24.落ち込んでます。
うう……私、何であんな嘘を吐いちゃったんだろ。
『うータン』は人間の女の子じゃなくて、ウサギの女の子だ。本来なら別に隠す事じゃない、後ろ暗い所なんて何も無いんだから。ただ三好さんの持っている亀田のイメージを壊したくなくて……咄嗟に言い繕ってしまった。
そう、コーヒーショップを出て冷たい風に吹かれながら駅を目指していると……ドンドン頭が冷えて来たんだ。
あれ?ひょっとして……逆効果じゃないの?って。
三好さんのイメージの中の亀田課長は、仕事に厳しくて公正で、だけど不意に優しい所を見せてくれる、清く正しい―――実は意外と心の熱い立派な上司だ。そんでもって自分をキチンと律する彼は女の子なんかに振り回されないし、プライベートでもしっかりした大人って事になっていて……。
なのに街で偶々顔を合わせた私の友達と、直ぐに意気投合。しかもおそらく年下であろう初対面に毛が生えたような付き合いの女の子を、いきなり『うータン』呼びして、会社でもソワソワと気にしている。『週末遊びに行くからお土産買ってくな!』なんて……はっきり言って、チャラい。これならウサギが好きだって打ち明けた方がまだマシだろう……。
うう~。どうしてこう、上手に物事を収められないのだろう?
最初に『今日は用事があるからお茶できません!』って言えば良かったのだ。それか『自分の事じゃないから、詳しい話は出来ません!亀田課長に直接聞いて下さい!』とか。じゃなければ、大人っぽく笑って誤魔化すとか……。
なのに結局あんな、直ぐバレそうな嘘を吐いて。
ああ……明日会社に、どんな顔して行けば良いのだろう?
でもやっぱり……あの時はウサギの話を三好さんにするのはマズイ、と思ってしまったんだよな。
勿論亀田課長のイメージを損ねると三好さんをガッカリさせてしまうかも……とか、課長の了解を得ないで勝手にプライベートをバラすのはマズイのでは……と言う配慮で、ウサギの事は口に出せなかったのだけれど。
それ以上に心配だったのは……おそらくまだ立ち直っていないであろう亀田課長の気持ちだった。下手にウサギの話題を提供してしまって、三好さんがその話題に触れたとしたら―――それは彼の心の傷跡に出来かけたカサブタを剥がすような行為になってしまうかもしれない。咄嗟にそう、ブレーキが掛かってしまったのだ。
明らかに年末までの亀田課長と、年明けの彼は違う。けれどもすっかり元気になって明るくなったように見えて……あれだけのウサギ好き、いやウサギ狂いだ。そう簡単に心の傷は癒えていないのではないかって気がするんだよなぁ。
だからもし亀田課長のウサギ趣味をカミングアウトするのなら。それは亀田課長の意志で行われないとイケナイ。そう思うのだ。
でもでも……だからって。
ウソ吐かんでも……良いよな~~。
「はぁ~~」
大きな大きな溜息が出る。
だってコワかったんだもん。こちらをビンビンに意識しているのに、頑なに見ないようにしている三好さんが……思い余ったようにエレベーターに駆け込んできた時。そしてお茶に誘って来た時の穏やか過ぎる笑顔……ハッキリ言って、失禁してもおかしくなかった。
それくらい、怖かったんだよ~~。
「……たに」
……はぁ、私ってビビりだなぁ。こんなんでこの先世の中、渡って行けるのだろうか。正社員なんか夢のまた夢かも。やっぱ三好さんくらい積極的で気持ちが強くないと駄目なのかな。でも彼女みたいに強気を保つのは、私には無理そうだ。亀田の駄目だしだって仕事の為って分かっていても、正直気持ちがくじけそうになる事がある。三好さんみたいに常に前向きにはいられないものなぁ……。
「大谷!」
肩に大きな手が掛かり、現実に引き戻される。
伝わる温かさに―――目が覚めた。
「おい、大丈夫か?」
私を呼び止め、肩を掴んだのは―――今悩みに悩んでいる悩みの原因そのもの。
銀縁眼鏡のデカい男、ウサギ狂いの亀田課長だったのだ。




