屋敷の確認
俺たち四人が屋敷の前に着くと、敷地の前には物珍しそうに中の様子を窺う人だかりができていた。どうやら二十人ほど集まっているようだ。
「皆さん、うちの屋敷に何か御用でしょうか?」
一応、俺が代表して集団に一言声を掛けると、集団の中でも特に身なりの良いおっさんが俺の前にずいっと出て来た。
「おい、お前今『うち』って言ったか!? お前の親を連れてこい! この屋敷のことで質問がある!」
何だかおっさんは焦った様子で俺に親を連れてこいといったのだが、残念ながらこの世界に俺の両親はいない。強いて言うならアメリアとカミラが俺の保護者というところだが……。
「申し訳ありませんが、私には両親がおりません。この屋敷のことでしたら私がお答え致しましょう」
身なりの良いおっさんは頬をひくっと引き攣らせたが、どうやら気を持ち直したようで、俺に屋敷について聞いてきた。
「なるほど、親がいないのならお前に聞くしかないな! ここの屋敷はずっと空き家で王家の管理下にあったはずだ。昨日まではこんな立派な屋敷ではなく、もっとボロボロに朽ち果てた屋敷だったがな。それが、今朝見たらこんな立派な店と、屋敷が建っている……。一体何がどうなってこんな状態になっているのか説明してもらおうか?」
「なるほど、皆さんはこの近くにお住まいの方でしたか。私はこの度、こちらの古い屋敷があった土地をリーンハルト様とパトリック様から賜わりましたので、ここの新たな住人でございます。後ほど近所の方にはご挨拶に伺わねばと考えていたところです。それから、こちらの建物ですが屋敷があまりに朽ちておりましたので私が新たに建て直しました。あと、私は錬金術師でもありますので、こちらに魔導具店でも開こうかと思い、店舗も建て直した次第です。皆さん、ご理解頂けましたでしょうか?」
俺がそう言うと、身なりのいいおっさんは口をあんぐりと開けて俺の言葉を理解できていないようだった。
おっさんだけではない。周りの集団も俺の言ったことが本当なのかどうか判断しあぐねているようだ。
うーん。確かに一日で敷地の中が変わると何が起こったのかと気になるのも仕方がないかもしれない。
「リーンハルト様とパトリック様の御名前を出すとは……。それにお前のような子供が錬金術師だとう!? しかも、い、一日で屋敷を建て直しただとう!? それもこの様な立派な屋敷を……。全く、嘘を付くならもっとマシな嘘を付けっ! 例え子供とて、この俺に嘘をつくと容赦せんぞっ!」
おっさんは顔を真っ赤にして俺を睨み付ける。
まぁ、確かに客観的に考えると、こんな子供がこの国の王子二人から屋敷の土地をもらったり、屋敷を新しく建て変えるなんて普通はあり得ないと俺も思う。
しかし、どうやってこのおっさんに信じてもらえば良いのやら……。そんなことを考えているとヘルミーナが俺の袖を引っ張って小声で話し掛けてきた。
「ちょっとハルト。アンタ、アレを出しなさい!」
「アレ?」
「アレよ、アレ! リーンハルト様とパトリック様から頂いたでしょ?」
二人からもらった物というと……おぉっ! アレか!
俺はヘルミーナから催促されたアレをアイテムボックスから取り出すと、おっさんの目の前に差し出した。
「皆、良く見るといいわっ! これはリーンハルト様とパトリック様から頂いた紋章よっ! ここにいるハルトがリーンハルト様とパトリック様の御二人から御用錬金術師として認められた証! そして、昨日ハルトはリーンハルト様とパトリック様からここの土地を褒美として頂いたのよ!」
ヘルミーナは誇らしそうにそう言って俺が持つリーンハルトとパトリックの紋章をより高く掲げて周りに見せて回った。
すると周りからどよめきが起きる。
「本当にこの子供が錬金術師だったのか!?」
「しかも、王族の御二人から御用錬金術師に指定されただと!? そのような前例は久しくないぞ! 一体いつ以来のことだ!?」
「だが、王族の御用錬金術師に指定されるような錬金術師がこの近くに屋敷を構えてくれるのなら、むしろ我々としては色々相談しやすくて助かるのでは?」
「それに、この敷地に建てられた建物を見る限り、これは店舗と屋敷の両方と思われる。と言うことは、錬金術師殿はここに魔導具店を開くつもりではないか?」
集団から口々に様々な意見が飛び交うが、概ね俺の考えている計画と相違ない内容だったので、首を縦に振ってその旨を伝える。
すると、その中の一人が話しかけてきた。
「ふぅむ。つまり、王族のしかも御二人の王子から指定された御用錬金術師殿がここに引っ越してきた、そしてここに店を構えるつもりである、ということか。因みに、いつ頃から店は始めるつもりなんだ?」
「まだ従業員を雇えていないので、開店までにはもう暫く掛かりそうです。そうですね……ひとまず、一月程度お待ち頂ければと思います」
「そうか、分かった。店が開くのを楽しみにしてるよ。ハーゲン殿もそろそろご納得されたのでは?」
「ううむ……。俄には信じられないが、あの紋章は確かに王家のリーンハルト様とパトリック様の紋章だ……」
ハーゲンと呼ばれた身なりの良いおっさんは、まだ納得してないのか一人唸っていた。
やはり、俺みたいな子供が錬金術師だと分かってもらうには実際にやって見せないと難しいのかもな。そう思って俺は回復薬をその場で二十本ほど創り出してアメリアたちに持ってもらうと、そのうちの一本をハーゲンに差し出した。
「本日からこちらに住むことになるハルト・アサヒナと申します。こちらは朝からお騒がせしてしまった皆様へのお詫びとお近づきの印として、特別に私が創った初級回復薬を差し上げます。今後ともよろしくお願い致します!」
「お、おう……」
ハーゲンは驚きながらも真剣な目付きで回復薬を受け取ると、すぐに瓶を開けて一滴手の甲に垂らして見た目や臭い、味を確かめているようだった。
一通り確かめた様子だったハーゲンは懐からナイフを取り出しておもむろに左手の甲に切り傷を作り、そこに回復薬を少量振り掛けた。
どうやら回復薬の効き目を確かめたかったようだが、それにしてもそこまでするとは……。
回復薬が傷口に触れた途端弾けながら傷が瞬く間に塞がると、不思議そうに手の甲を眺めていた。
「ううむ……。これは、そんじょそこらの魔導具店で売っている回復薬とはわけが違うな……。回復の効き目が恐ろしく早い。おい少年、この回復薬は店で売るつもりか?」
「はい、そのつもりです。と言っても、まだ値段も決めてないんですけどね」
「なるほどな……。これを売り出す前に、一度家を訪ねてくるといい。商売の基本について教えてやろう!」
「あなたは一体?」
「俺の名はハーゲン・プライスという。国王陛下の御用貿易商をやっておる。よろしくな、少年!」
なんと、こちらのハーゲンさんは国王陛下の御用貿易商らしい。
名前からして商人にピッタリだと思う。そんなハーゲンが商売について教えてくれるらしい。
確かにこの世界に来てからまだ日が浅い俺は、王都に流通している回復薬の価格や効果を良く分かっていない。勿論、調べてから店を始めるつもりだったが、教えてもらえるならそのほうが助かるってもんだ。
「はい! よろしくお願いします!」
ハーゲンは俺の返事に頷くと人だかりから去って行った。
最初は屋敷に文句を付けてきた嫌なおっさんだと思ったが、なかなかいいおっさんだったようだ。魔導具店を開く前に一度ハーゲンの家に行くことにしよう。
こうして集まっていた人たちにも回復薬を配っていった。
ハーゲンがこの場で回復薬の効果を試した結果、それを見た人たちがさらに人を呼び集め、最終的には百本ほどの回復薬を配ることになった。
「いやぁ、朝からびっくりしましたねぇ」
「まぁ、誰だって突然こんな屋敷が建ったら普通は驚くわよ」
「それもそうか……」
「早く中に入ろう、ハルト!」
「ハルトが昨日気を失っていたから、私が門に鍵を掛けておいた。今開けるからちょっと待って」
「鍵ですか?」
「これ」
カミラは門扉の前に立って指さしたところ見ると、両開きの門扉をコンクリートのような岩石の塊で括り付けるように固定されていた。
確かにこれなら門は開けられないけど、鍵とは……? しかし、確かに鍵を付けないといけないな。後で用意しよう。
カミラが魔法で解錠(?)して皆で屋敷の前まで進む。特に昨日から変わったところはなさそうだ。
それと、アイテムボックスの中に入っていたセラフィを外に出した。まぁ、いつまでもアイテムボックスの中だと不憫だと思ったからだったんだけど……。
「ふぁぁ……っと、主様!? 失礼致しました!」
「セラフィは今起きたのかな?」
「はっ! あまりにも主様のアイテムボックスの居心地が良かったので、休ませて頂いておりました!」
個人的にはずっとアイテムボックスの中に置いていて申し訳ないなぁと思っていたのだが、居心地が良いのなら何も言うまい。
しかも、どうやらセラフィはアイテムボックスの外で起こっていることもちゃんと理解しているらしかった。
「はい、その通りです。主様を通して視界や言葉、それに思考が伝わってくるからです。これは普通のことではないのですか?」
まぁ、アイテムボックス(アイテムバッグ)の中に入れる人なんていないだろうから、それが普通かどうかとか、そんな感想を言う人もいないんだろうけど。
そんなことを思いながら、改めて屋敷のほうに意識を移した。
「それで、ハルトはこの屋敷を完成させるって言ってたけど、もう完成しているんじゃないのか? 特に問題なさそうだけど……」
「いえ、内装をちょっと調整したいな、と思いまして。それにさっきの鍵の件もありますからね」
アメリアとそんな話をしながら玄関の扉を開けて中に入ると、飾りっ気のない玄関ホールに足を踏み入れる。
「何もないとちょっと寂しいわね……」
「そうですね……。ただ何を飾ればいいのか、その辺りは詳しくないので今度ユリアン様のところのローデリヒさんに相談してみます。それに、流石にこの屋敷を管理するにも人が必要ですし」
玄関ホールを見渡して呟くヘルミーナにローデリヒに連絡を取る方法について相談した。いつまでもヘルミーナに頼りっきりじゃ悪いからね。
ひとまず、俺は屋敷の装飾は置いておいて、各階の状態を確認しながら設備の調整を進めることにする。皆も一緒に付いてきてくれるみたいなので、色々意見を出してもらえればと思う。
玄関ホールの正面には二階へ続く階段があるけど、それは一旦後回しにして、左手にある二部屋ある応接室と執務室に足を進める。
応接室は廊下を挟んで二部屋あり、廊下の突き当りに執務室があった。
応接室の一つに入ると、そこには広めのローテーブルと三人がけのソファー二つ、そしてお誕生日席に一人掛けのソファーが一つずつ、計八席が用意されており、更にホワイトボードとマーカー、それにマグネットが設置されていた……。恐らく前世の会議室とイメージが混ざったのだろう。
奥の壁には応接室から執務室へと続く扉があり、来客時には廊下に出なくても移動できるようになっている。
「何か気になるところとかありますか?」
「この白い板は何に使うの?」
カミラが興味を示したのはホワイトボードだ。というか他のメンバーも興味深そうに聞いている。
「これはホワイトボードと言って、このマーカーで字や絵を書くことができます。それに、これを使って書いたものを消すこともできる板ですね。主に会議や打ち合わせで使用する物です」
説明しながらキュポっとマーカーの蓋を外してホワイトボードに花マルを描いて見せる。
「「「「おー!」」」」
そして書いた花マルをささっとイレーザーで消す。
「「「「おおー!!!」」」」
三人から熱い視線を右手に持つマーカーに集めた俺は、何ともいえないプレッシャーから『試してみます?』なんて、皆に口走ってしまったことを後悔した。だってこのあと一時間近くホワイトボードでお絵描き大会が開かれてしまったから……。
お絵描き大会で皆が一通り満足した後、執務室へと移動する。
一応、もう一つの応接室の扉を開けて中を確認したけど、同じ間取りになっていたので深く確認はせず、そっと扉を閉じた。
執務室はオーソドックスに、執務机と椅子、それに応接室と同じくローテーブルと三人掛けのソファーが二つあり、壁際に本棚が二つ備え付けてあった。執務机は木彫りの模様が入ったちょっと高級そうなやつで、椅子も革張りの立派なもので執務机と同じく、ちょっと高級そうに見えるやつだった。
「ここがハルトの執務室ねぇ。結構いい感じじゃない?」
「主様のお部屋に相応しいです!」
「でも、本棚には本があったほうが良い」
「確かにねぇ、いまは何も置いてないから殺風景ね」
皆この執務室は本棚に本がないこと以外は特に気になることはないようだったが、個人的には緑が少なく感じたので観葉植物でも置きたいなと思い、この世界の植物で何か面白いものがないか探してみようと心のノートにメモをした。
次に向かったのは玄関ホールを挟んで反対側にある四つの使用人の部屋だ。玄関ホールに近い側から確認するつもりだが、基本的な構造は三部屋とも同じ間取りで、一部屋だけ少し広めにしてある。
中に入ると、ほぼ生前暮らしていた1DKのマンションと同じ間取りになっていたが、風呂とトイレが別々なのは屋敷の広さ故だろう。その他の設備は簡易のIHクッキングヒーター風のコンロとシンク、それにクローゼットくらいだ。
「これが本当に使用人の部屋!? お風呂もトイレも備え付けであって、この広さを一人で使えるなんて、普通はありえないわよ!?」
「あぁ、これはちょっと……。金色の小麦亭の一番高い部屋でもここまでの設備はないんじゃないかな……?」
「ま、まぁ、気持ちよく働いて貰える環境も必要ですからね。店舗の従業員の部屋も同じ造りですし……」
「主様の言う通りです!」
「「「…………」」」
「……そろそろ上の階に行きましょうか!」
「「「…………」」」
「……私もここに住む」
「あ、あのカミラさん?」
「こんなに快適そうな部屋があって、ハルトと一緒に住める場所があるなら、私が使用人になってここに住む!」
「えぇっ!?」
「ほう」
カミラがそんなことを言い出したので驚いていたが、それと同時に一瞬カミラが使用人、メイドさんになっている姿が頭をよぎる。
それはそれでかわいいかもと思ったが、ちょっと落ち着け、俺!
というか、なんでセラフィは納得してるの!?
ムフンと鼻息荒くカミラの言葉を聞いて、アメリアやヘルミーナまで激しく頷き同意した。
「確かに、ここなら立地もいいし宿よりも広い。私だってここに住みたいと思うよ!」
「わ、私は別にこの屋敷でなくても、お店の従業員の部屋でもいいわよ? 同じ間取りなら十分だしね!」
「私は主様の側にいたいので不要です」
皆がそう言ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、皆の部屋は既に用意してあるんだよね……。
「あの、このタイミングでお話するのは何だか恥ずかしいのですが……皆さんの部屋はここの三階に用意してありますので、そちらを見てから決めて頂けませんか……?」
「「「三階に私たちの部屋が!?」」」
「ふむ、なるほど。流石は主様です!」
「え、ええ。皆さんは仲間ですから、皆さんと一緒に暮らすことができればと思ってましたから、皆さんのお部屋も用意しようとそのように屋敷を創ったのですが……如何ですか?」
「「「早く三階に行きましょう!」」」
「三階の造りも気になりますね、主様!」
こうして興奮するアメリアとカミラに両手を引かれてヘルミーナから背中を押される俺とその後ろをついてくるセラフィの五人は、二階を飛ばして三階へと駆け上がることとなった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




