望んだ褒美と二人の修理
「それで、ハルトはどのような褒美を望む?」
そう問い掛けられた俺は、以前から考えていたことをリーンハルトたちに打ち明けることにした。
幸いこの場にはアメリアやカミラ、それにヘルミーナもいるわけだし調度良いと思ったのだ。
つまり……。
「リーンハルト様、パトリック様。もし、できることならば、この王都に土地を頂けないでしょうか。私はこちらにいるアメリアさんとカミラさんの宿に居候させて頂いておりますが、いつまでもお世話になるわけにも参りません。私が自立して生活して行けるよう、魔導具屋の店舗兼住居となる住まいを建てるための土地を頂けますと大変嬉しく思う次第です」
そう、以前から考えていた自立への第一歩として、この王都にこれからの活動の拠点となる場所を確保したいと考えていたのだ。
今回偶然にもその機会を褒美という形で得たので、リーンハルトたちに相談してみることにした。
「ふむ、なるほどな……。だがハルトよ、土地は無理だ。この王都を含むアルターヴァルト王国は王家の治める領土。それを個人に譲渡するというのは流石に私でも難しいぞ」
なるほど、この国って私有地という考え方が無いのかな? まぁ、土地をもらうことが難しいのならば、借りることができるだけでも十分だ。
「それでは、土地をお借りすることはできないでしょうか。私としては住居を建てる土地があればそれで十分ですので」
「ふむ、分かった。パトリック、何処かハルトに相応しい所はあったかな」
「お店にも住まいにも便利なところですよね……。えっと、そういえば門を出て壁伝いの所に空いている土地があったような気がするのですが、ランベルトは覚えていますか?」
「はい、あそこは先々代の国王陛下の御用商人が住んでいた屋敷だったのですが、先々代の国王陛下が御崩御された際に店主も店を畳み故郷へ戻ったそうで、現在は空き家として王国の管理下にあります。ただ、今建っている屋敷はかなり傷んでいるようなので、そのままでは住むことは難しいでしょう」
「なるほどな。ハルト、其方はどう思う?」
「店舗と住居は自分で建てるつもりでしたので特に問題ありません。しかし、本当によろしいのですか? お話を聞くと貴族街に近い場所のようですが……」
貴族街に近い場所、それはつまり富裕層が住んでいる場所になる。そんなところの土地を借りてもいいのだろうか?
「なに、構わぬ。それに近い方が其方を王城に呼びやすいからな。我らとしても好都合というものよ。なぁ、パトリック」
「その通りです! ハルト殿が近くにお住まいになるなら、我らもハルト殿に会いに行けるかもしれませんし!」
どうやらリーンハルトとパトリックの都合も込みでこの物件を提案してきたようだけど、まぁ、そんなに頻繁に王城に呼び出されることなんてないだろう、と思いたい。
というか、俺の家にくるつもりのようだけど、王子がそう簡単に出歩けるものなのだろうか……?
「では、その場所でお願い致します」
「うむ! それではハルトに褒美として授けよう! ユリアンとランベルト、手続きを頼む。それから私とパトリックの御用錬金術師の手続きもな!」
「「ははっ!」」
ユリアンとランベルトは速やかにその場を離れて王城の中へと移動し、ユリアンから同行するように言われたゴットハルトもそれに続く。
既にドミニクが引き連れていた騎士たちも解散しており、この場に残っているのはリーンハルトとパトリック、ドミニクとイザークに、俺とアメリア、カミラ、ヘルミーナだけになっていた。
「手続きが終わるまでもう暫く掛かるだろうから部屋に戻ろう。それに昼食の時間も既に過ぎておるし、皆も腹が減っておるだろう。ハルトたちも一緒に食べていくと良い」
「リーンハルト様、よろしいのでしょうか。その、御一緒させて頂いたりして……」
「当たり前ではないか、ハルトは我らの親友だからなっ! 勿論、親友の仲間も大事な客人だ。一緒に昼食でも食べながらハルトのことを色々聞かせてもらおうではないか!」
そんなことを言いながら、リーンハルトはパトリックたちと連れ立って王城へと引き上げていくので、俺たちも付いて行った。
その後、リーンハルトたちと一緒に昼食を食べた後、ユリアンとランベルトが手続きから戻ってきたので、改めてリーンハルトとパトリックから褒美の土地の借用を認める証書を受け取り、リーンハルトとパトリックの御用錬金術師である証として二人の紋章を受け取った。
「これでハルト殿は兄上と私の御用錬金術師です! これからよろしくお願いしますね、ハルト殿! 早速ハルト殿に依頼ですが、ブリュンヒルデの腕を治してあげて頂けますか?」
「パトリックめ、最初の依頼は私が狙っておったのに! ハルトよ、ゲルヒルデの泥は落としたのだが、他に問題がないか診てやってはもらえないか?」
「パトリック様もリーンハルト様も落ち着いて下さい。御二人の御依頼、どちらも承りました。今からブリュンヒルデとゲルヒルデを順番に診ますから」
そう言うと二人は揃ってブリュンヒルデとゲルヒルデを抱えて俺の前に差し出してきたので、まずはパトリックのブリュンヒルデから治すことにした。
早速ブリュンヒルデを診てみるが、右腕の損傷だけでなく全身に焼け焦げた跡があり魔動人形全体にガタがきているようだった。
流石にアレクシス氏の魔動人形も上位精霊の全力には耐えられなかったんだろうけど、このままの形で治すというのも忍びない。
せっかくだし全力を出せる身体を用意してあげたいと思い、セラフィと同じ素材を使って魔動人形を創造し直すことにした。これなら丈夫だし、何かあっても俺がすぐに治すこともできると思ったからだ。
ブリュンヒルデの身体に手を翳して右腕を創り出し、さらにそのまま今の身体を新たな身体に置き換えるように創り直していく。
「ハ、ハルト! 何だか腕の先から身体が温かく、熱くなって、アァッ!?」
「これはっ!?」
瞬く間にブリュンヒルデは元の姿に戻り、それだけでなく、体中にできていた焼け焦げた跡も元の通りに戻る。それを確認した俺はさらにブリュンヒルデの破損していた装備品を創り出してパトリックに手渡した。
「ブリュンヒルデですが、破損していた腕を治すついでに丈夫な身体に創り直しておきました。この身体なら、ある程度までであれば上位精霊の力を出しても耐えられると思います。でも、フルパワーで戦闘するのならゲルヒルデの様に身体強化することをお勧めしますけどね」
「ハルト殿、ありがとうございます!」
「おおっ! 確かにこの身体ならアタイもフルパワーを出せそうだぜ! ハルト、ありがとうなっ!」
パトリックとブリュンヒルデが揃って喜んでいる様子を見ていると、ゲルヒルデが俺の肩に飛んできて俺の頬を突っつく。
「ちょっとハルト。あの身体、あの子にだけってことは無いわよね?」
何かと思えば、ゲルヒルデもあの身体にして欲しいらしい。
まぁ、ゲルヒルデは身体強化が使えるとはいえ丈夫な身体の方が良いのは間違いないし、そのほうが彼女も全力を出しやすいだろう。
「勿論、ゲルヒルデが望むならね。早速やっちゃおうか」
ゲルヒルデの身体に手を翳して先ほどと同じように新たな身体に創り直し始めたのだが、ゲルヒルデもブリュンヒルデと同様に息を荒くして苦しそうな顔をする。
「あぁ、身体が熱い! あぁんっ!」
声を上げて苦しさに耐えるように身体を捩らせるゲルヒルデが色々と心配になってきたので早く終わらせよう。それに何だかいけないことをしている気分になってくるし。
「ゲルヒルデ、辛そうだけど大丈夫?」
「んっ、だ、大丈夫よ。ただちょっと……」
「ちょっと?」
「気持ち良いだけ」
「あ、そう」
辛そうにしているように見えたが、ただただ気持ち良さに耐えているだけだったらしい。そのことを聞かされると、やはりいけないことをしている気分が勝ってくるのでとっとと終わらせることにした。
というか、そんなに気持ちがいいものなんだろうか?
ゲルヒルデの身体も創り直すことができたので、ついでにブリュンヒルデと同じく装備も新調しておいた。
「リーンハルト様、ゲルヒルデの身体もブリュンヒルデと同様に丈夫な身体に創り直しました」
先ほどから悶え続けて疲れたのか、ぐったりしているゲルヒルデを抱きかかえてリーンハルトに渡すと、恭しく受け取った。
色々あったが、これでようやくユリアンからの依頼だった魔動人形の引き渡しが完了した。
「ハルトよ、誠に大儀であった! また遊びにくるのを待っておるぞ!」
「ハルト殿! すぐに私がお呼びしますので、暫くお待ち下さいね!」
「ありがとうございます。また何かありましたら、よろしくお願い致します」
二人に向かって跪き頭を下げると、二人は別れを惜しんでいるのか、リーンハルトが俺の右腕に抱き付いて来たかと思えば、パトリックもまた左腕に絡み付いてきた。
なんというか、本当に親戚の子供たちを思い出すなぁ。良くお盆や正月に祖父母の家へ行くと、こうやって遊び相手にされたっけ。子供には何故か懐かれたんだよなぁ……。
昔の思い出にふけっていると、何やら視線を感じたので後ろを振り向いてみると不満そうというか、複雑そうなというか、ややこしい表情でこちらを見つめるカミラと目が合った。
そんなカミラをなだめるようにアメリアが肩をぽんと叩き、それを見てやれやれといった感じの仕草でヘルミーナがジト目でこっちを見てくる。
そういえば、もうすぐ午後の三時ぐらいか。あんまり悠長に皆を待たすわけにもいかないな。
「リーンハルト様、パトリック様。名残惜しいですが、本日はこの辺りで失礼させて頂きます。またお呼び出し頂きましたら、すぐに登城致しますので」
「うむ、我らも名残惜しいが、あまり引き止めてもいかんな。また会おう、ハルト」
「ハルト殿、兄上と二人でお待ちしていますね!」
「はい、ありがとうございます。これにて失礼致します」
二人への挨拶を終えて俺たちはイザークと一緒にリーンハルトの部屋を出た。
どうやら、イザークは俺たちがきたときと同様に王城の門まで送ってくれるらしい。
俺たちは広い王城の廊下を皆で歩き出す。
そういえば、俺はイザークのことを良く知らなかったので少し話してみることにした。
「イザーク様はドミニク様の御子息だったのですね」
「ん? ああ、そうなんだ。俺の名前はイザーク・フォン・コルネリウス。これでもコルネリウス公爵家の嫡男だ、よろしくな」
頭をさすりながらそう話すイザークは、とても威厳のある公爵家の嫡男には見えない。先ほどドミニクに拳骨を食らったシーンをみたからか、それともフランクな話し方がそうさせるのだろうか。
「それから、ハルト殿、皆さん。先ほどは御見苦しいところを見せてしまい申し訳ない! 恥ずかしいが父の言う通りだった。もっと私が殿下を強くお止めできていれば良かったんだが……」
「頭を上げてください、イザーク様。私のほうこそ、もっと早くあのような事態に陥る可能性を伝えることができていれば良かったのですが……。イザーク様にもご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
そう謝ると、イザークが不思議そうな表情で俺の顔を見た。
「……全く、リーンハルト様もそうだが、ハルト殿も子供らしくないというか、まるで年上を相手に話しているようだよ」
イザークからそのようなことを言われて内心冷汗が出る。確かに、俺の口調は他人行儀というか、子供らしさがないかもしれない。ただ、これは生前の感覚が抜けきっていないせいだと思う。出会ったばかりの人にいきなりなれなれしく振る舞うなんてできないよ。
そういう意味では、まだ出会って間がないアメリアとカミラ、ヘルミーナに対しても同じような口調でしか接することができない。恐らく、三人からも子供らしくないと思われているのだろう。
まぁ、今から子供らしくするのも何だし、そもそもそんなこと急に俺もできないから、このままのスタイルでいくけどね。
「こう言っては失礼なのは十分承知しておりますが、私はイザーク様を近所の気安いお兄さんのように感じましたよ。私が想像していた貴族像よりも親しみやすく感じました」
「そう言ってもらえると嬉しいかな。俺も貴族同士の堅苦しいやり取りよりも気軽に話すほうが好きだからな! だから、騎士団に入ろうと思ったんだけどねぇ。騎士団は騎士団でも近衛騎士団に入れられるわ、よりによって親父が団長に抜擢されるわで、この有り様だよ……」
そんな他愛も無い話をしているうちに、いつの間にか王城の門までやってきた俺たちは、イザークと別れると、王城の門前に待機していたローデリヒの馬車に乗り込み、ようやく王城から出ることができたのだった。
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