28.憂鬱です。
「あーあ、でも憂鬱です。明日の事考えると……私の発言、明らかに怪しいですよね。また改めて三好さんに問い詰められたらどうしましょう?」
「別に放って置いても大丈夫じゃないか?立ち聞きして気になってしまったのかもしれないが、三好も忙しいんだからいつまでもそんな他人のプライベートに構ってばかりはいられないだろう」
亀田課長のこれって、ポジティブシンキングって言えるのかな?それとも男性だから女性の微妙な心理に気が向かないのだろうか。自分が一番不利益を得そうな状況なのによく平気な顔しているなー。まあそんな事気にするくらいなら、会社で自分からうータンの話題なんて出すワケないよな。うータンに癒されて以来、この人何か会社でも少し緩くなっているような気がするなぁ。悪い事では無いと、思うんだけど……。
私の方は全くネガティブシンキングから抜け出せる気がしないよ……だって自分が可愛いだけの小心者なんだもん。褒められるのは好きだけど、怒られるのは嫌なの!それに揉め事も苦手な一般人なんですよ。はぁ~~明日の事考えると、改めて憂鬱になってしまう。
「絶対気にしてますって。それに『女心を読めない』って胸張っている人に『大丈夫』って保証されても全く説得力無いですから」
苛ついてつい当たってしまう。
「お前、結構ズバッと言うな……」
我ながらビックリだけど、言っちゃった。本当に遠慮と言う物が無くなってしまったみたいだ。職場でこんな言い方したら、きっと冷たい視線を投げられて無視されるか、叱責されるだろうけど。二人切りの時の亀田課長はそう言う事しないような気がするんだよね。今更って思っちゃう。
会社でだって本当はそうだ。課長は私が少々失礼な事を言ったって失敗したって、それを蔑むような人間じゃない。それだけはしっかり理解できたから、正直な事を口に出来るんだ。勿論怒るべき時には怒るんだろうけど―――この間仕事をミスって怒鳴られた時は寿命が縮んだかと思ったし。でもあそこで亀田課長が私をこれ以上無いほど叱って見せたから、きっと課の人達は私を責めなかったんだ。皆が同情の目を向けてくれたのは、つまりは彼が泥を被ってくれたって事なんだろう。
「……悪かったとは思っている。会社で俺がうータンの話題を出したのがそもそもの原因だよな。しかし三好は男より男らしい奴だと思っていたが、意外と細かい事を気にする性格だったんだな。仕事一途で他人のプライベートなんかどうでも良いと考えているんだと思っていたんだが」
「ええと……女性なら……そう言う事は気になるモンですよ」
何だ、アレか。一所懸命な美女の部下の想いに気付かない天然主人公か、コイツ……?
女性扱いもされず、うータン姫の従者か侍女……と言うモブ扱いを受けていた恨みが残っていたのかもしれない。言葉を選ぼうと努力しているウチに、微かに苛立ちが込み上げてしまった。
「……そう言う事実から目を逸らして放置するから亀田課長はいつも振ら……んんっんっ!」
私は咳払いをする振りをして、どうしようもない軽い口を噤んだ。幾らなんでもちょっと調子に乗り過ぎてるっぽい自分に、ヒヤリとする。
うん、これは言って良い事ではないな。上司とか部下とか関係無く、普通に失礼な発言だ。
「何が言いたい」
「……何も」
職場を思い出すような鋭い眼光に耐えきれず、私は視線を逸らした。
言えないっ!流石に人としてそこまではっ!
「……いつも俺が振られるのは、そう言う女の機微に気が付かないからって言いたいのか?」
しまった。もう十分伝わってた……!
「お前、顔に出やす過ぎるぞ。考えている事が」
ジトッとした視線を亀田に送られ、私はシュンと俯いた。
気まずくなって黙り込むと、亀田も暫く何事かを考えるように沈黙した。(しかしウサギを愛でる手が止まる事は無かった)
「よし、分かった」
膝をポンと叩いて、亀田が軽い調子で言った。
「俺が三好に言う」
「え……ウサギの事、カミングアウトしちゃうんですか」
でもカミングアウトしている途中で亀田課長……ひょっとして泣き出しちゃうんじゃないだろうか??それなら慰め隊員としてうータンをケージに入れて会社に持参すべきじゃない?!
なんておバカな事を考えていた私に、亀田が溜息を吐いて首を振った。
「いや、別にそこは言わなくても問題ないだろう。勿論言っても俺としては構わないんだがな?」
まだ強がってますな。益々不安になってしまう。
表情に考えている事が出やすいらしい私の顔をチラリと一瞥して、亀田は気を取り直すようにやけにしっかりと声を張って見せた。
「しかしミミの事を伝えれば話が重くなるし―――想い出が有り過ぎて、短く済ませられる気がまるでしない。返って三好に気を遣わせる事になるかもしれないし」
「じゃあ―――何を三好さんに伝えるんですか?」
私達の間にあるのは―――『ウサギ』のみ。
つまりウサギに触れずに私達の関係を説明するなんて、不可能なのではないだろうか??
「俺が勝手に大谷とその知合いに関わっているって伝えれば良いんじゃないか?だからその事で、まああり得ないだろうが文句や聞きたい事があるなら、今後三好は俺に直接言えばいい。大谷では無くな。―――そう伝える。それでもどうしても気になって詳しく知りたいって言うなら、トコトン俺の話に付き合って貰う事にするよ。まあ、三好はそんな細かい話とかペットに関するウジウジした愚痴なんて聞きたくはないだろうがな。ウサギを飼っていなければきっとピンと来ない事も多いと思うし」
「う、うーん。もし……もしですよ?じゃあ三好さんに聞かれたら……ミミの事、話しちゃうんですか?」
大丈夫なの???
何だか心配だなぁ……亀田課長が。
思わずジッと亀田課長を見つめてしまう。
すると課長はフッと笑って言ったのだ。
「お前本当に顔に出過ぎ」
その笑顔が妙に優し気で―――私は何だかまたしてもドキリとしてしまったのだった。




