魔導具店の経営について
ようやくベンノたち四人への雇用条件提示が終わった。
生前も課長と一緒に部下の考課面談に参加していたが、今回はそれ以上に疲れた気がする……。
恐らく、この世界では当たり前な文化や風習について、まだまだ理解が追い付いていないせいで、一つ一つ確認しながらだったり、初めて知ることが多くあったからだろう。
結局、その日は改めて四人を執務室に呼び、一月後には開店する予定を伝えた。少し急ではあるが、何とか開店までに商品の準備やオペレーションの確認ができることだろう。何せ、三ヶ月後にはリーンハルトたちと獣王国へ行くことになっているのだ。
それを聞いたベンノたちは寮に引っ越す準備を始める為に、一度それぞれの現在の住まいに戻るとのこと。ベンノとティニは少し荷物が多いらしく三日後までに、ビアンカとカイは明日にも寮へと引っ越して来るそうだ。まぁ、早い内に引っ越してきてもらって新しい環境に慣れてもらえると良いんだけど。
こうしてベンノたち四人と別れた俺は引き続き執務室に籠もっていた。そう、事業計画をまとめなければならないからだ。
因みに、アメリアとカミラ、ヘルミーナの三人は屋敷に戻り、セラフィは俺の護衛としてアイテムボックスの中に収まっていた。
そういえば、俺はあんまりこういうのを纏めるの得意じゃなかったんだよな。ほとんど課長に任せっきりだったし。とはいえ、無ければ無いで問題だし、作るしかないんだけど。
そんなことを思い出しながら、とりあえず分かっていることから書き出してみることにする。
アサヒナ魔導具店では、各種回復薬と魔導カード『神の試練』の販売をするが、コアとするべき事業は魔導カード『神の試練』の販売と普及だ。そうなると、アサヒナ魔導具店の経営理念は『娯楽を通じて種族間の絆を深めよう』といったところか。よし、これで行こう。
続いてアサヒナ魔導具店の強みについてだ。基本的にはアサヒナ魔導具店の商品は俺の『創造』で生み出す物がほとんどだから必要なのは俺の神力だけという、他の魔導具店と比べて原価面では非常に有利だ。それに、今まで貴族や一部の富豪にしか手が出せなかった魔動人形のような遊びを平民にも手が出せる物に落とし込んだ点で、高価な魔動人形とメインターゲットが被らないのも良い。
一方で、商品の仕入れ(というか創造)は俺にしかできないから、俺がいなくなったら何れ在庫が無くなってしまい、このお店は立ち行かなくなる。それに、そもそも娯楽にお金を使ってくれるのか。カードパックを買いたくなるような施策も打たないとね。
さて、続けて収支計画について考える。毎月のランニングコストとしてはベンノたちのお給料として金貨十六枚と錬金に使う素材、といっても回復薬を創るためのハイレン草くらいだ。
ハイレン草は魔物の森に行けば自分で採取できるだろう。あぁ、普通は回復薬を入れる瓶代が必要だが、俺が創る場合は不要だ。とはいえ、ヘルミーナやカイが作ることも考えて幾つか用意しておいたほうが良いだろう。小瓶一つは大銅貨一枚から二枚で買えるような代物だ。百個買っても大銀貨一、二枚なのでそれほど影響は無い。
また、魔導カード関連は先にも述べたように俺が『創造』するつもりだからコストといえば俺の神力だけなのでお金は必要無い。
そうなると、やはり人件費が最も大きな支出となる。
店長のヘルミーナに金貨八枚、店長代理となるベンノに金貨五枚、ティナとビアンカにそれぞれ金貨二枚、カイに金貨一枚と大銀貨五枚。合わせて、毎月金貨十六枚と大銀貨五枚が最低限必要になる。
一応、大口の顧客として、リーンハルトとパトリックが定価で毎月二十パックずつ合計四十パック購入してくれることになっており、それで大銀貨四枚分、ハーゲンには一割引きで毎月千パック購入してくれることになっており、つまり金板一枚の一割引きで金貨九枚、それが今のアサヒナ魔導具店で確定している一か月の売上だ。
つまり、残り金貨六枚と大銀貨五枚分、カードパック六百五十個分を売り上げる必要があるわけだが、カードパックだけでは売上を伸ばすことは難しいかも知れない。
そう考えると、屋敷の人員の費用をリーンハルトたちが持ってくれたのは本当に助かったことになる。王家の家令であるビアホフが紹介してくれる予定の八人を雇うのに一体どれだけ費用が掛かるのか、今となっては想像もしたくない。
あとは地道に回復薬を売るしかないんだけど、それも果たして上手く行くかなぁ。
回復薬は単価が高く、原価も低いことから多くの利益を見込めるのだが、うちの回復薬は市場価格よりも五割高く、そこまで気軽に買えるものではない、と思う。初級回復薬が大銀貨七枚と銀貨五枚、月に十本売れれば何とかなるんだけどなぁ。
それに、魔導具の基本とも言える回復薬は注意して販売しないと他の魔導具店と要らぬトラブルに繋がる。
例えば、冒険者ギルドで効果を宣伝でもしようものなら、冒険者ギルドに納品している同業の縄張りを荒らしたことになり、確実にトラブルに繋がってしまうのだ。俺としてはトラブルを抱えるリスクを取ってまで魔導具店で利益を出したいわけではない。以前アメリアが勧めてくれたように、必要なら冒険者として依頼を受けて一獲千金を目指したっていいと思っている。
とはいえ、従業員が安定した生活を送る為に店主が冒険者稼業で命を賭けてるってのは、あまりにも従業員に対して不誠実だと思うし、あまり良くはないんだけど……。背に腹は代えられない、か。
そんなことを考えながら、とりあえず毎月の販売目標をまとめた。
「とりあえず……。
・カードパック:五百パック(銀貨五百枚分)
・初心者セット:百セット(銀貨五百枚分)
・遊技マット:一枚(金貨三枚分)
・初級回復薬:五個(金貨三枚と大銀貨七枚、銀貨五枚分)
・中級回復薬:三個(金板一枚と金貨三枚、大銀貨五枚分)
これぐらいが現実的なのかなぁ。正直何がどれだけ需要があるのか分からないから、判断しづらいんだけど……。もう少し市場調査するべきかなぁ?」
何とも不安ではあるが、ひとまずこれだけ売れれば金板三枚大銀貨二枚に銀貨五枚、生前の価値観だと三百二万五千円相当となり、何とかベンノたちを雇いながら利益も出せるだろうという試算となる。
とはいえ、コンビニの売上って毎月千五百万円とかだっけ? 魔導具店と比べられるわけではないけど、もっと売り上げを伸ばす為に、新しい商品を考えておかないといけないだろうなぁ……。
気が付けば部屋の外はすっかり暗くなっている。
俺はここまで簡単にまとめた内容をヘルミーナに目を通してもらうことにした。本職の錬金術師でこのアサヒナ魔導具店の店長であるヘルミーナに意見を聞きたかったからだ。
屋敷に戻るとリビングで寛いでいる三人を見つけたので、早速ヘルミーナに話し掛けた。
「皆さんこちらにおられましたか」
「お、ハルトお疲れ様。作業のほうは落ち着いたのか?」
「ありがとうございます、アメリアさん。えぇ、何とか。おかげさまで、これから考えなきゃいけないこととか、やらなきゃいけないことが多くあることが分かりました……。それで、ヘルミーナさんにまとめた資料を確認してもらいたいのですが、今お時間を頂いてもよろしいですか?」
そう話し掛けながら、ヘルミーナにまとめた資料を手渡した。
資料を受け取ると、早速ヘルミーナが視線を資料に落とす。内容について確認してくれるようだ。一通り目を通したヘルミーナは眉間をほぐすような仕草をしながら顔を上げた。
「……ねぇ、ハルト」
「はい、何でしょう?」
「読めないんだけど」
「はい?」
「読めないって言ったの! これ、一体どこの言葉よ? そもそもこれは、文字なの? 記号なの? ハルト、またわけの分からないことを考えていないわよね?」
「いやいやいやいや、何ですか、そのわけの分からないことって! そんなこと考えてないですよ! それよりも、読めないってどういうことですか……。あっ!?」
「ちょっと、今の『あっ』て、何なのよ!」
「すみません……。そういえば、故郷の文字を使っていたのを忘れていました……」
そう、俺はこの世界の文字を鑑定眼を使って読むことはできていたのだが、書くことはまだできなかった。そして、今回も資料をまとめるのに生前慣れ親しんでいた『日本語』で書いていたことを忘れていたのだ。
「もう、驚かせないでよね。それで、何て書いてあるのか説明してもらえるかしら?」
もう、呆れることに慣れたのか、ヘルミーナも特に突っ込まない。
それはそれで寂しいような気持ちになるのは、なんでだろう? それはともかく、改めて魔導具店の事業や収益の予想について『言葉』でヘルミーナに伝えた。ヘルミーナだけでなくアメリアとカミラも興味深そうに聞いてくれた。
「ふーん、『娯楽を通じて種族間の絆を深めよう』ね。ハルトらしいというか、何というか。でも、ハルトが魔導カード『神の試練』を創った理由でもあるんだし、良いんじゃない? 事業の内容も聞いたけれど、今の所は問題ないかしら。ただ、ハルトに頼りっきりになっているのは何とかしなくちゃね。せめてハルトと同じ効果の回復薬は作れるようにならないと。同じ錬金術師としてお店の役に立ちたいしね」
ふむ。ヘルミーナとしては、俺のまとめた事業計画や収支計画については及第点のようだ。それに、問題点も良く分かってくれている。是非ともヘルミーナにも『高品質』な回復薬を作れるようになってもらいたい。近いうちに回復薬の作り方について話し合うのも良いだろう。
「それにしても、この魔導カードと遊技マットの販売予想は少し弱気なんじゃないか? もっと売れると思うんだけどなぁ。カミラはどう思う?」
「私も予想よりも、もっと多く買ってもらえると思う。でも、どんな物なのか分からないとなかなか買ってもらえない。それに、どんなカードが入っているかも分からないのも、買い辛いのかも知れない。もしかして、ハルトはもう何か手を考えてる?」
何やら期待の籠められた視線を向けてくるカミラ。同じく、わくわくするような視線を投げ掛けてくるアメリアとヘルミーナのに少したじろぐが、考えていた宣伝方法について説明することにした。
「そうですね、一つ考えていたことがあります。この王都に住む多くの人たちにアプローチする為には、人々の評判、つまり口コミが重要です。そのためには実際に魔導カード『神の試練』に触れて頂く必要がある。カミラさんの仰る通り、ただ売り出すだけでは買って頂けない可能性が高い。それは回復薬も一緒です。そこで、開店の際には先着百名の方に初級回復薬を二割引きで販売するつもりです。まぁ、それでも他所の回復薬よりは高価ですが、他の魔導具店からうるさく言われることは無いでしょう。そして、来店頂いた先着百名の方にはカードパックを一つ無料でプレゼントするつもりです。もちろん、どんなカードが入っているのか、種類や基本的な確率を一覧化して分かるようにするつもりです。あとは、このキャンペーンを店先に掲示して様子を見ようかと思います」
「なるほど。確かに広く知ってもらうには買いやすい価格にしたり、無料で配布するのも良いかもしれないな!」
「私たちも冒険者ギルドで他の冒険者に宣伝する!」
「まぁ、口コミで広めるだけなら、他の魔道具店も何も言わないか。それにしても、そんなに大盤振る舞いするようなことしてハルトは問題ないの?」
「えぇ、大丈夫です。回復薬は価格の割引はともかく、魔導カードはカードパック一つではたかだか五枚ですし、存分に楽しむにはもっとカードが必要になります。それに、欲しいカードが必ず手に入るというわけでもありませんしね」
そんな話をしていると、少しずつ夜が更けていく。
この後、セラフィも含めた五人で金色の小麦亭で遅めの晩食を取ると、ようやく忙しい一日を終えることができたのだった。
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