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ご馳走と禁じられたエール

 さて、昨日はアメリア、カミラ、ヘルミーナ、そしてセラフィの四人と話をした後、この屋敷をもう少し見てみたいという皆の希望もあって、今夜はこの屋敷に泊まることになった。


 俺としてはこの屋敷に住む前に『金色の小麦亭』のマルティナやルッツに挨拶をしてからと思っていたんだけど、想像以上にこの屋敷を気に入ってくれたみたいだ。


「まぁ、当たり前よね。私は既に家も店も売りに出しているわけだし、最初からハルトの用意してくれた屋敷に泊まるつもりだったし」


 あぁ、そうだった。


 ヘルミーナの場合は既に帰る家がないのだから、ここに泊まるしかないか。というか、俺が土地を借りれなかったらどうするつもりだったんだ?


「それに、ここのお風呂も気になってたしね!」


「広いお風呂、すごく楽しみ!」


「私も入ってみたいです!」


 アメリアとカミラ、それにセラフィの三人はお風呂が気になっているだけのようだけど……まぁ、いいか。


 ただ、夕飯を食べようにも屋敷の中には材料も何もない状況だったので、結局はいつもの通り金色の小麦亭に戻ることにした。


 もちろん今日はヘルミーナとセラフィも一緒だ。金色の小麦亭は宿泊客だけでなく、食事だけを楽しみたいと言う客にも料理を出してくれるから問題ない。そう、問題ないのだが、ただ一つ気になることがあったので宿につく前に確認することにした。


「そういえば、セラフィって食事ってできるの?」


「はい、主様。食事自体は不要ですが、可能です。身体の構造は人間族のそれとほとんど同じですから」


「え、そうなの!?」


 それって、つまり生命体を創り出したってことか!?


 そういえば、この前セラフィのステータスを確認したときに種族が『魔動人形?』って疑問形になってたような……。やっぱセラフィを創ったのはやっちまった系のことなのかなぁ。今度神殿に行ったときに世界神に聞いてみよう。


 まぁ、ひとまず今日のところは見なかったことにしておこう……。


「本当に!? それは凄いなぁ。流石は俺のセラフィだ!」


「いえ、この場合凄いのは私ではなく、主様かと!」


「まったくよねぇ、人とほとんど同じだなんて。生命を創り出すなんてありえないわ。それこそ『神の御業』よね……。ハルト、アンタ神様だったりするわけ?」


 ドキッ!


「あ、あは、あははは……」


 ヘルミーナの鋭い指摘を笑って誤魔化す。と同時に、「なるほど、確かにこれは神の力。そう言われると神様の眷族になったっていう実感が湧くなぁ」などと考えていた。

 そんな話をしながら金色の小麦亭に向かうと、すぐに日も暮れて、ちょうど夕食時になっていた。


 そうして辿り着いた金色の小麦亭の扉を開くと、アメリアとカミラがいつも通りカウンターの奥に向かって声を掛ける。


「「ただいま!」」


 すると、いつも通りマルティナがキッチンのほうから現れた。既に夕飯の支度をしていたようだ。


「おかえり。おや、今日は五人なのかい? 流石にその子をあんた達の部屋に泊まらせるわけにはいかないから……今空いている部屋だと大銀貨一枚になるけど、いいかしら?」


 マルティナがヘルミーナとセラフィを見て宿泊客と思ったみたいだ。まぁ、確かに俺がここにきたときも突然アメリアとカミラが俺を連れてきたわけだし、マルティナがそう思うのも仕方がないか。


「ありがとう。でも、私たちは夕飯を食べに来ただけだから、大丈夫よ」


 ヘルミーナがセラフィの袖をつかんでマルティナにそう話すと、続いてアメリアもマルティナに答えた。


「あぁ、マルティナさん。私たちも夕食を食べに戻っただけなんだ。今日は他所で泊まることにしたからさ。それと、近々ここを出ていくことになるから、そのことを話したいと思ってね!」


「なんだい、改まって。どこかへ遠征でもするのかい? それとも、他にいい宿でも見つけたのかい?」


 ちょっと寂しそうな顔を見せるマルティナに、慌てたアメリアとカミラがすぐに彼女の言葉を否定した。


「違う違う、そんなんじゃないよ。ここよりいい宿なんて滅多にあるもんじゃない!」


「そう、金色の小麦亭は王都一!」


 アメリアとカミラの二人が金色の小麦亭を持ち上げると、マルティナは少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに顔を上げた。


「そう言ってくれると嬉しいよ。二人とも、ありがとうね。……それなら、どうして出ていくことになったんだい?」


「実は、信じられないかもしれないけどさ。このハルトがリーンハルト王子とパトリック王子の二人から褒美として貴族街の近くに土地を賜わってね、そこに建てた屋敷に皆で住むことになったんだ! つまり、これからは宿暮らしではなく、この王都に定住することになったんだよ!」


 アメリアはそう誇らしくマルティナに話すと、マルティナもそれに驚きながらも喜んでくれた。


「そうなのかい? それなら凄くおめでたいことじゃないか! いや、蒼紅の魔剣の二人なら、そのうちにこの宿を出て自分たちの拠点を作るだろうとは思ってはいたけれど、私の想像以上に早かったから驚いたよ。それにしても、この前連れてきた少年がねぇ……あんたたち、なかなか見る目があるわねぇ」


「そんなことない、私たちはたまたまハルトに出会えただけだから。でも、ハルトは本当に凄い。だって、リーンハルト王子とパトリック王子の二人から『御用錬金術師』に指定されたんだから!」


 カミラは謙遜するように話したが、俺のことはしっかりアピールしてくれたからマルティナは目を白黒させて驚いていた。


 うーむ。やっぱり御用錬金術師になるってことは凄いことみたいだ……。


「それは本当かい!? 御用錬金術師なんてここ最近聞いたこともなかったよ! しかも、二人の王子から指定されるなんて、滅多にないはずさ。あんた、まだ小さいのに凄い錬金術師だったんだねぇ……」


「あは、あはははは……。そうかも知れませんね……」


「まぁ、うちの宿としてはあんたたちが出ていくのは残念だけど……。そんなにめでたいことがあったのなら、今日はご馳走を用意しないとね! ルッツに頼んでとびっきりの料理を用意するから少し待ってな!」


 そうマルティナは言うと、すぐにカウンターの奥に姿を消す。


 俺たちも後を追うように一緒に食堂に向かうと、いつもの四人掛けのテーブルに誘導された。すると、すぐにマルティナが椅子をもう一つ持ってきてお誕生日席を用意してくれた。


「ルッツにはあんたたちのことを話しているから、今夜の料理は特に気合を入れて作っているよ。楽しみに待ってな!」


 そう話しながらグラスに注いだ水を俺の前に差し出すと、マルティナは俺に一つウィンクしてから他のテーブルの接客に向かう。


 うん。ま、いつも通り、か。


 暫くすると、ルッツが厨房を出て自ら料理を運んでくれた。ルッツ自身もいきいきとしている。今夜の料理にはよほど自信があるようだ。


「やぁ、お待たせ! マルティナさんから話は聞いてるよ。貴族街近くの屋敷に住むことになったんだって? しかも、この子がリーンハルト王子とパトリック王子の二人から御用錬金術師に指定されるなんて、本当に凄いことじゃないか! そんな凄いお客さんにはこれからも御贔屓にしてもらわないといけないからね。今夜の料理はとっておきの材料を使わせてもらったよ! だから、しっかり味わって食べて欲しいかな!」


 そう言って、ルッツが目の前に料理を並べる。


 分厚く切られた肉汁たっぷりのステーキ、それにバターの香りがたまらない大きな魚のムニエルにはきのこのソースが添えられている。それから琥珀色をしたコンソメスープ。その中には赤い野菜のようなものが漂っていた。


 テーブルの真ん中に置かれたのはいつものバゲットのスライスではなく、小ぶりなロールパンほどの白いパンが籠に盛り付けられていた。


「このAランクの魔物、レッドドラゴンのステーキは滅多に手に入らない逸品だよ!」


「レッドドラゴン!?」


「あぁ、レッドドラゴンはAランクの、物凄く危険な魔物だ。でも、何故か強い魔物ほど食べると美味いんだよ。だから、高値で取引されている。そういう理由もあって、冒険者たちも危険を犯して狩りに行ってくれるというわけさ!」


 ルッツの言葉に納得する。なるほど、魔物は強いほど美味いのか……。


 しかし、レッドドラゴンなんて見たこともないけど、よく食べようなんて思ったなぁ。


 まぁ、日本にも『よくこれを食べようと思ったな!』と思うものは確かにあった。毒のあるフグや糸を引くほど発酵した大豆でできた納豆、蒟蒻芋だってそこまでして食べるのかと、呆れを通り越して尊敬に値するものだった。日本人以外からしてみれば。この世界の人たちにも、どこかそうした気質があるのかもしれないな。


「……ハルト、ハルト。ハルト、そろそろ食べよう!」


 下らないことを考えていたが、カミラに声を掛けられてようやく意識が目の前の料理に戻ってきた。このような美味しそうな料理を目の前にして食べないわけにいかない。


「そうですね! では、頂きますっ!」


「「「「頂きます!」」」」


 まず初めに、件のレッドドラゴンのステーキに手を付ける。


 脂で輝く肉の表面にフォークを突き刺すと、肉とフォークの僅かな隙間から肉汁が溢れるように出てくるほどジューシーに焼き上がっている。しかも、驚くほど柔らかい。これは、ルッツが調理した成果なのか、それともレッドドラゴンの肉が持っている性質なのか。それは分からないが、早速一口大に切り分けて口に入れてひと噛み。すると、瞬く間に濃厚な肉汁が口の中いっぱいに広がり、気が付けば肉が口の中から消えていった。


 サーベルリザードは鶏肉のような旨味だったけど、それとはまた違う旨さだ。どちらかというと高級な霜降りの和牛肉を食べたときみたいだ。でも、それでいて脂がしつこくない。これは、確かに凄い肉だ!


 その後は肉にフォークを刺しては切って口に入れるという工程を繰り返すだけのロボットにでもなったかのように、一心不乱に食べる。食べる、食べる、食べる……。


 はっ!? もう肉が無いだと!?


 気が付いた時には既にレッドドラゴンのステーキは跡形もなく胃袋の中に収まっていた。


 もっと食べたかったけど仕方がない……。そうだ、今度ドラゴンを狩りに行こう!


 気を取り直して、先ほどからバターの香りが気になっていた魚のムニエルを頂く。こちらもカリッとした衣にフォークとナイフを入れると、中から魚が持つ油脂がぴゅっと飛び出てくる。それと同時にさらなるバターの香りが立ち上る。


 たまらず口に入れると、衣と魚の身が一体となってバターの風味と香辛料の香り、そして魚の旨味が口の中一杯に広がって消えていく。その香りが鼻から抜けると、先ほどまでレッドドラゴンのステーキを食べて満足していたはずのお腹が再び鳴り始めた。


 ここからはもう何も考えず、白くて柔らかいパンとコンソメスープ、そしてまたムニエルと食べていると、いつの間にか手元のお皿はすっかり空になっていた。


 周りを見ると他の四人はまだ食事を楽しんでいるようで、思ったよりも早く食べ終えたみたいだ。


 それにしても本当に美味かった。素材も良かったんだろうけど、ルッツの腕が良いんだろう。


 満腹感に満たされて椅子にもたれ掛かりながらそんなことを考えていると、木製のジョッキを持ったマルティナがやってきた。


「これはうちの宿からこれまで泊まってくれたお礼も兼ねて、特別サービスさ。お代わりするならまた頼んでおくれよ!」


 マルティナがアメリアとカミラ、ヘルミーナ、そしてセラフィに差し出したのは薄く細やかな泡が立った琥珀色の飲み物、所謂エールのようだった。


『ゴクリッ』


 この世界にきてから酒なんて見てなかったから気にしなかったが、目の前にあると思わず飲みたくなる。


「マルティナさん。ソレ、私にも頂けますか?」


「だめだよ、あんたはまだ成人してないだろう? お酒は成人してから飲むもんさね。ほら、代わりに果実水を入れてあげるから少し待ちな!」


 そう言ってマルティナは持ってきた水差しから果実水をグラスに注いでくれたのだが、やはり目線がアメリアたちが飲むエールを追い掛ける……。


「ングングング……っぷはぁ! たまんないねぇ!」


「コクコクコクコクッ……ぷふぅ。うん美味しい!」


「コクコク……。うーん美味しい、かな? 香りがいいのは分かるけど……」


 あああっ!!!


「ふむ。香り高く、芳醇な味わいと言えばいいのでしょうか……。これはなかなか美味ですよ、主様!」


 アメリアとカミラ、それにセラフィも行ける口のようだけど、ヘルミーナはまだそこまでエールの美味しさを分かっていないみたいだ。まぁ、まだ成人してから間もない女の子だとそんなものかも。


 それにしても……。


「うぅ、セラフィ……一口ちょうだ「「駄目!」」」


「我慢してください、主様」


「ヘルミーナにはまだ早かったかな? でも心配しなくても、そのうちコレがたまらなくなるって!」


 まぁ、アメリアの言う通りかな。俺もそんな感じだったし……って言ってる間に皆で飲んでしまった。うぅ、俺も一口この世界のエールを試してみたかったのに……。


「うぅっ。俺も飲みたかった……」


「「「「ハルト(主様)は大人になってから(です)!」」」」


 結局、この世界のエールを、いやエールの泡すら口にできないまま、金色の小麦亭での食事を終えることとなった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

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