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蛇足:無気力少女のお節介友人

前話と比べるとだいぶコメディタッチな蛇足です。

しかし安心してください、ヤンデレです。

 

  俺は今、少々困っている。

 というのも、愛しい幼馴染……もとい妻の友人が、我が家に殴りこんできたからである。

 由美、と言ったか、高校時代から幾度か耳にしたことのある名前だ。妻である澄奈にとっては決して多くはない友人。俺としても大切にしたいところだが。


「あんた、澄奈のヒモになってるって本当なの」


 静かにどすの利いた声で言われる。客観的に見ても主観的に見ても、明白な事実過ぎて耳が痛い。


「……まあ、言い方によっては」


 目を逸らしつつ頷くと、目の前の女性から何かが千切れる音がした。人間てこんな音出せるんだ。


「浮気三昧抜けたと思ったら今度はヒモだって!?あんたどんだけ澄奈に甘えれば気が済むの!あの子はもうしていないとか言ってるけど、まだ浮気だって辞めてないんじゃないの!?何もかも頼り切りで、男として恥ずかしくないの!?」


 正論だ。紛う方なき正論である。俺と澄奈の関係を考えればお節介としか言いようがないが、その一方で正常な思考に触れたことに少し安堵している自分がいる。

 彼女が友人である限り、澄奈は大丈夫だ。そうやって支えられる存在が自分ではないことが口惜しいが、自分の性質的におそらく引き込む一方だと思う。悲しいが、人の本質はそう簡単に変えられない。

 由美の説教を大人しく聞いていると、隣から剣呑な疑問が投げられた。


「あんたさっきからハイハイ言ってるけど、ほんとに分かってんの?直す気、というか、働く気、あるの?紹介したげよっか?」


 物凄く馬鹿にされている。彼女は果代と言ったか。いつも「私分かんなーい」という雰囲気で誰かに甘えていたイメージだったが、いやはや、女性とは恐ろしい。


 取り敢えず、現時点で働く気はない。むしろ働いたら澄奈に泣かれる。澄奈の泣き顔も可愛いのでそれはそれでアリだが、傷つけたいわけでもないのでできれば避けたい。万が一のことがあったときのため、自宅でもできる仕事を探してはいるが……いざという時は、自営業で何かやれるように計画を練ってはいる。

 俺が無言でいると、女性二人の視線がどんどん鋭くなっていく。うん。まずい。

 少しは心証を良くしなければと口を開こうとすると、今まで無言でいた、最後の一人が声を出した。


「あなたは……澄奈のこと、本当に好きなんですか?大切にしたいと、思っていますか?」


 怒りも煽り感じられない真摯な声を出す花林に、俺はしっかりと目を合わせ頷いた。


「信じてもらえないかもしれないけど、俺は彼女を本当に大切だと思っているし、彼女を不幸に感じさせることはしないよ。勿論浮気もしてない。―――ずっと、一生涯、彼女だけ」


 おっとまずい。最後の言葉に思いのほか力がこもってしまった。変な顔をしてしまっただろうか、目の前の彼女たちの顔がちょっと引いている。

 俺は誤魔化すように咳ばらいをして笑った。


「あー、でも有難う。澄奈のこと心配してくれて。良い友達持ったなって安心したよ。澄奈ってちょっと人付き合い苦手だからさ。俺のことは認められないかもしれないけど、あの子のことは見捨てないであげてね」


「言われなくても!」

「一生認めらんないかもね?」

「……はい」


 怒ったように眉をひそめる由美、不敵に唇の端を上げる果代、困ったように笑う花林に、俺は改めて安心することが出来た。

 まあ、彼女たちにはまだ納得できないことばかりだろうけど。


 と、何となくまとまりかけた空気の中。ガチャリとドアを開く音がした。

 やばい、澄奈が帰ってきた。


 三人も澄奈に無断で来たのか、ちょっと焦っている。


「ひーくんただいま……ん?」


 玄関に増えた靴に気付いたようだ。声が一段階低くなる。怖いよ、「ん?」が怖いよ澄奈さん。


 がさり、と袋を置く音、一つ間をあけ、急にだだだだだだだだだだだだ!と足音が近づく。ホラーだよ。

 がらっと居間の扉を開けられる。



「ひーくん何してるの女連れ込んでるのダメだって言ったよねしかも三人もいつもこんなことしてるのその女ころ……」

「あー待って待って落ち着いて」


 言ってはいけない言葉を口走りかけた澄奈を、慌てて抱き寄せる。本当に澄奈は結婚してから理性の糸が切れている。完全に周りが見えていない。三人が誰かを分かっていない様子の澄奈の顔を挟み、彼女たちの方へ向ける。


「はい。澄奈さん、あれは誰ですか」

「……由美、果代、花林……?」


 ぼんやりと呟く澄奈に、息を吐く。良かった、落ち着い……てない!?

 ぼろ、と涙をこぼした澄奈に慌てる。


「ちょ、澄」

「……どうして?……なんで、そんな、みんな、やだ……やめてよ……」


 変な勘違いしてる!?まずい、このままだと友情崩壊エンドまっしぐらだ。

 俺は慌ててもう一度澄奈の顔を挟み、自分と目を合わせさせた。


「違う!違うから、なんもない。彼女たちは澄奈を心配してきてくれただけだから!」


 きょとんと大きな目が瞬く。やっぱり泣き顔もいいな。じゃない。落ち着け自分。


「私……?」

「そう、ほら、高校までは俺も浮気ばっかだったでしょ?それに今は経済的に澄奈に頼ってる状況だし、心配になったらしく、俺に話を聞きに来たんだよ」


 そう言うと、ようやく状況を理解した澄奈が一瞬、若干面倒くさそうな顔をする。まあ誤差の範囲内の変化だから彼女たちに気付かれてはいないだろうけど、駄目だよ?回避したはずの友情崩壊エンドが戻って来るよ?


「澄奈?皆、澄奈のこと大切に思ってくれてるんだね。良かったね」


 頭を撫でると、澄奈が段々顔を緩ませた。


「……ん。みんな、優しい。大好き」


 遅れて嬉しさも来たのだろう、いつになく緩んだ顔で微笑む澄奈は可愛くて少し妬ける。

 ふと見ると、今まで呆然としたように俺たちのやり取りを聞いていた由美が、何故か悶えていた。


「あああ……澄奈かわっ……!」

「落ち着いて由美?戻ってきて?」

「あーいつもの病気が……」


 由美を宥める二人も、心なしか嬉しそうだ。

 ……なんか微妙なラインだけど、友情以上の感情を抱くのはやめてくれよ。いくら女性で澄奈の友人とはいえ、流石に看過できないから。


 暫くしてなんとか落ち着いた由美が、こほんと咳ばらいをする。


「まあ、澄奈があんたと一緒に居たいならどうこう言うことじゃないし、取り敢えず今日のところは帰るけど」

「少しでも目移りしたら……どうなるか分かってるよね?」

「ええと、お邪魔しました……」


 なんだか一つの台詞を三分割したような三人の一言に笑いが漏れる。本当に仲が良い。勿論澄奈も含めて。

 三人を送ると言って澄奈は玄関を出た。




 何だかんだ有意義な時間だったと満足しつつテレビを付けようとリモコンへ手を伸ばす。

 と、すっと手に手を重ねられる。驚いてひっこめると、くすくすと笑い声が降ってきた。


「……ええと、花林、さん?でしたっけ」


 携帯電話を手にした花林が笑っていた。先程と少し違う気配に、俺は身構える。


「浮気はしないっていうのは、本当なんですね。忘れ物、取りに来たんです」

「……澄奈は?」

 澄奈が俺と彼女を二人きりにさせる筈がないと思い尋ねると、また嫌な笑いが降る。


「澄奈には信用されているので」


 なんだか言葉の棘が先程の二人の比じゃない。あまり長居させて疑われたくもないので、俺はさっさと要件を聞くことにした。


「で、なんでわざと携帯電話を忘れて来たの。何か言いたいことがあるんでしょう」


 不愛想に促すと、花林は首を傾げる。


「言いたいというか……確かめたいことがあって」

「何?」


 花林は一呼吸おいて、


「話を長引かせていたのは、わざとでしょう」


「……」


「ああ、そう言うと分かり辛いですね。つまり、わざと澄奈の帰るまで話を長引かせて、鉢合せさせたんじゃないかと。あなたは澄奈がパニックになっているのを直ぐに、端的な言葉で止めました。そんなあなたになら、由美や果代を丸め込むことだってできたはずです。なのにろくに反論もせず、時折火に油を注ぐようなはぐらかしの言葉を言うだけ。明らかに引き延ばしています」


 俺は取り敢えず花林の言葉をじっと聞いていた。


「まあ説明が面倒で直接見せた方が手っ取り早いのもあったんでしょうが、澄奈のあの状態を私たちに見せてこれから先余計な手出しをされないためと、ついでに私たちにあなたのことを認めさせようと画策していたんでしょうか」


「いや……ちょっと言い返せなかっただけでそこまで言われちゃうんだ?なんか、探偵みたいだね」


「あともう一つ。最後のやり取りを見ていて分かりました。あなた、澄奈の泣き顔を見たかったんでしょう?」


 ぎく。


「最低浮気男ではなくなったようですが……あなた、相当な腹黒ですね?」

「いやいや、そんなことないよ。まああわよくばそうなったらなあとは思ったけど画策とか、たまたま上手くいっただけで……」


 初めに彼女たちが来た時、鉢合せたら澄奈パニックになっちゃうだろうなとか、俺が説明するよりそれ見た方が話が早いだろうなとか、彼女たちに認められたらこの先色々楽だろうなとか思ったけど。そんな腹黒とか、そこまで言われるようなことはしていない。……多分。


「無自覚ですか。……たちが悪いですね」


 花林が目を細める。


「いや、そういう君だって相当じゃない?なんでわざわざ指摘しに来たの」

「世の中そう簡単に思い通りになるもんじゃねぇよ?とくぎ(・・)を刺しておきたくて」


 にっこりと笑って、満足したのかあっさりと玄関から出て行った。




 なんだかどっと疲れた。澄奈の友達はどの子も癖が強すぎる。まあそれぐらいの方が澄奈のためにも良いか。あの状態の澄奈を見ても、受け入れてくれるようだし。正直あれで引くようなら、縁を切ってもらうことも考えていた。


 ……やっぱり腹黒なのだろうか。澄奈の気持ちや自分の気持ちに気付いて開き直ってから、どんどん性格が悪くなっている気がする。というより、性格の悪さを自覚できるようになったというべきか。


 少し反省しつつ、戻ってきてさっきのことでまだ拗ね気味の澄奈に思い切り癒される俺であった。

 人の本質はそう簡単には変わらないものである。





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