ヘルミーナ:師匠との出会い
私はヘルミーナ・ブルマイスター。
この王都で名工と謳われた錬金術師、アレクシス・ブルマイスターの孫娘。当然だけど、私もお祖父様のような名工と言われる錬金術師を目指しているわ。
だけど……お祖父様はつい一月前に突然亡くなってしまったの……。
これまでは私とお祖父様の二人で、この『ブルマイスター魔導具店』を切り盛りしていたけれど、これからは私一人でこのお店を守らなきゃ!
そう思っていたんだけれど、どうやら現実は甘くないみたい……。
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「一体いつまで待てば魔動人形を引き渡して頂けるのですかっ!」
その日、お祖父様が亡くなってから暫く休んでいたお店を開き、初めて一人で店番をしていたところに、この怒声が鳴り響いた。
声の主はまだ若い男だった。
その容姿は良く整っており、身なりも良く、その顔を見たら一体誰の声だったのかすぐに理解した。普段は品行方正で、平民にも分け隔てなく接して頂けることで有名なシュプリンガー伯爵様から、このような怒声を頂いたのだからよほどのことなんだろう。
でも、私には、一体何がそんなに伯爵様を怒らせているのか、状況を理解できていなかった。だから、恐れ多くも私は、何とも理不尽だと心の中でため息を吐き出した。
しかし、私と比べて大きく身分が違う伯爵様に、そのような態度をとるわけにもいかず、恐る恐る何があったのか聞いてみた。
「これは、シュプリンガー伯爵様。ようこそブルマイスター魔道具店へ。何かございましたでしょうか?」
「……ヘルミーナさん、よろしいですか? 私は貴女のお祖父様、アレクシス殿には既に白金貨五枚という大金をお支払いしているのです! アレクシス殿が亡くなられたことは残念に思いますし、考慮すべき事態であるとは思いますが、依頼をしている私としては、既に代金をお支払いしている以上、魔動人形を仕上げて頂かなければ納得できません! 今日のところはこの辺りで帰りますが、次にお伺いするまでに魔動人形の引き渡しをお願い致しますよ?」
「……は、はい、分かりました……」
話すだけ話した伯爵様は、お付きの剣士とともに店から出て行った。
もの凄い勢いで捲し立てる伯爵様に気圧されて、何とか一言口に出せただけだったが、暫くしてようやく状況の理解に頭が追いつき、そして気が遠くなった。
お祖父様は亡くなる前にシュプリンガー伯爵様から魔動人形という魔導具の制作依頼を請けていたらしい。しかも、ただの魔動人形ではない。
以前お祖父様が創り、そして国王陛下に献上されて大変お褒め頂いた魔動人形と同じ物を依頼されていたらしい。
『らしい』と言ったのは、私はそのことを知らなかったからだ。そして、そのことを先ほど店を訪ねてきたシュプリンガー伯爵様から初めて聞かされることとなったのだ。
ガタッと座っていた椅子が思わず倒れそうなほどずれる。全ての力が抜けて全身を椅子に預けたせいだ。
「何でこんな仕事残して死んじゃったのよ、お祖父様……」
下を向くと涙がこぼれそうだから、暫く天井を見つめる。
でも、何とかしなきゃ。お祖父様の名前を私が汚すわけには、いかないわ!
とはいえ、この魔動人形制作は白金貨五枚もの依頼だった。
正直、気が遠くなる金額よね……。
白金貨なんて私は見たこともない大金だけど、お祖父様はその大金を使いきって、高価な魔導具、魔動人形の素材を買い集めて既に制作に取り掛かっていたみたい。
お祖父様の工房の片隅には、既に完成しているかのように見える魔動人形が収められているのを発見したときは『これで依頼を達成できる』と喜んだのだけど、それも束の間。何をどうやってもその魔動人形はうんともすんとも動く気配がなかった。
「どうしてっ!? なんでなのよっ!!!」
『ドンッ!』
思わず私は机に両手を思い切り叩きつけた。
鈍い痛みがこぶしに広がり、机を叩いたことを後悔する。それと同時に、誰かを頼るアテもなく、どうしようもない状況なのだという事実がはっきりとしてくると、また瞼から涙が溢れてきそうだ。
その時、誰かが店にやってきた。
なんと間の悪い客なのだろうか……。
このような状況では新たな依頼など受けられないだろうし、そもそも接客だって上手くできるとは思えなかった。しかし、客を蔑ろにしてはお祖父様の名を汚すことに繋がるかも知れない。だから、私は精一杯の挨拶をしようと思った。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
「あの、こちらで魔動人形というものを扱っているというお話を伺いまして。一度どのようなものか見せて頂きたいのですが……」
やってきたのは冒険者と言うには優な、しかもまだ成人していないだろう少年だった。
いや、恐らく少年なんだと思う。フードを深くかぶった姿と声の高さからそう思ったんだけど、もしかすると少女かもしれない。そして、正体不明の少年(?)はいきなり『魔動人形』などという私の心を刺すような言葉を放つ。
それを聞いてついに私は耐えられなくなり、堰を切ったように泣いてしまった。客の前でろくに接客もせずに泣き出すなんて客にとってはなんと迷惑なことだろう。何故か冷静にそんなことを考える。
だが、その少年は私を介抱してくれただけでなく、相談に乗ってくれるという。しかも、自分も錬金術師なのだという。流石に信じられるわけもなく、その時はただ少年が不甲斐ない私を慰めてくれるために言った言葉だと思ったのだけれど……どうやら、ちょっと変わった錬金術師みたい。
だって、少年はハイレン草から『瓶入りの回復薬』を創り出したのだから!
「嘘っ……!?」
ありえないわ! 一体何の魔法を使ったの!?
ハイレン草から初級回復薬を錬金できるのは初歩的な錬金術なので驚くことはない。だけど、ハイレン草から『瓶に入った状態』の回復薬など創れるはずがないのだ。なぜなら、『瓶の素材がない』のだから……。
こんなの、お祖父様でもできないかも知れない……。一体何者なの、この少年は……?
「信じて頂けました?」
「まさか、ありえないわ……。いえ、百歩譲ってその歳で錬金術で回復薬を創れたのはまだいいわ。だけど、どうして『瓶に入ってる』のよ!? 普通は入れ物を用意して、その中に錬金で抽出した回復薬を入れるのに……。貴方、一体何をしたの!?」
「えっ!?」
私が指摘したことに少年はとても驚いた様子だったけど、次第に納得したように、私にこう言った。『錬金術を極めた者だけができる特別な能力』なのだと。
そんなことはお祖父様からも聞いたことがない。
でも、少年の言う通り、錬金術師には門外不出の秘技があるという噂は聞いたことがあった。もしかして、これがそうだと言うの? それも、こんな成人もしていない少年が使うなんて……?
まだ私の心の中は驚いたままだったけど、そんな中、少年が名前を教えてくれた。
少年の名前はハルト・アサヒナというらしい。最近王都に来たという。なるほど、こんな意味が分からない錬金術師が王都でまだ噂にもなっていない理由が分かった。それにお祖父様の名前を知らない理由も……。
それだけでなく、どうやらこの少年は、先ほどのシュプリンガー伯爵様とのやり取りの様子を見ていたらしい。こんな子供にまで見られていたなんて情けないけれど、今日の私は疲れているのか、ついつい弱音を吐いてしまう。やっぱり、随分参っているみたいね……。
そんなことを考えていると、この少年は創りかけの魔動人形を見てみたいと言い出した。
何かできることがあるかもしれないと言うけど、本当にそんなことができるのだろうか。でも、このときの私は何故か『この少年と一緒なら、ハルトと一緒なら何かが変わるかもしれない』と、そんなことを思った。
以前、お祖父様から聞いたことがあるのだけど、魔動人形を動かすには精霊核が必要なんだって。でも、この魔動人形にはまだそれが用意されていなかった。多分、精霊核の素材となる精霊石の採取依頼を冒険者ギルドに出したままなんだと思う。
熱心に魔動人形を調べていたハルトは精霊核について知らないようだったので説明したんだけれど、とんでもない事実が分かった。ハルトが言うには、精霊石から精霊核を錬金するには熟練の錬金術師の協力が必要らしい。
そんな……熟練の錬金術師なんて、この王都にはお祖父様以外にはいなかったはずよ。それってつまり……。
その事実を受け止められず、また俯いてしまった。今日は気持ちが滅入ることが多すぎじゃないの!?
何だか悲しみが怒りの感情に変わり始めた時、ハルトが熟練の錬金術師を見つけたと言った。しかも、それはハルト自身だという。
「アンタ、バカ? こんな時につまらない冗談はやめてよね!」
「ならば、これを見て納得してください!」
そういって、ハルトが初級回復薬から、中級回復薬を創り出し、中級回復薬から上級回復薬を、そしてなんと、上級回復薬から特級回復薬を創り出したのだ。
そんなっ!? 本当に特級回復薬、なの?
確かに瓶の中身を見て見ると、以前お祖父様に見せてもらったものとよく似ている、と思う。正直それが本物かどうかは分からない。でも、上級回復薬から特級回復薬を創り出すところは以前お祖父様に見せてもらったことがあった。それに、ハルトの言うことは不思議と信じられた。きっと本物なんだろう。
となると、あとは精霊石を集めるだけね!
そう考えているとハルトが、自分が依頼を受けて精霊石を集めてくると言い出した。
どうして!? どうしてハルトはそこまでしてくれるの? こんな貴族が関わるような面倒事に、特別親しい間柄でもない私なんかに……。
そんなもやもやとした気持ちを秘めておくことなんかできず、私はハルトに問いただした。
すると……。
「確かに、そうかもしれませんね。でも、困っている人がいて、それを助けることができる力があるなら、やっぱり助けてあげたいじゃないですか」
そんなことを言うと、おもむろに被っていたフードを外す。
「改めまして、私はハルト・アサヒナという一介の錬金術師です。ですが、私なら魔動人形を完成させられるかもしれません。どうです、もしよければ、私に掛けてみませんか?」
そういって、私の手を両手に取って優しく握ってくれた。
な、なんなのよ、コイツ!?
いきなり現れた見たこともないような美少年に思わず戸惑ったけど、それがハルトだってことに気づいた。恐らくフードに認識阻害の効果が付与されていたんだと思う。
それにしても……。
ハルトってこんなに可愛かったの!?
正直、今の私はハルトを直視することも難しい。なぜなら、私の顔が紅潮していると分かるほどに顔の火照りを感じたからだ。
このままだとちょっとまずいかも……。
すると、ハルトも気づいたみたいで気遣ってくれたようだ。
「あの、大丈夫ですか?」
大丈夫なわけないじゃない!
でも、思っていることと違う言葉が口から出る。
「ア、アンタ、本当にバカね。でも、ありがとう。私、アンタのことを、ハルトのことを信じるわ!」
果たして、どちらが本当の自分の気持ちなのか……。
ハルトの姿を見てから、何だかふわふわとしたようなこれまで感じたことのない気持ちになったみたいで戸惑っていたんだけれど、この気持ちって、まさか!? でも、そんなはずないわ! だって、私は十七歳で、こんな子供に、『恋』なんてするはずなんてないもの!
でも……。
「ええ、任せてください!」
こんなに自信をもって言ってくれるなんて……。
私は成人してからそれほど間がないけれど、それでも男女の機微について多少の知識はある。だから、今のハルトの行為の意味くらい分かっているつもりよ。これって、所謂『プロポーズ』ってやつね!
こ、これは、ハルトは、私に……。それなら、私も応えないと!?
だから、私は心を決めた! ハルトに対して自分の気持ちに素直になるってことを!
だから、精霊石を探す依頼も一緒に受けようと思う!
だって、ハルトと一緒ならきっと世界は変わる。ハルトと一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる。そんな気がしたから! ハルトと一緒なら、きっと上手くいくわ!
そう、きっと近い未来に、現実になるはずよ!
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
また、多くのブックマークと評価を頂きありがとうございます。
大変励みになります。
さて、第二章が終了しました。
もう一つ閑話を挿んで第三章突入予定です。
これからも引き続き、よろしくお願い致します。




