男爵となられましたので、王国より貴族年金が与えられます。男爵位は年に金貨三百枚となりますな」
ゴットフリートとウォーレンが説明してくれたのだが、それって、これからは魔導具店を経営しつつ、たまに冒険者として活動していながら、更に王国から年金として金貨三百枚、つまり三千万円近いお金をもらえるってことか?
「うむ、その認識で問題ない。まぁ、王国や王族から招集の命が出た際には王城へきてもらうことにはなるだろうがな」
「その通りです」
「なるほど……」
更に詳しくウォーレンに聞いてみたが、この王国には爵位は騎士爵、準男爵、男爵、子爵という四つの下位貴族と、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵という四つの上位貴族が存在するらしく、それぞれ細かな位階があるそうだ。
そして位階に基づいて年金の支給額が変わるらしい。位階十位の騎士爵と位階九位の準男爵では準男爵のほうが支給額が多いが、辺境伯と侯爵は同じ位階第四位の扱いなのだそうだ。更に詳しい話を聞いていると、辺境伯が地方領主としての役割を担っており、侯爵が王国の政務の中枢に携わっているようだ。地方の知事と官僚のトップみたいなものか。
因みに、位階第一位はもちろん国王陛下で、第二位が王妃と王子、第三位が公爵や他の王族となるらしい。
つまり、貴族として成り上がるなら、侯爵や辺境伯が頂点となるが、それを一代で成り上がるということはまずあり得なく、何代も掛けてようやくその地位に辿り着くものなのだとか。
まぁ、確かにそんなにポンポンと陞爵なんて発生しないだろうが、逆に大きな失敗をすることで、国王陛下から爵位を下げられたり、取り上げられるということはあり得る。
つまり、爵位を維持して次代に繋いでいくこともそれなりに大変なことのようだ。それ故に、何代も続く貴族はそれを誇りに思っているらしく、プライドも高い者が多い、ということらしい。うーん、威張った貴族のテンプレができ上がる原因はその辺にあるのかもしれない。
更に、ウォーレンからの話だと、今回陞爵されたことでその爵位を自分の嫡子に継承させることができるとのことだった。当然、まだ成人もしておらず結婚もしていないのだから、今の時点で俺が不慮の事故で亡くなったりした場合は継承する相手がいない為、アサヒナ男爵家は断絶となる。
因みに貴族の妻は貴族としての位階継承権は無いため、主人たる貴族が亡くなった場合、嫡子が居なければ御家断絶の危機となる為、側室を受け入れることが多いそうな。
また、嫡子以外の子は貴族としての位階は無い。その為、次男以下の殆どは成人後に家を出て別の道を歩むことになるそうだ。
色々とウォーレンから教えてもらったが、最後に、とウォーレンが続けて話してくれた。
「それから最後に、アサヒナ殿も立派な王国貴族となられました。しかし、何の準備もないままに王国の都合で貴族となって頂いたので、まだ、家令も従臣も居られないかと思います。ですから、リーンハルト様とパトリック様からの報酬として屋敷の使用人を求められていたとのことですが、そちらの人選について我々王国からもサポートするように致しました。何分、久々の新貴族家の立ち上げですからな、先に手を打ちませんと、アサヒナ殿にご迷惑を掛けることになります故」
「何故迷惑を掛けることになるんです?」
「はい、新たな貴族が立ち上がる。ということは、この通り新たな雇用が生まれます。特に家令や使用人、従臣といった家臣団等、一つの貴族家といっても様々な人員によって構成されているのです。そして、それらの人員が決まっていなければ……当然、アサヒナ殿への臣従を希望する者が殺到する、などということもありえますな」
マジかよ……。
「理由は分かりました。それで、どのような手を打つのですか?」
「まず、アルニム殿とゼークト殿、それからヘルミーナ殿もそうですが、アサヒナ殿が認められた者は早々に家臣として扱うとよろしいでしょう。そうすれば、周りも大人しくなりましょう」
なるほど、アメリアとカミラ、それにヘルミーナをアサヒナ男爵家の家臣として扱うことで、既に必要な人員は決まっている、と周りに伝えられるわけか。だけど、そんなことで簡単に引き下がってくれるのだろうか、そう聞くと……。
「もちろん、それだけではありません。何、簡単なことです。以後は『王家の庇護下にあるアサヒナ男爵家の家臣は王家の審査と承認を受けた者とする』『王家の審査を受けずに直接アサヒナ男爵に掛け合った者は、王家による審査の資格を失う』という御触れを出すのですよ」
そう言うとウォーレンの口角が上がる。何とも悪い笑顔だ。
だが、ただの一男爵の為に王国や王家がそこまで関わるなんて本当に良いのだろうか……。そんなことを思っていると、リーンハルトとパトリックが口を開く。
「うむ、当然だ。ハルトはただの男爵ではないからな。我らの御用錬金術師にして唯一無二の友なのだ。友の為に尽くすのは当然だろう?」
「その通りです! アサヒナ男爵家の家臣ともなれば、それは厳重に審査を行う必要がありますね。ですから、兄上と私が直々に審査致します!」
何と、リーンハルトとパトリックが審査をしてくれるらしいのだが、そんなことに大事な時間を割いてもらって本当に良いのだろうか。そんなことを聞くとリーンハルトからお叱りを受けた。
「ハルトよ、家臣の審査を疎かにするではない。それに、我等の大事な友の家臣だからこそ、大事な時間を割くのだぞ?」
そこまで言われると受け入れるしかない。しかし、本当にリーンハルトとパトリックには世話になってばかりだ。どこかでちゃんとお返しをしないといけないな。
「ありがとうございます。リーンハルト様、パトリック様」
「それでは、そろそろビアホフ殿が選抜し王国が審査した、ハルト殿の屋敷に勤める者をご紹介しましょう。ビアホフ殿、早速皆をこの部屋に連れてきていただけますかな」
「うむ、承知した!」
ウォーレンが指示を出すと、すぐさまビアホフが席を立ち、部屋から出て行った。
色々あり過ぎて忘れていたが、今日王城へとやってきた本来の目的である『屋敷の使用人との顔合わせ』がようやく始まろうとしていた。
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