アサヒナ男爵家、誕生
俺は頭の整理をするため、ここまでの状況を振り返っていた。
俺たちは屋敷の使用人との顔合わせのために王城に呼び出された。だが、何故か国王陛下ゴットフリートの依頼により魔導具として置き時計を二つほど創ったところ、それが国宝級の価値があるものと認定されたがために、褒美について一悶着あり、その結果白金貨一枚と名誉貴族という称号を頂くことになったのだ。
そして、俺たちは以前もリーンハルトたちと訪れた食堂で昼食を頂くと、謁見の間に近いとされる控室でアメリアとカミラと一緒に呼び出しが掛かるのを待っていた。
「はぁ、それにしても魔導具の報酬が白金板一枚っていうのは、本当に凄い金額だねぇ。ヘルミーナも言ってたけど、魔導具の値段は平民には理解ができないほど高額だよ」
「白金板一枚は、一般的な冒険者が現役時代に稼ぐ報酬の五分の一……ハルトは本当に凄い錬金術師……」
アメリアがため息混じりにそう呟くと、カミラも呟いた。
そう、魔導具の価格は魔動人形を創った時にヘルミーナから聞いた通り、物にもよるのだろうが、基本的に高い物が多い。特に素材からして高いものが多く、そこに錬金術師の知恵や発想、オリジナリティによって生み出されるものがほとんどで、且つ、ワンオフの一点物が多いため、価値が生まれて余計に高額な商品となるのだ。
そしてカミラが言うには、一般的な冒険者が現役時代、つまり成人した十五歳から約五十歳位までに獲得する平均的な依頼報酬額の合計が白金板五枚程度らしい。その五分の一を一日で稼ぐことになったのだから、冒険者であるカミラからしてみれば驚くのは仕方のないことだった。
「まぁ、今回は本当に偶然ですから。たまたまですよ、たまたま」
「いや、それにしたって。まさかハルトが貴族様になるなんて正直驚き過ぎて、あの時は何も言えなかったよ。なぁ、カミラ?」
「本当にそう。いつもハルトには驚かされてばかり……」
「いえ、今回は本当にたまたまですし、貴族と言っても『名誉貴族』とかいう称号みたいなものを頂くだけですから、これまでと何も変わりませんよ」
「「えっ?」」
「ハルト、お前もしかして……」
「……分かってない?」
アメリアとカミラの二人が驚いたような表情を見せたその時、部屋の扉が叩かれ、扉の外からイザークの声が聞こえてきた。
「失礼します。ハルト・アサヒナ殿をお呼びに参りました!」
すると、やはり部屋の中にいたメイドが扉を開けイザークを部屋の中へと誘導する。
「ハルト殿……。いえ、アサヒナ殿、それからアルニム殿とゼークト殿も。これより謁見の間にお連れしますので、私に付いて来てください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
イザークが俺の名前を呼びなおしたのが少々気になった。まぁ、名誉貴族になるのだから、気安い呼び方はさけたほうがいいという考えなのかもしれない。
それはともかく、アメリアとカミラの二人が何を言っているのかよく分からないまま、俺たちはイザークとともにゴットフリートたちが待つ謁見の間に向かうことになった。これまでリーンハルトの部屋や食堂には入ったことはあったが、謁見の間は初めてだ。
イザークに先導されながら暫く王城の広い通路を進むと、一際大きく重厚な装飾の施された大扉が目の前に迫ってきた。大扉の前にはイザークと同じく騎士鎧に身を包まれた屈強そうな男性が二人立ち並んでいた。
「さぁ、アサヒナ殿。こちらが謁見の間です。国王陛下の命により、リーンハルト殿下とパトリック殿下の御用錬金術師、ハルト・アサヒナ殿を御連れ致しました!」
イザークがいつもより大き目の声で伝えると、やはり大扉が内側から開けられる。
ただし、いつものようにメイドが開けるのではなく、これもまた騎士鎧に身を包まれた男性が二名掛かりで大扉を開ける。
すると、そこには赤絨毯が真っ直ぐに続き、謁見の間の最奥には三段程高い所にある豪華な椅子、つまり玉座まで続いていた。そして、その玉座にはゴットフリートが座り、その右側にはリーンハルトとパトリック、そしてヴィクトーリアが、左側にはウォーレンとドミニク、それにビアホフが控えていた。
更に、謁見の間には身なりの良い壮年から老年の男達が一斉に俺に向かって鋭い視線を投げ掛けてきた。今回の褒美を賜る錬金術師がどのような者なのか、値踏みをするような視線に感じた。
「ささ、アサヒナ殿、このまま玉座の前までお進み頂き、その前で跪いて頭を下げて国王陛下からお声が掛かるのをお待ち下さい」
「は、はい……」
正直、俺はあんまり多くの人から注目されるのは苦手で、この瞬間もつい緊張してしまい膝が笑っているようだ。まさか、こんなに人が集まっているとは思わなかった……。
そんな状態ではあったが、イザークに促されて一歩ずつ、多くの視線の中を俺を先頭にアメリア、カミラとともに玉座の前まで歩く。
そして、玉座の目の前にまで進んだそのとき、イザークに言われた通り跪いて頭を下げた。すると、ゴットフリートから声が掛かる。
「面を上げよ」
その言葉に反応して顔を上げた。ゴットフリートがニヤリと笑いながら言葉を続ける。
「皆の者も、よく聞くがよい。この度、第一王子リーンハルトと第二王子パトリックに対して、三月後に向かう予定であるヴェスティア獣王国への贈答品を用意するように命じ、見事国宝級といえる新たな魔導具を用意したことは、先ほども皆に伝えた通りである。そして、二人への褒美についてもな!」
ゴットフリートの言葉に対してこの部屋にいる全ての貴族達から全く異論は出なかった。これは推測だが、ゴットフリートは俺たちが謁見の間に入る前に、置き時計をこの場にいる全ての貴族たちに見せたことで、リーンハルトとパトリックの成果を周知したのかも知れない。
更にゴットフリートが話を進める。
「そして、この度。その魔導具を創り上げた錬金術師に対しても報酬と褒美を与えることになったのだ。既に知っている者もいるだろうが、改めて紹介しよう。この者は、ハルト・アサヒナと言い、まだ成人してもおらぬが、この王都でも指折りの錬金術師であり、リーンハルトとパトリックの御用錬金術師でもある!」
ゴットフリートがそう話すと部屋の中が少しどよめく。それは、成人していない錬金術師に対するものか、はたまた、リーンハルトとパトリック、二人の王子殿下から御用錬金術師に指名されたことに対するものかは分からなかったが。
「まずは、リーンハルトとパトリック、そして王国からの依頼に対して見事な魔導具を用意したその報酬として、リーンハルトとパトリックの二人の王子から報酬の白金板一枚を与えることとする」
その瞬間部屋の中が少しだけざわめく。
普通、白金板など一般的に使われることなど当然無い。それだけ大金ではあるが、魔導具の対価としてはあり得ないわけではない。
部屋の中でも後ろに立つ比較的若い男達からはざわざわとした小声が聞こえてくるようだったが、玉座に近づくほどにそういった声は聞こえない。つまりそういった男たちは魔導具一つにそれだけの費用が掛かることを知っている者たちなのだろう。確かに老年というか老獪というか、そういった面々である。
「そして、この錬金術師ハルト・アサヒナによる『時を計る』魔導具を生み出し功績は、この王国の錬金術師の中でも随一であり、恐らくは、この世界全てを見渡しても他に代わりはおらぬであろう稀有な人材である。そのような者を、例え、種族が我らと異なるエルフといえど、高閣に束ぬままというのは愚の骨頂と言えよう。それ故、我が王国の為にこれからもその才を発揮してもらうべく、この度、ハルト・アサヒナを王国の新たな貴族として迎え入れることにした! その爵位は男爵位である!」
ゴットフリートがそのように言葉を口に出すと、流石に部屋の中に居る多くの貴族たちから一際大きなざわめき、いやそれ以上にどよめきが起こる。
それもそのはずで、このアルターヴァルト王国に於いて新たな貴族家が生まれるのは久々のことであり、今代の国王ゴットフリートの代では初のことであったのだが、そんなことを俺が知るはずもなかった。
何だか周りが騒がしい……。というか、あれ? さっきゴットフリートは新たな貴族って言ってたけれど、名誉貴族ではないのか?
「ふむ。皆が驚くことも無理は無い。だが、このような類稀なる才能を持った錬金術師であるハルトを、いつまでも在野に置いておくわけには行かぬ。それ故、この度の陞爵は極めて妥当であり、皆もそのことを理解して欲しい」
ゴットフリートがそう言うと、すぐにざわめきが落ち着いた。つまりそれは、俺が貴族として受け入れられたことを表していた。
「うむ、皆も理解してくれたようで何よりだ。では、ハルト・フォン・アサヒナ男爵よ。王国貴族となった証としてこの男爵章を授ける。引き続き、その錬金術を使い、王国の発展の為に尽くしてくれ」
「は、はい……」
正直、そう応えるのが精一杯だった。
いや、本当に勘弁して欲しい……。
魔導具を創った名誉として、名ばかり貴族、つまり名誉貴族の称号が与えられる。そう思っていたのだが、ゴットフリートの口振りから、俺に与えられたのは名ばかりの名誉貴族では無く、本当の、本物の貴族としての地位を与えられたらしい。
それなら確かに周りの貴族たちが驚きざわつくことも不思議ではない。何せ、成人もしていない子供が陞爵されるなど、この世界に於いて、前例など無いに等しいほど珍しいことだったからだ。
そんなざわつきの中、ふと左胸に目をやると、先ほどゴットフリートから授かった男爵章という徽章、即ちバッジが輝いていた。シルバー製で鷲のような鳥が羽を広げてスクロールを両足で掴んだ意匠をしていた。どうやら、この意匠は爵位によって異なり、自分の爵位を周りに伝える役割があるようだ。それを見て、本当に貴族になるのか、いや、なったのか、という実感と不安が綯い交ぜになって押し寄せた。
ちょっと……。本当にどういうことなんだ……!?
俺が貴族だなんて信じられるか? というか、一体これからどうなってしまうんだ!?
「うむ、ハルトが戸惑うのも仕方がないか。だが、心配しなくとも良い。其方を貴族に取り立てはしたが、別にこれまでの生活を変える必要はない。リーンハルトとパトリックの御用錬金術師、そして冒険者として王国に尽くしてくれればそれでよいのだ」
うーん、貴族として特別に何かしないといけないわけではないのなら、別に構わないかな……。
「分かりました」
「うむ。では詳細については後ほど宰相のウォーレンより聞くがよい。では、此度は大儀であった。これからも王国のために尽くしてくれ」
「は、はい!」
こうして、俺、朝比奈晴人は、異世界マギシュエルデのアルターヴァルト王国で、貴族になったのだった。
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