姉弟の過去と未来
さて雇用条件の確認も残すところビアンカとカイの二人だけとなった。
サクッと終わらせて自分の作業(事業計画書)に移りたいところだ。ということで、早速セラフィにビアンカを連れてくるように伝えていた。ほどなくして部屋を扉をノックする音が聞こえた。
「主様、ビアンカを連れて参りました」
「入ってください」
そう言うと扉を開き、セラフィの後ろに続いて少し緊張気味にビアンカが入ってきた。俺はソファーから立ち上がり、先ほどまでティナが座っていた正面のソファーに腰を掛けるよう促すと、やはり緊張しているのか落ち着かない様子でビアンカがソファーに腰掛けた。
「よくきましたね、ビアンカさん。貴方の雇用条件について話し合いたいのですが、その前に幾つか質問をするので答えてください」
「は、はい!」
ビアンカの元気良く返事する姿を見て少し笑みが溢れる。
先ほどまで初老の男性と貴族の女性を相手にしていたので、まだ成人したばかりの初々しさが残る少女の反応が微笑ましく感じられたのだ。
「ふふ。では質問ですが、ビアンカさん。ビアンカさんのご両親は村に残られているのですか?」
「いえ、お父さんもお母さんも幼い頃に亡くなったので、もういません。その後は近所に住んでいた叔父さんのお家に弟と二人で住まわせてもらってました。そのお家が魔導具店をやっていたのでお手伝いをしていたのですが、その叔父さんが体調を崩して店を畳むことになって、収入も無くなったから、もう私たちを置いておけないと言われて……。それで、仕方がなく弟と一緒に王都まで仕事を探しにきたんです」
何か、思った以上に重い話を聞いてしまった……。
ビアンカとカイの二人は行くあてがなく帰るところもない、本当に止む無く王都にきたと言うことらしい。
「それは、すみません。悪いことを聞きました」
「いえ。もう気にしていませんし、アサヒナ様も気にされなくていいですよ。それにこんな素敵な寮に弟と一緒に住めて、弟と一緒に働けるなんて、本当に嬉しくて! 私たち、凄く感謝してるんです。アサヒナ様、本当にありがとうございます!」
少し悲しそうな表情だったが、ビアンカの感謝の言葉は本当のようだ。その目が既にキラキラと輝いたものに変わっている。
「そう言ってもらえると助かります。それではもう一つ質問なのですが、叔父さんの魔導具店ではお給料をどれ位もらっていたのか、差し支えなければ教えて頂けますか?」
「えっと、そのお給料と言うものではなかったのですが、毎日銀貨一枚を頂いてました。弟も一緒です」
なるほど……。家のお手伝いだから給料と言うよりはお小遣いとして渡されていたのか。しかも、銀貨一枚。つまり前世の感覚で千円程度。流石に成人間近の子供でも少ないかなと感じたけど、月換算だと三万円。高校生のアルバイトと考えれば充分か、いや待て、こっちはフルタイムだぞ、うーん。
そんなことを考えたが、とりあえず、これについては結論を出すには至らず思考を放棄することにした。大事なのはビアンカのこれからの給料についてだ。
「なるほど、良く分かりました。では、ビアンカさんのお給料についてお話ししますね。ビアンカさんのお給料は毎月金貨二枚になります。よろしいですか?」
「きっ、金貨!? ア、アサヒナ様、あの聞き間違いで無ければ、今、金貨と聞こえたのですが……。気のせいですよね?」
ビアンカがかなり動揺した様子で聞き返してくる。
「えぇ、金貨二枚と言いました。これは、ビアンカさんへの施しでも何でもありません。ビアンカさん、この店でお手伝い程度の接客は要りません。私が求めているのは、そうですね。この王都でも上位五軒に数えられるような商店と同等の接客です。私はビアンカさんなら、それができると思い、この金額を提示しています。どうでしょう、やって頂けませんか?」
ビアンカの事情を聞いた上で、俺は恐らく彼女が聞いたこともない金額を提示した。勿論、多少打算はあるが彼女が了承してくれるだろうという金額だ。それと、その条件だ。この王都の上位五軒に数えられる商店となると、それは最上位クラスの商店と言える。
まぁ、その店を体感する為に必要な費用は研修費として俺が持つつもりだが、それでも彼女は恐縮した様子で俺の顔を伺っているようだった。
「そう緊張することはありません。今言った条件はどちらかというと努力目標、つまりできるかどうかは置いておいて、できることを目指す、というほうがイメージし易いと思います。そういうことですから、勿論ビアンカさんには王都で上位の接客と言われる商店に出掛ける為の費用も用意します。それで、ビアンカさんに何か得るものがあったなら、それだけで私にとっては儲けとなりますからね」
「わ、わかりました! きっと、アサヒナ様に、このお給料に見合った働きができたと言って頂けるように、精一杯勤めて参ります!」
「はい、よろしく頼みますね」
俺はそう言いながらベンノやティナにしたように、右手を彼女の前に差し出した。ビアンカも右手を差し出して俺の手を握ると、左手も添えて二人で仲良くシェイクハンドした。
・
・
・
さて、残るはカイだけとなった。
ビアンカが部屋から出て行った後、これまで通りセラフィにカイを部屋まで連れてくるように言った。そして、今、俺の正面のソファーにカイがビアンカと同じように恐縮して座っている。
「まず始めに、カイさんには先に謝っておきます。すみませんが、カイさんとビアンカさんがどのように暮らしてきたのか、その境遇について、先ほどビアンカさんに確認させてもらいました。質問に答えてくれたビアンカさんのことは許してあげてください」
そうカイに伝えて俺は頭を下げた。
彼もビアンカと共に相応の辛い思いをしながら王都までやってきたのだ。それを蒸し返すような、ある意味では下種なことをしたと感じた俺はカイに対してその行為を謝った。
「あ、あの! アサヒナ様に頭を下げて頂く必要はありません! その、確かに僕たち姉弟は幼い頃に親を無くし、周りの大人に頼りながらこれまで生きて参りましたが、それは私たちの意志でやってきたことですので。どうか頭をお上げください!」
「そうですか。それなら、この話は終わりにします。では、改めてカイさんには幾つか質問に答えて頂けますか。この前聞いた話では魔導具店で売り子をしていたということでしたが、魔導具の制作にも関わっていたのではないですか?」
「……アサヒナ様は鋭いですね。確かに、叔父さんのお店では売り子をしていましたが、店が暇な時は魔導具、と言っても初級回復薬ですが、その制作を手伝っていました。最初は本当にただの手伝いでしたが、次第に色々と任されるようになって。その頃から叔父さんも体調が悪くなったみたいで、それ以上のことは教えてもらえなかったのですが、もっと色んな物を作ってみたかったですね……」
「カイさんは、錬金術師になりたいのですか?」
「そうですね、もし錬金術師になれたら生活に困窮することも無くなるでしょうし、それに錬金術は魔道具で皆の生活を豊かにする大事な役目があるんだって、叔父さんも誇りを持ってやってましたから。だから、いつか、僕も一人で回復薬を作れるくらいの錬金術師になれればって、そう思っています!」
そう言ったカイの表情は希望に満ちたとても良い表情だった。
きっと、既にカイの中には今後の人生設計ができているのだろう。ならば、俺はそれを後押ししてあげるだけだ。それに、カイに適性があるのも既に分かっていることだしね。
「ふむ。では、カイさんには店長のヘルミーナの元で錬金術師の見習いとして勤めて頂きます。それと、カイさんが優れた錬金術師になれるようにできる限りサポートしたいと思います。その一環として、国立職業学校にも通ってもらいますね」
「は……えぇっ!? 本当に良いんですか? その、アサヒナ様はお店で働く人を探しておられたんですよね? それなのに国立職業学校に通うだなんて、本当に良いのでしょうか?」
カイは少し驚いているようだったが、これしきのことでそこまで驚かれても困る。俺としては、カイにこの魔導具店の専任の錬金術師になってもらいたいのだから!
「もちろん本当です。カイさんには錬金術師としての素質があります。それを腐らせて置くのはもったいないでしょう? だから、カイさんにはアサヒナ魔導具店の錬金術師になってもらいたいのですが、如何でしょうか?」
「僕が錬金術師に!? まさかっ!? ……いえ、僕としては、全く問題ありません! 是非ともやらせてください、よろしくお願いします!」
「そうですか。なら、しっかり学校で学んで、その成果をお店で発揮できるように努めて頂ければ問題ありません。それから、カイさんのお給料は金貨二枚を考えていましたが、学校に通っている間は入学費用や授業料を差し引いて、金貨一枚と大銀貨五枚となります」
「えぇっ!? き、金貨ですか!? それに、学校に通わせて頂けるってお話だったのに、私がお給料を頂いてしまっても良いのでしょうか?」
「はい。もちろん、時間の空いているときには店を手伝ってもらいますが、カイさんの仕事はしっかり学校で勉強して、一人前の錬金術師になることです。そして、それにお給料を出すのは、カイさんに期待しているからこそなのです。これからよろしくお願いしますね」
「はっ、はい! ありがとうございますっ! アサヒナ様のご期待に添えられるよう、たくさん勉強して早く一人前の錬金術師になってみせます! よろしくお願い致します!」
カイはよほど嬉しかったのか、ソファーから立ち上がると俺の右手を両手で取って大きく上下させた。何だか俺も嬉しくなってくる。
これでカイは錬金術師になる為の一歩を歩み出した。今後学校で知識を学んで、ヘルミーナ、そして俺が英才教育することで、きっと一人前の錬金術師に育ってくれるに違いない。今から将来が楽しみだ!
・
・
・
後に、ハルトの英才教育(という名の地獄の特訓)を受けたカイは、マギシュエルデでも一、二を争うほどの錬金術師に成長するのだが、それはまた別のお話。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!




